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三章

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 専属料理人になってから数週間。ようやく新しい生活のリズムにも慣れて、イサクの部下や見回り騎士とも親交を深めていた。
 昼食の準備をしていると、扉を隔てた向こう側からアダムを呼ぶ女性の声がする。
 彼女はこの課で働く紅一点、羊獣人の女性メリーナだ。

「メリーナさん、おはよう。どうしたの?」
「おそいよぉ! アダムちゃーん」

 おっとりとした容姿、間延びした喋り方が特徴だが、その雰囲気を裏切るほどの切れ者だ。ここで勤めている中で一番の食いしん坊だったりする。今日も昼食はなにかと探りにきたのだろう。
 アダムは腕に下げていた籠から包みを取り出すと、メリーナに手渡した。

「これはなーに?」
「昼食までの繋ぎにどうぞ」
「ありがとう~!」

 キラキラと目を輝かせて喜ばれると、こちらも嬉しくなる。他の皆や護衛騎士にも渡し終えると、籠の中には一回り大きな包みが一つ残っていた。
 アダムはちらりと窓際に座る男を見る。皆が楽しそうに包みを開けるなか、我関せずに仕事に没頭している。

「あの、宰相様もどうぞ」
「そこに置いといてくれ」

 書類から目を離さずに、ぶっきらぼうにイサクが答える。差し入れを思いついたきっかけはイサクなのだが、反応を見る限り迷惑だろうかと悩んだ。
 アダムはここに務めることになってから、夜明け前に起きる習慣がついた。基本的に食材は前もって依頼するが、その日に売りにくる中には特別な食材が紛れていたりする。そんな出会いが楽しくて、日が昇る前に起きては見に行き、面白そうなものは試しに買ったりするのだ。
 そんな生活を続けていたところ、イサクとばったり会った。お互いにこんな朝早くから何をしているのかと思えば、イサクは呪いが解けるなり仕事をしているという。
 仕事が始まる時間はまだまだ先なのにだ。なによりイサクは、皆が集まり出す前にはわざと仕事の手を止めて机に隠す。そして、仕事の時間になると、皆と一緒に仕事を再び始めるのだ。まるで、何もしてなかったと装っているかのように。
 なぜそんなことをするのかと聞けば、上司が朝早くから仕事をしていたら、無駄に負担をかけるからだと言っていた。
 そんな姿を見たら何かしてあげたいと思ってしまう。
 だから、イサクが好きなお菓子を作ってきたのだが、あんまり嬉しくなさそうだ。
 調理に戻る前にふとイサクを見てショックを受ける。お菓子を渡した時には、一ミリとも揺れなかった尻尾が、ノエに叱られてる今だけ揺れているのだ。
 ブンブンと左右に揺れている尻尾を見て、イサクのドMもかなりの重症であると目眩がした。
 いっそのこと自分も罵った方がご褒美なのだろうか。

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