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三章

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 疑問と理解が同時に脳内で弾けた時、冷淡な声がかけられた。

「次の料理人には口がないのか?」

 こちらを見ずにそう聞いたのは間違えようもなくイサクだ。
 初めて彼と出会った時の不遜さは健在である。
 だが確かに挨拶もなく、驚愕と戸惑いでただ突っ立っていたのはアダムの方だ。
 イサクもだが、部下であろう四人の男女もまた、鬼のような形相で書類を捌いている。こちらを見る余裕もないほど仕事に没頭しているのだ。
 些細なことで声をかけようものなら、スパッと切られそうな雰囲気である。
 まるで戦場のようだ。アダムは剣だったが、彼らはペンを持って戦っているのだ。
 怯えながらアダムが名乗ろうとしたのと、イサクが胡乱げにこちらを見たのは同時だった。
 そして、みるみるうちに眦の垂れた瞳が見開かれるのを眺めながら、イサクもまた知らされていなかったのだと知った。

「あっちで話すぞ。ついて来い」
「は、はい」

 顎で隣の部屋を示して、イサクはさっさと行ってしまう。アダムもできるだけ音をたてないように、紙が山のように積み上げられている机や、乱雑に捨て置かれている本を慎重に避けてついていった。
 下手に音を立てたら噛みつかれそうだからだ。
 どうしてこんなにもこの人たちは怖いのか。
 ドアを閉めて二人きりになり初めて緊張が解けた。

「好きなところに座れ」

 好きなところと言われても困る。この部屋もまた高級品で作り上げられているのだろうから。
 上座や下座など考えた方がいいのだろうか。だからといって詳しいマナーまでは知らない。
 仕方なしに諦めて、いつもと同じくイサクの前に座る。だが今日は念のために斜め前に座った。

「どうしてそこなんだ。正面でいいだろ」
「……目の前は失礼になるかなと」
「なんだそれは。今更失礼も何もないだろうが」

 イサクは肘掛に置いた腕に頭を預けると目を細めた。その言葉と視線にアダムの体が発熱する。何日もかけて薄れてきたあの日が脳裏に過ぎった。
 ぶるぶると頭を振って、過去の残像を脳内から追い出す。煩い心臓に落ち着けと念じながらイサクを見れば、当の本人は涼しげだ。
 全くなにも感じていません。そんな顔をしている。一人で恥ずかしがっている自分に、なおのこと羞恥心を抱いた。
 同時に、イサクにとってあの触れ合いは、本当になんの思いもないことなのだとも。アルファとして、死にかけのオメガを救っただけのこと。
 今目の前にいるのは同一人物であるのに、別人のように思えた。イサクを少し知ったような気になっていた自分が痛い。
 何を勘違いしていたのだろうか。
 イサクが優しかったのは、単純にアダムの体調が悪かったからだ。
 回復した今ではもうただの他人ということなのだろう。今のイサクは堅くて距離がある。いつの間にか、一方的に親近感を抱いていたのだと気づいて、心にすきま風が吹いた。
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