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三章
09
しおりを挟む『みてみてアダム。ほら、これ! とっても綺麗だろう』
屈託のない笑顔で振り返った男は、子供のように二つの指輪を見せた。陽子を反射して白金色に輝く石は確かに綺麗だ。けれど、それはくず石と呼ばれるもので価値はない。
大侯爵の一人息子であるこの男には、縁のない粗悪品だ。
「はあ。シオウ、それガラクタだぞ。またそこら辺のエセ宝石商に偽物掴まされたのか?」
「えっ、そうなの……?」
じとりとした目で恋人であるシオウを見る。彼はきょとりと呆けてぱちぱちと目を瞬いた。その様子はあどけない子供のようで。
呆れていたはずなのに、アダムの心臓がきゅうっと甘く締め付けられる。
十六歳の自分より、十個も年上であるはずなのに、どうしてこんなにも子供っぽいのか。
けれど、この国の大貴族でありながら、オメガのアダムを守ってくれた時は逞しくてかっこよかった。オメガだと知ってから一年が過ぎても、彼は周囲に言いふらすことも無い。触れる時、シオウの手が震えているのに気づいている。まるでガラス細工の宝物のように、彼はアダムをとてもとても大切に扱ってくれた。
まあ普段は、こうして頼りがいの無い、子供のような男なのだけれど。
「でも、この指輪に価値があるかどうかは僕が決めることじゃないかな」
「え?」
「くず石だと聞いて驚いたけど。僕にとってはとても綺麗で、思わず手に取ってしまったんだ」
「……」
「はは、まあ。君の人差し指に嵌めるには、もっとちゃんとした宝石の指輪じゃなきゃダメだけどね」
その言葉に顔が急激に熱くなる。恋人同士が人差し指に指輪をはめる理由を、この男はちゃんと理解しているのだろうか。
バクバクと煩い心臓をなんとか宥めて、アダムは平気なふりをした。
「シオウさ、人差し指に指輪をはめる理由がどういうことか分かってんのか?」
「分かってるさ。君を一生僕だけの宝物にできるって誓いだろう?」
「──ッ!」
「もちろん、僕も永遠に君だけのものになれる」
「っ、バッカじゃねーの!」
きざったらしい台詞に、アダムは怒ったかのようにそっぽを向いて悪態をつく。
本当にこの男は分かっているのだろうか。
平民でオメガで傭兵なんかをやっている自分が、大侯爵家を継ぐ男の正式な伴侶になれる日なんて来ない。
良くて愛人止まりだ。
この国の貴族は何人ものオメガの愛人を囲うことで、自分の家の力を証明する。だからオメガに示された道は、貴族や豪商に見初められてお人形になるか、生きていくために身売りをするかだ。
ほんとうにどこまでも清らかで浮世離れした馬鹿な男。
そういえば、初めてシオウと出会った時も、下町の商人に騙されている時だった。平民のふりをしても、内からにじみ出る気品さは拭えなくて、いい鴨にされていた。
放っておけばガラの悪いやつらに暴行を受けて追い剥ぎにあうだろう。だから見ていられなくてアダムが声をかけたのがきっかけだった。
もちろん、その時はちょっとしたいい所の坊ちゃん程度にしか思っていなくて、まさか侯爵家の息子とは思いもしなかったが。
だがこんな男に惚れてしまったのだ。
騙されやすくてお人好しで、小さなことに心を痛めるバカみたいに優しい男に。見るもの全てに瞳を輝かせる美しい心に惚れてしまったのだ。
「貸せっ」
アダムはシオウの手から指輪を二つひったくる。
そして、自分の右手の人差し指に指輪をはめると、シオウにも同じように指輪をはめた。
「……左手の人指し指にはめる時は、それなりのものじゃなきゃ許さないからな」
「アダム……君って本当に男前で可愛くて……。もちろんだよ。この手の指に指輪をはめる時は、君と一緒に選んだお揃いのものをプレゼントするよ」
シオウが世界一の幸せものみたいに笑う。
それだけでアダムは何もかも乗り越えられそうな気がした。
だから、番になり妊娠した時も、信じて待っていた。
『必ず迎えに来る。僕を信じてくれ』
ヘラヘラと笑う普段の姿とは違い、真剣な表情で祈るようにアダムの手を握った男を。
必ず迎えに来てくれると、アダムはあの屋敷でずっと待っていた。
シオウが最後までアダムを迎えに来ることはなかったけれど。
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