愛したいと獣がなくとき。

あじ/Jio

文字の大きさ
上 下
30 / 56
三章

09

しおりを挟む


『みてみてアダム。ほら、これ! とっても綺麗だろう』

 屈託のない笑顔で振り返った男は、子供のように二つの指輪を見せた。陽子を反射して白金色に輝く石は確かに綺麗だ。けれど、それはくず石と呼ばれるもので価値はない。
 大侯爵の一人息子であるこの男には、縁のない粗悪品だ。

「はあ。シオウ、それガラクタだぞ。またそこら辺のエセ宝石商に偽物掴まされたのか?」
「えっ、そうなの……?」

 じとりとした目で恋人であるシオウを見る。彼はきょとりと呆けてぱちぱちと目を瞬いた。その様子はあどけない子供のようで。
 呆れていたはずなのに、アダムの心臓がきゅうっと甘く締め付けられる。
 十六歳の自分より、十個も年上であるはずなのに、どうしてこんなにも子供っぽいのか。
 けれど、この国の大貴族でありながら、オメガのアダムを守ってくれた時は逞しくてかっこよかった。オメガだと知ってから一年が過ぎても、彼は周囲に言いふらすことも無い。触れる時、シオウの手が震えているのに気づいている。まるでガラス細工の宝物のように、彼はアダムをとてもとても大切に扱ってくれた。
 まあ普段は、こうして頼りがいの無い、子供のような男なのだけれど。

「でも、この指輪に価値があるかどうかは僕が決めることじゃないかな」
「え?」
「くず石だと聞いて驚いたけど。僕にとってはとても綺麗で、思わず手に取ってしまったんだ」
「……」
「はは、まあ。君の人差し指に嵌めるには、もっとちゃんとした宝石の指輪じゃなきゃダメだけどね」

 その言葉に顔が急激に熱くなる。恋人同士が人差し指に指輪をはめる理由を、この男はちゃんと理解しているのだろうか。
 バクバクと煩い心臓をなんとか宥めて、アダムは平気なふりをした。

「シオウさ、人差し指に指輪をはめる理由がどういうことか分かってんのか?」
「分かってるさ。君を一生僕だけの宝物にできるって誓いだろう?」
「──ッ!」
「もちろん、僕も永遠に君だけのものになれる」
「っ、バッカじゃねーの!」

 きざったらしい台詞に、アダムは怒ったかのようにそっぽを向いて悪態をつく。
 本当にこの男は分かっているのだろうか。
 平民でオメガで傭兵なんかをやっている自分が、大侯爵家を継ぐ男の正式な伴侶になれる日なんて来ない。
 良くて愛人止まりだ。
 この国の貴族は何人ものオメガの愛人を囲うことで、自分の家の力を証明する。だからオメガに示された道は、貴族や豪商に見初められてお人形になるか、生きていくために身売りをするかだ。
 ほんとうにどこまでも清らかで浮世離れした馬鹿な男。
 そういえば、初めてシオウと出会った時も、下町の商人に騙されている時だった。平民のふりをしても、内からにじみ出る気品さは拭えなくて、いい鴨にされていた。
 放っておけばガラの悪いやつらに暴行を受けて追い剥ぎにあうだろう。だから見ていられなくてアダムが声をかけたのがきっかけだった。
 もちろん、その時はちょっとしたいい所の坊ちゃん程度にしか思っていなくて、まさか侯爵家の息子とは思いもしなかったが。
 だがこんな男に惚れてしまったのだ。
 騙されやすくてお人好しで、小さなことに心を痛めるバカみたいに優しい男に。見るもの全てに瞳を輝かせる美しい心に惚れてしまったのだ。

「貸せっ」

 アダムはシオウの手から指輪を二つひったくる。
 そして、自分の右手の人差し指に指輪をはめると、シオウにも同じように指輪をはめた。

「……左手の人指し指にはめる時は、それなりのものじゃなきゃ許さないからな」
「アダム……君って本当に男前で可愛くて……。もちろんだよ。この手の指に指輪をはめる時は、君と一緒に選んだお揃いのものをプレゼントするよ」

 シオウが世界一の幸せものみたいに笑う。
 それだけでアダムは何もかも乗り越えられそうな気がした。
 だから、番になり妊娠した時も、信じて待っていた。

『必ず迎えに来る。僕を信じてくれ』

 ヘラヘラと笑う普段の姿とは違い、真剣な表情で祈るようにアダムの手を握った男を。
 必ず迎えに来てくれると、アダムはあの屋敷でずっと待っていた。
 シオウが最後までアダムを迎えに来ることはなかったけれど。
しおりを挟む
感想 13

あなたにおすすめの小説

とまどいの花嫁は、夫から逃げられない

椎名さえら
恋愛
エラは、親が決めた婚約者からずっと冷淡に扱われ 初夜、夫は愛人の家へと行った。 戦争が起こり、夫は戦地へと赴いた。 「無事に戻ってきたら、お前とは離婚する」 と言い置いて。 やっと戦争が終わった後、エラのもとへ戻ってきた夫に 彼女は強い違和感を感じる。 夫はすっかり改心し、エラとは離婚しないと言い張り 突然彼女を溺愛し始めたからだ ______________________ ✴︎舞台のイメージはイギリス近代(ゆるゆる設定) ✴︎誤字脱字は優しくスルーしていただけると幸いです ✴︎なろうさんにも投稿しています 私の勝手なBGMは、懐かしすぎるけど鬼束ちひろ『月光』←名曲すぎ

当たり前の幸せ

ヒイロ
BL
結婚4年目で別れを決意する。長い間愛があると思っていた結婚だったが嫌われてるとは気付かずいたから。すれ違いからのハッピーエンド。オメガバース。よくある話。 初投稿なので色々矛盾などご容赦を。 ゆっくり更新します。 すみません名前変えました。

捨てられオメガの幸せは

ホロロン
BL
家族に愛されていると思っていたが実はそうではない事実を知ってもなお家族と仲良くしたいがためにずっと好きだった人と喧嘩別れしてしまった。 幸せになれると思ったのに…番になる前に捨てられて行き場をなくした時に会ったのは、あの大好きな彼だった。

元ベータ後天性オメガ

桜 晴樹
BL
懲りずにオメガバースです。 ベータだった主人公がある日を境にオメガになってしまう。 主人公(受) 17歳男子高校生。黒髪平凡顔。身長170cm。 ベータからオメガに。後天性の性(バース)転換。 藤宮春樹(ふじみやはるき) 友人兼ライバル(攻) 金髪イケメン身長182cm ベータを偽っているアルファ 名前決まりました(1月26日) 決まるまではナナシくん‥。 大上礼央(おおかみれお) 名前の由来、狼とライオン(レオ)から‥ ⭐︎コメント受付中 前作の"番なんて要らない"は、編集作業につき、更新停滞中です。 宜しければ其方も読んで頂ければ喜びます。

嫌われ者の僕が学園を去る話

おこげ茶
BL
嫌われ者の男の子が学園を去って生活していく話です。 一旦ものすごく不幸にしたかったのですがあんまなってないかもです…。 最終的にはハピエンの予定です。 Rは書けるかわからなくて入れるか迷っているので今のところなしにしておきます。 ↓↓↓ 微妙なやつのタイトルに※つけておくので苦手な方は自衛お願いします。 設定ガバガバです。なんでも許せる方向け。 不定期更新です。(目標週1) 勝手もわかっていない超初心者が書いた拙い文章ですが、楽しんでいただければ幸いです。 誤字などがありましたらふわふわ言葉で教えて欲しいです。爆速で修正します。

【完結・ルート分岐あり】オメガ皇后の死に戻り〜二度と思い通りにはなりません〜

ivy
BL
魔術師の家門に生まれながら能力の発現が遅く家族から虐げられて暮らしていたオメガのアリス。 そんな彼を国王陛下であるルドルフが妻にと望み生活は一変する。 幸せになれると思っていたのに生まれた子供共々ルドルフに殺されたアリスは目が覚めると子供の頃に戻っていた。 もう二度と同じ轍は踏まない。 そう決心したアリスの戦いが始まる。

【短編】旦那様、2年後に消えますので、その日まで恩返しをさせてください

あさぎかな@電子書籍二作目発売中
恋愛
「二年後には消えますので、ベネディック様。どうかその日まで、いつかの恩返しをさせてください」 「恩? 私と君は初対面だったはず」 「そうかもしれませんが、そうではないのかもしれません」 「意味がわからない──が、これでアルフの、弟の奇病も治るのならいいだろう」 奇病を癒すため魔法都市、最後の薬師フェリーネはベネディック・バルテルスと契約結婚を持ちかける。 彼女の目的は遺産目当てや、玉の輿ではなく──?

孕めないオメガでもいいですか?

月夜野レオン
BL
病院で子供を孕めない体といきなり診断された俺は、どうして良いのか判らず大好きな幼馴染の前から消える選択をした。不完全なオメガはお前に相応しくないから…… オメガバース作品です。

処理中です...