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二章
04
しおりを挟むイサクがむっつりと黙りこむと、テオドールが目を眇める。
「それにしても、どうして毎夜足が向いてしまうんだろうね? おかしいなあ」
わざとらしい言い方にイサクは首を傾げる。
何か言いたいことがあるのは分かるが、何が言いたいのかまで分からない。
「それにあのイサクが手作りの夕飯を食べているんだって?」
重ねての攻撃にイサクは狼狽えた。
それは確かに大きな変化だった。過去、まだイサクが学生だった頃の話。跡取り問題を巡り毒殺されかけたことがある。
それをきっかけにイサクは、誰の手料理も信用せず口にしていなかった。アダムに出会うまでは、栄養価の高い薬草を煎じて飲んだり、果物を口にする毎日。
他人の作ったホカホカの美味しいご飯なんて何十年ぶりに口にした。きっと、まだ母と二人きりで暮らしていたあの幼い日以来だ。
「……アレの作る料理は上手いんだから仕方ないことだろ」
「ふーん」
「それに、俺が見ている前で作っているんだ。……毒など入れる暇もない。同じものを食しているしな」
「そうか」
テオドールはぷぷぷと笑う。お上品に口元に添えられた手がなんだか酷くうざったい。
イサクが拗ねてそっぽを向いたその時。
耳元で囁かれた。
──じゃあイサクは、すっかり胃・袋・を・掴・ま・れ・て・しまったんだね?
「……っ!」
銀色の瞳が大きく見開く。
イサクはテオドールの言葉を反芻して納得した。
「それだ。俺はあのオメガに餌付けられていたのか……!」
「は?」
「知らないあいだに餌付けられていたんだな。なるほど。だから毎夜通ってしまうわけだ。……流石はテオドールだな。恐れ入った」
「馬鹿か?」
冷々とした視線にも気づかないほどイサクの胸は晴々である。
悶々としていた謎が解けたのだから。
だが、友の追求は止まらなかった。
「イサク。……愛を知りたいなら、自分の心に鈍感になってはならないよ。もちろん、相手の心にも。愛とは互いに心を砕きあい積み上げるものだ」
「……だから、何度も言っているだろう。俺は──」
「愛さない?」
言葉尻を奪われてイサクが転げるように呼気を吐き出す。
テオドールの瞳は形容し難い感情に揺らいでいた。
「お前が愛を知る時、その手のひらからこぼれ落ちないことを願う」
友の切実な思いは、どうしてかイサクの心を締め付ける。
頭の中にぱちんっとあの日の言葉が蘇った。
──この僕を侮辱したんだから呪われて当然だよ!
あどけない顔をした魔女はあの日イサクに呪いをかけた。
──夜とともに獣になってしまえばいい。
その言葉の通り、イサクは太陽が沈む時、姿を獣と変えた。
そして、
──それから。お前が心から誰かを愛した時には、……。
あの時。真っ赤な唇がゆっくりと吊り上がるのを、イサクはただただながめていた。
そして今も、思い出をなぞるように、同じ光景を見るだけ。
「……俺は、誰も愛さない」
イサクの言葉はぽつんと雨音のように落ちた。
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