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一章
06
しおりを挟む籠にたんまりと積み上げられた芋の山を持ち上げようとした時、どんっと背中を押されて、たたらを踏む。
芋と一緒に転げそうになったアダムが振り返ると、こちらを見下ろす冷徹な瞳が二対。
「すみません! 次からは周囲を確認して動きます」
アダムは起き上がると先輩に頭を下げた。
狸獣人の先輩は、ぽよんと張り出た腹を膨らませて、謝罪するアダムの頭めがけて嘲笑を投げつける。
わざとぶつかったことは分かっている。理不尽な行いに怒りだって芽生える。
だが、ギリギリと締め付けられる胃に力を込めて、先輩が去るのを待った。
ここ最近、アダムの取り巻く環境は急激に悪い方へと変わった。
なにも先日感じた不安が的中しなくたっていいのに。こういう悪いことばかり当たるのだから嫌になる。
宰相が連日訪れるせいで、アダムは腫れ物扱いだ。身近な同僚や先輩たちからは距離を取られ、顔も知らない高位の使用人からは妬まれている。
例え呪われた宰相と噂されようと、皇帝の右腕と名高い男だ。
そんな相手に見初められた「運命の番」が羨ましいのだろう。
今じゃ城内でアダムの名を知らぬものはいない。どこもかしこも噂話で持ち切りだ。
当然、あちこちで噂が交わされれば、尾鰭もつくに決まっている。
──異国の地からやってきたオメガは、子持ちのくせにアルファ漁りに勤しんでいる。
──希少な「慰撫の手」を強みに、好き勝手しているらしいぞ。
そんな、心無い言葉は、ついぞアダム本人にも届くようになった。
疑いたくはないが、多分、そういった悪意ある噂の根源は身近な人間なのだろう。
頭の中にぐにゃりと、さっきぶつかってきた先輩が浮かんだ。
どこにだって自分とウマの合わない相手はいるものだが、先輩がまさにその相手だった。
最初の発端は、先輩の想い人がアダムに一目惚れしたことだった。
だがアダムが全く見向きもせずに、その想い人を振ってしまったものだから、先輩のプライドに傷をつけたらしい。
火に油を注ぐかのように、先輩は執拗にアダムを攻撃した。
──オメガだから守って貰えると思っている。きっと、わざわざここで働くのは、高位のアルファを物色するためだ。
アダムに聞こえるよう仲間内で話している姿を何度も見かけた。
オメガだからどうと、いつまでも目の敵にされるのは鬱陶しい。
アダムからしてもネチネチとした粘着質な男は嫌いだ。
これまでは先輩に嫌われようと、アダムは気にもしていなかった。
けれど、宰相が関わったことで状況が一変してしまう。
調理場の規律である料理長から注意されてしまったのだ。
このままだと大事な現場が乱れる。その時は、アダムには悪いが首にすると、はっきりと告げられた。
自分の力が及ばず不必要とされるならまだいい。けれど、そんなくだらない悪意に晒されて、職を失うのは負けたようで気に食わない。
ようやく普通の生活を手にしたのに、またここでも「オメガ」という性に邪魔されるのか。
「もういい。今日会ったらはっきりと迷惑だって言ってやる」
何よりも騒動の原因である宰相に苛立ちが募る。
やさぐれた声音でアダムは決意する。だが、その日に限って宰相の訪れはなかった。
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