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一章

04

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 夜。アダムは魔の森へとやってきた。
 使用人であるアダムが、どうして魔の森と隣接する一軒家に住まうのか。
 その理由は、アダムの能力が関係していた。

「おーい。皆、きたよー」

 わざと足音を立てて声をかけると、木々がざわめく。
 青白い月が照らす鬱蒼とした森はいつ見ても不気味だ。だが、アダムにとっては心地のいい場所だった。
 そんなアダムの背後をめがけて、一匹の兎の魔獣が矢のように素早く飛びかかる。
 慣れたようにアダムは振り返ると、白いふわ毛の体をぎゅっと受け止めた。

「こら! そんなふうに走ってきたら怪我するかもしれないだろ?」

 腕の中から見上げてくる兎は、プリプリとまん丸の尻尾を振って応えた。アダムの説教などまるで聞いていない。
 むしろ、大好きな母に心配された幼子のように嬉しげだ。
 アダムが苦笑をもらし、あやすように兎を揺らすと、次から次へと魔獣が姿を現す。

「あっ! 今おしり噛んだやついるだろっ」

 わらわらと集まってきた獣の姿をした魔獣たちが、知らんぷりをするようにそっぽを向いた。
 それよりも、もっと構え、遊べとアダムの服を噛んで引っ張る始末だ。

「もう、あざといんだからなぁ」

 どんなに呆れた口調でいても、アダムがまんざらでもないとバレバレなのが悔しい。
 地べたに座り込むと魔獣たちがひっくり返り腹をさらす。すぐ近くにいた、獅子の魔獣を撫でると、腰をくねくね。尻尾をふりふり。たいへん、ご満悦だ。
 そうして順番待ちをする魔獣を満足するまで撫で回した。
 二日に一度、魔の森に棲む魔獣達と戯れるのが、アダムの本当の仕事である。
 だが、あんまりにも簡単な仕事すぎて、アダムは官僚に頼み昼間の仕事を斡旋してもらったのだ。
 だって、アダムは獣が好きだ。凶暴だと恐れられる魔獣でも、見た目はとても愛らしい。
 それに、魔の森に棲む魔獣は知能がとても発達している。
 まるで大人の獣人を相手にしているかのように賢い。
 そんな魔獣たちを好きなだけモフるのが仕事だなんて、あんまりにも天国すぎて申し訳なかったのだ。
 仕事というよりも趣味。もっといえばこちらが癒されているようなものである。
 なのでアダムは現在、副業がもふもふタイムであると自分で納得していた。

「それじゃあ。また来るよ」

 魔獣たちは起き上がると残念そうにアダムを見送る。何度も振り返り魔の森を抜けたアダムは、ぐーっと体を伸ばした。
 ふと甘い匂いが鼻を擽る。匂いを辿れば、姿勢正しく伏せをしていた黒毛の狼がこちらを見て、尻尾をふわりと揺らした。

「お前はどうして魔の森から出れるんだろうな」

 狼はふんっと鼻で応える。まるで「どうでもいい」とでも言っているかのようだった。
 魔の森に棲む魔獣たちは、ハルデン帝国の初代帝王と盟約を交わして、城を守護してくれている。だから、魔の森から出ることが出来ないのだ。
 盟約が続く限り、ハルデン帝国に住まう者は、決して魔の森に棲む魔獣達に手を出してはいけない。
 昔、怖いもの知らずの貴族バカが、度胸試しに魔の森で狩りをした。
 すると、様々な天変地異が起こり、厄災にみまわれたらしい。当然、その貴族は二度と帰って来なかった。
 魔の森はハルデン帝国の土地にあるが、実際のところ手だし無用の無法地帯である。

 だからこそ、「慰撫の手」をもつアダムが現れた時、城の上層部に位置する大臣や官僚たちは喜んだ。
 これからは恐ろしい思いをして、魔獣たちのご機嫌取りをしなくて済むからだ。
 アダムにとっては天国だが、他の皆にしてみれば地獄のような時間らしい。
 全くもって不思議である。
 魔獣達と戯れるだけでは簡単すぎるから、他の仕事を紹介して欲しいと頼んだ時の官僚の戦いた顔が忘れられない。
 エリートであるアルファでも、あんな間抜けな顔をするんだなあと、思い出すたびに愉快だ。

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