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一章
02
しおりを挟むこの王城に来たばかりの頃。
王城らしく不思議な、それでいて絶対である特別なルールを教わる。
だが、どれも宮廷料理人の補佐として働くアダムには縁のない話ばかりで、だからすっかりと忘れていたのだ。
──呪われた宰相様が魔の姿で現れるとき、決して目を合わせてはならない。
──でなければ、その呪いは己にも降りかかるだろう、と。
アダムは壁に追いやられながら、果たして自分は目を合わせただろうかと思案する。
補佐とは要するに雑用係だ。
調理場は戦場。
悠々としていて華やかなイメージのある宮殿とは正反対だ。ガチムチの男たちや、気の強い肝っ玉母ちゃんが蔓延る戦場である。
料理を教えてもらおうなど甘い。そんなことでは、尻がいくつあっても足りないだろう。邪魔だと蹴り飛ばされる前に、動かなければならない。
そんな戦場を日々動き回るアダムには、呪われた宰相様と目を合わせる時間などない。
だというのになぜなのだろう?
アダムは尊き身である宰相様に、ぐいぐいと距離を詰められて、ついには壁に背がついてしまった。
「お前だな」
はて、なんのことだろうか。
目線は下に、だけれど頭は傾げて、アダムは困惑を表現した。
「お前は、この俺の運命の番だと思うが、なぜ挨拶に来ない」
「……」
ふむ。確かに、宰相様は少々おかしな方であられる。
噂はあくまで噂。
そう思ってきたアダムだが、今回ばかりは、噂が真実だと思った。
「発言を許して頂けますでしょうか」
「許す」
「お言葉ですが宰相様。私のようなオメガが、貴方様のような尊き方の番であるはずがなく。……なにより、私は子持ちでございます。そんなコブ付きの私めが運命の番だなどといえば、首が飛んでしまうでしょう」
お前は、巫山戯た理由でこの俺を殺す気か?
何重ものオブラートに包んでアダムは伝えた。
そして、虚空を眺めて何かを考えこむ宰相を残して辞する。
きちんと頭を下げるのを忘れずに。
「噂って馬鹿にできないなぁ。……気をつけよ」
気を取り直して、アダムは持ち場に帰った。
寄り道をするなと怒られたが、あまりの理不尽さに思わず宰相様を呪う。
自分は悪くないのに、とんだ災難である。
そして、その夜。
「あ。やっぱりお前か。なんかいい匂いすると思ったんだー」
扉を開けたアダムは、数歩先から歩いてくる狼に声をかける。
「サミー。狼きたからご飯用意してあげてー」
「はぁい」
もぐもぐとスプーンを使い夕ご飯を食べていたサミーが、右手を上げて返事をする。
そして、ぴょんっと椅子から飛び降りると、キッチンへと向かった。
「はあー。今日さ、変な男に絡まれたんだ。……俺のこと運命の番とか言うんだ。笑っちゃうだろ?」
足元にやってきた狼の頭を撫でて、アダムは嘆息する。
「……そんなことあるわけないのにな。それに、もし運命の番だとしても、俺はあの人の番なんだ。捨てられてしまっても、噛み跡は消せない。今更運命が現れたところで、幸せになんかなれないのに」
神様がいるならば、どうして運命の番なんてものを作ったのか詰ってやりたかった。
仮にいたとして、どうして絶対に出会えるようにしてくれないのかとも。
「運命」というぐらいなら、出会わせてくれなければ、いつまでも魂は満たされないではないか。
それでは誰も幸せになんかなれない。
だって、オメガは一度でもアルファに項を噛まれてしまえば、その相手に永遠に縛られてしまう。
たとえ捨てられようとも、弄ばれようとも、アダムは縛られたままだ。
心に芽生えた愛は干からびている。
なのに体だけは、アダムを見捨てたあの男を今でも求めている。
なんて残酷なシステムなのだろう。
例えアルファは番になろうとも、縛られることはないのに。
オメガだけが縛られるのだ。
そんなもの、幸せでもなんでもない。
ただの呪いじゃないか。
番によって得たものは少なかった。
ヒート中に撒き散らすフェロモンが、番った相手にしか作用しないことぐらいだろうか。
それ以外に得るものは何も無い。
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