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本編
しおりを挟む「──貴様など生まれて来なければ良かったのだ!」
悲しみと憎しみが爆発するままに詰った数秒後。
肌をうちつける音が部屋に響いた。
それは実父が忌み嫌う俺の頬を殴ったという事実で、徐々に痛みと熱をもつ頬が嫌でも知らしめる。
──生まれて来なければ良かったのは俺の方だと。
無常な現実に気付かされた十歳の誕生日。
心がひび割れたとき俺は前世を思い出した。
俺は弟が嫌いだ。
前世を思い返したところで、今世の俺が持つ憎しみが消えるわけもない。
よくあるテンプレのように、剣と魔法がある異世界とやらに転生した俺は、ここが前世で大人気だったゲームと同じだと気づいた。
英雄が魔王を倒す大冒険の世界は、ゲームのみならず漫画やアニメ化もし、映画や舞台にもなった。
俺が死ぬ前には、派生した新しい世界のゲームがリリースされ、兎にも角にも大人気のRPG。
その英雄がなんの因果か俺の弟なのだ。
は? あいつが英雄? ふざけんなよ、である。
ゲームの世界でいうところ、俺は一番最初にその英雄とやらに退治される、チョロ悪役だ。
腹違いの兄は、誰からも愛される弟に嫉妬し、自分だって英雄になれると妬み、弟の地位を奪おうとする哀れな脇役。
俺とて前世ではそう思っていた。
というか、弱そうなモブ的悪役なんて、誰だって興味が無いだろ。
それに、何かと弟を邪魔して詰り虐めるところなんて、小賢しくて矮小で、裁かれる時にスカッとしても、誰も悲しむことなどない。
そんな兄役に俺は転生した。
だからまあ、ハッキリ言ってしまえば、自分を将来退治する弟に悪意を向けるのは間違っているのかもしれない。
普通なら、仲良くして、破滅の道からは逃れるべきだ。
だが、記憶を思いだそうとも、相手が将来の英雄だろうと、俺はコイツ《弟》が嫌いだ。大嫌いだ。
俺の母親が苦しんだひとつの原因は間違いなく弟で、その弟の母親も大嫌いだ。
そして弟より大嫌いなのが父親だ。
嫁にもらった女一人も幸せにできず、愛人身篭らせて囲って、正妻はおざなりだなんて、舐めてんじゃねーぞ、その頭カチ割るぞ? である。
それでもまだ小さかった俺は、悪いのは父親ではなく、父親を誑かした義母と弟だと思っていた。
自分を騙していたのだ。
母親が自殺したのは、あの親子のせいだと。
父親も本当は悲しんでいるけど、悪魔のような親子の手前、本音を言えないのだと。
幼い俺に言ってやりたい。
いい加減目を覚ませよ馬鹿がよ、と。
十歳の誕生日。
俺の誕生日なんてすっからかんと忘れた糞親父は、あろう事か俺の目の前で「私の宝物はお前とアイリスだけだ」とほざいた。
もう、もうもう、我慢ならなかったね。
いやいや待ってくださいよ旦那。あんたの息子はもう一人いるだろ?
娶った女ももう一人いるだろ?
てめぇが嫁に迎えた女が自殺しても、懺悔することもなく、のうのうと己の人生を楽しんでいる男が憎かった。
そして、父親や母親のみならず、その他大勢の者に愛されていても、何も感じていない瞳で生きている弟が大嫌いだと思った。
子供だった俺は感情が爆発するままに弟を詰り、鬼のような顔をした父親に殴られた。
「ジュリアとそっくりだ。貴様には優しさや思いやりがないのか?」
と、俺を怒鳴りつけながら。
父親は、どうやら貧困層で生きてきた義母と息子を哀れんでいたらしい。
義母はこの屋敷の使用人だったらしく、父親と両思いだったそうだ。
だが、大貴族と平民では絶対に釣り合わない。そんな二人はたった一晩だけ結ばれて別れた。
だが、義母はその一晩で弟を孕み、知られてしまえば殺されるか奪われてしまうと思い、貴族の手が届かないような裏町で生きていたそうだ。
ああ、なんてお可哀想……。
そんな声が聞こえてきそうだ。
実際に何度も聞かされた言葉だった。
俺の母親は死ぬまでチクチクと小言や悪口を聞かされて最後は毒に負けて死んだ。
確かに気が強くて意地の悪い奴に見えただろうな。
だが、母親が誰よりも気丈で負けん気が強く愛情深かったのを知っている。
貴族の女として最後まで戦った強い女性だった。
愛した男に見向きもされず、それでも大輪の花のように笑う。俺を抱きしめて、ごめんねというように「大好きよ」と笑う貴女が俺の太陽だった。
だから、俺はどうしたって弟が嫌いだ。
前世を思い出した俺は、これまで弟に向けていた悪意がぱっと消えたのを感じた。
決して好きになったわけじゃない。
今でも全然嫌いだ。余裕で嫌いだ。肌が触れ合おうものなら、顔面殴り付けて鼻骨折ってやりたいぐらいに。
ただ、懲らしめてやろうと思わなくなったのは、一重に愛されたいと願う心も消失したから。
ようは、嫌いな弟を虐める反面、誰も自分を見てくれない苦しみから解放されたかったのだ。
弟に悪い意味で絡むときだけ、父親は俺を見てくれたから。
ずっと、透明人間のように生きていると、自分が息をしているのかどうかも分からなくなる。
それがとても悲しかったのだろう。
だが、そんな気持ちがはるか遠くに飛んでいってしまった俺は父親に頼んだ。
──忌み嫌う息子と居ても楽しくないでしょうし、俺は遠くの領地にある屋敷で暮らすのでよろしくお願いします。
そう頼んだ俺に、父親は嫌悪感丸出しで拒絶したが、お前は俺に何かを言える立場じゃねーの。
──一人の女が毒殺されようと見向きもしなかったお前が、俺の父親ぶってんじゃねーぞ。いいからさっさと手配しろよ。それで、お前たち三人で仲良く家族ごっこでもしてな。
と言った俺に、父親は初めて嫌悪意外の顔を見せた。驚きと困惑と猜疑に満ちた目だ。
そりゃあ、今まで「父様、父様っ。僕を愛して」と愛を強請り、後ろを追っかけ回していたような息子が、汚い言葉を使って父親を詰ったのだから当然か。
それからははるか遠くの領地にある屋敷で慎ましく暮らした。ここに来る前、屋敷の中から弟がじっと見ていたのを知っている。
精々したとでも思っているのか、いつまでも俺を見下ろしていて、その舐めた態度がやはり大嫌いだ。
屋敷での生活は初めの頃は貧しかった。思った通りに金なんてほんのちょびっとした送られず、一年をすぎた頃にはそのちょびっとさえ無くなった。
まさか大貴族の嫡子がくたびれたシャツを縫い繋ぎ着てるとは思わなかっただろう。
街におりれば、普通に平民たちが暮らしている。俺は子供たちに紛れて剣を覚え、生きる術を得た。
どこかに隠れて護衛がいたかもしれないが、俺に与えられたのは年老いた夫婦の使用人。
可哀想に、俺のせいでこんな生きにくい田舎に飛ばされたのだ。
せめてもの報いだと、一人で狩った魔獣の肉は、爺やと婆やにあげた。
どうやら最高級の肉らしくて、そんなものは食べれないと言っていたが、遠慮はすぐに消えた。
「のう、坊ちゃん。そろそろ雪牛の肉が食いたいのじゃが」
と、催促までするようになった。全く、図々しいジジイだ。
一年の半分以上が雪の降る寂しい土地だったが、爺やと婆やと過ごす生活はとても暖かくて楽しかった。
肉の日はパーティーだ。ようは、毎日パーティーだ。近所の領民も誘って、味は悪いが度数の高いアルコールを飲んで、皆でどんちゃん騒ぎ。
そんな遠慮のない二人は俺にとって今世の両親みたいなものだった。当然、母親が一番ではあるが。
だが、優しい生活もそう長くは続かない。
十五になるとき、特に寒さの厳しい年だった。
立て続けに爺やと婆やが亡くなった。流行病で、呆気なかった。
そこそこ大きな屋敷に響く二人の笑い声が懐かしくて、毎日毎日寂しかった。
でもいつまでも惚けている訳にはいかない。
心配して顔を出してくれる街の皆にも大丈夫だということ知らせたくて、いつも通りに狩りをしている森に入った。
その時に少しバカをして怪我を負った。
おまけに、入ったことの無い場所に逃げ込んでしまい、こりゃあ終わりだなと諦めた。
俺も三人の所に行くのか。まあ、それも悪くない。いやむしろめちゃくちゃいいじゃん!
そう瞼を閉じた時、「大馬鹿者め!」と爺やが怒鳴った気がして、驚いて目を開けた。
そのとき、茂みの奥に小さな子供が倒れているのを見つけたのだ。
まさか、街に住む子供が入り込んだのかと血の気が引く。
戦うための剣は折れてしまったし、毒を食らったせいで魔法も使えない。
なにより、食いちぎられた腹から血が止まらなかった。
でも火事場の馬鹿力だとでもいうのか。
動くのもだるかった体で子供に近づいた。
俺とお揃いの白い髪は、子供の方が淡くて、雪のように消えちゃいそうだった。
どこにも怪我はないが、閉ざされた瞼は濡れていて、頬には涙の跡があった。
なぜか無性に惹き付けられて、いつの間にか腕に抱きしめていた。
「だれ?」
「…… ハク」
瞼の下には美しい紫の宝石が隠れていた。長い睫毛が瞬く。どんどん溢れてくる涙に俺は狼狽えた。
このままだと絶望的で、助からないことに気づいたのかと。
だが、子供はしゃくりあげながら、寂しいと言った。
「おきたら、ぼくの大切なひと、みんないないの」
ひくり、ひくり、と。見ているこちらまで苦しくなるような、そんな声音で宝石のような涙をこぼす。
咽び泣く姿を見たせいか、それとも死を悟ったせいか、初めてこの時俺も泣いた。
小さな子供を抱きしめて、思うがままに泣き叫ぶ。この世の悲しみに中指を立てて、僅かな幸福に縋りついて。
顔を濡らす熱い涙は俺の生きてきた記憶だ。いずれ心臓が止まってしまえば、こうして痛みや悲しみに暮れることもない。
短い人生だっなあと最後には笑ってしまった。
「ハクも、たいせつなひと、なくしたんだね」
「……そうだな。大切な人ばかり亡くすよ」
今世でも前世でも。
俺から何かを奪った誰かは、他の誰かには大切な何かを与えていて嫌になる。
俺にもたった一つくらい与えてくれたって罰はあたらないだろうに。
そこで意識を失った俺は、次に目覚めたときには森の入口にいた。
様子を見に来てくれた街の皆に起こされたのだ。
折れた剣もそのままで、装備もボロボロ。服は血を吸い、黒く酸化していた。だが、どんなに確認しても食いちぎられたはずの腹は何も無かった。
おかしなこともあるもんだと、仲のいい友が笑っていた。
あれは幻だったのかと悩んだ俺だったが、あの日出会った子供が魔王という存在だと知るのはわりとすぐである。
屋敷にはあの子供が住み着いた。
名前がないと言うからルナと名付けた。ルナが人間でないことはすぐに分かった。
そして、多分、600年前に退治されたという魔王であることも。英雄の弟は封印から目覚めて力を取り戻した魔王を、今度こそ倒すために旅に出るのだ。
そんな魔王様だが、絶賛俺の腕の中でお昼寝中だ。
自分が封印されていたことを理解していて、夜はいつも仲間を守れなかったと泣いていた。
だが、少しずつ力を取り戻すと、ルナは嬉しそうに俺に飛びついた。
「仲間の気配がどこからかする!」
ルナはもしかしたら、こことは違う異次元に自分たちの国を作っているかもと言った。かつての臣下にそういう魔法が得意だった者がいたという。
なんだか壮大な話についていけないが、これで毎日泣かなくて済むと思えばいい事だ。そういう俺に、ルナは嬉しそうに笑って抱きついた。
俺に出会わなかったら、悲しみにくれたまま手当り次第にヒトを殺すつもりだったらしい。まさに魔王だなーと他人事のように思った。
まあ、今ではルナが弟に退治されなくて良かったが。
縁を切った生家から手紙が届いたのは、その数日後のことだ。
十五になった貴族は特殊な理由がない限り王立学園に通う。
だから、俺もそこに通えというのだ。
だが、俺は既に15歳になり半年以上が過ぎている。入学の時期はとっくに過ぎた。今更遅くないか? と思ったが、すぐに理解する。
魔王が目覚めたことで、封印されていた勇者の聖剣も目覚めたのだろう。そして、その聖剣に選ばれたのが弟だった。
おかげで、当主の座から外したはずの俺を、嫌々ながら戻さなければならなくなったのだろう。
英雄となれば、公爵家を継ぐのは難しい。
大体が国王の娘と婚姻を結び、婿入りするのが決まっているからだ。
戻りたくなくて、ルナと一緒に森を探索していると、ルナが雑草を手に鷲掴み走ってきた。
「ハク。これを飲んで」
「げっ。雑草じゃねーか。なんの罰ゲームだよ」
「ちがうよー。これ、ハクが罹患してる病に効くおくすり」
目を瞬いた。誰もがただの雑草だと思っていた雑草が薬草で、しかも俺まで流行病にかかっているというのだ。
そりゃあ、驚いて言葉も出ないだろう。
「これで治るのか?」
「うん」
「……そっか」
煎じて飲んだ薬湯は酷く苦くて涙がでた。
「ハク……」
「見んなよ。ばーか」
もっと早く知っていたら、救えたのかもしれないのにな。
帝都に戻る前に、薬草をいくつか保存して所持した。流行病はいずれ、帝都にも魔の手を伸ばす。それを知っていて、見過ごすことはなんだか目覚めが悪い。
別れを惜しむ領民たちにも、ちゃんと雑草が薬になることを伝えて、俺は帝都に戻った。
そして俺を迎えた帝都の使用人たちは、過去のことなど忘れたかのように俺に見惚れた。
そんなに筋肉はつかなかったが、背も伸びて剣を握る体をしている。
年頃の女だけじゃなくて、男もそういう目で見てくるのが鬱陶しい。
父親に一年遅れで弟と一緒に入学しろと言われたのと同じくらいに嫌悪感が込み上げた。
だが、うだうだ言っても仕方がない。さっさと自室に戻ると、来月に控える入学式のために準備を始めた。
ルナは白い子猫となって一緒についてきた。弟が勇者であることも伝えたが、弱い勇者に興味はないと一蹴である。
まあもしもルナが退治されそうになったら、二人で一緒に逃げるつもりだ。そういった時、ルナは喜びのあまり俺の唇に噛み付いた。
かなり痛かったので本気で怒ったのを覚えている。
それから、流行病に罹患している義母にあの雑草を渡した。残りは父親に、王宮薬師にでも売ればいいと押付けた。
不治の病に嘆いていた父親と義母はお陰様で今でも元気だ。
命を救うことになってしまった俺に、父親が近づいてきたがぶった切った。
俺はお前らを許したわけじゃない。
なにをいい話風に終わらせようとしてるんだ?
今でも母親の泣きそうな愛しているを思い返す。父親がいくら反省したって、母親は生き返らない。
全てを失った後に平気な顔して近づいてくる男はやはり気持ち悪かった。
そして、入学した王立学園はそれはもうつまらない場所だ。卒業までの三年間はここの寮で過ごす。
一年遅れで入学したせいもあって、俺に対する周りの態度は酷いものだ。
──あの勇者様の兄で、超名門公爵家の長子なのに、穀潰しだ。
なんてことを言われたが、悪口も半年経てば大きな声から小さな声に変わる。
俺は魔物が闊歩する森で五年も狩りをしてきたのだ。平々凡々と温室育ちの子息共に、剣も魔法も負けるわけが無い。
天才的な弟にはやはりおいつけず、ここぞとばかりに嘲弄されることもあったが、そういう奴らは徹底的に潰した。
よくある漫画や小説では、目立ちたくないから力を隠すと言うが、ぶっちゃけ隠せてないし目立つ気が満々なのが見え透いている。
それに俺は、俺を愚弄するやつに頭を下げるなど御免だ。
そんな俺と対等の力を持っているのが、騎士団長の息子であり、将来は弟と共に魔王討伐の旅に出る少年。
そいつは赤い髪と目をしていた。
懐かしい色だった。大輪の薔薇のように笑う母と同じ色。
そして、俺と同じ瞳の色だ。
だからか、二学年になった頃、俺はそいつと寝る関係になった。
「はぁ……、ハクの中は極上だな」
「うるせえ。早く動けよ」
「ったく、相変わらず態度でけーな。俺はハクのこと可愛がってやりたいんだよ。分かるか?」
「んっ……あっ! っんぅ、ふ、あ、っぁ」
中を抉る性器が角度を変えて奥へと侵入する。
結腸をグリグリと押し開かれて、俺は堪らず吐精した。
団長の息子は何かとロマンチストで煩いが、体とあそこは最高に良かった。
そして、前世と変わらずに、性行為中は酷くされる方が好きな俺は、乱暴に激しく抱いてくれるコイツを気に入っていた。
「あぁっ、や……っ、もっと、もっとつよくして……っ」
「はっ、淫乱」
「んっ、んぅ~ッ!」
乳首を思い切り抓られて全身が酷く痙攣する。はくはくと酸素を求めて喘ぐと、唇があわさり口内を蹂躙された。
俺のよりも厚みがある舌が好きなように蠢く。熱に浮かされるように、そいつの舌に吸い付いた。
セックスが終わればここにいる理由はない。さっさと服を着て部屋を出ようとすると、団長の息子に腕を取られる。
「なあ、朝までいろよ」
「きも」
セフレは恋人じゃねーんだよ。恋人ヅラするなら二度とお前とは寝ない。
そう言うと、団長の息子はしぶしぶ手を離した。
余計な感情を向けられるのは困る。部屋から出ても手首に残る熱に困惑していると、後ろから伸びてきた手に肩を掴まれた。
振り返れば、翠眼をらんらんとギラつかせて弟が立っていた。
「なぜお前がアレの部屋から出てくる」
「は? てめーには関係ねーよ。その手を離しな」
「俺の質問に答えろ。なぜ、お前があの部屋から出てくるんだ」
瞳には怒りの炎が踊っていた。
ああ、もしかして。なるほど。こいつは、あの団長様の息子が好きなのか。
察するとくつりと暗い愉悦が込み上げる。
俺は弟の胸ぐらを掴み引き寄せた。
「何してたか知りたいか?」
「っ」
「でっかいチンコで犯されながら気持ちのいいキスをしてたんだよ」
耳元で囁くと、弟が動揺する。
初めて見る姿に心が沸き上がる。傷つけてやりてぇな、と。暗い感情が止まらない。
「いまさっきまで、あいつの舌を絡ませあっていたんだ。お前が頭を下げるなら、俺の舌で間接キスしてやろうか?」
俺の目線より上にある顎をなでて、あーんと口の中を見せる。
瞠目した瞳が震えているのを確かめて、胸糞悪い気持ちが少しばかり晴れた。
「ばーか。冗談だ──」
弟から離れて嘲笑ってやろうとしたのに俺は出来なかった。
さっきよりも強い力で引き寄せられて、弟にキスをされていたからだ。
あの大嫌いな弟の熱を感じて吐き気が込み上げる。嫌悪感で体が震えると、弟の手が服の中に入り込んできた。
「んんっ!」
腫れた乳首を力任せに引っ張られて、くぐもった嬌声があがる。ぐちゅりと掻き回される舌は、逃げる俺の舌を追いかけ、飲みきれない唾液がこぼれ落ちた。
「はっ……! ゃ、めろっ!」
弟は俺を壁に押し付けると、片手で両手を拘束した。
そして、あろう事か俺のズボンを脱がそうとする。
「おい、まさかこんなところで犯す気か?」
寮の廊下で、誰が来るかも分からないこんな場所で?
獣のように張り詰めた性器を押し付けてくる弟が気持ち悪かった。
「ふざけんな! 大嫌いなてめぇのを咥えるぐらいなら死んだ方がましだ!」
怒鳴りつけると、弟の手がぴくりと止まる。
その隙に足払いをして、拘束から逃れると、さっさと自分の部屋へと戻った。
その途中で、「ならば殺すしかない」と、ほの暗い声音で弟が囁いたが、足を止めずに逃げた。
止めてしまえばその場で本当に殺されそうな気がしたからだ。
弟はあれから俺と団長の息子が一緒にいると尽く邪魔をするようになった。酷い時には無理矢理に押さえつけられてあの夜みたいに口付けられる。
嫌がると魔法を使ってでも俺を拘束した。
おかげで卒業するまで団長の息子とセックスした回数はかなり少ない。どんだけ団長の息子が好きなんだよと呆れたものだ。
そして、ルナも反抗期だった。
団長の息子に立ちバックで犯されながら、窓にすがり付いてよがっていた時。
子猫姿のルナが外から帰ってきて、ちょうど達した時を見られてしまった。
ガラス越しにルナの全身の毛が驚きで逆だったのを見て笑ったものだ。
それからというもの、ルナは「僕がいるのになんで! どうして!」と、まるで子供のなぜなぜ期の如く煩い。
そこまでされると、ルナが俺の事をそういう目で好きなんだと理解する。
だから、はっきりとルナは弟のようにしか思えないと告げた。そうしたら、顔を真っ赤にして目に涙を溜めて「ハクのド淫乱ガバガバアナルー!」と、不名誉な罵りを残して去っていった。
卒業しても未だに姿を見せないが、ルナが俺を見ている気配はする。たまに俺とルナが出会った森に実る木の実が、窓辺においてあったりするから寂しくはない。
でも早く家出から戻ってこないかなーとは思う。
そして、父親の元で領主としての仕事を学んでいた頃。父親のパシリとして王宮に用事があり登城した。
王立学園で色々と糞を虐めたせいか、卒業した途端に根も葉もない噂を流された。
魔法も剣も全然ダメで、ことある事に権力を笠にきてふんぞり返り、気に入らない者をいじめていたと。
まあ確かに虐めてはいた。俺の悪口を言う気に入らない奴は、剣や魔法の授業でコテンパンにして赤恥をかかせたのは事実だ。
だが、姑息な真似はしていない。
まあそんなことは、周りからすればどうでも良いのだ。
公爵家のダメ息子を虐めるのは日頃の鬱憤晴らしにはちょうどいいのだろう。
俺が爵位を継いでも、円滑にことが回るまでは、それなりに時間や根回しが必要だ。そう思いながら王城を歩いていると呼び止められる。
護衛を引き連れた二つ歳上の王子殿下だった。
貴族として礼節を重んじ、民を大切に思ってきた。
そんな俺に殿下は言った。
「なんだ。アイツの兄だと言うからどんな者かと思えばつまらぬ。なんの面白みもない男だな」
殿下は頭を下げるしかできない俺に落胆した。
そんな俺を周りが嘲笑う。生まれてからずっと付きまとう悪意。俺が一体何をしたというのか。
貴族らしく正しく生きてきた。ゲームのように弟を虐めたこともない。なのに、なぜ。
「あーあ。やってらんねー」
その日、俺は貴族の位を捨てた。好きでもない父親に教えをこい、大嫌いな弟が何かをやらかすたびに尻拭いをし、儚いともてはやされる義母の新しいドレスを買うために領地を運営する。
バカバカしい。もっと早くこうしていれば良かった。
周りの言う通りに公爵家から自ら出ていってやったのだ。
だというのに父親は止めた。今更なんなのか。呆れる俺は、止める声を振り払い平民として生きることにした。
が、俺は気づけば知らない部屋に真っ裸で監禁されていた。
「お前」
俺を拉致ったのは弟だった。
弟は能面だった顔にうっそりと微笑みを乗せて俺を抱きしめた。
「ようやく手に入れた。ずっと、ずっとずっと、お前だけが欲しかった」
恍惚としながら俺の肌に口付ける弟の姿に怯える。
だって俺の知る弟は、誰に愛されても、どんなに恵まれていても、笑顔ひとつ見せない奴だ。
面白くないと雄弁に語る瞳が大嫌いで、そんな弟が憎くかったのに……。
「やめろっ!」
弟は嫌がる俺を一晩中貪った。
俺が酷くされるのを好むと知っている弟は、何年も抱きあってきた仲のように、気持ちのいいところを的確に責めた。
乱れる俺を弟は何日も何日も離さなかった。
「ハクが手に入った。もう、俺は何もかもいらない」
うわ言のように何度もそう言ってキスをする弟は、どうやら昔から俺に執着していたらしい。
団長の息子じゃなくて、俺に恋をしていたらしい。
それも拗れに拗れまくって監禁するほど。
だが、そんな監禁生活もそんなに長くはなかった。
天上の神のように。キラキラと輝く真っ白な髪を伸ばし、宝石のような美貌を蕩けさせて、成長したルナがやってきたのだ。
「また他の男に食われている。私だけにしなさい」
「お前、本当にルナか?」
「ああ。力を全て取り戻した。仲間の住む場所も判明した。ハクを私のお嫁さんにできる」
「お嫁さん?」
半目で呟くと、ルナがしゅんとする。
俺は、拘束の外れた手を動かして、ルナの顎を掬った。
「ちゃんと俺が惚れるような男になったんだろうな?」
「っ! もちろんだ!」
ルナは甘い顔をことさら甘くして微笑んだ。
「俺、なかなか好みにうるさいからな。ちゃんと惚れさせないとすぐに愛想つかすぞ」
「大丈夫。ハクがド変態の淫乱メス猫だと知っている」
「おい」
失礼なことを言う魔王だ。
その姿はあまりにも神々しくて魔王というより、美の神様みたいだが。
そんなルナと監禁部屋から逃げ出そうとした時。
間の悪いことに弟がやってきた。
「貴様っ! 俺のハクに触れるなッ」
弟の怒りに呼応して部屋が爆発する。
涼しい顔で俺を抱きしめ爆発から逃れたルナは、弟を見下ろした。
「ハクは私の嫁だ。お前こそただの義弟でしかないことに気づけ。哀れな人間よ」
そしてあっという間に、俺は魔界へとやってきた。
消える間際に弟が悲痛な声で何かを叫んでいたが聞かなかったことにする。
だって、俺は弟が大嫌いだから。
そして五年後。
「ああ、ハク。ようやく見つけた。俺の元に来い」
「お前……どうしてここに」
俺の前に弟がいた。
美しかった翠眼は暗い輝きを放っている。
「勇者とは本当に面倒な生き物だ。私からハクを奪うのなら殺すしかない」
俺を後ろから抱きしめるルナが、鈴音のような声で囁く。
睨み合う二人の真ん中で俺は決意した。
──めんどくせぇ。家出しよう、と。
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悲しみにくれるルーリクは婚約破棄を了承し、領地に去ると宣言して会場を後にするが‥‥‥
すみません、シリアスの仮面を被ったコメディです。冒頭からシリアスな話を期待されていたら申し訳ないので、記載いたします。
男性妊娠可能な世界です。
魔法は昔はあったけど今は廃れています。
独自設定盛り盛りです。作品中でわかる様にご説明できていると思うのですが‥‥
大きなあらすじやストーリー展開は全く変更ありませんが、ちょこちょこ文言を直したりして修正をかけています。すみません。
R4.2.19 12:00完結しました。
R4 3.2 12:00 から応援感謝番外編を投稿中です。
お礼SSを投稿するつもりでしたが、短編程度のボリュームのあるものになってしまいました。
多分10話くらい?
2人のお話へのリクエストがなければ、次は別の主人公の番外編を投稿しようと思っています。
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おもしろかったです!
感謝です!
どっちもどっちでヤバすぎる
面白いかった!!
泣くつもりはなかったんだが😓
面白かったです。