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17(終)
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とうとう来てしまった次の日。外は憎いほど晴れ渡っていた。雨が降るよりはマシかもしれないけど。
学校に向かう道中も、なんだか落ち着かなかった。自分から約束したくせに、気丈にふるまえるか心配だった。最後ぐらいはしっかりしないと、と自分を奮い立たせた。
教室に着くと、すでに夏海は自分の席に座っていた。僕は「おはよう」と手話で伝えた。彼女もおはようと笑顔で返してくれた。彼女は昨日の僕の約束を忠実に守ってくれるらしい。ならば僕も今日はマイナスなことは考えないようにしよう、と心に決めた。
昼は一緒に食べた。食事中に話せないから、ただ時々目を合わせるだけだったが、それでも、目を合わせるだけでなんだか嬉しかった。
あっという間に終業の時間になった。僕らは最後の下校をした。ここのところ、彼女は一緒に電車で帰ることが多かったから、切符も自分でスラスラ買えるようになっていた。はじめは切符の買い方も分からなかったことを思い出して、少し笑ってしまう。
電車に乗って、僕らは空いている席に座った。夕日が僕らを照らしている。電車が川の上を通る。水面に反射するあのオレンジの夕日は綺麗だった。でもそれよりも、夕日に照らされた夏海の横顔の方が綺麗だった。
高浜駅について、僕は彼女の家の前までついていくことにした。
僕は彼女の家の前で、
「ありがとう」
と覚えたての手話で伝えた。彼女は嬉しそうに笑って
『ありがとう』
と返してくれた。そのあと、お互い何もできず、ただ気まずい時間ができてしまった。やがて彼女は振り返って家に帰ろうとしたので、僕は慌てて彼女を引き留めた。
実はもう一つ練習していた手話がある。ずっと練習してきたのに、ずっと伝えられなかった。正直恥ずかしいけど、今伝えられなかったら、この先一生伝えられないかもしれない。だから僕は意を決して、
「私、あなた、好き」
と拙い手話で伝えた。伝わっているか不安だった。でも、彼女の反応をみて、ちゃんと伝わっているのが分かった。
彼女は目に涙を浮かべながら
『私も、あなた、好き』
と返し、僕に抱きついてきた。僕は抱きつき返した。この時初めて自分のではない鼓動を感じた。絡めた腕を解くタイミングが分からず、ずっと抱き合ったままだった。
結局最後まで口にだして会話をしたことはない。彼女の声も聞いたことがない。でも聞けなくたっていい。もう僕らは言葉なんてちっぽけな道具を使わなくても、僕らは想いを伝え合える。
そんな日々を思い出しながら、今日も僕は仕事場へ行く。ドアを開け、僕は手話で挨拶する。
「こんにちは」
生徒たちも返してくれる。ここは特別支援学級。ここで僕は夏海が味わう羽目になった苦痛をせめてほかの子には与えまい、と日々働いている。こういう子たちへの差別や偏見は無くならない。やはり、どこか特別視されてしまう。言わば「目立ってしまう」のだ。だから、標的にされやすい。彼ら自身には何の罪もないのに。
でも、僕はそれを自分には関係ない、と逃げたくなかった。夏海とであってから、そう言ったことに立ち向かいたくなった。
もう夏海がどこにいるかなんて分からない。生きているかさえも分からない。でも、この本が巡り巡って夏海の手元に届いたとしたら。僕は夏海に言いたいことがある。
「僕は今も君との約束をちゃんと約束を守っているよ」と。
学校に向かう道中も、なんだか落ち着かなかった。自分から約束したくせに、気丈にふるまえるか心配だった。最後ぐらいはしっかりしないと、と自分を奮い立たせた。
教室に着くと、すでに夏海は自分の席に座っていた。僕は「おはよう」と手話で伝えた。彼女もおはようと笑顔で返してくれた。彼女は昨日の僕の約束を忠実に守ってくれるらしい。ならば僕も今日はマイナスなことは考えないようにしよう、と心に決めた。
昼は一緒に食べた。食事中に話せないから、ただ時々目を合わせるだけだったが、それでも、目を合わせるだけでなんだか嬉しかった。
あっという間に終業の時間になった。僕らは最後の下校をした。ここのところ、彼女は一緒に電車で帰ることが多かったから、切符も自分でスラスラ買えるようになっていた。はじめは切符の買い方も分からなかったことを思い出して、少し笑ってしまう。
電車に乗って、僕らは空いている席に座った。夕日が僕らを照らしている。電車が川の上を通る。水面に反射するあのオレンジの夕日は綺麗だった。でもそれよりも、夕日に照らされた夏海の横顔の方が綺麗だった。
高浜駅について、僕は彼女の家の前までついていくことにした。
僕は彼女の家の前で、
「ありがとう」
と覚えたての手話で伝えた。彼女は嬉しそうに笑って
『ありがとう』
と返してくれた。そのあと、お互い何もできず、ただ気まずい時間ができてしまった。やがて彼女は振り返って家に帰ろうとしたので、僕は慌てて彼女を引き留めた。
実はもう一つ練習していた手話がある。ずっと練習してきたのに、ずっと伝えられなかった。正直恥ずかしいけど、今伝えられなかったら、この先一生伝えられないかもしれない。だから僕は意を決して、
「私、あなた、好き」
と拙い手話で伝えた。伝わっているか不安だった。でも、彼女の反応をみて、ちゃんと伝わっているのが分かった。
彼女は目に涙を浮かべながら
『私も、あなた、好き』
と返し、僕に抱きついてきた。僕は抱きつき返した。この時初めて自分のではない鼓動を感じた。絡めた腕を解くタイミングが分からず、ずっと抱き合ったままだった。
結局最後まで口にだして会話をしたことはない。彼女の声も聞いたことがない。でも聞けなくたっていい。もう僕らは言葉なんてちっぽけな道具を使わなくても、僕らは想いを伝え合える。
そんな日々を思い出しながら、今日も僕は仕事場へ行く。ドアを開け、僕は手話で挨拶する。
「こんにちは」
生徒たちも返してくれる。ここは特別支援学級。ここで僕は夏海が味わう羽目になった苦痛をせめてほかの子には与えまい、と日々働いている。こういう子たちへの差別や偏見は無くならない。やはり、どこか特別視されてしまう。言わば「目立ってしまう」のだ。だから、標的にされやすい。彼ら自身には何の罪もないのに。
でも、僕はそれを自分には関係ない、と逃げたくなかった。夏海とであってから、そう言ったことに立ち向かいたくなった。
もう夏海がどこにいるかなんて分からない。生きているかさえも分からない。でも、この本が巡り巡って夏海の手元に届いたとしたら。僕は夏海に言いたいことがある。
「僕は今も君との約束をちゃんと約束を守っているよ」と。
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