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突然の別れの宣告に僕は言葉を失った。なぜ引っ越すのか、そう聞く前にお母さんは答えてくれた。
「なんで夏海が難聴なのか聞いてる?聞いてないか。実は原因は脳の腫瘍なの。今はまだ日常生活に何もないけど、放っておくと死んじゃうかもしれないの。でもこの町じゃ対応できる病院がないから、通院も考えて仕方なく、よ」
信じたくない情報がどんどん出てきた。彼女がそんな状況だなんて思ってもいなかった。横を見ると彼女は窓の隙間風に髪を靡かせながら外を眺めていた。こうしている間にもその小さな頭が蝕まれ、悲鳴を上げていると思うとなんだか辛く感じた。
この街を離れる。それは僕らが別れなければいけないことを指す。でも、こればかりは仕方ない。東京に行かなければ、彼女は死んでしまう。いくら彼女と一緒に居たいと思っても、そんなこと、求めてない。
「夏海はこのことを知っているんですか」
「いや…まだ伝えてない。でも今日伝えるから」
もし彼女が知ったら一体どんな反応をするのだろうか。想像したくもない。重苦しい空気の中、車は高浜のロータリーに着いた。
「ありがとうございます」
思わず口調も暗くなる。でもそんな会話を知らない夏海は窓の内側から笑顔で手を振っていたのが見えた。彼女の笑顔をみて久しぶりに辛さを感じた。前感じていた罪悪感とは違う、もっと根源的で虚しい感情を抱いていた。
その晩、彼女からLINEが届いた。もしあの話を聞いたのだとすれば、あまり良い内容ではないのだろうと予想はしていたが、案の定届いたのは悲痛な心の叫びだった。
『嫌だ』
『離れたくないよ』
『どうしてこうなっちゃうの?』
僕はどんな言葉をかけてあげればいいのか分からなかった。だって、これに関しては誰かが悪い、というわけではないのだ。しかも、彼女にはそれしか生きる道は残っていないのだろう。それを彼女は分かってか、これを根源から覆す
聞き捨てならない発言をした。
『翔くんと離れるぐらいなら、死んじゃったほうがましだよ』
『離れるぐらいならあと何年かで死ぬ方がよっぽどいい』
死。彼女は僕と離れるぐらいなら死ぬ、といった。それがもちろん嬉しくないわけじゃない。そこまで好意を持ってくれているという点は。でも、自分のせいで彼女に死なれるのは、それ以上に許せなかった。どうにかして説得しなければ、そう頭に浮かんでいるが、もう手が勝手にテキストを打っていた。
「やめて」
「死ぬなんて言葉、絶対に使わないで」
「そんなの、僕は望んでない」
今思えばかなり高圧的な文章だったと思う。でもそれだけ、死に対する思いに納得がいってなかったのだと思う。
『ごめん』
彼女は謝った。ここでようやく我に返り、謝らせてしまったことを後悔する。
「こっちもごめん。なんか言葉が強くなっちゃって」
「でも、死ぬなんて、お願いだからやめて。夏海に死なれたら、僕追いかけるから」
割と本気でそう思っていた。自分のせいでもし死んでしまったら、後を追うつもりの覚悟はあった。
しばらくお互いが無言の状態が続いた。その不気味とも形容できるその時間に耐えられず、僕はまたテキストを送った。
「明日が最後なんだよね?」
『うん、そう』
「一つ約束をしない?」
「どんな?」
「絶対に明日はネガティブなことを言わないこと。最後に夏海が悲しんでる顔のまま、別れたくはない」
しばらくの間が空いて、
『分かった。頑張ってみる。その代わり、私からも一つ約束してもいい?』
「どんな?」
『明日、絶対一緒に帰ろ』
「言われなくともそうするよ。でも、分かった。約束ね」
『うん。約束』
約束を交わした頃にはもう夜も遅かった。どう足掻いても、きっと明日が別れる日になってしまうだろう。彼女が東京に行くことはもう帰られない。でも、僕が唯一変えられるのは、明日をどうやって過ごすかってことだけだろう。寝坊はまずいと思って、この日は早めに寝た。でも結局眠ることはできなかった。頭の中は、ずっと彼女のことで一杯だった。
「なんで夏海が難聴なのか聞いてる?聞いてないか。実は原因は脳の腫瘍なの。今はまだ日常生活に何もないけど、放っておくと死んじゃうかもしれないの。でもこの町じゃ対応できる病院がないから、通院も考えて仕方なく、よ」
信じたくない情報がどんどん出てきた。彼女がそんな状況だなんて思ってもいなかった。横を見ると彼女は窓の隙間風に髪を靡かせながら外を眺めていた。こうしている間にもその小さな頭が蝕まれ、悲鳴を上げていると思うとなんだか辛く感じた。
この街を離れる。それは僕らが別れなければいけないことを指す。でも、こればかりは仕方ない。東京に行かなければ、彼女は死んでしまう。いくら彼女と一緒に居たいと思っても、そんなこと、求めてない。
「夏海はこのことを知っているんですか」
「いや…まだ伝えてない。でも今日伝えるから」
もし彼女が知ったら一体どんな反応をするのだろうか。想像したくもない。重苦しい空気の中、車は高浜のロータリーに着いた。
「ありがとうございます」
思わず口調も暗くなる。でもそんな会話を知らない夏海は窓の内側から笑顔で手を振っていたのが見えた。彼女の笑顔をみて久しぶりに辛さを感じた。前感じていた罪悪感とは違う、もっと根源的で虚しい感情を抱いていた。
その晩、彼女からLINEが届いた。もしあの話を聞いたのだとすれば、あまり良い内容ではないのだろうと予想はしていたが、案の定届いたのは悲痛な心の叫びだった。
『嫌だ』
『離れたくないよ』
『どうしてこうなっちゃうの?』
僕はどんな言葉をかけてあげればいいのか分からなかった。だって、これに関しては誰かが悪い、というわけではないのだ。しかも、彼女にはそれしか生きる道は残っていないのだろう。それを彼女は分かってか、これを根源から覆す
聞き捨てならない発言をした。
『翔くんと離れるぐらいなら、死んじゃったほうがましだよ』
『離れるぐらいならあと何年かで死ぬ方がよっぽどいい』
死。彼女は僕と離れるぐらいなら死ぬ、といった。それがもちろん嬉しくないわけじゃない。そこまで好意を持ってくれているという点は。でも、自分のせいで彼女に死なれるのは、それ以上に許せなかった。どうにかして説得しなければ、そう頭に浮かんでいるが、もう手が勝手にテキストを打っていた。
「やめて」
「死ぬなんて言葉、絶対に使わないで」
「そんなの、僕は望んでない」
今思えばかなり高圧的な文章だったと思う。でもそれだけ、死に対する思いに納得がいってなかったのだと思う。
『ごめん』
彼女は謝った。ここでようやく我に返り、謝らせてしまったことを後悔する。
「こっちもごめん。なんか言葉が強くなっちゃって」
「でも、死ぬなんて、お願いだからやめて。夏海に死なれたら、僕追いかけるから」
割と本気でそう思っていた。自分のせいでもし死んでしまったら、後を追うつもりの覚悟はあった。
しばらくお互いが無言の状態が続いた。その不気味とも形容できるその時間に耐えられず、僕はまたテキストを送った。
「明日が最後なんだよね?」
『うん、そう』
「一つ約束をしない?」
「どんな?」
「絶対に明日はネガティブなことを言わないこと。最後に夏海が悲しんでる顔のまま、別れたくはない」
しばらくの間が空いて、
『分かった。頑張ってみる。その代わり、私からも一つ約束してもいい?』
「どんな?」
『明日、絶対一緒に帰ろ』
「言われなくともそうするよ。でも、分かった。約束ね」
『うん。約束』
約束を交わした頃にはもう夜も遅かった。どう足掻いても、きっと明日が別れる日になってしまうだろう。彼女が東京に行くことはもう帰られない。でも、僕が唯一変えられるのは、明日をどうやって過ごすかってことだけだろう。寝坊はまずいと思って、この日は早めに寝た。でも結局眠ることはできなかった。頭の中は、ずっと彼女のことで一杯だった。
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