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それまで、いじめられても毎日来ていた彼女が今日は休んだ。やはり、昨日の出来事のせいか。僕が彼女に手出ししたからか。勝手に僕はどんどん自分を追い詰めていった。あれから何回かメッセージを送ったのに、返信はおろか、読まれることすらなかった。
何の反応もない時間だけが過ぎていき、それにつれて僕の罪悪感がどんどん重く積み上がっていった。いつ潰れてもおかしくないほどに。
その次の日も、彼女は学校を休んだ。この二日間、それまで毎日のようにやりとりをしていたのに、何も反応が無くなった。まるで、この世から存在が消えてしまったかのように。会いたい、話したい。そして謝りたい。この二日間、ずっとそう思い煩っているのに、自分から行こうという気になれなかった。どういう面下げて会えばいいのか分からなかった。もう、自分から会いに行く権利なんてない。自分の想いや意識を噛み殺しながら、今日も既読の付かない彼女のトーク画面をただぼんやりと眺める。今既読つかないかな、なんて淡い希望を抱いたところで何の解決にはならなかった。
会いたい。そのための口実がほしい。そう思い悩んでるときに、思ってもいなかった機会を得た。
「だれか川井さんの家知ってる人いないか?」
終礼中、夏海の名前が聞こえた。その時、誰も手をあげることはなかった。僕は知ってはいるけど、今手を挙げるのは自殺行為も甚だしい。僕は終礼が終わった後、先生が職員室に入るところで呼び止めた。周りにクラスメイトはいない。
「先生、僕川井さんの家知っていますよ。何かようがあるのですか?」
「お、灰崎くん。知ってるのか、意外だな。あ、そうそう、川井さんに手紙を渡さなければいけないんだがな」
「それを届ければいいんですね」
「そうだ。ありがとう。すごく助かった。ついでに様子を見てきてくれ。体調不良とは聞いてるが、具体的にどうなってるかは連絡がないからな…」
「わかりました」
ありがとう、といって、先生は職員室に吸い込まれていった。受け取った手紙をカバンに仕舞い込んで、僕は学校を後にした。
思いがけない、彼女と会える機会。これを活かすも、殺すも僕次第。会う理由をカバンに背負って、僕は高浜駅へと向かった。
改札を通り、丁度来た電車に乗る。腰を下ろしてホームを見ると、見知った顔は一つもない。でも、このホームに来るたびにあいつの気味の悪い笑う顔がが脳裏をよぎる。思えばあれが歯車が狂う原因だった。
しばらく電車は音を立てて走り、無事に高浜駅に着いた。電車を降りて、深呼吸をする。今なら、別に彼女に会いに行かない、という選択もできる。いまならまだ、逃げることができる。でも、直感で僕は、『もう逃げるべきじゃない』と感じた。なんと言われようと、ここで逃げてしまったら、まちがいなく後悔するって。重い足取りのまま、僕は彼女の家に向かった。
とうとう着いた。着いてしまった。家が見えてから心臓がうるさい。ドアをノックする寸前に至っては、もはや心臓の音しか聞こえないぐらいに。
その白いドアに手を伸ばし、コンコンと2回ドアをノックした。しばらく待っていると、例のお母さんが出てくれた。
「あら、翔くん。いらっしゃい」
「こんにちは。今日は手紙を届けに…」
「あら、ありがとう。この間のことも含めて、いろいろ迷惑かけてごめんね」
「いえいえ、迷惑だなんて滅相も…」
どちらかといえば、迷惑をかけたのはこっちだ。
「ここまで、暑かったでしょう?九月なのにまだまだ暑いしね。中に入って。冷たいお茶ぐらい出さないと、こっちが申し訳なくなる」
断ろうとしたときには、すでに家の奥に行ってしまった。仕方なく、僕も靴を脱いでお邪魔した。元は会いに来たのに、断ろうとした自分に些か疑問を持ちながら、案内されたリビングに向かった。
リビングの中央に陣取る木製のテーブルと椅子。僕が座った椅子の向かいに夏海のお母さんが座った。受け取ったグラスには冷たい麦茶が入っていて、僕は少しそれを啜った。グラスに付いた水滴が下にこぼれ落ちていくのを眺めながら、ただ徒らに時間だけが過ぎていった。このまま、時間に身を委ね、のこのこと帰ることもできる。でも、それではここへ来た本当の意味を果たせない。葛藤を続けた。ここで逃げるか、立ち向かうか。正直、どっちが正しいかなんて分からない。いや、正しいとかないのかもしれない。僕は自分の本心に語りかけた。
「僕は、どうしたいんだ」
僕は逃げて、見知らぬ顔をしてこのまま生きていきたいのか。それとも、いじめを受けるのを覚悟してまでも彼女に会いたいのか。その時脳裏に浮かんだのは、ホームで薄ら笑っていたあいつの顔…ではなく、ニコッと笑った夏海の笑顔だった。
悩んでいても何も解決しない。何をされようと夏海を守りたい。僕に一種のカクゴが生まれた。
「あの…夏海さんはどこにいるんですか?」
意を決して僕は重い口を開けた。
夏海は二階の自室に居るらしい。どうやら、一昨日からずっと部屋にこもっているとか。正直、心当たりしかない。二階の彼女の部屋のドアの前に立って、ドアノブに手を伸ばした。金属製の冷ややかなドアノブを捻って少しずつ開ける。そして中を覗くた。
僕が見たのは、椅子に座る彼女が
カッターナイフを耳に当てている瞬間だった。
何の反応もない時間だけが過ぎていき、それにつれて僕の罪悪感がどんどん重く積み上がっていった。いつ潰れてもおかしくないほどに。
その次の日も、彼女は学校を休んだ。この二日間、それまで毎日のようにやりとりをしていたのに、何も反応が無くなった。まるで、この世から存在が消えてしまったかのように。会いたい、話したい。そして謝りたい。この二日間、ずっとそう思い煩っているのに、自分から行こうという気になれなかった。どういう面下げて会えばいいのか分からなかった。もう、自分から会いに行く権利なんてない。自分の想いや意識を噛み殺しながら、今日も既読の付かない彼女のトーク画面をただぼんやりと眺める。今既読つかないかな、なんて淡い希望を抱いたところで何の解決にはならなかった。
会いたい。そのための口実がほしい。そう思い悩んでるときに、思ってもいなかった機会を得た。
「だれか川井さんの家知ってる人いないか?」
終礼中、夏海の名前が聞こえた。その時、誰も手をあげることはなかった。僕は知ってはいるけど、今手を挙げるのは自殺行為も甚だしい。僕は終礼が終わった後、先生が職員室に入るところで呼び止めた。周りにクラスメイトはいない。
「先生、僕川井さんの家知っていますよ。何かようがあるのですか?」
「お、灰崎くん。知ってるのか、意外だな。あ、そうそう、川井さんに手紙を渡さなければいけないんだがな」
「それを届ければいいんですね」
「そうだ。ありがとう。すごく助かった。ついでに様子を見てきてくれ。体調不良とは聞いてるが、具体的にどうなってるかは連絡がないからな…」
「わかりました」
ありがとう、といって、先生は職員室に吸い込まれていった。受け取った手紙をカバンに仕舞い込んで、僕は学校を後にした。
思いがけない、彼女と会える機会。これを活かすも、殺すも僕次第。会う理由をカバンに背負って、僕は高浜駅へと向かった。
改札を通り、丁度来た電車に乗る。腰を下ろしてホームを見ると、見知った顔は一つもない。でも、このホームに来るたびにあいつの気味の悪い笑う顔がが脳裏をよぎる。思えばあれが歯車が狂う原因だった。
しばらく電車は音を立てて走り、無事に高浜駅に着いた。電車を降りて、深呼吸をする。今なら、別に彼女に会いに行かない、という選択もできる。いまならまだ、逃げることができる。でも、直感で僕は、『もう逃げるべきじゃない』と感じた。なんと言われようと、ここで逃げてしまったら、まちがいなく後悔するって。重い足取りのまま、僕は彼女の家に向かった。
とうとう着いた。着いてしまった。家が見えてから心臓がうるさい。ドアをノックする寸前に至っては、もはや心臓の音しか聞こえないぐらいに。
その白いドアに手を伸ばし、コンコンと2回ドアをノックした。しばらく待っていると、例のお母さんが出てくれた。
「あら、翔くん。いらっしゃい」
「こんにちは。今日は手紙を届けに…」
「あら、ありがとう。この間のことも含めて、いろいろ迷惑かけてごめんね」
「いえいえ、迷惑だなんて滅相も…」
どちらかといえば、迷惑をかけたのはこっちだ。
「ここまで、暑かったでしょう?九月なのにまだまだ暑いしね。中に入って。冷たいお茶ぐらい出さないと、こっちが申し訳なくなる」
断ろうとしたときには、すでに家の奥に行ってしまった。仕方なく、僕も靴を脱いでお邪魔した。元は会いに来たのに、断ろうとした自分に些か疑問を持ちながら、案内されたリビングに向かった。
リビングの中央に陣取る木製のテーブルと椅子。僕が座った椅子の向かいに夏海のお母さんが座った。受け取ったグラスには冷たい麦茶が入っていて、僕は少しそれを啜った。グラスに付いた水滴が下にこぼれ落ちていくのを眺めながら、ただ徒らに時間だけが過ぎていった。このまま、時間に身を委ね、のこのこと帰ることもできる。でも、それではここへ来た本当の意味を果たせない。葛藤を続けた。ここで逃げるか、立ち向かうか。正直、どっちが正しいかなんて分からない。いや、正しいとかないのかもしれない。僕は自分の本心に語りかけた。
「僕は、どうしたいんだ」
僕は逃げて、見知らぬ顔をしてこのまま生きていきたいのか。それとも、いじめを受けるのを覚悟してまでも彼女に会いたいのか。その時脳裏に浮かんだのは、ホームで薄ら笑っていたあいつの顔…ではなく、ニコッと笑った夏海の笑顔だった。
悩んでいても何も解決しない。何をされようと夏海を守りたい。僕に一種のカクゴが生まれた。
「あの…夏海さんはどこにいるんですか?」
意を決して僕は重い口を開けた。
夏海は二階の自室に居るらしい。どうやら、一昨日からずっと部屋にこもっているとか。正直、心当たりしかない。二階の彼女の部屋のドアの前に立って、ドアノブに手を伸ばした。金属製の冷ややかなドアノブを捻って少しずつ開ける。そして中を覗くた。
僕が見たのは、椅子に座る彼女が
カッターナイフを耳に当てている瞬間だった。
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