心カヨワセ

Yakijyake

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終礼が終わったら、ダッシュで帰ろうと思っていた。呼ばれる前に帰ってしまえば、何の憂き目にも遭わない、って思っていたから。それは結果的に夏海を置き去りにすることになる。でもやはり、自分のことばかり考えていた。しかし、終礼が終わってダッシュで帰ろうとした僕を呼び止めたのは、奇しくも夏海だった。
 『この本、すっごく面白かった!貸してくれて本当にありがとう!』
 そう送って僕に昨日貸した本を返した。さっきまで夏海のこと、悪く言えば見捨てるつもりだったくせに、彼女の気さくな言動を目の当たりにして、無碍にはできなかった。結局、彼女とのやりとりに付き合った結果、僕は逃げる機会を失った。
 やりとりを終え、いざ帰ろうとすると、後ろから呼ぶ声が聞こえた。1番聞きたくなかった呼び声。僕は聞こえてていないふりをしてそのまま進んだが、走ってきた向こうに追いつかれてしまった。
 「おい、ちょっとこっちに来いよ」
 とうとうこの時が来てしまった。僕が1番恐れていた事態に今なりつつある。内心嫌がりながら、しかし逃げたら何をされるかわからないという恐怖心に束縛され、僕は泣く泣く彼について行った。場所はもちろん、いつもの場所。倉庫はいつもより広く、暗く感じた。つけば、いつものメンバーに加えて、普段大人しそうな人もいた。そして奥で地べたに座らされているのは、もちろん夏海だ。暗くて、あまりよく見えなかった。目が合わなかったし、きっと彼女も僕のことは認識出来てなかったんだと思う。
 「昨日、俺、見ちゃったんだよね」
 「いじめられてる女の子助ける俺かっこいい~ってか?」
 周りの女子たちが笑い出す。
 「違う、そんなんじゃ…」
 「そうか。違うんだな」
 素直にわかってくれたのかと思ったが、そんなのではなかった。
「それじゃあ、俺たちの『遊び』にも付き合ってくれるよな?だって、何の関係もないんだろ?」
そう言って、そいつは一発彼女の腹部にに蹴りを入れた。顔を歪ませて「ううぅ」と苦しそうに喘ぎながらお腹を押さえた。それを見て周りの奴らが笑う。狂気だ。みんな狂ってる。ここにいるみんな同じ表情をしていた。中学校時代、僕をいじめてきた奴と同じ表情。苦しむ彼女を見て、僕も胸が苦しくなった。「やめろ」の一言でも言えばいいのに、僕にその勇気がなかった。その不甲斐なさが、彼女や自分自身までもをどん底まで落とすことになってしまう。
「おい。灰崎。お前もやれ」
 そう言ってあいつは僕を夏海の前に引っ張った。まだ痛そうにしている彼女を目の当たりにして、僕は心底辛かった。でも、あいつは、僕に、そんな彼女を、痛めつけるように、言ったんだ。やはり、いくら自分の立場がかかっていても、夏海を蹴ることなんかできなかった。僕は彼女の前にたちすくんでしまった。すると、後ろから悪魔の囁きが聞こえた。
 「ん?できないのか?早くやれよ。それとも、お前はカッコつけてこいつを庇うのか?」
 これは蹴らねば僕がいじめられるという暗示だ。蹴らねば、僕はまたあの地獄の中学校時代に逆戻り。そんな恐怖が、勝ってしまった。ふっと下を見ると、彼女と目が合ってしまった。泣きそうな目でこちらを見ている。もう、僕にはどうしていいかわからない。どちらを選んでも、地獄。もう、何が何だかわからない。
僕はもうヤケクソになって目を瞑ったまま彼女に一発蹴ってしまった。
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