私のための小説

桜月猫

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96話

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 昼休みを終えてベスト16戦へ向かう桜達の向こうから1人の少女がやって来ていた。

「あっ、A子~」

 手を振る瑠璃に気づいた少女、A子は手を振り返しながら近づいてきた。

「瑠璃~」

 2人は両手を合わせて握りあうと笑顔を向けあった。

「A子は今日も粘ってるね」
「瑠璃は初戦からいつも以上にやる気があったけど、なにかいいことでもあったの?」
「う~ん。いつも通りだとは思うけどな~」

 瑠璃からしてみれば普段と特段かわりなくやっていたので首を傾げた。

「まぁ調子いいみたいだからいいけど」
「もちろん調子は絶好調よ」
「なら、いつも通り決勝戦で会いましょう」
「それは約束できないよ」
「えっ?」

 予想外の瑠璃の言葉にA子はポカンとしていた。

「だって、A子の次の相手は今年、うちに入ってきた期待の新人が相手なんだから」

 瑠璃は桜を前に押し出した。

「その子が?」
「えぇ」

 A子は桜をジーっと見つめた。見つめられた桜は強い目でA子を見つめ返した。

「なるほどね。確かに厳しい戦いになりそうね」

 A子は微笑みながら歩きだした。

「でしょ。気をつけないとA子でも負けるよ」
「ホントね」

 瑠璃とA子の後ろをついていく桜はやる気をみなぎらせていた。

「やる気があるのはいいけど、空回りだけはするなよ」

 公は桜の頭に手を乗せた。

「わかってるわよ」

 公を軽く睨みながらその手をはらった桜。
 睨まれた公は少し苦笑した。
 試合会場に入り、軽くウォーミングアップのラリーをしてから桜対A子の試合が始まった。
 桜のサーブをリターンするA子。その球を3球目でスマッシュをした桜だが、A子は台から離れてスマッシュを山なりで返した。
 そう。先ほどの瑠璃とA子の会話で察した人もいると思うが、A子は台から離れて球を拾いまくるカットマンタイプだ。
 とはいえ、相手がどんなタイプであっても桜のするべきことはかわらないので、返ってきた球をおもいっきりスマッシュした。
 そうして桜が攻め、A子が守るという展開のまま進み、1セット目は守り勝ったA子がとった。

「俺以上に守りが固そうだな」
「えぇ。1セット戦っただけで結構疲れたわ」

 タオルで汗を拭きながら桜は息を吐いた。

「でも、半分はお前のミスで負けてる部分もあるからそこら辺を修正していけよ」
「わかってるわよ」

 タオルを公の顔へ投げつけた桜は試合へと戻っていった。

「はぁ」

 ため息を吐きながら公は顔に張り付いたタオルをとった。
 そうして始まった第2セット。
 当然2セット目も展開は1セット目と同じで桜が攻めてA子が守るかたちだ。
 桜がなかなか決めきれないうえにA子が粘りに粘るため、1点入るのに2~3分かかり、攻めているはずなのに桜のほうが疲れていた。
 その姿を見ながら頭を掻く公。
 7対11で2セット目もA子に取られて帰ってきた桜の頭に公はチョップを落とした。

「なにするのよ!」

 怒っている桜など気にすることなく公は再度チョップを落とした。

「ホントにこのチョップの意味がわからずに怒っているのか?」

 真剣な公の問いに黙りこんでしまう桜。

「わかってないならこのままストレートで負けるぞ」
「わかってるわよ」

 桜が投げつけてきたタオルを今度はキャッチした公は心配そうに桜の後ろ姿を見ていた。
 そして、その心配は見事に的中してしまい、3セット目もA子に取られてしまった。

「さ~く~ら~」

 帰ってきた桜の頬をむにゅ~んと引っ張って伸ばす公。

「全くわかってねーじゃねーかよ。3セット連取されてあとがなくなってるじゃねーかよ」
「公。イタい」

 少し涙目の桜。

「会場入る前にも言ったぞ。空回りだけはするなって。今のお前は完璧にやる気が空回ってる状態なんだよ。どうしてそれがわからない」
「わかってるって」
「わかってたら3セット連取なんてされないぞ。俺にこうして頬を引っ張られてなんかないぞ。この絶体絶命の状況になっている時点でなにもわかってないんだよ、お前は」

 公はため息を吐きながら手を離すと、桜は引っ張られた頬を撫でながらうつ向いた。
 そんな桜の頭に公は手を乗せた。

「でも、この絶体絶命の状況になったらお前も冷静になれただろ。そして、今、どうしないといけないか、わかっているだろ?」

 公の問いかけに顔を上げた桜の目はまだ諦めていなかった。

「それでいい。ただ、空回りだけはするなよ。それをもう1度すれば即負けるからな」
「えぇ」
「あとは、全力をもってぶつかってこい!」

 力強く頭を撫でてから公は桜を送り出した。
 反転した桜の頬は少し緩んでいたが、すぐに頬を軽く叩いて気合いを入れながら頬を引き締めた。
 そして、絶体絶命の試合へと向かっていった。
 その後の桜の快進撃はスゴいの一言だった。
 1つのミスが負けに繋がってもおかしくない中で、4・5・6セットの3セットを連取してイーブンに戻し、最終第7セットもデュースまで粘った。
 しかし、最後は力尽きて15対17で負けてしまった。
 会場中から健闘を称える拍手か送られる中、負けた桜は無言で公のところまで戻ってきた。
 そんな桜に公もなにも声をかけずに歩きだした。
 桜もなにもいうことなくその後ろをついていく。
 そして、会場を出て誰もいない廊下にやって来た時、公は服をつままれたので立ち止まった。
 すると、桜は立ち止まった公の背中に額を当てた。

「ねぇ。最初から空回りせずに普段通りやれてたら勝てたかな?1セット目や2セット目のあとの公の言葉で冷静になれてたら勝てたかな?」
「そんなのわかるわけねーだろ」

 突き放すような公の言葉。

「だよね。あはは」

 かわいた笑い声をあげた桜はさらに強く公の服を掴んだ。
 公は振り向くことも、声をかけることもせずにただただ立っていた。

「勝てるつもりでいた。勝つつもりでいた。そのための練習もちゃんとしてきて、コンディションも整えてきた。
 だけど、それを全部自分でダメにした。空回りして、冷静になれなくて、公の忠告を聞かなくて、全部自分でダメにした。
 瑠璃先輩のライバルであるA子さんに勝って、その先も勝ち上がって球先輩や瑠璃先輩と戦いたかったのに」

 それを台無しにした自分に悔しくて、情けなくて桜は涙が出てきた。
 桜が泣いているのを感じ取った公はため息を吐いた。

「なに泣いてるんだよ。まだ県大会があるだろ。そこで、勝ち上がって球先輩や瑠璃先輩と試合すればいいだろ。そのために、今回の失敗はちゃんと胸に刻んどけ。そして、同じ失敗は2度とするな」
「うん」

 力強く頷いた桜は涙を拭うと決意を新たに前へ1歩踏み出した。
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