私のための小説

桜月猫

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58話

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 始まってから2時間と少しが経ち、11時になりました。
 失格になった生徒は3割程まで増え、そのうち17人が鬼になったので鬼の人数は38人に増えました。
 そんな中、マスターは廊下で野球部員の一団と遭遇していました。

「さーて、誰から失格になって特別教室に行きたい?」
「行きたくねーに決まってるだろ!」

 1人が叫ぶとみんなが「そうだ!」と叫びました。

「まぁそうなるよね」
「じゃあなぜ聞いた!」
「一様の最後通告だよ」

 マスターの言葉に野球部員達は身構えました。

「とにかく受け止めることに集中だ!」
『おう!』

 先頭の3人は横並びになってマスターと対峙しました。

「悪くない考えだね」

 マスターは3人にどんどん近づいていきます。

「ちょっと待て!どこまで近づく気だ!」
「どこまでって、ドッジボールみたいに陣地が決められているわけじゃないんだからどこまでも近づくに決まってるだろ」

 その言葉通り歩みを止めないマスターは、3人まであと1歩のところまでやって来ると腕を振り上げました。
 それにビクッと反応した3人はいつでも来いとばかりにマスターを睨み付けました。
 すると、マスターはニヤリと笑いながら最後の1歩を踏み込むと、振り上げていた腕を下ろして下投げで真ん中の野球部員の足に軽くボールを当てました。

『えっ?』

 あっさりと失格になって消えてしまった仲間に野球部員達は戸惑いました。
 その隙にボールを拾ったマスターはさらに3人の足にボールを当てて失格に追い込みました。

「下がって態勢を立て直せ!」

 1人がそう叫びますが、密集しているので下がることも態勢を立て直すことも出来ずに次々とマスターの餌食になっていきました。
 結局ここで失格にならずに生き残った野球部員は半数以下の11人だけでした。


          ◇


「うひゃ~」

 暁は黒服2人の投げるボールを上手く避けながら逃げていました。

「厳しいね~」
「ホントにそう思ってるか?」

 まだまだ余裕がありそうな暁の姿に蛙は疑問を抱きました。

「ホントに厳しいよ~」

 2人はまた飛んできたボールを避けました。

「やっぱり余裕に見えるんだが」
「そんなことないよ~」
≪話ながら逃げれてるので、2人とも十分余裕があるようですね≫
「まぁ、逃げる分はまだ余裕かな」

 蛙は一瞬追いかけてくる黒服達を見ました。

≪それだけ余裕があるのでしたら、ボールを受け止めて投げ捨てるか投げ返して当てるかした方がいいのではないですか?≫
「追ってきている黒服が1人ならそれを考えないこともないけど、2人だから時間差で投げてこられたら失格になる可能性があるからしないんだよ」
≪なるほど。そういうことでしたか≫

 私と会話をしながらも、2人はしっかりとボールを避けながら逃げています。
 そんな2人の逃げる先には分かれ道がありました。
 その分かれ道を見た瞬間、蛙は後ろの黒服達に見えないように自分を指差してから右、暁を指差してから左の道を指差しました。
 それを見た暁も黒服達に見えないように○を作りました。そして、その通りに暁と蛙は分かれ道で二手に別れたので、追っている黒服達も二手に別れました。

「これでようやく対応が出来るな」

 別れ道から少し走った先で立ち止まった蛙は振り返って黒服を見ました。
 黒服は走ってきた勢いそのままにボールを投げつけましたが、蛙はそのボールをあっさり受け止めました。

「さてと」

 蛙が右手でボールを持つと、黒服は受け止める態勢を取りました。

「投げ返さねーよ」

 蛙はボールを窓の外に投げ捨てました。その瞬間、黒服は直立不動になり、その手にボールが現れました。

「さて、今のうちに逃げるとするか」

 蛙は分かれ道に戻らずに先へ走り出した。


          ◇


 暁は相変わらずボールを避けながら逃げ続けています。
 そんな中、前方に集団を見つけた。

「みんな~!鬼が来たよ~!」

 警告のためにそう叫ぶと、集団が慌ただしく逃げ始めた。しかし、その中で1人だけ逃げずに暁を待っている人がいた。
 その人とは雪だ。

「あ~、雪~」
「やぁ、暁。鬼に追われているなんて災難だね」
「本当だよ~」
≪2人とも立ち止まって会話なんて余裕ですね≫

 黒服はすでにそこまで迫っていて、ボールを投げる態勢に入っています。

「結局、鬼から逃げるには、誰かを犠牲にするか、鬼からボールを奪わないといけないから、逃げ続けたところで意味はないよ」

 黒服が投げたボールを受け止めた雪は投げ返して見事に当てた。

「これでゆっくり逃げられるね」
「ありがと~、雪~」
「どういたしまして」

 微笑みあった暁と雪はその場を離れた。


          ◇


「あと1時間で昼休みか」
「もうすぐ一休み」
「まだ気は抜けないけどね」

 公・薫・牡丹の3人は教室の中の廊下側の壁にもたれ掛かって休憩していました。
 外からは逃げまどったりする声がそこらかしこから聞こえていました。

「まだ結構残ってる感じの騒ぎ声だね」

 聞こえてくる声を聞いて牡丹はそんなことを考えました。

「時間的にもあと半分ちょっと」
「残り時間でこの声がどこまで減るのか」
「その中に君たちも含まれているかもね」

 公達は声の聞こえてきた前の入り口の方を見ました。そこには冬がいた。

「冬先輩。驚かせないでくださいよ」
「ゴメンね。でも、もう少し声のボリュームを落とさないと、外から聞こえていたよ」

 冬の忠告に公達は互いに「しー」と言い合いました。その光景を見ていた冬は笑いをこらえていました。

「それで、冬先輩も休憩に来たんですか?」
「私はたまたま廊下を歩いていたら公達の声が聞こえてきたから入ってきただけなんだけど、一緒に休憩させてもらおうかな」

 冬は薫の隣に座り込みました。

「それで、みんなは鬼とは出会ったの?」
「はい。2度出会いましたけど、どちらもボールを受け止めて捨てることで鬼を停止させて逃げましたね。冬先輩は出会ったんですか?」
「私は1度出会ったけど、近くにいた壱を生け贄に捧げて逃げたね」

 冬の答えに公達は苦笑いをしました。

「壱先輩怒ってるんじゃないですか?」
「男なんだから女の子を守るのは普通のことなんだし、怒ってるわけないわよ」

 その答えにやっぱり公達は苦笑いしました。その時、廊下からドタドタと走る音がしたかと思うと、後ろの扉が開いてハルが入ってきました。

「鬼に追われてイマス!誰か助けてクダサイ!」

 ハルの言葉通りハルの後を追って黒服が入ってきました。

『なっ!』

 驚いた公達は窓や前の入り口から廊下に逃げ出して走り出しました。

「一目散に逃げるなんて皆さんヒドイデス」
「人が休んでるところに鬼を連れてきたハルのほうがヒドイからね!」

 まさかそんなことを言われるとは思っていなかったハルは驚きの表情を浮かべました。

「なんでそんなに驚いてるのよ!」
「鬼に追われているのですから助けを求めるのは普通デス!」

 ハルの言っていることは間違ってはいません。ただ、それを自分達に求めないで欲しいと公達は思いました。

「仕方ないですね」

 走るのを止めた公は黒服と向き合い、投げてきたボールを受け止めると投げ捨てて黒服の行動を止めた。

「ハル先輩。これでいいですか?」
「サンキューなのデス」

 公に抱きついたハルを見ながら薫は頬を軽く膨らませ、牡丹は苦笑し、冬は呆れました。
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