私のための小説

桜月猫

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33話

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 日曜日。
 公は桜と一緒に歩いていた。

「いきなり呼び出しやがってなんだよ」
「あんた球さん覚えてる?」

 桜に問われ、公は少し考えた。

「あぁ。一昨年の県大会で優勝した人だよな?」
「そうそう」
「それがどうしたんだ?」

 公が首を傾げていると、桜は黙りこんでしまった。桜が黙りこんでしまったので公はさらに首を傾げた。
 そのまま数分間黙りこんだまま歩いていたので、公が話しかける。

「どうしたんだよ」
「いたのよ。小説高校の卓球部に」

 ようやく話し出した桜。

「よかったじゃねーか。強い人が一緒の部活にいて」
「選手じゃなくてマネージャーでいるのよ」

 その言葉に立ち止まった公は桜を見た。桜も立ち止まって公を見返す。

「なるほど。それが今のお前の悩みってわけか」
「そうね」

 公が歩き出すと、桜も隣を歩く。

「で、お前はどうしたいんだ?」
「それはもちろん球さんに選手として卓球部にいてほしいわよ。でも、球さんは挫折してしまったみたいなのよ」

 瑠璃から聞いた話を思い出して桜はため息を吐いた。

「それで、俺に愚痴を聞いてほしいと」
「それもあるけど、久しぶりにおもいっきり打ち込んでスカッとしたいから相手になってもらいたくてね」

 というわけで、2人がやって来たのは隣町の卓球道場。

「いらっしゃいませ」
「高校生2人」
「600円です」

 お金を渡した2人が中に入ると、中はすでにかなりの人でにぎわっていた。

「公。ほら」

 桜が取り出したのは公のラケットとシューズ。

 って、なんで桜が持ってるの?

「公が持ってるとラケットの手入れはしないだろうし、そのうちどこに置いたかわからなくなりそうだからよ」

 なるほど。見事に嫁してるんだね。

『嫁じゃねーよ(じゃないわよ)』

 息ピッタリ。

 私の言葉を無視した2人は準備を終えるとあいていた台に入った。

「まずは軽くね」

 そう言ってゆっくりウォーミングアップのラリーを始めた2人。
 そこから徐々にスピードをあげていき、本気のラリーが始まると公が少しずつ下がりだし、山なりの軌道で返球しはじめた。
 それを桜は全力で打ち返す。色々たまったものも込めて打ち返す。
 たまに公は早い球を打ち返したりもするが、それでも桜は気にせず全力で打ち返す。
 そうしてラリーを続けること100回以上。終わらないラリーにしだいに周りが軽く騒ぎだす。
 しかし、2人の耳に周りのざわめきなど聞こえていないので集中を切らさずにラリーを続けていく。
 そして、ようやく長く続いたラリーが終わった時、周りから拍手がおきた。
 その拍手に恥ずかしくなった2人はとりあえず壁際のソファーに座って一息吐いた。

「はい」

 桜が差し出したジュースを受け取った公は一口飲み、続けて受け取ったタオルで顔を拭いた。

「少しはスッキリしたか?」
「えぇ。でも、もう少し付き合ってよね」
「わかってるよ」

 その時、誰かが入ってきた。

「あら、球ちゃん」

 その声に公は入り口のほうへ目をやると、そこには確かに球がいた。

「桜」

 小声で桜を呼んだ公は入り口のほうを指差した。

「あっ」

 公に呼ばれて入り口のほうを向いた桜も球に気づいた。
 すると、桜が気配を消して観察しはじめたので公も気配を消した。
 気配を消して見ていると、球は準備体操からしっかりと行い、基礎練習から始めてどんどんハードな練習になっていった。
 その姿を見ていた桜の目に強い力がこもっていった。

「帰るか?」
「そうね」

 卓球道場を出た桜は1つの決心をした。


          ◇


 月曜日の放課後。卓球部では桜が瑠璃と男子卓球部の部長のたくと向き合っていた。

「それで、私達と変則試合をしたいって言ってたけど、そっちの相方の男子は?」

 桜が提案した変則試合の内容は、まず女子シングル、次に男子シングル、最後に混合ダブルスをするというものだ。
 すると、公が桜の隣にやって来た。

「おいおい。まさか素人を相方に連れてくるとはな」

 卓は少し驚いていた。それは卓球部全体の反応でもあった。

「まぁいい。試合だが、こっちが3セットとる間に1セットでも取ればそっちの勝ち。それでいいか?」

 本来ならなめられている発言なのだが、相手のほうが格上なのは確かなので桜は頷いた。

「それじゃあ最初は私達ね」

 桜と瑠璃が台に入り、練習のラリーを少ししてから試合が始まった。
 試合を見ながら公は球のもとへやって来た。

「この試合、球先輩はどうみます?」

 球は一瞬公に視線を向けたがすぐに試合に視線を戻した。

「今日までの練習を見た感じだと、万が一にも勝つなんてことはないでしょうね」

 球の言葉通り桜はあっさり1セット取られた。

「あなたも卓先輩に勝てるわけないわよ」
「そんなに強いんですか?」
「全国区の選手よ」
「だから俺が負けると」
「当たり前じゃない。ただでさえ全国区の選手とそれ以外の選手では越えられない壁があるのに、選手ですらないあなたでは奇跡が起きない限り絶対勝てないわよ」

 球の言葉は確かにその通りなのだろう。なんせ球はそれを肌で感じたのだから。
 しかし、公は試合をおりる気も勝負を投げる気もなかった。

「でも、奇跡は起こせないわけじゃない。なら諦めることもないんじゃないですか?」

 公は2セット目もとられた桜のもとへタオルとドリンクを持っていった。

「どう?」
「やっぱり強いわ」

 しかし、負けているはずなのに桜は笑顔だった。
 公が一瞬球のほうへ視線を向けると、球はわけがわからないいう表情で桜を見ていた。

「さぁ。最終セットも胸をかりるつもりでドンとぶつかってみるわ」
「いってこい」

 片手でハイタッチをかわして桜を送り出した公は球の隣に戻った。

「どうして彼女はあんな風に笑えるの?」

 球は不思議そうに公に聞いた。

「確かに勝負事ですから勝ち負けは大事ですよ。でも、挑戦することを楽しまなくてどうするんですか?」

 公の言葉に球は驚いていた。

「挑戦することは時に辛いこともあるでしょう。だけど、辛いからといって辛いまま進んだところで先はない。ならば楽しんだほうがよくないですか?」

 桜は3セット目、粘りに粘ったがあと1歩及ばずに負けた。

「あー!負けた!」
「でも、最後はなかなかよかったわよ」
「ありがとうございます!」

 瑠璃に頭を下げた桜は公のもとへやって来た。

「公。頼むわよ」
「やれるだけのことはしてくるさ」

 歩きだす公の背中へ気合いのビンタを打ち込んで送り出した桜。

「いってーな」

 文句を言いながら練習のラリーをしてから始まった公対卓の試合。誰もが卓の圧勝を予想したが、1セット目から試合は長引いた。
 台に引っ付いて速攻で攻める卓に対し、公は台から離れて卓のスマッシュを拾いつづけた。
 しかし、最後は卓が打ち勝って1セット目を取った。
 2セット目も同じ展開で、粘る公を卓はなかなか仕留めきれずにズルズルと長引き、なんとかセットを取ったが体力をそこそこ削られた。
 3セット目。公は変わらず粘っていると、卓にミスが出始め、最後も卓のミスで公が勝ち、卓球部に驚きと歓声が巻き起こった。

「10分休憩のあと混合ダブルスを始めるぞ」

 歓声の中、審判をしていた卓球先生が両者に告げた。

「公。やったわね」
「相手のミスで勝っただけだけどね」
「普通はあそこまで粘れないわよ」

 球は驚きの表情で公を見ていた。

「昔から桜の練習相手させられてましたからね」

 苦笑まじりの返事をしながら公はドリンクを飲んだ。

「奇跡をおこせましたね」

 公の言葉にさらに驚いた球だったが、微笑んだ。

「えぇ。そうね」

 その微笑みを見た公と桜も微笑み、最後の混合ダブルスへと向かった。
 混合ダブルスでは、卓と瑠璃が始めてタッグを組むのが始めてだったり、公が速攻型に変わったことへの驚きに対応できなかったり、卓の体力が回復せずにパワーが出なかったこともあってあっさりと公と桜が勝って変則試合は終わった。

「確か、公って言ったか?」

 試合後の握手をしながら卓が問いかける。

「えぇ」
「卓球部に入る気はないか?」
「あいにくありませんね」

 きっぱりとした断りに卓は笑った。

「そうか。でも、気が変わったらいつでもこいよ。歓迎するぞ」

 卓に背中を叩かれた公は苦笑した。

「あの!」

 球が瑠璃のもとへやって来た。

「瑠璃先輩。私、もう1度選手として挑戦してみたいです!」
「もちろんよ!」

 待っていたその言葉に瑠璃と桜は満面の笑顔になり、女子卓球部の面々は歓声をあげて球を取り囲んだ。
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