私のための小説

桜月猫

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123話

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 部屋を出た公はふと後ろを振り返りました。

「どうした?」

 廻も不思議がって後ろを振り返りました。

「いや、やっぱり遺体安置室なんだなって思ってな」
「あっ!」

 公に言われて廻は気づき、夏は公の背中に顔をうずめるとかなりぶるぶると震え始めました。

「よく気づいたな」

 特に気にした様子もない廻は感心しながら公を見ました。

「大きな引き出しから廻が出てきたし、寒そうに震えていたからそうじゃないかと思ってたんだよ」
「へぇ~」

 公の答えに廻は納得して頷いていました。

「どうして2人はそんなに平気なのよ」

 まだ震えている夏は恨みがましく2人に言うと、2人は顔を見合せました。

「まぁ、夏みたいにビビりじゃないからこの手の心霊系とか恐怖系は特段怖いとは思わないし、それに、始まりからして恐怖系なのかすら怪しい始まり方したからな」
「それに、作者の言葉を信じるのはシャクですが、最終的にはギャグでオチるでしょうから怖がるだけムダな気がしますしね」
「う~。なんか理不尽だ~」
「そういわれてもな~」
「だな」

 2人が苦笑していると、夏は「理不尽だ~」と言いながら公の背中をぽかぽか叩き始めました。

『アハハ』

 そんなことをしていると、3人はナースステーションにやって来ていました。

「ナースステーションか~」

 廻が面白半分でナースステーションに入っていくと、タイミングよくナースコールが鳴り響きました。

「おわっ」
「キャッ!」

 夏はもちろん、いきなりのことに廻も驚きの声をあげました。
 鳴り響くナースコールの音を聞きながら廻は公へ視線を向けました。

「これ、どうする?」
「どうするって聞かれてもな~」

 公が苦笑を返すと、廻はまだ鳴り響くナースコールを見つめました。
 そのまま数秒見つめたかと思うと、廻はナースコールに出ました。

「はい。どうしましたか?」
「あっ、出るんだ」

 出るとめんどくさくなるだろうから出ないと思っていたので、公は少し驚いていた。

『ハロ~。ワシじゃよ。ワシ』

 スピーカーから聞こえてきたのはお爺さんの声でした。

「?」

 そんなことを言われても、当然誰かわからない廻は首をかしげました。

「誰ですか?」
『ワシじゃよ。お主のお爺ちゃんじゃよ』
「あ~」
『わかってくれたか?』
「えぇ。ワシワシ詐欺は結構です」

 廻はナースコールを切りました。
 しかし、すぐにまたナースコールが鳴り響きました。

「もう。なんですか?」
『ワシワシ詐欺じゃないぞ!』
「え~。でも、俺のお爺ちゃんは病院に入院してないんですけど?」
『うっ!』

 お爺さんの声が詰まりました。

「それじゃあ」

 またナースコールを切るも、間髪いれずにナースコールが鳴り響きます。

「もう~!しつこいですよ!」
『ちょっとしたジョークじゃよ!ジョーク!じゃから怒らないで話をしようじゃないか。フォッフォッフォッ』

 お爺さんの笑い声を聞きながら廻はため息を吐きました。

「でも、話って何を話すんですか?」
『その前に』

 お爺さんは一呼吸いれてきました。

『なんで出るのが坊主なんじゃ?』
「えっ?」
『ナースコールなんじゃからおなごが出るのが普通じゃろ?』
「今は男の看護師も多いから女が出るとは限らないですよ」
『そうなのか~』

 しみじみとお爺さんは呟きました。

「と、いうわけで、俺と話しましょうか」
『そうじゃのう。じゃあ、チェンジで!』

 廻は笑顔でナースコールを切りました。
 4度目のナースコールが鳴り響きましたが、廻は今度はすぐには出ませんでした。
 そのまま数十秒経ってからようやく廻はナースコールに出ました。

『何度も何度も切るなんてヒドくないかのう?』
「チェンジなんだろ?」
『ジョークに決まってるじゃろ。フォッフォッフォッ』

 廻は、ナースコールを切りたくなる気持ちを拳を握ることでどうにかおさえました。

「それじゃあ、話をするんですか?」
『もちろんじゃとも。しかし』

 お爺さんの言葉に間があいたので、廻はまた変なことを言うのじゃないかと、いつでもナースコールを切れるように身構えました。

『こうして人と話すなんて、何年ぶりじゃろうな』

 感慨深く話すお爺さんの言葉に、廻は構えをときました。

『ここ何年も、この部屋にはワシを見に来る医者も看護師もおらんからの~。もう見捨てられたのかの~』
「それは………」

 廻はここがすでに廃病院になっていて、お爺さんも幽霊だということを話すべきかどうか考えました。

『やっぱり、女医やナースのお尻をなで回したのがいけなかったのかの~』

 真剣に悩んでいたことがバカらしくなるお爺さんの一言に、廻はキレて叫びました。

「間違いなくそれが原因だよ!」
『そうなのか!?』

 お爺さんの驚きの声に廻はさらにキレました。

「それ以外になにがある!そもそも、ここはすでに廃病院になってるんだよ!だから誰もいないのは普通なんだよ!」
『なんと!ここは廃病院になっているじゃと!じゃあワシは!?』
「もうとっくに死んで幽霊になってるんだよ!」
『なんと!』

 キレた廻はあっさりと事実をぶちまけました。

『なるほど。どおりで医者も看護師も来ないはずじゃの~』

 自分が死んでいるという事実を突きつけられてものほほんとしているお爺さんの反応に、キレていた廻は毒気を抜かれて「はぁ~」と大きなため息を吐きました。

「死んでいると言われたのに、驚いたり動揺したりしないんだな」
『フォッフォッフォッ。ワシもいい歳になったし、いつ死んでもおかしくなかったからの~。じゃから、覚悟はとうの昔に出来ておったわ』

 その答えに、廻は頭を掻きました。

「覚悟ができていたなら、なんで爺さんは成仏できないでまだそこにいるんだよ」
『……………』

 お爺さんからの返事はありません。

「口では覚悟が出来てるなんて言っても、心のどこかではまだ生きたいと思ってたんじゃないのか?」
『ふむ。生きたい、とゆうより話したい、というのが正しいのかもしれんな』
「話したい?」

 廻が首を傾げていると、スピーカーの向こうで扉が開く音が聞こえてきた。

『誰かいるんですか?』

 聞こえてきたのは万結の声でした。

『おほー!べっぴんさんが入ってきたのー!』

 お爺さんの声のトーンが一気に上がりました。

『こんばんは?』
『こんばんは。お嬢ちゃんこっちにおいで』
「万結。気を付けろ。その爺さん変態だからな」
『その声は廻先輩ですか?』
「あぁ」
『誰が変態じゃ!』
「あんただよ!女医やナースのお尻を触りまわった変態爺!」

 廻の言葉を聞いた万結がひいているのがスピーカー越しでも感じられました。

『そらは昔の話じゃよ!それに、今は未練がましくここに残るだけの幽霊じゃからの~。触りたくても触れんよ』
「触れるなら触る気はあったんだな」
『もちろんじゃよ!』

 元気よく肯定するお爺さんに、廻はため息を吐き、万結は苦笑していました。

『でも、幽霊にしては元気なお爺さんですね』
『べっぴんさんのお嬢ちゃんがやって来てくれたから元気まんまんじゃよ!』

 テンションマックスのお爺さんの声に廻は呆れています。

「ホントに、俺と喋っていた時とテンションが大違いだな」
『そういえば、廻先輩はどこにいるんですか?』
「俺か。俺は今ナースステーションに公と夏といるぞ」
『そうなんですね。じゃあ、私もそちらに向かいますね』
「おう。ならここで待ってるから」
『はい』
『なんじゃ。もう行ってしまうのか?』

 寂しそうにお爺さんは万結に声をかけました。

『えぇ。みんな待ってますから』
『そうなんじゃな』
『はっ!』

 万結の驚く声が聞こえてきました。

「どうした?万結」
『お爺さんの体が………』
『フォッフォッフォッ。最後にこうして話すことができて満足できたわ』

 その言葉で廻も状況を理解しました。

「爺さん。成仏するんだな」
『あぁ。最後にこうして話せたからな。感謝するぞ、お嬢ちゃん』
「俺じゃないんかい!」
『男と喋ったところでなにも楽しくないのに成仏できるわけなかろう!』
「誰かと話したかったんじゃなかったのかよ!」
『誰かではなくべっぴんさんと話したかったんじゃ!』

 廻は拳を握りしめてナースコールを切ろうとしました。

『じゃが、お主との会話も楽しかったぞ。ありがとうな。こんな爺の話に付き合ってくれて』

 予想外の感謝の言葉に廻は拳をおろしました。

「しっかり成仏しろよ」
『あぁ。達者でな。これであの世でおなごに囲まれてウハウハできるわい』
「地獄におちやがれ!」
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