35 / 43
《祠》の章
【諮】
しおりを挟む
弐沙はぎゅっと目を瞑るが、いつまで経っても新たな痛みがやってくることは無かった。
すっと目を開けると、弐沙の体の寸前のところでみそぐは動きを止めていた。
しかし、彼の眼はじっと弐沙を捕らえているままだ。
「何しているんだ、さっさとやれ」
動きが止まったことを不審に思って、すぐに朱禍が命令を下すが、それでも、みそぐは動こうとはしない。
その時だった。
「弐沙!」
物置小屋の引き戸が勢いよく開かれて、外から怜が帰ってきたのだ。
すぐに弐沙のところへと駆け寄る。
「やってみたが、十五分も持たなかったな」
「弐沙なら、コレくらいで十分健闘したほうなんじゃないかな? ところで刺さってるけど、痛くないの?」
「……痛いに決まっているだろ」
「なら良かった。痛覚までなくなって遂に人間じゃなくなったかと思ったから。抜かせてもらうよ」
怜はそう言いながら、弐沙の腹部に突き刺さっている触手を引っこ抜く。
弐沙は余りの痛さに表情を歪ませ、腹部からは大量の血が流れる。
「もっと優しく抜けないのか?」
「おや? 弐沙は気持ちよく抜いて欲しかったの? 変態さんだねぇ」
怜は頬に手を当てて恥ずかしがるようなポーズを取る。
「怜、後で覚えて居ろよ?」
「おー、怖い怖い。後で大目玉を食らわないように、此処でバシッと活躍しとかないとねぇ」
ニヤリと朱禍に笑いかける怜。
「あー、それと。あのおばあさんならちょっとある所に閉じ込めさせてもらったよ。多分暫くは起きないかな? ところで、このバケモノは一体なんだったの?」
怜は動きの止まっている異形を指差した。
「元人間で、みそぐそのものだそうだ」
「あー、なるほどねぇ……ところで、なんでコイツ動き止ってんの?」
「ボク……ハ……」
怜が訊ねたその瞬間、みそぐのところどころある口たちが動き出し、声が不協和音を奏でる。
「わっ、コイツいきなり……」
「……」
その光景に怜は驚くが、弐沙は黙ってみそぐを見つめるだけであった。
「ボクハ……キエタイ」
そう呟くみそぐの無数の眼はどこか虚空の一点を捕らえる。
「チッ……正気になりおって」
朱禍はそう吐き捨て、舌打ちをした。
「コノスガタ……ネエサンニ キラワレル ダッタラ ボクハ……キエル……ウッ」
次の瞬間、口から再び子を産むみそぐ。
子らはまるでみそぐを護るかのように、弐沙たちに飛び掛ってきた。
「うわっ、もう、小さいのが鬱陶しい」
「恐らくは、みそぐに植えられている呪いの“核”がみそぐの体内で増幅されて、体内から出ているんだ、まるで産卵するかのように。取り憑かれたら呪われるぞ」
「え、ちょ、それを早く言って!」
怜は慌てて、手近にあった長い棒を縦横無尽に振り回しつつ、子らを蹴散らせて行く。
弐沙はというと、半分に折れた模造刀の持ち手側を持ち、飛び掛る子らを断ち切り、朱禍を睨んだ。
「朱禍、質問がある。朱糸守の中身はコレか?」
折れた刀で斬られた子らの残骸を指す。
「さすがだね、ご名答。あのお守りの中身はコイツらの死骸だ。生まれたてを丁寧に潰して出来たモノ。袋の中に入っているときはこれと言って作用はないが、袋の中を開いて、人がソレを視認したとき、始めて呪(のろ)いのシステムが完成する。普段ならお守りの中身なんて滅多に覗かないが、あえて『見るな』と警告することで、見たくなるように人間心理が働くように仕向けた。どうだ、すごいだろ?」
「いかにも、あくどい奴が考えそうなシステムだな。それで何人も呪(のろ)い殺されているのは確かだが」
弐沙はそう悪態をつく。
「弐沙、君にもその任を担ってもらうよ? 永久にね?」
「先ほどから言っているが、お断りだ」
すっと、弐沙の視線がみそぐに向けられる。
「みそぐ、今楽にしてやる」
みそぐに向かって歩き出す。
「ケシテ……ボクヲ ケシテ」
そう嘆くみそぐの近くへと歩み寄り、折れた模造刀を両手で構える。
「……これで、終わりだ」
ザクッ。
優しく弐沙が呟いて、模造刀は深くみそぐの体へと突き刺さった。
すると、その瞬間。パンッと何かが弾けるような音が聴こえ、
みそぐの体はまるで弐沙を包むかのように覆われていく。
「な、なんだ」
その光景に、弐沙は驚愕の表情を浮かべる。
「あははははは! そんなにすんなりとソイツを倒せるとでも思ったの? 弐沙、君はこれから取り込まれてみそぐの“核”の養分になってもらうよ」
不気味に笑う朱禍。そして、
「弐沙!」
恐ろしい剣幕で飲まれようとする弐沙を追いかける怜。
しかし、時既に遅く、
「れ……」
弐沙は混沌の異形の中にへと取り込まれてしまったのだった。
すっと目を開けると、弐沙の体の寸前のところでみそぐは動きを止めていた。
しかし、彼の眼はじっと弐沙を捕らえているままだ。
「何しているんだ、さっさとやれ」
動きが止まったことを不審に思って、すぐに朱禍が命令を下すが、それでも、みそぐは動こうとはしない。
その時だった。
「弐沙!」
物置小屋の引き戸が勢いよく開かれて、外から怜が帰ってきたのだ。
すぐに弐沙のところへと駆け寄る。
「やってみたが、十五分も持たなかったな」
「弐沙なら、コレくらいで十分健闘したほうなんじゃないかな? ところで刺さってるけど、痛くないの?」
「……痛いに決まっているだろ」
「なら良かった。痛覚までなくなって遂に人間じゃなくなったかと思ったから。抜かせてもらうよ」
怜はそう言いながら、弐沙の腹部に突き刺さっている触手を引っこ抜く。
弐沙は余りの痛さに表情を歪ませ、腹部からは大量の血が流れる。
「もっと優しく抜けないのか?」
「おや? 弐沙は気持ちよく抜いて欲しかったの? 変態さんだねぇ」
怜は頬に手を当てて恥ずかしがるようなポーズを取る。
「怜、後で覚えて居ろよ?」
「おー、怖い怖い。後で大目玉を食らわないように、此処でバシッと活躍しとかないとねぇ」
ニヤリと朱禍に笑いかける怜。
「あー、それと。あのおばあさんならちょっとある所に閉じ込めさせてもらったよ。多分暫くは起きないかな? ところで、このバケモノは一体なんだったの?」
怜は動きの止まっている異形を指差した。
「元人間で、みそぐそのものだそうだ」
「あー、なるほどねぇ……ところで、なんでコイツ動き止ってんの?」
「ボク……ハ……」
怜が訊ねたその瞬間、みそぐのところどころある口たちが動き出し、声が不協和音を奏でる。
「わっ、コイツいきなり……」
「……」
その光景に怜は驚くが、弐沙は黙ってみそぐを見つめるだけであった。
「ボクハ……キエタイ」
そう呟くみそぐの無数の眼はどこか虚空の一点を捕らえる。
「チッ……正気になりおって」
朱禍はそう吐き捨て、舌打ちをした。
「コノスガタ……ネエサンニ キラワレル ダッタラ ボクハ……キエル……ウッ」
次の瞬間、口から再び子を産むみそぐ。
子らはまるでみそぐを護るかのように、弐沙たちに飛び掛ってきた。
「うわっ、もう、小さいのが鬱陶しい」
「恐らくは、みそぐに植えられている呪いの“核”がみそぐの体内で増幅されて、体内から出ているんだ、まるで産卵するかのように。取り憑かれたら呪われるぞ」
「え、ちょ、それを早く言って!」
怜は慌てて、手近にあった長い棒を縦横無尽に振り回しつつ、子らを蹴散らせて行く。
弐沙はというと、半分に折れた模造刀の持ち手側を持ち、飛び掛る子らを断ち切り、朱禍を睨んだ。
「朱禍、質問がある。朱糸守の中身はコレか?」
折れた刀で斬られた子らの残骸を指す。
「さすがだね、ご名答。あのお守りの中身はコイツらの死骸だ。生まれたてを丁寧に潰して出来たモノ。袋の中に入っているときはこれと言って作用はないが、袋の中を開いて、人がソレを視認したとき、始めて呪(のろ)いのシステムが完成する。普段ならお守りの中身なんて滅多に覗かないが、あえて『見るな』と警告することで、見たくなるように人間心理が働くように仕向けた。どうだ、すごいだろ?」
「いかにも、あくどい奴が考えそうなシステムだな。それで何人も呪(のろ)い殺されているのは確かだが」
弐沙はそう悪態をつく。
「弐沙、君にもその任を担ってもらうよ? 永久にね?」
「先ほどから言っているが、お断りだ」
すっと、弐沙の視線がみそぐに向けられる。
「みそぐ、今楽にしてやる」
みそぐに向かって歩き出す。
「ケシテ……ボクヲ ケシテ」
そう嘆くみそぐの近くへと歩み寄り、折れた模造刀を両手で構える。
「……これで、終わりだ」
ザクッ。
優しく弐沙が呟いて、模造刀は深くみそぐの体へと突き刺さった。
すると、その瞬間。パンッと何かが弾けるような音が聴こえ、
みそぐの体はまるで弐沙を包むかのように覆われていく。
「な、なんだ」
その光景に、弐沙は驚愕の表情を浮かべる。
「あははははは! そんなにすんなりとソイツを倒せるとでも思ったの? 弐沙、君はこれから取り込まれてみそぐの“核”の養分になってもらうよ」
不気味に笑う朱禍。そして、
「弐沙!」
恐ろしい剣幕で飲まれようとする弐沙を追いかける怜。
しかし、時既に遅く、
「れ……」
弐沙は混沌の異形の中にへと取り込まれてしまったのだった。
0
お気に入りに追加
10
あなたにおすすめの小説
昭和レトロな歴史&怪奇ミステリー 凶刀エピタム
かものすけ
ミステリー
昭和四十年代を舞台に繰り広げられる歴史&怪奇物語。
高名なアイヌ言語学者の研究の後を継いだ若き研究者・佐藤礼三郎に次から次へ降りかかる事件と災難。
そしてある日持ち込まれた一通の手紙から、礼三郎はついに人生最大の危機に巻き込まれていくのだった。
謎のアイヌ美女、紐解かれる禁忌の物語伝承、恐るべき人喰い刀の正体とは?
果たして礼三郎は、全ての謎を解明し、生きて北の大地から生還できるのか。
北海道の寒村を舞台に繰り広げられる謎が謎呼ぶ幻想ミステリーをどうぞ。

夜の動物園の異変 ~見えない来園者~
メイナ
ミステリー
夜の動物園で起こる不可解な事件。
飼育員・えまは「動物の声を聞く力」を持っていた。
ある夜、動物たちが一斉に怯え、こう囁いた——
「そこに、"何か"がいる……。」
科学者・水原透子と共に、"見えざる来園者"の正体を探る。
これは幽霊なのか、それとも——?
このブラジャーは誰のもの?
本田 壱好
ミステリー
ある日、体育の授業で頭に怪我をし早退した本前 建音に不幸な事が起こる。
保健室にいて帰った通学鞄を、隣に住む幼馴染の日脚 色が持ってくる。その中から、見知らぬブラジャーとパンティが入っていて‥。
誰が、一体、なんの為に。
この物語は、モテナイ・冴えない・ごく平凡な男が、突然手に入った女性用下着の持ち主を探す、ミステリー作品である。
強制憑依アプリを使ってみた。
本田 壱好
ミステリー
十八年間モテた試しが無かった俺こと童定春はある日、幼馴染の藍良舞に告白される。
校内一の人気を誇る藍良が俺に告白⁈
これは何かのドッキリか?突然のことに俺は返事が出来なかった。
不幸は続くと言うが、その日は不幸の始まりとなるキッカケが多くあったのだと今となっては思う。
その日の夜、小学生の頃の友人、鴨居常叶から当然連絡が掛かってきたのも、そのキッカケの一つだ。
話の内容は、強制憑依アプリという怪しげなアプリの話であり、それをインストールして欲しいと言われる。
頼まれたら断れない性格の俺は、送られてきたサイトに飛んで、その強制憑依アプリをインストールした。
まさかそれが、運命を大きく変える出来事に発展するなんて‥。当時の俺は、まだ知る由もなかった。

それは奇妙な町でした
ねこしゃけ日和
ミステリー
売れない作家である有馬四迷は新作を目新しさが足りないと言われ、ボツにされた。
バイト先のオーナーであるアメリカ人のルドリックさんにそのことを告げるとちょうどいい町があると教えられた。
猫神町は誰もがねこを敬う奇妙な町だった。
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
隅の麗人 Case.1 怠惰な死体
久浄 要
ミステリー
東京は丸の内。
オフィスビルの地階にひっそりと佇む、暖色系の仄かな灯りが点る静かなショットバー『Huster』(ハスター)。
事件記者の東城達也と刑事の西園寺和也は、そこで車椅子を傍らに、いつも同じ席にいる美しくも怪しげな女に出会う。
東京駅の丸の内南口のコインロッカーに遺棄された黒いキャリーバッグ。そこに入っていたのは世にも奇妙な謎の死体。
死体に呼応するかのように東京、神奈川、埼玉、千葉の民家からは男女二人の異様なバラバラ死体が次々と発見されていく。
2014年1月。
とある新興宗教団体にまつわる、一都三県に跨がった恐るべき事件の顛末を描く『怠惰な死体』。
難解にしてマニアック。名状しがたい悪夢のような複雑怪奇な事件の謎に、個性豊かな三人の男女が挑む『隅の麗人』シリーズ第1段!
カバーイラスト 歩いちご
※『隅の麗人』をエピソード毎に分割した作品です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる