32 / 43
《祠》の章
【媸】
しおりを挟む
ギラリと光る無数の眼と歯をむき出しながら奇声を発する口、そしてうねうねと動く触手。
物置小屋全体をそんな異形の影が蠢いていた。
そんな光景に、弐沙はまるで足を地面に縫い付けられたかのように動けないでいた。
「弐沙、どうした……っ!?」
立ち止まっている弐沙を心配して、怜が小屋の中を覗き込み、驚愕する。
「何……アレ……? 人間なの……? うっ」
蠢く影を直視して、怜が吐き気を催す。
「余り直視しすぎると、当てられるぞ」
「それを早く言って……ううっ……気持ち悪い」
手で口を押さえながら必死で吐き気に耐える怜。
「アレは流石に人間ではないだろう」
「じゃあ、何」
「……分からない。私も長年生きてきて一度も見えたことがない生物だ。人間でないことは確かなくらいだな」
「海外のSFとかに居そうな感じはするね」
顔に冷や汗を垂らしながら弐沙が向こうの様子を伺う。
「あんなに眼があるのに、こちらの様子には気づいていないようだな。私達が暗闇に紛れているからか」
「かもねー。あ、何かあの生き物が苦しそうにもがき始めたよ」
怜が弐沙にボソッと呟く。
建物の中にいる影は、ビタンビタンと激しく蠢きながらもがき苦しむような動作をする。そして、
「アアアアアアアアアアアア」
呻き声をあげながら床にビシャビチャと何かを吐き続けていた。
それと同時に周りには鉄くさい臭いが一気に充満する。
「うっ……アイツ、血でも吐いてるの?」
余りにも血の臭いがきつくて、怜は口と鼻を手で塞いで、眉をひそませる。
しかし、弐沙は目を見開いてアレが何かを吐き続けている様をずっと見ていた。
「……弐沙?」
「ち、違う、アレは血を吐いているものなんかじゃない……」
次第に弐沙の顔が青くなっていく。
「……自分の子どもを……生んでいるんだ」
そういう弐沙の唇はカタカタを震えていた。
そう言われて、怜が床をじっと見ると小ぶりのソレが無数に床に転がって蠢いていた。
わらわらと密集するソレ。
「小さいのが沢山増えてる……うっ……」
怜は再び吐き気がぶり返す。
「一体なんなんだアレは……」
「弐沙が怖がるってのも珍しいけど、これは怖がらないほうがオカシイや……」
「あぁ、アレは、常識の範囲をとっくに超えている」
なおも、ソレはビチャビチャと床に自らの子を生み出していく。
子はまるで親がスグにでも分かったかのように大きいソレに縋り群れを成していた。
「コレが、私達が見ている悪い夢ならいいんだがな」
「今ごろ現実の俺たちは宿泊先で熟睡している時に見ている夢ならいいんだけど……、残念ながら」
怜は自分の頬を少々強めに抓る。
「痛い。夢じゃないみたいだ」
「しかし、このまま立ち尽くすわけにも行かない。乗り込まないといけないな」
「そうだね」
弐沙と怜が意を決して小屋の中に入ろうとしたとき、
「やっと追いついた」
背後から声がして二人は驚愕し、振り返る。
其処には夏陽の姿があった。
「夏陽、なんでこんな時間にお前が居るんだ」
「それはこっちのセリフだよ。寝付けないから散歩してたら二人が神社の方向へ消えていくのが見えたから、夜道は暗くて危ないし熊も出るかもしれないからって慌てて追いかけたんだよ。雑木林は暗くて苦労したよ、本当にもう!」
そう言って夏陽はプンプンと怒る。
「私達の心配はいいんだ。何かあれば自分らで対処できる」
「それならいいんだけど? ところで小屋のところで突っ立っていたけど、何見てたの? 俺にも見せろよ」
二人だけずるいぞと言いながら夏陽は小屋の中へ侵入しようとする。
「あ、待て、その中は……」
弐沙達が夏陽を引きとめようと、物置小屋の中へ足を踏み入れた。
すると、その刹那
怜の体が吹っ飛び、壁へ叩きつけられた。
「怜?」
弐沙は何が起こったか分からず、怜が飛んだほうをゆっくりと見た。
そこには頭から血を流して気を失って倒れている怜の姿があった。
「おや、やっぱり普通の人間は脆いんだねぇ。ものの数秒も持ちやしない」
そう言って嗤うのは、
バケモノにぴったりと寄り添う、夏陽の姿だった。
物置小屋全体をそんな異形の影が蠢いていた。
そんな光景に、弐沙はまるで足を地面に縫い付けられたかのように動けないでいた。
「弐沙、どうした……っ!?」
立ち止まっている弐沙を心配して、怜が小屋の中を覗き込み、驚愕する。
「何……アレ……? 人間なの……? うっ」
蠢く影を直視して、怜が吐き気を催す。
「余り直視しすぎると、当てられるぞ」
「それを早く言って……ううっ……気持ち悪い」
手で口を押さえながら必死で吐き気に耐える怜。
「アレは流石に人間ではないだろう」
「じゃあ、何」
「……分からない。私も長年生きてきて一度も見えたことがない生物だ。人間でないことは確かなくらいだな」
「海外のSFとかに居そうな感じはするね」
顔に冷や汗を垂らしながら弐沙が向こうの様子を伺う。
「あんなに眼があるのに、こちらの様子には気づいていないようだな。私達が暗闇に紛れているからか」
「かもねー。あ、何かあの生き物が苦しそうにもがき始めたよ」
怜が弐沙にボソッと呟く。
建物の中にいる影は、ビタンビタンと激しく蠢きながらもがき苦しむような動作をする。そして、
「アアアアアアアアアアアア」
呻き声をあげながら床にビシャビチャと何かを吐き続けていた。
それと同時に周りには鉄くさい臭いが一気に充満する。
「うっ……アイツ、血でも吐いてるの?」
余りにも血の臭いがきつくて、怜は口と鼻を手で塞いで、眉をひそませる。
しかし、弐沙は目を見開いてアレが何かを吐き続けている様をずっと見ていた。
「……弐沙?」
「ち、違う、アレは血を吐いているものなんかじゃない……」
次第に弐沙の顔が青くなっていく。
「……自分の子どもを……生んでいるんだ」
そういう弐沙の唇はカタカタを震えていた。
そう言われて、怜が床をじっと見ると小ぶりのソレが無数に床に転がって蠢いていた。
わらわらと密集するソレ。
「小さいのが沢山増えてる……うっ……」
怜は再び吐き気がぶり返す。
「一体なんなんだアレは……」
「弐沙が怖がるってのも珍しいけど、これは怖がらないほうがオカシイや……」
「あぁ、アレは、常識の範囲をとっくに超えている」
なおも、ソレはビチャビチャと床に自らの子を生み出していく。
子はまるで親がスグにでも分かったかのように大きいソレに縋り群れを成していた。
「コレが、私達が見ている悪い夢ならいいんだがな」
「今ごろ現実の俺たちは宿泊先で熟睡している時に見ている夢ならいいんだけど……、残念ながら」
怜は自分の頬を少々強めに抓る。
「痛い。夢じゃないみたいだ」
「しかし、このまま立ち尽くすわけにも行かない。乗り込まないといけないな」
「そうだね」
弐沙と怜が意を決して小屋の中に入ろうとしたとき、
「やっと追いついた」
背後から声がして二人は驚愕し、振り返る。
其処には夏陽の姿があった。
「夏陽、なんでこんな時間にお前が居るんだ」
「それはこっちのセリフだよ。寝付けないから散歩してたら二人が神社の方向へ消えていくのが見えたから、夜道は暗くて危ないし熊も出るかもしれないからって慌てて追いかけたんだよ。雑木林は暗くて苦労したよ、本当にもう!」
そう言って夏陽はプンプンと怒る。
「私達の心配はいいんだ。何かあれば自分らで対処できる」
「それならいいんだけど? ところで小屋のところで突っ立っていたけど、何見てたの? 俺にも見せろよ」
二人だけずるいぞと言いながら夏陽は小屋の中へ侵入しようとする。
「あ、待て、その中は……」
弐沙達が夏陽を引きとめようと、物置小屋の中へ足を踏み入れた。
すると、その刹那
怜の体が吹っ飛び、壁へ叩きつけられた。
「怜?」
弐沙は何が起こったか分からず、怜が飛んだほうをゆっくりと見た。
そこには頭から血を流して気を失って倒れている怜の姿があった。
「おや、やっぱり普通の人間は脆いんだねぇ。ものの数秒も持ちやしない」
そう言って嗤うのは、
バケモノにぴったりと寄り添う、夏陽の姿だった。
0
お気に入りに追加
10
あなたにおすすめの小説
変な屋敷 ~悪役令嬢を育てた部屋~
aihara
ミステリー
侯爵家の変わり者次女・ヴィッツ・ロードンは博物館で建築物史の学術研究院をしている。
ある日彼女のもとに、婚約者とともに王都でタウンハウスを探している妹・ヤマカ・ロードンが「この屋敷とてもいいんだけど、変な部屋があるの…」と相談を持ち掛けてきた。
とある作品リスペクトの謎解きストーリー。
本編9話(プロローグ含む)、閑話1話の全10話です。
時計仕掛けの遺言
Arrow
ミステリー
閉ざされた館、嵐の夜、そして一族に課された死の試練――
山奥の豪邸「クラヴェン館」に集まった一族は、資産家クラレンス・クラヴェンの遺言公開を前に、彼の突然の死に直面する。その死因は毒殺の可能性が高く、一族全員が容疑者となった。
クラレンスの遺言書には、一族の「罪」を暴き出すための複雑な試練が仕掛けられていた。その鍵となるのは、不気味な「時計仕掛けの装置」。遺産を手にするためには、この装置が示す謎を解き、家族の中に潜む犯人を明らかにしなければならない。
名探偵ジュリアン・モークが真相を追う中で暴かれるのは、一族それぞれが隠してきた過去と、クラヴェン家にまつわる恐ろしい秘密。時計が刻む時とともに、一族の絆は崩れ、隠された真実が姿を現す――。
最後に明らかになるのは、犯人か、それともさらなる闇か?
嵐の夜、時計仕掛けが動き出す。
友よ、お前は何故死んだのか?
河内三比呂
ミステリー
「僕は、近いうちに死ぬかもしれない」
幼い頃からの悪友であり親友である久川洋壱(くがわよういち)から突如告げられた不穏な言葉に、私立探偵を営む進藤識(しんどうしき)は困惑し嫌な予感を覚えつつもつい流してしまう。
だが……しばらく経った頃、仕事終わりの識のもとへ連絡が入る。
それは洋壱の死の報せであった。
朝倉康平(あさくらこうへい)刑事から事情を訊かれた識はそこで洋壱の死が不可解である事、そして自分宛の手紙が発見された事を伝えられる。
悲しみの最中、朝倉から提案をされる。
──それは、捜査協力の要請。
ただの民間人である自分に何ができるのか?悩みながらも承諾した識は、朝倉とともに洋壱の死の真相を探る事になる。
──果たして、洋壱の死の真相とは一体……?
リモート刑事 笹本翔
雨垂 一滴
ミステリー
『リモート刑事 笹本翔』は、過去のトラウマと戦う一人の刑事が、リモート捜査で事件を解決していく、刑事ドラマです。
主人公の笹本翔は、かつて警察組織の中でトップクラスの捜査官でしたが、ある事件で仲間を失い、自身も重傷を負ったことで、外出恐怖症(アゴラフォビア)に陥り、現場に出ることができなくなってしまいます。
それでも、彼の卓越した分析力と冷静な判断力は衰えず、リモートで捜査指示を出しながら、次々と難事件を解決していきます。
物語の鍵を握るのは、翔の若き相棒・竹内優斗。熱血漢で行動力に満ちた優斗と、過去の傷を抱えながらも冷静に捜査を指揮する翔。二人の対照的なキャラクターが織りなすバディストーリーです。
翔は果たして過去のトラウマを克服し、再び現場に立つことができるのか?
翔と優斗が数々の難事件に挑戦します!
影の多重奏:神藤葉羽と消えた記憶の螺旋
葉羽
ミステリー
天才高校生・神藤葉羽は、幼馴染の望月彩由美と共に平穏な日常を送っていた。しかし、ある日を境に、葉羽の周囲で不可解な出来事が起こり始める。それは、まるで悪夢のような、現実と虚構の境界が曖昧になる恐怖の連鎖だった。記憶の断片、多重人格、そして暗示。葉羽は、消えた記憶の螺旋を辿り、幼馴染と共に惨劇の真相へと迫る。だが、その先には、想像を絶する真実が待ち受けていた。
アンティークショップ幽現屋
鷹槻れん
ミステリー
不思議な物ばかりを商うアンティークショップ幽現屋(ゆうげんや)を舞台にしたオムニバス形式の短編集。
幽現屋を訪れたお客さんと、幽現屋で縁(えにし)を結ばれたアンティークグッズとの、ちょっぴり不思議なアレコレを描いたシリーズです。
学園ミステリ~桐木純架
よなぷー
ミステリー
・絶世の美貌で探偵を自称する高校生、桐木純架。しかし彼は重度の奇行癖の持ち主だった! 相棒・朱雀楼路は彼に振り回されつつ毎日を過ごす。
そんな二人の前に立ち塞がる数々の謎。
血の涙を流す肖像画、何者かに折られるチョーク、喫茶店で奇怪な行動を示す老人……。
新感覚学園ミステリ風コメディ、ここに開幕。
『小説家になろう』でも公開されています――が、検索除外設定です。
弁護士 守部優の奇妙な出会い
鯉々
ミステリー
新人弁護士 守部優は始めての仕事を行っている最中に、謎の探偵に出会う。
彼らはやがて、良き友人となり、良き相棒となる。
この話は、二人の男が闇に隠された真実を解明していく物語である。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる