神暴き

黒幕横丁

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伍日目その3

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「あー、やっぱり朝のお味噌汁って体にしみ込むねぇー」
 拠点へ戻り、用意されていた朝食の味噌汁をすすりながら怜はほっこりとしていた。
 その様子をちらりと弐沙は見て、再び視線を朝食へと戻す。
「ねー、弐沙―。何か言ってよー。折角ボケたのに」
「私はお前のボケに付き合っている暇なんて無い」
 弐沙は何か考え事をしているらしく、ちょくちょく箸の動きが止まっていた。
「もう、ご飯食べるか考え事をするかどっちかにしなさいって教えても貰わなかったの? ちゃんと、食べるときは食べないとー」
「生憎、そういう親の元では育ってないんでな」
 ずずっと味噌汁とすする弐沙。
「……何について考えてるの?」
「いや、別に大したことじゃないが、私は安住が狩り手とばかり考えていたが、そんな安住が殺されていた。そうなると、狩り手は別にいるってことになるのだなぁと」
「狩り手さんだと分かった誰かが、早く祭りを終わらせる為に殺したってことじゃないの?」
 怜はししゃもを頭から齧りながら訊く。
「狩り手には守護者が付いている。もし狩り手が何者かの手によって殺されそうになったら返り討ちにするのがルールだ。安住が守護者だったという可能性もありえるが。それに、狩り手が殺されたとしたら今頃祭りの終わったことを村長が皆に知らせるハズだ、しかし……」
 弐沙はゆっくり目を閉じる。
「祭りはまだ終わっていない」
「あー、そっか。仮に安住さんが守護者としたら、狩り手が誰なのかを突き止めれば容易に叩くことが出来るけど、それも空振りだったら難しいねぇー」
 うーん……。弐沙達は二人揃って悩み始める。
「俺、弐沙みたいに頭脳派じゃないからこういう難しい奴苦手なんだよねぇ。こうなったらさ……」
「なんだ?」

「いっそのこと俺と弐沙以外を今すぐここで消してしまえば問題ないんじゃないかな?」

 怜はニッコリと弐沙に笑いかける。
「駄目だ」
「冗談だよ。ご馳走様」
 怜は箸を置き、手を合わせる。
「そういえばさ、弐沙に訊きたいことがあるんだけど」
「何を訊きたいんだ?」
「弐沙がどこまで知っているのか分からないけど、最初の神暴きについて訊きたいなー」

「最初の神暴き?」
「そう、最初に行われた神暴き。本物の神様を暴いた方の!」
「それは、俺も気になるな」
 ガラッと引き戸が開かれ、高田がいきなり弐沙たちの宿泊地へと乗り込んでくる。
「盗み聴きしていたのか?」
「ここらの民家は何を話しても筒抜けって分かっているだろ? なんせ隙間だらけだからな」
 ハッハッハ、と笑いながら高田は煙草を咥える。
「私の前で煙草は吸うな」
「これは普通の煙草だぞ? 何もアヤシイものなんて入ってない」
「でも駄目だ」
 ちぇっと高田は舌打ちをしつつ、煙草を仕舞う。
「で、何でここに押し入ってきたんだ」
「さっきも言ったじゃねぇか。最初の神暴きがなんとかかんとか。それが気になってここに突撃したまでよ」
 たくわえた髭を触りながら高田が言う。
「それに、アンタがそこまで知っているという事実にすでに興味津々だがね」
「まだ知っているとは一言も言っていないわけだが?」
「ちょっとー、質問したのは俺なんだけど? おじさん、まだ煩くするつもりなら力尽くでも追い出すよ?」
 怜はぐいぐい迫って弐沙を困らせる高田を一瞥する。
「あースマンかったよ。怜君だっけか、大人しくしてるから話を続けてくれ」
 高田はそう言って怜の隣へと座り込んだ。
「神暴きの原点は最初の日に木ノ里が話した通りだ。それ以外に何があるって言うんだ」
「だってさ、神は暴き手によって暴かれて山へと帰って行ったわけでしょ? それなのに、また神暴きを始めちゃうって変な感じがして」
 怜の質問に、高田もうんうんと頷く。
「あー、それか」
 弐沙はどこか冷めたような表情を示した。
「木ノ里も言っていただろう。“暴かれた神、イサ様は彼を賞賛し、山の奥へと消えていった”と、つまり、神は帰っていった訳ではなく消えたんだ」
「消えた?」
「居なくなったということか」
 高田の問いに弐沙は静かに頷く。
「神は居なくなった。だが、何者かの手によって狩り手という代役が立てられ神暴きを続けているというのが実情だ。まぁ、何者かというのは既に分かっているのだが」
「もしかして、前に言ってたスポンサーのこと?」
「そうだ」
「ちょっと待て、スポンサーってなんのことだ? この神暴きにはスポンサーがいるのか?」
 高田はメモを取りながら話に耳を傾ける。
「高田は不思議に思わなかったのか? こんな寂れた村が神暴きに参加するだけで遊んでいける額の金額を手に入れることが出来ることに」
「……確かに」
「それに、村サイドに何か世の中には知られちゃいけない弱みを握らされているのではないか?」
 弐沙の指摘に高田は顔からぶわっと一気に脂汗が噴き出した。
「何故それを知っているんだ」
「神暴きに参加している奴はみんなそうだからだ。弱味を握られ、参加料として遊んでいける金額を提示されて渋々参加することになる。しかし、そんな額のお金をこの村が用意出来るとは思えない。そんなことが出来る訳は、村には強力なバックが付いているからだ。そして、そのスポンサー達が神暴きを行っている。昔からずっとな」
 弐沙は白湯で喉を潤す。
「やけに詳しいな。まるで、その場に居たかのようだ」
 弐沙の説明に高田は感心する。
「一度気になって調べたことがあるだけだ」
「でもさ、そんなに強力なバックが神暴きを続けているとしても、本当の神を見破った暴き手が黙っていなかったんじゃない? その人はどうなったの?」
「そこまでは調べていた文献には記述されてないから分からないな。生死も不明みたいだが」
 弐沙はそう言って頬杖をついた。
「もしかしたら、今度はその暴き手が神になってたりしてな!」
 ガハハと高田は豪快に笑った。その様子を馬鹿馬鹿しそうに弐沙は見る。
「そういえば、そのイサ様の社? とかそういうのは何処にあるの?」
「村の門を抜けて数分歩いたところにあるらしい。しかし、今はそんな社に辿りつくどころか、門を抜けたところで鉛玉を一発食らわされるのがオチだろうな」
「じゃあ見に行くのは無理かー」
 怜は、んーと背伸びをして床に転がった。
「私が知っている情報はコレで全部だが」
「おー、ありがとよ。お陰で良い記事が書けそうだ。特集でも組んじまおうかな」
 高田はそういいながらメモとペンを仕舞う。
「別に記事のネタにして貰っても構いはしないが、生きていればの話だがな」
「そうだな。俺は結構しぶとい方だから案外生き残るかもしれねぇぞ」
「だといいな」
 そういう弐沙の顔はどこか伏し目がちであった。

 夜。弐沙はなかなか寝付けずにいた。
「寝ないのー?」
「安住に盛られたお香のせいでぐっすり眠ってしまったからな。なかなか眠気が来ないらしい。それに」
 布団から起き上がる弐沙。
「こう暗いと昔の頃の記憶が蘇ってくるようでな」
「弐沙の言う“昔”ってさ何時の事だい?」
 ニヤリと笑う怜に、フンと鼻を鳴らす。
「さぁ何時の事だが。私にとって過去なんて唯の“通り過ぎていくモノ”という認識しかなくなっていっているからな」
「それだから弐沙って面白いんだよね」
 怜はいきなり布団から飛び出て、弐沙を押し倒した。月明かりが瞳に反射しているからか、怜の瞳は金色に光り輝き、弐沙をじっと凝視する。
「何をする」
「ゴミのように扱われて捨てられた俺を弐沙は助けてくれた。名前だってくれた。だから、俺は弐沙を心から慕っている」
 そう言って怜は弐沙の首に掌をそえ、グッと力を入れる。
 気道が締まり、弐沙はグッと声を漏らし苦しそうな表情をした。
「だけど、今ココで君の首を絞め続けたら、弐沙は俺を助けたことを後悔するかい?」
 ニヘラと笑いながら、弐沙の首を絞め続ける怜。
 弐沙はそんな怜を抵抗もせずにずっと見つめるだけ。
「抵抗もせずにただ見ているだけなんて面白くも何も無いよ? 何か言わないと、伝わるものも伝わらない」
 怜がそういうと、弐沙の口は声を一切発さずに動く。

「         」

「……」
 その口の動きを見て怜は絞めていた手を緩める。
 弐沙はやっと気道が確保されてゴホゴホと咳き込み始める。
「あーあ、やっぱ弐沙には敵わないなー」
 怜はいそいそと自分の布団へと戻っていく。
「人の首を思いっきり絞めておいてよくそんな事が言えるな」
「えへへー。兄弟のじゃれ合い見たいなものだって」
「今は双子の兄弟のフリをしているが、お前が兄弟だなんて絶対に嫌だからな」
 弐沙はそう言って布団に潜り込んだ。
「あー、そうそう。そういえば兄弟だっていう設定だったねー。そうだ、どっちがお兄さんなのかって今から決めない?」
「……さっさと寝ろ」
 布団の中から弐沙の冷たい声が聞こえる。
「えー、いいじゃんかー。きめよーよー」
 怜はそう駄々をこねるが布団の中からは返事は無かった。
 替わりに寝息が聞こえてくるのを確認して、怜はフッと微笑む。

「おやすみ弐沙、いい夢を」
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