神暴き

黒幕横丁

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肆日目その1

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「静かだねぇ」
「……そうだな」
 朝七時。誰の悲鳴も聞くことも無く弐沙達は目を覚ました。
「もしかして、今日は誰も殺されていないんじゃない?」
「いや、そんなはずは無い。今回はもしかして室内の可能性もあるな。一応外へ出てみるか」
 身支度を整えて、弐沙達は外へと出掛ける。
 宿泊場所である民家から一つずつ虱潰しに確認していく。すると、途中、杉溝に出会った。
「あ、弐沙さんおはようございます。お散歩ですか? 俺は朝のジョギングでもしようかと思って」
「丁度良かった。走り回っている間に何か不審なものは見かけなかったか?」
「不審なものですか……? いや特には見ていませんが。それがどうかしました?」
 杉溝の答えに、弐沙はふむと考え込む。
「いや、今日はまだ死体が発見されていないから、きっと今までとは違うところに転がされているのかと考えたんだ」
「……そうなんですか。何もお役に立てずにすみません」
「別にいい。死体なんて嫌なものは見つけないに越したことはない」
 では失礼しますと、杉溝はまたかけていった。
「見つからないねぇー」
「そうだな」
 弐沙達が歩き出そうとした瞬間。
「あ、ちょうど良かったわ」
 やってきたのは安住だった。
「ちょっと手伝ってくれないかしら?」
「どうしたのー?」
「田力さんところに頼まれていたお香を届けに行こうと思ったんですけども、彼女の宿泊場所に行っても返事が無くて。一人じゃ中に入るのは心細いからご一緒に行ってくれません?」
 怜の問いに少々恥ずかしがりながら安住は答えた。
「心細いというのは今更の気もしなくもないが、いいだろう。何か起こっているのかもしれないしな」
「ありがとうございますわ」
 弐沙達と安住の三人は田力の泊まっている民家へ行くことにした。
 民家に到着すると、安住が三回ほど玄関の引き戸を叩く。
「田力さん、ご依頼されていたモノを持ってきましたわ。開けてください」
 幾らバンバンと叩いても、田力からの返事は無い。
「このようにずっと呼びかけているんですけど、出てくる様子は無くて」
「中に入って確かめるか」
 弐沙はそう言って引き戸を開ける。ここらの民家はつっかえ棒をしなければ施錠出来ないようになっているが、神暴き中はそのつっかえ棒は取っ払っているので、実質、扉は誰にでも簡単に開けられるようになっているのである。
 弐沙が開けて中に入ると、布団が敷かれていて、その中が盛り上がっているように見えた。
「まだ寝ているだけか、それとも……。怜、布団をはぐれ」
「了解―」
 怜は弐沙の命令に身軽に民家へとあがり、被っている布団を引っぺがした。
 すると、出てきたのは、

 口を丁寧に縫われて閉じられている田力の死体であった。

「わぁお。綺麗に波縫いされてるねー」
 綺麗に縫われている死体を見て思わず目を輝かせる怜。
「感心している場合か。そうか、ここは一人だけで泊まっていたから誰も気づかなかった訳だな。わざわざ侵入してまで確認する奴は居ないだろうな。昨日、家に侵入して酒井を襲おうとしていた紅葉以外は」
「私がお香を届けることが無ければ一生見つかることは無かったみたいですわね」
「そういうことになるな。はたまた、必ず見つかるようにしていたのか」
 そう言って弐沙は安住を見る。
「……何が言いたいんですの?」
「いや、こんな朝にお香を届けるのは少しおかしいと思っただけだ」
「昨日の夜十一時頃に、朝に精神集中用のものが欲しいと頼まれたの。だから、こうして今の時間にお届けしてまでよ」
「なるほどね」
 弐沙は安住の言い分を聞いてから再び考え込んだ。
 そして、田力の死体をじっと見る。本当に綺麗に縫われているが、何やら口には何かが詰め込まれているらしく、口内は膨らんでいる。
「怜、ハサミを持ってきてくれ」
「あいあいさー」
 怜は台所からキッチンバサミを持ってきて、弐沙に手渡す。弐沙はプチプチと縫われていた糸を切っていく。
「あー、折角綺麗に縫われていたのに勿体無い」
 そんな怜の言葉を無視してプチプチと切っていくと、少し口を開こうとしたが、死後硬直のために口を開かせるのにも苦労する。
 やっと少し開いたと思ったら、口の中はくしゃくしゃに丸められた紙が沢山詰め込まれていたのだ。
「怜、台所にゴム手袋のようなものはあったか?」
「あったよ。持ってくる」
 はい、とゴム手袋を手渡す怜。それをはめて弐沙は口に入れられていた丸められた紙を取り出して、広げる。
 紙の中には文字が書き込まれていた。

『インチキ占い師』
『詐欺師』
『金を返して』
『私達の幸せだったころを返して』
『貴女を信じた私が馬鹿だった』
『人間不信になった』
『死んでしまえ』
『訴えてやる』

「まるで罵詈雑言のオンパレードだな」
 書かれている文章を見て、弐沙は嘲笑う。
「田力さんって確か占い師さんだよねー。もしかすると、霊感商法とかで儲けていたのかなぁ?」
「さぁな? “死人に口なし”だ。彼女がどんな人だったかなんて、予想だけは幾らだって出来る。真実は分からないけどな」
「……」
 弐沙達の様子をじっと見ている安住に、怜が気付いた。
「どうしたの? 俺たちの顔に何か付いてる?」
「あ、いいえ。毎回よく推理しているなぁーと思っただけですわ。私にはそんな頭は持っていないですから、感心していたのです」
 そう言う安住の目が泳いでいたのを、弐沙は見逃さなかった。

 三十分後、村長たちがやって来てやはり遺体をもって村を去っていった。
 昨日紙を渡した村人からは、ご用意が出来ていますという旨を弐沙に伝えて帰っていった。
 民家へ帰ってみると、テーブルの上にお菓子が数袋と黒い物体が置かれていた。
「おっかしだーーー!!!」
 真っ先にそれをみた怜がハイテンションでお菓子を掴んだ。
「幾ら甘味が無くなると暴走すると言っても、節度ってものがあるぞ」
「分かってるって」
 そう言って早速お菓子の袋を開ける怜。その様子を見て弐沙はうな垂れるのであった。
 すると、引き戸をドンドンと叩く音が聞こえ、弐沙が戸をあけると、そこには安住の姿があった。
「何か用事か?」
「先ほど言うのを忘れてましたけど、ちょっとご相談したいことがあって参りましたの。十五時に私の宿泊場所まで弐沙さんだけで来てもらえませんか?」
 安住はそう弐沙に話を持ちかけて来たのだった。
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