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8話 共依存
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「……という訳なのよ、父さん」
「ふむ……」
父さんの書斎で、私と父さんは二人揃って事件の概要が書かれた紙をじっと睨めっこしながら雑談をしていた。
「なかなか面白そうな事件に巻き込まれましたね。私なら喜んで筆を取って一作書いてしまうような案件ですよ」
父さんも何だか嬉しそうに、万年筆を取り出し、紙に『動機』、『凶器』、『背景』というキーワードを書き込んでいく。
「父さんも楽しくなるなら、私がはしゃいじゃうのも無理は無いよね?」
私がそういうと、父さんはおでこにデコピンをかましてきたのだ。
「イタッ」
「ゆーちゃん、それとこれとは話が違いますよ。変に首を突っ込んでしまって、ゆーちゃん達に何かあったら、天国に居る沙織さんに顔向けできませんから」
沙織って言うのは、私が幼稚園に入りたての頃に病気で亡くなった母さんのことだ。父さんは今でも母さんのことを溺愛している。その証拠に、母さんの遺灰を加工したセラミックを練りこんでいる、ブレスレットを肌身離さず身につけているほどだ。
「危ないことをしないって。それに、もし私が死んじゃったら、誰も梨緒のことを止められないし」
髪の毛先を指で弄びながら言うと、父さんはため息をついた。
「ゆーちゃんは、りーくんを子どものように扱うのはそろそろ止めた方がいいと思いますよ?」
「え? なんで?」
私は父さんの言ったことを心底理解することは出来ず、聞き返す。
「りーくんはもう大人なんです。それなのに、いつまでもゆーちゃんがそうやって彼を縛り付けたままだと、いつまで経っても心の方が成長できませんよ」
「でもさ、今回の件だって、先輩の遺体を見た瞬間にヤバイ状態だったんだよ? そんな状況に陥ってしまう梨緒を野放しにしろって、父さんは言いたいの?」
私は納得がいかず、食い気味で父さんに質問を返す。父さんは、まぁまぁ落ち着きなさいと私を宥めながら答える。
「別に、今すぐ全部お世話するのをやめなさいと言っているわけではないんですよ。少しずつでいいのです。少しずつ、りーくんの自由にさせてあげなさい。それが、りーくんの今後の為にもなるのですよ」
「梨緒は私が居ないとダメなのに……」
その考えがダメなんです。と再び父さんにデコピンと食らわされる。
「ゆーちゃんも、りーくんを守ろうとする余り、りーくんに依存している性格を治していかないといけないかもしれませんねぇ」
「嫌よ。だって、私は……」
“その為に生かされているのだから”という言葉を言いそうになって慌てて飲み込んだ。いざ言ったところで、どうせ父さんには理解できないだろう。
私と梨緒の約束なんて。
「ま、可能な限り努力してみるわ。それにしても、話は最初に戻るけど、先輩の相談事ってなんだったと思う?」
これ以上私と梨緒についての会話なんて不毛なので、話題を事件の方に切り替える。
「そうですねぇ、話でよくありそうなのは、恋愛関連のものでしょうかねぇ。偏に恋愛といってもバリエーションが豊かですから」
父さんはまた万年筆で、『浮気』・『痴情の縺れ』・『結婚適齢期』など恋愛に関するキーワードを書き込んでいく。
「恋愛関連かぁ。私達二人にするような話かしら?」
「傍からみれば、ゆーちゃんとりーくんは付き合っているように見えますからね。しかもかなりラブラブの。ブハッ」
父さんが嬉しそうに言っている中、私は父さんの顔面目掛けてクッションを投げつけ、見事に命中する。
「なんつー事を言ってるんだ。私は梨緒に恋愛感情なんて断じてない! 断じて!」
「あらあら、顔が真っ赤ですよー。例えばの話なのに、そんなに熱くなっちゃって。可愛いですねぇー」
息を荒げながら力説する私を見て、父さんは呑気に笑っている。この変人クソ親父が。
「でも、いつもくっついて行動しているのですから、周囲の目というものはそんなものですよ。ゆーちゃんがいくら否定しているとしてもね?」
フフフと笑いながら、父さんは用意していたブラックコーヒーをすすり、喉を潤してさらに話を続けた。
「まぁ、ゆーちゃんの場合、否定すればその通りになるかもしれませんが、それはとりあえず置いておきましょう。恐らく、睡眠薬というのは彼氏さんの所持物でしょう。彼の名前をテレビで一度拝見したことありますが、精神的負担の為に引退を決めたと当時のニュースで騒がれたので、今も通院されているのでないでしょうか。それに、ゆーちゃんの話をうかがう限り、彼はその三上さんにかなりの依存をなさっているみたいですねぇ。もしかすると、三上さんも彼に依存していたんじゃないでしょうか?」
父さんは“共依存の可能性”と書いて、ぐるぐると万年筆で丸を囲っていく。
共依存。自分と特定の相手がその関係性に過剰に依存している状態。
まるで、私みたいじゃない。
「共依存ねぇ。だとしたら、それ関連の話題を私達に振ろうとしたのかもしれないってわけね。先輩もかなりの難題を私達に吹っかけようとしたわね」
ま、その難題も吹っかけられる前に露と消えてしまったわけだけども。
「あくまで私なりの予想です。捜査が進めば次第に明らかになるでしょうから、ゆーちゃんは大人しく見守っていればいいんじゃないですかねぇ?」
父さんはそう言って、テーブルに散乱した物を片付け始めた。
「さ、今日もそろそろ夜が深くなります。寝ましょう。夜更かしは役者には敵ですよ?」
「うん。そうする。父さん、話を聞いてくれてありがとう」
私も持ってきたマグカップを持って立ち上がる。
「親として当然ですから。おやすみなさい」
父さんは優しく笑った。
「ふむ……」
父さんの書斎で、私と父さんは二人揃って事件の概要が書かれた紙をじっと睨めっこしながら雑談をしていた。
「なかなか面白そうな事件に巻き込まれましたね。私なら喜んで筆を取って一作書いてしまうような案件ですよ」
父さんも何だか嬉しそうに、万年筆を取り出し、紙に『動機』、『凶器』、『背景』というキーワードを書き込んでいく。
「父さんも楽しくなるなら、私がはしゃいじゃうのも無理は無いよね?」
私がそういうと、父さんはおでこにデコピンをかましてきたのだ。
「イタッ」
「ゆーちゃん、それとこれとは話が違いますよ。変に首を突っ込んでしまって、ゆーちゃん達に何かあったら、天国に居る沙織さんに顔向けできませんから」
沙織って言うのは、私が幼稚園に入りたての頃に病気で亡くなった母さんのことだ。父さんは今でも母さんのことを溺愛している。その証拠に、母さんの遺灰を加工したセラミックを練りこんでいる、ブレスレットを肌身離さず身につけているほどだ。
「危ないことをしないって。それに、もし私が死んじゃったら、誰も梨緒のことを止められないし」
髪の毛先を指で弄びながら言うと、父さんはため息をついた。
「ゆーちゃんは、りーくんを子どものように扱うのはそろそろ止めた方がいいと思いますよ?」
「え? なんで?」
私は父さんの言ったことを心底理解することは出来ず、聞き返す。
「りーくんはもう大人なんです。それなのに、いつまでもゆーちゃんがそうやって彼を縛り付けたままだと、いつまで経っても心の方が成長できませんよ」
「でもさ、今回の件だって、先輩の遺体を見た瞬間にヤバイ状態だったんだよ? そんな状況に陥ってしまう梨緒を野放しにしろって、父さんは言いたいの?」
私は納得がいかず、食い気味で父さんに質問を返す。父さんは、まぁまぁ落ち着きなさいと私を宥めながら答える。
「別に、今すぐ全部お世話するのをやめなさいと言っているわけではないんですよ。少しずつでいいのです。少しずつ、りーくんの自由にさせてあげなさい。それが、りーくんの今後の為にもなるのですよ」
「梨緒は私が居ないとダメなのに……」
その考えがダメなんです。と再び父さんにデコピンと食らわされる。
「ゆーちゃんも、りーくんを守ろうとする余り、りーくんに依存している性格を治していかないといけないかもしれませんねぇ」
「嫌よ。だって、私は……」
“その為に生かされているのだから”という言葉を言いそうになって慌てて飲み込んだ。いざ言ったところで、どうせ父さんには理解できないだろう。
私と梨緒の約束なんて。
「ま、可能な限り努力してみるわ。それにしても、話は最初に戻るけど、先輩の相談事ってなんだったと思う?」
これ以上私と梨緒についての会話なんて不毛なので、話題を事件の方に切り替える。
「そうですねぇ、話でよくありそうなのは、恋愛関連のものでしょうかねぇ。偏に恋愛といってもバリエーションが豊かですから」
父さんはまた万年筆で、『浮気』・『痴情の縺れ』・『結婚適齢期』など恋愛に関するキーワードを書き込んでいく。
「恋愛関連かぁ。私達二人にするような話かしら?」
「傍からみれば、ゆーちゃんとりーくんは付き合っているように見えますからね。しかもかなりラブラブの。ブハッ」
父さんが嬉しそうに言っている中、私は父さんの顔面目掛けてクッションを投げつけ、見事に命中する。
「なんつー事を言ってるんだ。私は梨緒に恋愛感情なんて断じてない! 断じて!」
「あらあら、顔が真っ赤ですよー。例えばの話なのに、そんなに熱くなっちゃって。可愛いですねぇー」
息を荒げながら力説する私を見て、父さんは呑気に笑っている。この変人クソ親父が。
「でも、いつもくっついて行動しているのですから、周囲の目というものはそんなものですよ。ゆーちゃんがいくら否定しているとしてもね?」
フフフと笑いながら、父さんは用意していたブラックコーヒーをすすり、喉を潤してさらに話を続けた。
「まぁ、ゆーちゃんの場合、否定すればその通りになるかもしれませんが、それはとりあえず置いておきましょう。恐らく、睡眠薬というのは彼氏さんの所持物でしょう。彼の名前をテレビで一度拝見したことありますが、精神的負担の為に引退を決めたと当時のニュースで騒がれたので、今も通院されているのでないでしょうか。それに、ゆーちゃんの話をうかがう限り、彼はその三上さんにかなりの依存をなさっているみたいですねぇ。もしかすると、三上さんも彼に依存していたんじゃないでしょうか?」
父さんは“共依存の可能性”と書いて、ぐるぐると万年筆で丸を囲っていく。
共依存。自分と特定の相手がその関係性に過剰に依存している状態。
まるで、私みたいじゃない。
「共依存ねぇ。だとしたら、それ関連の話題を私達に振ろうとしたのかもしれないってわけね。先輩もかなりの難題を私達に吹っかけようとしたわね」
ま、その難題も吹っかけられる前に露と消えてしまったわけだけども。
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父さんはそう言って、テーブルに散乱した物を片付け始めた。
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