いい加減、好きだと白状してください!

桑水流 雫

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⑤いい加減、好きだと白状してください!

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それから一か月後、ダイキは似顔絵捜査官の試験に合格した。だがしかし─
「すごいじゃない!! ほら見てよ二人とも! 森山くんが書いた似顔絵と一緒!! 私の教え方が良かったのかしらねえー?」
 パトカーの後部座席で犯人を挟んでダイキと紅が座り、愛崎が運転している。だが空気は最悪で、なんとか盛り上げようとする紅に対して二人の男は無言のままだ。
「ちょっとなになに? どうしたの? 愛崎が焚きつけて、森山くんもやっと受かったのにうれしくないの?」
 そう言われても、とダイキは思う。あれからずっと愛崎とは業務連絡のようなやり取りばかりで、かなり気まずい状況なのだ。
(俺、まじでなんで両想いなんて思ったんだろ……あーもーわけわかんなくなってきたっ)
 時間が経てば経つほど、やはり自分が悪かったのではという自責の念にダイキは苛まれはじめていた。
(やっぱ、俺がそういう目で見てたから勘違いしただけで、ふつーの仲いい上司と部下の距離感だったのかも……)
だが数か月経ってしまっているのせいで、どこをどう修復すればいいのかすら、もうダイキには分からない。
 そんな二人の様子に紅はため息をつき、提案する。
「とにかく! めでたいことなんだし、みんな最近の事件で疲れてるから、飲み会開くわよ! 二人とも来ること! とくに森山くんは主役だし、愛崎、あんたもよ。みんな一緒に飲みたいって言ってるんだから、たまには付き合いなさいよ」
「……わかったよ」
 そう言って愛崎がしぶしぶ了承する。
 とりあえず、謝って楽になりたいとダイキは思う。この機会を、逃す手はない。



 数日後、愛崎班は集まり、長机が並ぶだだっ広い居酒屋で、わいわいと飲み会がスタートする。
「あいざきしゅに~ん、聞いてくださいよ~! このまえおれのよめがあ~」
 くだを巻いている部下に絡まれながら、愛崎は話を聞いている。
(あ、じゃっかん、体引いてる。ほんとに男苦手なんだ……)
 愛崎はきっとダイキに心を許してくれていたのだろう。ダイキはそれを裏切ってしまったのだ。
「もりもり~! 飲んでるう? お前も主任待ち?」
 酔っ払った先輩に肩を抱かれ、ダイキは鬱陶しいのが顔に出てしまう。
「別に待ってないですよ。なんですかそれ」
「愛崎主任、カッコいいだろ? 男が憧れる男って感じで。みんな話したいからさ、順番待ちしてんの、何気に」
「……へえ……酔っ払ってぐだぐだになるんで、そうでもないっすよ」
「めったに飲み会きてくれないしさー」
「──俺、毎日のように誘われてましたけどね。それも愛崎さんから」
「いっつも落ち着いてて頼りになる感じでさー」
「──俺のくだらない話で涙出るまで笑って、少年みたいに笑うんですよ。そして──」
 ベッドの中では、信じられないくらい濡れた声を出す──
「? もりもり~おまえ、さっきからなんの話してんだ? っておお!」
 ごくごくとビールのジョッキを一気飲みしていく。
「゛あぁ……!」
 ダンッとグラスを置き、真っすぐに愛崎を見たまま、口元を乱暴にぬぐう。
「も、もりもり、目据わってるけどだいじょうぶ?」
「女好きな軟派な先輩に質問です」
「すごいディスるやーん」
「ぜったいこいつ俺のこと好きだなと思って手出して、違ったら、どっちが悪いですか」
「そりゃあ、思わせぶりな相手も悪いけど、手出したほうでしょう~」
「っすよね……」
 男同士なんてありえない愛崎からしたら、あの日、一体どれほど怖い思いをさせてしまったのか、ダイキには想像もつかない。
「謝んねーと……」
 とりあえずとかじゃなくて、ちゃんと──。
 心を許して、信頼してくれていた愛崎を、ダイキは裏切ってしまったのだ。
 そして──。

この想いは封印しよう──

 その方がきっと、愛崎のためだ──。




「おぇっげえっ!」
「ちょっと、森山くん、大丈夫?」
 そう言って背中を撫でてくれる紅に、ダイキはやせ我慢でうなずいてみせる。
(せっかく愛崎主任に謝ろうと思ったのに、これじゃ、声かけるタイミングも──ん? あれ?)
 心配して背中を撫でてくれる手が、女の人だとは思えないほど大きくてあたたかく、ダイキは不思議に思ってゆっくりと横を見上げる。
「やばそうだな。紅、俺が送る。みんな、今日はもう解散だ」
「ッ──!?」
「たすかるー! んじゃよろしく!」
 愛崎のすぐ後ろで紅がそう言うと、遠巻きに心配そうにしていた同僚たちも、三々五々散っていく。そんな中、いきなり愛崎と二人きりにされ、ダイキはなかばパニックになってしまう。
「え、あの、俺、自分で帰れま──うぷっ、げほっ!」
「無理だろ。ったく何してんだよ」
 そう言って愛崎がハンカチを出し、ダイキの口元をぬぐってくれる。
「す、すいませっ、あの、あ、洗って返しますっ、靴も、すいません、汚してっ」
「いいよ。俺も毎回酔いつぶれて、お前に迷惑かけたし」
「っつ──」
 まさか愛崎からこの話題に触れてくるとは思わなかったダイキは固まる。
「ほら、水」
 すぐ横の自販機で買った水をダイキに投げる。それを受け取って飲むと、ずいぶんと楽になった。
「大丈夫そうだな。行くか」
 そう言って愛崎が前を歩きだす。だがダイキは踏み出せない。足元を見つめ、拳を握りこんで唇を噛む。
「どうした?」
 そう言って愛崎が心配そうに振り返る。
「……っ、です……」
「なに?」

「……好きっ、です!」

 気づいたら、口に出していた。
「……は?」
「俺っ主任が好きですっ、すいませんっ、迷惑なの、わかってるんですけどっ……俺、もう、どうしていいか、わかんなくて──っ」
 ぼろぼろと涙が溢れていく。泣くつもりはなかったのに、涙が止まらない。
 言うつもりはなかった。迷惑だと分かっていた。それなのに、久しぶりに彼のやさしさに触れ、抑え込んでいた気持ちが溢れてしまった。
「しゅにっ……が、すきっ」
「やめろっ!」
 一瞬の間をおいて、愛崎が叫ぶ。
「わ゛がっで゛ますっ、ずいまぜんっ、す゛いまっ─」
 涙が止まらない。いつまでも泣き止まないダイキに閉口したのか、愛崎が舌打ちする。
「行くぞ」
「っ、はい゛っ……」



 夏の夜風が気持ちいい。黙って地下鉄へ向かう愛崎の背中を見つめながら、あとをついていく。
(なんだろう……このままバイバイってことなのかな……)
 罵声を浴びせられることを期待していた。それぐらいしてくれないと、きっとあきらめきれないから。
と、ふいに先を行く愛崎が立ち止まり、満天の星空を背景にくるりと振り返る。
(あ。きれい─)
 これが二人だけの最後のシーンなら、悪くないとダイキは思う。
「前に、なんで刑事になったか聞いたよな?」
「? はい゛っ……」
 ずびっと鼻をすすり、返事をする。
「……ヒーローになりたかったなんてうそだ」
「え」
 愛崎がゆっくりと目を伏せ、眉を寄せる。その顔は今にも泣きそうだ。
「復讐だよ。俺は大昔、男にレイプされたんだ」
「─!?」
 ダイキは絶句する。思ってもみなかった答えに、どう声をかけていいのかわからない。
「犯人はとっくに逮捕されてるってのに、いまだにうなされるんだ。情けねーだろ?」
「そんな─」
 ダイキはただ、首をふるふると横にふる。
「結婚もしたけど、セックスレスで即離婚。トラウマのせいで、そういうことが苦手でさ……」
 そう言って大きく息を吐く。
「お前を──お前たちを傷つけたいわけじゃない。俺の問題なんだ……ごめんな」
 悲し気な笑顔に、ダイキはまた、涙が溢れてくる。
「っつ、じゃ、俺……一番やっちゃいけないことして、あんたを傷つけたってことですか? そんな……すみませんっ! ほんとに、俺っ──す゛みませんでしたっ!」
 そう言うと、愛崎は頬をかき、困った顔で笑う。
「……克服したかったんだよ。いい加減、何年引き摺ってんだって、そんな自分がイヤで……お前を利用したんだ。襲われても、文句言えねーよ」
「でもっ、そんな──知ってたら、俺っ……」
「自業自得だって。もう泣くなよ」
 愛崎が手を伸ばし、ダイキの頭に触れようとして、やめる。
「似顔絵捜査官、就任おめでとう。お前はきっといい刑事になるよ」
 そう笑って踵を返し、去っていく。
「あ゛い゛ざきさッ」
 思わず名前を叫ぶ。
その背中が、あまりに寂しそうだったから─。
 だが、愛崎は背中を向けたまま、かるく手を上げただけで、その姿はすぐに地下に消えてしまった。
「うぅっ─……」
 ダイキはしばらく、その場から動けなかった。



「はあー…っ」
 ダイキは家に戻るなり電気もつけず、スーツ姿のまま、ベッドにごろんと横になる。
「あー……眠れねえ~……」
 犯人は逮捕されていると言っていた。調べれば、当時の記録が残っているだろう─。



 次の日、ダイキは仕事の合間に、資料室で昔の調書を探す。
昨日の夜は、結局フラれたショックと愛崎の過去を知ったショックで夜通し寝つけなかった。そのせいで目が腫れ、班のみんなに心配されてしまったが、愛崎はついに声をかけてこなかった。
(いつもなら、一番最初に心配して、話聞いてくれたんだろうな……)
 もうきっと、そんな風には接してもらえないだろう。
(あー! だめだっ、しっかりしろ! 俺!)
 なえそうになる心に喝を入れる。だが眠れなかったせいで、頭がまわらない。
「えーっと……なんだっけ」
資料室をうろうろし、あっちにいったりこっちにいったりしながら、ようやく目当てのものを見つける。
「二十五年前の─あ、これだっ……!」
 まさかと思いながらも〝愛崎薫〟と警視庁のパソコンで検索すると、簡単にヒットしたのだ。
「はぁ、あー……どうしよう……」
調書を手に取り、ダイキは迷う。愛崎は読まれたくないかもしれない。でも─
(知りたいっ─)
ダイキは意を決してページをめくる。
〝当時十六歳。塾の帰りに暴行、強姦される。その足で、一人で警察署へ向かい、保護。顔に殴られた痕、右腕は骨折、臀部は裂傷し、出血─〟
「くそっ……想像以上にキツイな……」
 だが愛崎は泣き寝入りせずに、警察に通報したのだ。ダイキも覚悟を決め、再び調書を開く。
〝身体に付着した体液を採取。彼の証言で似顔絵を作成し、それが逮捕につながった〟
「似顔絵……あ……!」

〝お前の描いた一枚が、被害者の立ち直るキッカケになるかもしれないんだぞ〟

(それで、あんなに似顔絵にこだわってたのか……)
「はは……AIなんかに、負けてらんねーな……」
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