刹那いウンディーネ

葉隠一

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撃つゾウ★

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 昔々、象の惑星にジョーという名の老象がおりました。

 ジョーは知識をたくさん持ち、知恵もあったため巷の象達からとても慕われていました。敬意と親しみを込めて『ジョー爺』と呼ばれていました。

 ある時、ジョー爺は幼い象達を前に語っていました。

「世の中には『猿の惑星』なるものがあると聞く。だが、果たしてそこは『猿だけの惑星』だろうか? そんなことは無いだろう。星一つを猿が支配できたとしても、猿だけしかいない惑星では猿たちは生きていくことが出来ないはずだ。

 猿たちも食糧を得、何らかの形で自然に貢献しなくては星と共に生きていくことは難しいだろう。もしかすると、我々がこの星を象の惑星と思っているだけで、向こうに居る猿たちは猿の惑星と思っているのかもしれない。

 まあ、それはいい。この星はみんなの惑星と思っておくのが丁度いいのだろう。

 さて、猿に似た生き物に『ナマケモノ』というものがいるのを知っているかな? 普段、木の枝につかまって生きており、一日の大半を寝て過ごすという。起きても動くことがほとんどない。だが、あの者達も動くことがあるのだ。私は眼にしたことがある。あの動きは凄いものだった。とてもゆっくりなのだ。緩慢ということなのだが、何かが違ったのだ。まあ、いい。我ら象も最近なにかにつけて動作が緩慢なものを蔑視する傾向にあるが、それもあまりよくないのではないかと思ったものでな……」

 ジョー爺はそのまま、話していた。すると象達の後ろからゴリラが近づいてきた。そして言った。

「ジョー爺。マーチに気をつけよ」

「何? 何と言った?」

「ジョー爺。マーチに気をつけよ」

「あのゴリラは誰だ? 誰か知っているか?」

 幼い象達はお互いに顔を見合わせ、知らないことをひっそりと確認し合った。その間にゴリラはどこかへ行ってしまった。

「ジョー爺、マーチとは何でしょうか?」

 ジョー爺は答える。

「マーチとは音楽の種類の一つだろう。多くの者が行列を成して歩く時に演奏されるものとされているが……」

「では、あのゴリラが言っていたことは、『そのマーチではしゃぎ過ぎないように』との警告でしょうか? 羽目を外すのはほどほどにしたほうがいいのでしょうか? 例えば、今度の『パオン・ド・カーニバル』なんかも……」

「うーむ……」

「じゃあ、あのゴリラはよいことの前兆なのでは?」

「いや、軽率に判断してはなるまい。だが、あのような物言いに心を動かされるのもいかん。我らの伝統『黒い象牙』の行進も欠かさずに行なわなければならない。あのゴリラのことは忘れよ」

 そうして、その日の象の集いは解散となった。

 後日、パオン・ド・カーニバルに参加するジョー爺たちが歩いていると、象込みに道を遮られてしまいました。何事か問うジョー爺に対して、象は答えました。

「あなた方『黒い象牙』を嫌っている連中が、カーニバルに参加させまいと妨害しているようです」

 ジョー爺たちは目を凝らして前方を見ました。どこかで見た覚えのある象達が緩慢に歩み象の流れを妨げているのだと、ジョー爺にはわかりました。しかし、彼らにも何らかの言い分はあるようでした。それに耳を傾けると、

「これは、妨害ではない。我らが見い出せし技の一つ『カウ・ウォーク』である」

 ということでした。どうやら、彼らはジョー爺が緩慢さを肯定しつつあるという噂を耳にしたようで、それを自らの目的に活かしているようでした。ジョー爺は話し合いを呼び掛け説得を試みましたが、カウ・ウォークを止めようとしません。

 ジョー爺の後ろでは、

「愚かな! 象が牛を真似るとは! 象の誇りを忘れたか!」

 との声も上がっていました。実際のところ、象も牛も走ると早いこともあるので『カウ・ラン』を交渉に取り入れるのも良かったのかもしれません。しかし、イライラと疲れに侵され、ついにジョー爺も激高してしまいました。

「お前達! そんなにノロノロしていると、撃つゾウ!」

 これがきっかけとなり、ジョー爺は逮捕されてしまいました。

 ジョー爺がこの時言った『撃つ』というのは、近くの水場から水を吸い上げ、カウ・ウォークをする者達に水を浴びせかけるという意味でしたが、ジョー爺たちを快く思わない者達が『鼻銃で撃たれる恐怖を感じた』と繰り返し訴えており、その訴えが認められてしまったのでした。

 かくしてジョー爺は厳重なる刑務所、ゾバシリ・プリズンへと送られ、そこで過ごすことになってしまいました。

「うーむ……やはり、あのゴリラは悪い事の前兆であったのだろうか? いや、しかしなぁ……」

「マーチとはカーニバルのことでは無かったのでは?」

 そう問うた象は、囚象仲間のキャスカルである。

「『黒い象牙』の皆さんは無事だったわけだから、ジョー爺一人が犠牲になってしまうということだったのでは?」

 そう言ったのは、同じく囚象仲間のコバヤシである。

「うーむ……」

 ジョー爺が二象と共に考えていると、

「ジョー爺。下水道に気をつけよ」

と、声がしました。

「何だ!? 今の声は!?」

 三象は狭い房の中を見渡します。するとキャスカルが鼻を指しました。

「そ、そこに何かが!?」

 二象は鼻の先を見つめます。その房の隅には、暗闇に赤く光り輝くゴリラの姿がありました。

「ジョー爺。下水道に気をつけよ」

「下水道? 下水道とは何だ?」

 ジョー爺の問いに答えることなく、ゴリラの姿は消えてしまいました。

「今のは一体……あれが、あなたの言うゴリラですか?」
「下水道とは何でしょう?」

 二象の問いに対し、ジョー爺は少し考えてから答えました。

「あのゴリラは前触れではあるのだろうが、吉か凶かは我ら次第と言う何かではないだろうか? まあ、こうなった以上、出来ることをやりつつ日々を過ごす他はないだろう。下水道と言うのは、よくわからないな。かつて、地下に水を流す術を持っていた種があるとも聞くが……疑わしいな」

 そう、ジョー爺が呟いた時でした。三象が囚われている房の地面が崩れ落ち、三象は下へ落ちてしまいました。

 落ちた先には水が流れており、その流れにそって歩いて行った象達は地上へと逃れることに成功しました。その後も逃れる象達は増え続けました。このところ収監される象が増え、施設の管理も土地の調整も大変になってしまい、様々な場所でストライキが発生していたのです。これにより、ジョー爺達は交渉の席に着くことが出来、罪とされた件を取り消されました。その後もジョー爺を快く思わない者達とは険悪な状況に陥ることもありますが、この一件により、お互いに慎重になったのでした。

 ジョー爺の一派はモヤモヤがおさまりません。先に仕掛けて来たのは奴等じゃないか、との声が多く上がりました。

 それに対しジョー爺は、

「何が最初か、と言い出すとキリがない。我らが今、生存していることをよしとし、その上で彼らとの対話を続けるしかあるまい。怒りはもっともだ。だが、この問題に直面したのが、我々が最初と言うわけではないのだろう。あのゴリラもまた姿を現すかもしれん。とにかく、己を知り、己を大事にするのがよい。先のことはわからん」

 と言うのを繰り返したという。

 その後、この一件は『ジョー爺のゴリラ』と呼ばれることとなった。

(終わり)
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