Re!ignited [Wind Knight]

葉隠一

文字の大きさ
上 下
6 / 9

6.

しおりを挟む
 平原と山の境目のような土地。その中にあった道を進んでいた二人と一体であった。徐々に自然の景色に変化が現れる。石の気配がちらほらと、そして鉄の気配が混ざっていく。鉄と石の割合が全体の半分を越えた辺りで、クーゲル・ズーセはオーカサスを止めた。進行方向の一部を指差して、クーゲルはマサミに語った。

「あれが、あんたの目的地の塔だよ。ここは通称『鋼鉄の夢広場』。何でそう呼ばれているか解らないけど、そんな名前がしっくりくる場所だ。ここを抜ければ『千の葉の森』そこから、塔に登れる」
「うん」
「私が一緒に行けるのはここまで。この先はあんた一人だよ」
「うん。ここまで、ありがとう」

 クーゲルはオーカサスから降り、地面に立つマサミの肩に両手を置いて、視線を合わせて語り出した。マサミの両目は、クーゲルの両目にしっかりと対応している。

「ねえ、ワタナベと闘った後、彼に何か言われた?」
「うん。言われた」
「そうか。それならいい。内容は聞かない。だけどね、ここを通る時に困ったことがあったら、あの人から受け取った言葉を思い出してほしんだ。これは最後の餞別だよ」
「うん。わかった。困探だね」
「え?」
「行ってきます」
「あ、ああ、うん。行って……行ってらっしゃい! 気を付けるんだぞ!」

 マサミは手を振って答え、そのまま鋼鉄の夢広場の奥へ歩いて行く。クーゲル・ズーセはその後姿をじっと見ていた。オーカサスにもたれ、緑と灰色が混ざった世界。そして、遠くにそびえる塔を見ていた。マサミの姿が見えなくなっても、彼女はそうしていた。

「私の時は、ここじゃ無かった。それは確かだ」

 マサミの姿は、もう見えない。クーゲルはそんな呟きを空に放った。

「なあ、どこかに居るのか? 私のナイトの片割れ」

 少しだけ、声は大きくなった。

「マサミが出会った老人とか、渡された手紙って、あんたが何かやったんじゃないのか?」

 感じる風を吸い込んで、声はもう一つ大きくなった。

「あの荷物、マサミの力を何処かの誰かに残すためのものなのか? 私のは、あの娘の力になったのか? 繰り返しじゃないんだよな。何かが変わっているんだよな」

 聞こえるのは風の音だけ。鋼鉄の夢広場は暗く、静かに、揺らめていている。

「また、どこかで会おう」

 クーゲルはそう言ってオーカサスに乗り込み、鋼鉄の夢広場から去って行く。オーカサスの放つ音を、打ち付ける風に合わせてみたくなった。

<グオゥ、グオゥ、グオゥ>

 三度吼えて、加速。振り返ることは無かった。


 マサミは鋼鉄の夢広場を歩いていた。奥に進むほどに、鉄と石の割合は増してくる。一面にゴツゴツとした感覚が脈打っている。この広場には彫像や彫刻が存在していた。人や獣、何を表しているのかよく解らない何か。そんなものが立っている。マサミが歩みを進めるほどに、彫像の姿は増えていく。人をかたどったものは手に何かを持ち、装飾品を身に着けているものもある。腕組みをしてマサミを睨んでくるような姿もある。どこか遠くを見つめている姿、下を向いて物憂げな表情をしている姿、獣と人が混ざり合った何かが、口を大きく開いて叫んでいる姿もある。マサミは、恐ろしくなりながらも、荷物の重さを確かめつつ、歩みを進める。

 この広場に来てから、どれくらいの時間が経ったのか。マサミには解らなかった。お腹もすかないし、眠くもない。それならば、それほど時間は経っていないのだろう。しかし、マサミは歩みを止めた。近くの彫像の台座にもたれ掛かり、休むことにした。マサミは上を見て「ちょっとだけ、一緒に居させてください」と言った。もちろん、返事は無かった。

 広場は鈍色。空にも雲が多い。マサミは老人から渡された書を読むことにした。最初の光尽は、今は難しくなってしまったかもしれない。しかし、この書が読めるという事は光があるということだ。その力を少しだけ感じておくことにした。二つ目、自場如。ここには自分しかい無いはずだ。それでも不安が強い。この状況で恐怖を感じるのは当然ではないか? 三つ目、困探。困ったこととは、不安であることだ。不安の原因は、自分がここに居る事だ。これでは解決策が無い。どうすればいいのか。

 マサミは彫像にもたれ掛かりながら、自分の行く先を見た。暗い空の中、塔が高くそびえたつ。その後、自分が来た方向を見た。もう、クーゲルと別れた場所は見えない。自分はそれなりに長く歩いてきたのだろう。戻りたくもあり、戻りたくもない。マサミは顔を上げ、彫像を見る。広場には鈍色が広がり、マサミはそこに佇んでいる。

 ほんのわずかな時間だったが、クーゲルと過ごした時間がとても愛おしく思えた。彼女と出会い、衣服をはぎ取られ、風呂に入れられ、眠り、走った。それがさっきまでの出来事。その間に、何をしたのだろう。自分は何もしなかったのではないか? 彼女に与えられただけ。自分は何をしたのだろう。

 マサミは考え続けていた。

(私は何をした?)

 その後、マサミには老人から手渡された書の意味が解った。解ったと言っても、大して今までと変わっていないのであるが。

「自分の足で立ってみろ」

 マサミは、そう呟いた。そして、立ち上がる。

「私は、歩ける」

 そう言ってから、マサミは歩き出した。今まで自分がもたれ掛かっていた彫像に一礼し、「ありがとうございました」と礼を言い、塔の方へと歩き出した。

「お前は、歩けない」

 自分のものではない声が、広場に響いた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

Channel Storm

葉隠一
SF
著 / 大吟醸茜 タイトルの読み方 : チャンネル・ストーム 踏み出して 帰ってみると マッドネス

蘇生魔法を授かった僕は戦闘不能の前衛(♀)を何度も復活させる

フルーツパフェ
大衆娯楽
 転移した異世界で唯一、蘇生魔法を授かった僕。  一緒にパーティーを組めば絶対に死ぬ(死んだままになる)ことがない。  そんな口コミがいつの間にか広まって、同じく異世界転移した同業者(多くは女子)から引っ張りだこに!  寛容な僕は彼女達の申し出に快諾するが条件が一つだけ。 ――実は僕、他の戦闘スキルは皆無なんです  そういうわけでパーティーメンバーが前衛に立って死ぬ気で僕を守ることになる。  大丈夫、一度死んでも蘇生魔法で復活させてあげるから。  相互利益はあるはずなのに、どこか鬼畜な匂いがするファンタジー、ここに開幕。      

夫を愛することはやめました。

杉本凪咲
恋愛
私はただ夫に好かれたかった。毎日多くの時間をかけて丹念に化粧を施し、豊富な教養も身につけた。しかし夫は私を愛することはなく、別の女性へと愛を向けた。夫と彼女の不倫現場を目撃した時、私は強いショックを受けて、自分が隣国の王女であった時の記憶が蘇る。それを知った夫は手のひらを返したように愛を囁くが、もう既に彼への愛は尽きていた。

【完結】王太子妃の初恋

ゴールデンフィッシュメダル
恋愛
カテリーナは王太子妃。しかし、政略のための結婚でアレクサンドル王太子からは嫌われている。 王太子が側妃を娶ったため、カテリーナはお役御免とばかりに王宮の外れにある森の中の宮殿に追いやられてしまう。 しかし、カテリーナはちょうど良かったと思っていた。婚約者時代からの激務で目が悪くなっていて、これ以上は公務も社交も難しいと考えていたからだ。 そんなカテリーナが湖畔で一人の男に出会い、恋をするまでとその後。 ★ざまぁはありません。 全話予約投稿済。 携帯投稿のため誤字脱字多くて申し訳ありません。 報告ありがとうございます。

【完結】亡き冷遇妃がのこしたもの〜王の後悔〜

なか
恋愛
「セレリナ妃が、自死されました」  静寂をかき消す、衛兵の報告。  瞬間、周囲の視線がたった一人に注がれる。  コリウス王国の国王––レオン・コリウス。  彼は正妃セレリナの死を告げる報告に、ただ一言呟く。 「構わん」……と。  周囲から突き刺さるような睨みを受けても、彼は気にしない。  これは……彼が望んだ結末であるからだ。  しかし彼は知らない。  この日を境にセレリナが残したものを知り、後悔に苛まれていくことを。  王妃セレリナ。  彼女に消えて欲しかったのは……  いったい誰か?    ◇◇◇  序盤はシリアスです。  楽しんでいただけるとうれしいです。    

巻き込まれ召喚されたおっさん、無能だと追放され冒険者として無双する

高鉢 健太
ファンタジー
とある県立高校の最寄り駅で勇者召喚に巻き込まれたおっさん。 手違い鑑定でスキルを間違われて無能と追放されたが冒険者ギルドで間違いに気付いて無双を始める。

形だけの妻ですので

hana
恋愛
結婚半年で夫のワルツは堂々と不倫をした。 相手は伯爵令嬢のアリアナ。 栗色の長い髪が印象的な、しかし狡猾そうな女性だった。 形だけの妻である私は黙認を強制されるが……

貧乏男爵家の末っ子が眠り姫になるまでとその後

空月
恋愛
貧乏男爵家の末っ子・アルティアの婚約者は、何故か公爵家嫡男で非の打ち所のない男・キースである。 魔術学院の二年生に進学して少し経った頃、「君と俺とでは釣り合わないと思わないか」と言われる。 そのときは曖昧な笑みで流したアルティアだったが、その数日後、倒れて眠ったままの状態になってしまう。 すると、キースの態度が豹変して……?

処理中です...