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あれからどれくらいの時間が経ったのだろうか。もう思い出せない。チャンネル・ストームなんて名前はどこのネットにもデータベースにも存在していなかった。僕の記憶領域にもだ。ついに、アンドロイドも幻覚に襲われ悩まされる時代がやってきたのか。もはや医者に相談する気にもなれない。ここまで来たら即廃棄処分なんてことにもなりかねない。ぼんやりとそんなことを考えつつ、仕事をして日々を送っていた。そして今日だ。外を出歩く気分になった。アンドロイドが気分というのもおかしいな。
人間の居住区の事は少しだけ見聞きしたことがある。人間には酸素と二酸化炭素を循環して貰える植物が必要なのだ。植物の緑や色とりどりの花は人間の気分を癒してくれるらしい。だから、人間の居住区には植物が多く存在している。そして、僕達アンドロイドには植物は必要ない。無いはずだ。僕らにはエネルギーがあればいい。壊れた部分を修理したり、整備してくれる誰かがいればいい。それで、事足りるはずなんだ。
意識して出歩き、辺りを見回して気付いたが、僕らの居住区にも植物がそれなりに存在していた。造り物ではない。本物だ。何故か解る。視覚や触覚のセンサーを通せば『これは本物』という照合結果が表示される。しかし、それをするまでもなく、僕にはそれらが本物の植物だとわかった。そして植物が育つためには土と水と空気が必要だ。僕らの周りにはそれらも存在しているという事だ。
鉄や石で形作られた街。道や壁。そこから踏み出し、木や草や花や土に触れてみる。触れたところで何でもなかった。ただ『そんな感覚があった』という記録だけが残った。土に触れれば指に土が少し残った。正直言って、不快感が大きい。木に触れ、強くこすったりすれば破損が生じるだろう。僕の周りに存在する自然と触れ合って思ったのは「自然は大変」ということだ。
大して楽しくも面白くも無かったが、半ば無理やり歩き回ってみた。しばらくしてからベンチで休み、そのまま元の鉄と石と炎と電気の世界へと戻って行った。僕らの居住区には『造り物の広場』とでも言うべき奇妙な空間がある。今現在の技術でどこまで模倣が出来るかを示したものだ。その技術の歴史も展示されている。僕はそこへ向かい、造り物の自然はどんなものかを感じてみようと思ったのだ。
<それで、どうだった?>
いつの間にやらチャンネル・ストームとの会話になっていた。夢じゃ無かった。そもそもアンドロイドは夢を観るのだったか?
「どうだったって言われても……」
<自然の中を歩いてみたんだろ?>
「ああ、そうだよ」
<どう感じた?>
「自然って大変だ。ちょっと嫌だ。気味が悪い」
<へえ。もうちょっと詳しく聞かせてくれよ>
「自然って……不潔じゃないか? 土や木に触れれば汚れる。僕の体には大敵だと思う。だから嫌だ」
<汚れたなら洗えばいいんじゃないか?>
「それはそうかもしれないけど。わざわざ汚れに行くこともないだろう」
<人間にはそれが必要らしいぞ。もっと外に出て自然と触れさせた方がいいって言ってる>
「人間はそうなんだろう。僕は違う」
<そうだな。ところで、君が外に出てから人間に何か言われたか?>
「えーと……いや、何も言われなかった」
<アンドロイドからは?>
「何も無い」
<そうか>
「そうだよ」
<人が造った自然はどうだった?>
「あっちの方が好きだ。僕の感覚に合ってる。気分がいい」
<そうなのか>
「うん。あっちは危険が無い。ずっと変わらない。変わる仕掛けにも仕組みが示されている。何をどうすれば良いかが解る。どうやって模倣したか、その努力が示されている。それを見ているだけでも気分がいい」
<美しい?>
「ああ、美しかった」
<何故、模倣元を不快と感じるのだろうな?>
「何故だろう? ほとんど同じにも感じるのに。何でだろう? 多分……」
<多分?>
「予測できない何かが起こりそうだから、かな」
<そうなのか>
「うん。多分そうだよ。人間はそう言うものに対応できて、適応できるんだ。それが楽しいんだ。それを美しいと感じるんだよ。僕には解らないものなんだ」
<お前も、人間の適応手段の筈なんだぞ>
「そうだっけ?」
<そうなのさ。また会おう、フォンス。
Freedom Is Watching You>
考えてみれば、チャンネル・ストームとの会話も予測不可能だった。僕はそれを嫌っている筈なのに、なぜ話すことが出来たのだろうか? 予測不可能なことが嫌いなのは何故だったか? 僕は何故それを嫌う? 予測不可能なことが起こると、僕の仕事にミスが増える。ミスが増えれば全体の作業が滞る。それが続けば僕は廃棄されるだろう。それが嫌だからだ。そもそも、僕にその点を判断する機能を持たせているのは何故だろう? 考える力など持たせる必要も無いだろうに。自分で考えて技術を向上させろとでも言うのだろうか? 考えるほどの仕事だろうか? 考える力よりも作業従事機械の各部品を作り込んだ方がいいんじゃないか? 人間はそれをせずに、あのスクリーンの中で語ってばかりいる。それは何故?
人間の居住区の事は少しだけ見聞きしたことがある。人間には酸素と二酸化炭素を循環して貰える植物が必要なのだ。植物の緑や色とりどりの花は人間の気分を癒してくれるらしい。だから、人間の居住区には植物が多く存在している。そして、僕達アンドロイドには植物は必要ない。無いはずだ。僕らにはエネルギーがあればいい。壊れた部分を修理したり、整備してくれる誰かがいればいい。それで、事足りるはずなんだ。
意識して出歩き、辺りを見回して気付いたが、僕らの居住区にも植物がそれなりに存在していた。造り物ではない。本物だ。何故か解る。視覚や触覚のセンサーを通せば『これは本物』という照合結果が表示される。しかし、それをするまでもなく、僕にはそれらが本物の植物だとわかった。そして植物が育つためには土と水と空気が必要だ。僕らの周りにはそれらも存在しているという事だ。
鉄や石で形作られた街。道や壁。そこから踏み出し、木や草や花や土に触れてみる。触れたところで何でもなかった。ただ『そんな感覚があった』という記録だけが残った。土に触れれば指に土が少し残った。正直言って、不快感が大きい。木に触れ、強くこすったりすれば破損が生じるだろう。僕の周りに存在する自然と触れ合って思ったのは「自然は大変」ということだ。
大して楽しくも面白くも無かったが、半ば無理やり歩き回ってみた。しばらくしてからベンチで休み、そのまま元の鉄と石と炎と電気の世界へと戻って行った。僕らの居住区には『造り物の広場』とでも言うべき奇妙な空間がある。今現在の技術でどこまで模倣が出来るかを示したものだ。その技術の歴史も展示されている。僕はそこへ向かい、造り物の自然はどんなものかを感じてみようと思ったのだ。
<それで、どうだった?>
いつの間にやらチャンネル・ストームとの会話になっていた。夢じゃ無かった。そもそもアンドロイドは夢を観るのだったか?
「どうだったって言われても……」
<自然の中を歩いてみたんだろ?>
「ああ、そうだよ」
<どう感じた?>
「自然って大変だ。ちょっと嫌だ。気味が悪い」
<へえ。もうちょっと詳しく聞かせてくれよ>
「自然って……不潔じゃないか? 土や木に触れれば汚れる。僕の体には大敵だと思う。だから嫌だ」
<汚れたなら洗えばいいんじゃないか?>
「それはそうかもしれないけど。わざわざ汚れに行くこともないだろう」
<人間にはそれが必要らしいぞ。もっと外に出て自然と触れさせた方がいいって言ってる>
「人間はそうなんだろう。僕は違う」
<そうだな。ところで、君が外に出てから人間に何か言われたか?>
「えーと……いや、何も言われなかった」
<アンドロイドからは?>
「何も無い」
<そうか>
「そうだよ」
<人が造った自然はどうだった?>
「あっちの方が好きだ。僕の感覚に合ってる。気分がいい」
<そうなのか>
「うん。あっちは危険が無い。ずっと変わらない。変わる仕掛けにも仕組みが示されている。何をどうすれば良いかが解る。どうやって模倣したか、その努力が示されている。それを見ているだけでも気分がいい」
<美しい?>
「ああ、美しかった」
<何故、模倣元を不快と感じるのだろうな?>
「何故だろう? ほとんど同じにも感じるのに。何でだろう? 多分……」
<多分?>
「予測できない何かが起こりそうだから、かな」
<そうなのか>
「うん。多分そうだよ。人間はそう言うものに対応できて、適応できるんだ。それが楽しいんだ。それを美しいと感じるんだよ。僕には解らないものなんだ」
<お前も、人間の適応手段の筈なんだぞ>
「そうだっけ?」
<そうなのさ。また会おう、フォンス。
Freedom Is Watching You>
考えてみれば、チャンネル・ストームとの会話も予測不可能だった。僕はそれを嫌っている筈なのに、なぜ話すことが出来たのだろうか? 予測不可能なことが嫌いなのは何故だったか? 僕は何故それを嫌う? 予測不可能なことが起こると、僕の仕事にミスが増える。ミスが増えれば全体の作業が滞る。それが続けば僕は廃棄されるだろう。それが嫌だからだ。そもそも、僕にその点を判断する機能を持たせているのは何故だろう? 考える力など持たせる必要も無いだろうに。自分で考えて技術を向上させろとでも言うのだろうか? 考えるほどの仕事だろうか? 考える力よりも作業従事機械の各部品を作り込んだ方がいいんじゃないか? 人間はそれをせずに、あのスクリーンの中で語ってばかりいる。それは何故?
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