鹿と森林

鹿ノ杜

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プリン

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 仕事帰りの彼が仲直りのためにプリンを買ってきた。わたしが好きな、街角の洋菓子店の、たまに並んでいたりするカスタードプディングだった。
「ほら、また、シワが寄ってるよ」
 と、顔を近づけ、わたしの眉間にキスをする。彼の首すじからは雨の後の森のような、湿り気の帯びたにおいがした。
 わたしは、彼の前ではいつだって気のきいた女でいたかったから、ノンカフェインのコーヒーをいれる。お湯をわかしていると、彼が冷蔵庫を開けて、飲んでいい? と訊きながら、缶ビールを取り出す。わたしが何か言う前に、もうプルタブを開けている。ガスの抜ける音がした。
 彼は甘いものが苦手だったけれど、クリームとショコラの二つのプリンを買ってきていた。
「どっちも食べたいな」
 と、わたしだって気を使って、言った。
「今日と明日のデザートにしようかな」
 わたしがプリンを好きなのは本当なので、待ちきれなくなって、クリームプリンのフタを開けた。小さなスプーンですくい取り、たまご色の小さなかたまりを舌に乗せると、口に広がる、生クリームやバニラの甘い香り。その香りは、どんなときだってわたしを微笑ませた。
 彼もつられて笑うから、わたしと彼は唇を重ねる。彼の唇からは、ビールのにおいがした。
 からだも重ねるものだと思っていたら、
「そろそろ帰らないと」
 と、彼は言った。わたしに、甘いにおいだけを宿らせて、彼はそう言った。
 彼は気づいているのだろうか。わたしたちの仲は本当には直らないことに。なぜなら、元々、壊れているので。
 わたしは、やっぱり彼の前ではいつだって気のきいた女でいたかったから、笑顔で見送った。プリンのお礼まで言った。
 彼は、わたしと仲直りしたつもりの後で、家族の元に帰っていく。
 最後にねだって、もう一度、唇を合わせた。彼に、クリームやバニラやカラメルの、甘いにおいが移ればいい。
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