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白昼夢
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ざわめく木々。鳥のさえずり。
気持ちよく晴れた七月の午後。
ここは駅前の大通り沿いの2階にある、とある美容室。
ガラス張りの空間はとても開放的で陽の光が心地よい。
下を見ると行き交う人々の姿が見える。
姿は見えるが2階にあるおかげで視線は合わない。
ドアが開き女性が入ってきた。
「いらっしゃいませ。」
店長の江田が対応した。
「1時に予約した財津です。」
「おまちしておりました。」
席に案内し、髪型の希望を聞き、カットに入った。
「財津さん、うちの美容室は初めてのご来店ですよね、ありがとうございます。」
江田はそう話しかけた。
「そうなんです、今まで通っていた美容室が閉店してしまって。」
「そうでしたか、どこのお店に行かれてたんですか。」
「ガーネットっていうお店です。」
「ああ、ガーネットですか。」
ガーネットのことは江田も知っていた。
同じ駅前エリアにあったこじんまりとした半地下のお店だ。
決して悪いお店ではなかった。
「いいお店でしたよね。」
江田がそう言うと
「なんで閉店しちゃったんでしょうね。」
と財津は言った。
同業者とはいえ、そこまでの事情は知らなかったが、江田はこんな噂を聞いたことがあった。
「おばけが出るって噂は聞いたことがありますよ。」
「えっ?おばけ?」
「噂ですけどね、ポルターガイスト的なことが起こったりしてたみたいですよ。」
「そうなんですか。」
「ガーネットが入る前は、あそこの場所、雑貨屋さんだったんですよ。【雑貨屋タカラサガシ】っていう名前の。theジャパニーズっていう感じのかんざしがあったり、東南アジア風のバレッタやシュシュがあったり、美容師の僕が見ても面白いお店だったんでたまに行ってたんですけどね。それ以外の文房具や置物も多種多様でいい感じのお店だったんです。そのお店も急に閉店しちゃったんですよ。」
財津は江田の話を怖がるでもなく、茶化すでもなく、美容室での調度良い世間話として聞いていた。雑談する美容師がいるお店はわりと好きなほうなのだ。
「いかがですか?」
江田は財津の後頭部のあたりに合わせ鏡を広げて、カットの仕上がりを確認してもらった。
「OKです、ありがとうございます。」
財津は仕上がりに満足した。
美容室で会計を済ませ、お店を後にした財津はこのまま真っ直ぐ帰宅するのももったいないような気分になり、近くの雑居ビルにある【御伽草子】という和風なカフェに入った。
カフェではアイスコーヒーを頼み窓側の席に座った。
外に目をやると、ちょうどガーネットのあった半地下のお店の入り口が見えた。
いいお店だったのにな、なんで閉店しちゃったのかな。
またそんなことを考えながら、軽く目を閉じたまさにその時だった。
急に白い霧に包まれたのだ。
呆気にとられているうちに、だんだんと霧が晴れてきて、ここがカフェ御伽草子ではなくガーネットのお店の中だとわかった。
正確にはガーネットがあったお店の中だ。
美容室だったときの面影は壁にある数個の大きな鏡だけで、椅子もカウンターもソファーも何もなくガランとしていた。
「なんでお店なくなっちゃったの?」
声が聞こえた。子どもの声だった。
「そうだね。」
財津は思わずそうつぶやいていた。
何が起きて、どうしてここにいて、誰に話しかけられたのか。何もわからないまま、反射的に返事をしていた。
さっき髪を切ってくれた店長がおばけの話をしたときも、怖いとは思わなかったし、今も、さほど怖いとは感じていないのだ。
強いて言うなら慣れかな。財津自身はそんな風に思っていた。おじいちゃんが亡くなった後から、不思議な話を一年に一回は必ず聞いていたからだ。七月七日に起きた話を。
ああそうか。
財津は一人で勝手に納得した。
今日は七夕か。
毎年七夕の日の不思議な話を聞いていたので、七夕は不思議なことが起きても不思議じゃない日、そう刷り込まれてしまったのだ。
お酒を買って家に帰ろう。
でも、その前に。
「誰かいるの?」
今度は財津から話しかけてみた。
「なんでお店なくなっちゃったの?」
返事をしてくれた。
「知らないけど、おばけが物を勝手に動かしちゃったりするって話は聞いたよ。」
ポルターガイストと言っても子どもにはわからないかなと、簡単な言葉に変えて話してみた。
「だってみんな帰っちゃうから。お仕事終わらなければみんな帰らないかなと思って。」
「君が動かしてたんだね。」
「君じゃないよ、名前あるんだよ。」
「そっか、ごめんね、お名前は?」
「ざで始まって、しで終わるよ。」
クイズかな。いきなり問題を出されてしまった。
子どもで、物を動かすなどのいたずらをする、おばけ。ざで始まってしで終わる。
姿は見えないけど、もしかしたら、おかっぱ頭で着物を着てたりするのかな。そんな姿で描かれることが多いあのおばけかな。
正確してもいいのかな?
子どものクイズに答えるのは案外難しい気がする。
当てたら喜ぶのか、外したら喜ぶのかわからないからだ。
もう少し会話をしてみたいと思った財津は
「うーん、わからないな。」
と言ってみた。
「わからないの?じゃあ秘密!うふふ」
座敷わらし(?)は喜んでくれたみたいだ。
良かった。
「何で閉店しちゃったのかな。君みたいな子がいる所は栄えるって言われてるのにね。いたずらをほどほどにすれば、次こそ上手くいくかもね。三度目の正直って言うしね。」
「次に来てくれた人たちはずっといてくれる?」
「きっとね。今日は七夕だし、それが君の願いなら叶うんじゃないかな。」
そう伝えたところで、目が覚めた。
目の前には氷の溶けたアイスコーヒーがあった。
白昼夢。
初めての経験だった。
気持ちよく晴れた七月の午後。
ここは駅前の大通り沿いの2階にある、とある美容室。
ガラス張りの空間はとても開放的で陽の光が心地よい。
下を見ると行き交う人々の姿が見える。
姿は見えるが2階にあるおかげで視線は合わない。
ドアが開き女性が入ってきた。
「いらっしゃいませ。」
店長の江田が対応した。
「1時に予約した財津です。」
「おまちしておりました。」
席に案内し、髪型の希望を聞き、カットに入った。
「財津さん、うちの美容室は初めてのご来店ですよね、ありがとうございます。」
江田はそう話しかけた。
「そうなんです、今まで通っていた美容室が閉店してしまって。」
「そうでしたか、どこのお店に行かれてたんですか。」
「ガーネットっていうお店です。」
「ああ、ガーネットですか。」
ガーネットのことは江田も知っていた。
同じ駅前エリアにあったこじんまりとした半地下のお店だ。
決して悪いお店ではなかった。
「いいお店でしたよね。」
江田がそう言うと
「なんで閉店しちゃったんでしょうね。」
と財津は言った。
同業者とはいえ、そこまでの事情は知らなかったが、江田はこんな噂を聞いたことがあった。
「おばけが出るって噂は聞いたことがありますよ。」
「えっ?おばけ?」
「噂ですけどね、ポルターガイスト的なことが起こったりしてたみたいですよ。」
「そうなんですか。」
「ガーネットが入る前は、あそこの場所、雑貨屋さんだったんですよ。【雑貨屋タカラサガシ】っていう名前の。theジャパニーズっていう感じのかんざしがあったり、東南アジア風のバレッタやシュシュがあったり、美容師の僕が見ても面白いお店だったんでたまに行ってたんですけどね。それ以外の文房具や置物も多種多様でいい感じのお店だったんです。そのお店も急に閉店しちゃったんですよ。」
財津は江田の話を怖がるでもなく、茶化すでもなく、美容室での調度良い世間話として聞いていた。雑談する美容師がいるお店はわりと好きなほうなのだ。
「いかがですか?」
江田は財津の後頭部のあたりに合わせ鏡を広げて、カットの仕上がりを確認してもらった。
「OKです、ありがとうございます。」
財津は仕上がりに満足した。
美容室で会計を済ませ、お店を後にした財津はこのまま真っ直ぐ帰宅するのももったいないような気分になり、近くの雑居ビルにある【御伽草子】という和風なカフェに入った。
カフェではアイスコーヒーを頼み窓側の席に座った。
外に目をやると、ちょうどガーネットのあった半地下のお店の入り口が見えた。
いいお店だったのにな、なんで閉店しちゃったのかな。
またそんなことを考えながら、軽く目を閉じたまさにその時だった。
急に白い霧に包まれたのだ。
呆気にとられているうちに、だんだんと霧が晴れてきて、ここがカフェ御伽草子ではなくガーネットのお店の中だとわかった。
正確にはガーネットがあったお店の中だ。
美容室だったときの面影は壁にある数個の大きな鏡だけで、椅子もカウンターもソファーも何もなくガランとしていた。
「なんでお店なくなっちゃったの?」
声が聞こえた。子どもの声だった。
「そうだね。」
財津は思わずそうつぶやいていた。
何が起きて、どうしてここにいて、誰に話しかけられたのか。何もわからないまま、反射的に返事をしていた。
さっき髪を切ってくれた店長がおばけの話をしたときも、怖いとは思わなかったし、今も、さほど怖いとは感じていないのだ。
強いて言うなら慣れかな。財津自身はそんな風に思っていた。おじいちゃんが亡くなった後から、不思議な話を一年に一回は必ず聞いていたからだ。七月七日に起きた話を。
ああそうか。
財津は一人で勝手に納得した。
今日は七夕か。
毎年七夕の日の不思議な話を聞いていたので、七夕は不思議なことが起きても不思議じゃない日、そう刷り込まれてしまったのだ。
お酒を買って家に帰ろう。
でも、その前に。
「誰かいるの?」
今度は財津から話しかけてみた。
「なんでお店なくなっちゃったの?」
返事をしてくれた。
「知らないけど、おばけが物を勝手に動かしちゃったりするって話は聞いたよ。」
ポルターガイストと言っても子どもにはわからないかなと、簡単な言葉に変えて話してみた。
「だってみんな帰っちゃうから。お仕事終わらなければみんな帰らないかなと思って。」
「君が動かしてたんだね。」
「君じゃないよ、名前あるんだよ。」
「そっか、ごめんね、お名前は?」
「ざで始まって、しで終わるよ。」
クイズかな。いきなり問題を出されてしまった。
子どもで、物を動かすなどのいたずらをする、おばけ。ざで始まってしで終わる。
姿は見えないけど、もしかしたら、おかっぱ頭で着物を着てたりするのかな。そんな姿で描かれることが多いあのおばけかな。
正確してもいいのかな?
子どものクイズに答えるのは案外難しい気がする。
当てたら喜ぶのか、外したら喜ぶのかわからないからだ。
もう少し会話をしてみたいと思った財津は
「うーん、わからないな。」
と言ってみた。
「わからないの?じゃあ秘密!うふふ」
座敷わらし(?)は喜んでくれたみたいだ。
良かった。
「何で閉店しちゃったのかな。君みたいな子がいる所は栄えるって言われてるのにね。いたずらをほどほどにすれば、次こそ上手くいくかもね。三度目の正直って言うしね。」
「次に来てくれた人たちはずっといてくれる?」
「きっとね。今日は七夕だし、それが君の願いなら叶うんじゃないかな。」
そう伝えたところで、目が覚めた。
目の前には氷の溶けたアイスコーヒーがあった。
白昼夢。
初めての経験だった。
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