「私はまた、失う」

うた子

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入水自殺

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ある日の夜も、故郷に抱かれながら早朝までぼんやりとして、朝日が昇る少し前に自転車に乗るとペダルに足をかた。
思いっきり体重をかけて立ちこぎをしながら海までの道を走った。
海までの道はけっこう長い下りの坂になっている。

とんでもなくスピードを上げて、どんどんどんどん海へと向かう。
耳を切る風の痛みも、鼻を掠める朝のぼんやりとした淡い白さも。
全てが私の故郷で、私を生かしてきたものたち。

生きていると感じながら、私は海に着くと自転車を停め、洋服のまま冬の海の中へとジャブジャブと歩いて進んで行った。
どこまで行けばいいのだろう。
どこまで猛スピードで生きればいいのだろう。

海は柔い波を立てる度に私の胸を打って、まるでお互いの心臓の音が触れあっているようだった。
後どのくらい進めばいいのだろう、そんなことを考えながら胸上まで完全に波に浸かった時だった。

上空でヘリコプターが旋回していた。

「やべえ」

私が咄嗟に思ったのは、それだ。
見つかった、と思った。
このままでは、大変な大事になってしまうと思った。

フルスピードで自分だけの世界に陶酔しきっていた私の物語は終わりを告げた。
だって、助けられて生きていて大事にでもなったりしてしまったら、私はさらに父親からフルボッコにされ、母親からフルボッコにされ、とにかくハチャメチャに怒られ、ぶッ飛ばされると思った。

私にとっては、死んでしまうことより生き残って両親に怒られることの方が恐怖だった。
私は慌てて、なんとか海水を吸って重たくなった服を引きずりながら、方向転換をした。
その方向転換すらも、何かとてつもない大きな自然の力によって阻まれているようで、なかなか体が捩じれなかった。

自然は偉大だ。
私の真実の気持ちの方をくんでくれるものなのだな、なんて思った。
でも今はダメだ。
見つかってしまった。
また今度、また今度、と繰り返し呟き、なんとか両腕で波を掻き分けると砂浜まで時間をかけてたどり着く。

自然は私に身を任せても良いといつでも言ってくれた。
けれど、そう上手いタイミングがあるわけでもなかった。

私はここで生きてきた。
まるでたまたま生かされたかのように。
どれだけ心が死にたいと泣きわめいていようとも、体は生きたがっているのだと、そう教えてくれたのだ。

私の体は、なんだかんだ言ってもいつも結局死から抗った。
大自然に囲まれて、不自由だけれど最高に自由だった。
そんな時期を、時間を過ごしてきた場所なのだ。
美しい物をたくさん見せてくれた。
果てしない途方もない様々な想いに心を馳せた。
それだけの時間を過ごして来た場所なのだ。

今の私の心を作った。
そういう感じ方ができる私の心を作った。
そんな場所だ。
それが私の故郷だ。

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