「私はまた、失う」

うた子

文字の大きさ
上 下
10 / 21

故郷を、守って

しおりを挟む
共に住んで来て、やっと避難先で母と再会し、母と共に避難先で寝泊まりをしていた父方の祖母は、とても痩せてしまっていた。
そんな父方の祖母の面倒を見ている母に、父はどこに行ったのか、と聞いてみると「原発に行った」と言う。

父は、原発が爆発したあの町に戻ったのだった。

毎晩夜に電話をしていたのは、旧知である原発で働いていた友人たちだったのだ。
どうするか考えていたのだ。
原発をなんとかしなくては、と考えていたのだ。

「家族をちゃんと住めるところに落ち着かせたら、はじめから行くつもりだったらしい」

と母は言った。
少し悲しそうだった。

私は、気分屋で酔うと暴力をふるうこともあった父のことがとても怖かったし、ご機嫌ばかりうかがってしまうところは今更直せない癖だし、思春期の頃には恨んでいたけれど、この時ばかりは尊敬した。

カッコいいと思った。
凄い人だと思った。

そうか、父は原発へ行ったのか、と思った。
あの、放射能の値がまだ高い町へ、もっともっと放射能が蔓延していて危険であろう原発を、あの町を、なんとかする為に。
暴走しはじめた原発を、放射能に侵される故郷を、なんとかする為に。

自分の職場の同僚たちと連絡を取り、さらに原発で働いていた友人たちと共に、あの町へと戻った父。

幼かった私に虐待まがいな事をして、アダルトチルドレンにした父、私をアダルトチルドレンにした母、その2人が、この震災の時ばかりは「すごい人」だと思った。

酷い扱いを受けた事実などもうどうでもいい、もういい、と私は思った。

この人たちは、子育てに多少向いていなかっただけだ。
そのかわり、他の部分に、敬愛出来る部分を兼ね備えていた。

どうか無事で。

ただただ、父が死なないで、健康を損ねないでちゃんと家族の元へと戻って来てくれますようにと祈った。

また笑って、一緒に昭和の歌を歌い、お酒を飲みたいと思った。


しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

もう会えないの

うた子
エッセイ・ノンフィクション
2011年3月11日、東日本大震災により、福島第一原子力発電所は事故を起こした。 私は、その原発事故のあった町に住んでいた。 事故により、放射能を巻き散らかすこととなった原発から逃れる為、着の身着のまま避難を余儀なくされた。 その当時、家では、二匹の犬を飼っていた。 すぐに帰って来ることが出来るから。 だから大丈夫。 少しの間だけ、待っていてね。 しかし、その約束は果たされることはなかった。 私たちは、すぐにその家へ、故郷へ戻ることは許されなかった。 何週間も、何カ月も、その土地に入ることは出来なかった。 自宅に帰ることすら、許可が必要になった。 真っ白な防護服とマスク、手袋、そして靴を包み込むビニール袋を身につけて。 その時、私が見たものは。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

先日、恋人が好きじゃなくなりました。

さとう たなか
エッセイ・ノンフィクション
同性の恋人にふられた作者が、相手に振られた直後PCやノートに打ち殴り書いた文章です。 なぜだか語り口調です。 記憶がないので理由が説明できません(笑) 最近、我を取り戻し見直してみた所、相当病んでいたのか、大量に文章があったので、これはもったいないなと、思ったのでメモとして残すことにしました。 相手の名前は伏せて、その時書いたものをそのままにしております。 情緒不安定でイタい仕上がりになっておりますがご了承ください。

ポケっこの独り言

ポケっこ
エッセイ・ノンフィクション
ポケっこです。 ここでは日常の不満とかを書くだけのものです。しょーもないですね。 俺の思ってることをそのまま書いたものです。 気まぐれ更新ですが、是非どうぞ。

データから分析して目指せスコアアップ!初心者投稿者の試行錯誤と記録。

終夜
エッセイ・ノンフィクション
Web小説を書き、いつか本にしてみたい。そう考える初心者がアルファポリス様で小説を連載する中で、記録をとってグラフにしたり考察したりして試行錯誤する日々をお送りします。

オタクと鬱で人生暇で忙しい

椿山
エッセイ・ノンフィクション
金と愛と時間を手に入れたけど、自分自身には何にもない。鬱病で何もできないから今日も暇だけど、オタクで情緒が忙しい。アスペルガー症候群と重症の鬱病で医者を辞めたバツイチオタクの雑多な話です。 ※エッセイになっているのかわかりません。

大喜利お題、小ネタ、クイズなど (仮)

マグカップと鋏は使いやすい
エッセイ・ノンフィクション
こちらは、別サイトやアプリで載せた、ちょっとしたお題や大喜利問題などです。 文章でお題を投稿し、それに音声で答えてもらう形式でした。 そちらのアプリが仕様変更や停止によりなくなってしまったため、こちらに残そうと思います。 大喜利お題、気づいたら百をこえておりました。 遊んでくださった多くの皆様に感謝しています。 いろいろありまして、載せられるのが117個になりました。 また機会があれば、どこかで日の目を見ることができればなと思います。 大喜利で困ったときにお使いください

「繊細さんの日々のこと」

黒子猫
エッセイ・ノンフィクション
「繊細さん」の私が、日常で感じたことなどを綴ります。 ちなみに私は内向型HSPです✨

処理中です...