習作 恨み屋蒔田雨露亮

井田いづ

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一話 町娘・お咲

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「…ソープ、ですか…?」

大河は眉をひそめる。
嫌悪の表情かと思ったが、違う。


少し、理解しにくいことを聞いた、と言った態度だ。


「いいから、先に入れ」
説明するより、やった方が早いとばかりに促せば、

「トラさんはどうす、」

素直に扉を開けながら浴室へ向かう大河が、振り向くのに気づきはしたが、構わず、雪虎はTシャツを脱ぐ。

洗濯機へ放り込む視界の端で、大河が動きを止めたのが見えた。
その視線が、もの言いたげだ。なんだ、と見遣れば、


「僕が脱がしましょうか?」


普通の顔で、そんなことを言い出す始末。雪虎は呆れた。
「今は、俺が借りを返してる状況なんだよ。御曹司は、奉仕するんじゃなくて、される側」

きっぱり言って、浴室の中へ押し込んだ。


「そら、座ってろ」


扉を開けたまま、雪虎は下を脱ぐ。
その様子を見ながら、大河は小さく息を吐いて、椅子に腰かけた。

それを尻目に、手早く裸になった雪虎は腰にタオルを巻いて、浴室に入る。扉をしめた。

先に、湯船にたまった湯を洗面器で掬い、声をかけて大河の背中に静かにかける。
すぐ、その背が小さく震え、ほう、と大河が息を吐きだしたのが分かった。

温かな湯で、少しは、疲れが解れたならいいのだが。

次いで雪虎は自分にも簡単に湯をかけた。
その上で、ボディソープの容器を取って、いい香りのする液体を掌に出しながら言う。


「女の子じゃないから、固いのは許せよ」


分かっているのかいないのか、大河は、はい、と頷いた。

(これ、あんまり分かってないな…? いいけど)
雪虎はまず、掌で泡立てたそれを、いささか乱暴に大河の背中に塗り付ける。
続いて、自分の腹や胸にも適当に塗り付けて、




「じゃ、はじめるぞ」




雪虎は、大河に背後から抱き着くように、あるいは抱きしめるように、して。

「は、い…っ?」



―――――ぬるり。



大河の背中に、自分の胸や腹を押し付け、泡を塗り込めるように動く。

とたん、びく、と弾かれたように大河は背筋を伸ばした。
その動きに仰け反りかけた雪虎は、大河を、叱るように声を上げる。


「やりにくいっ」

「す…っ、みません」


珍しく、大河が泡を食った声を出した。
「では、どうすれば」

なぜか弱り切った声で、しかし、拒絶のない、協力的な台詞に、雪虎は強気で命令。


「もうちょっと、前に屈め。ちょっとでいいから」


「…はい」

熱い湿気に満ちた風呂場にいるからだろうか。
背後から見える大河の耳たぶが赤い。

素直に言うとおりにした大河の背に乗り上げるようにしながら、ゆっくり、雪虎は身体を動かした。

触れあう肌と肌の間で、泡がぬるつく感覚は、ひどく淫靡だ。
立ち上る香りとその感覚に、ちょっとうっとりしながら、雪虎は言う。


「うん、いい感じだ。お前、肌キレーだよな」


扱い、雑そうな割に。
最後の言葉は飲み込んで、身を乗り上げたところで、後ろから大河の横顔を覗き込めば、


「そう…っ、です、か」


そこには珍しく、悪い感情は浮かんでいなかった。

困り切ったような、くすぐったそうな、照れくさいような、―――――どちらかと言えば、戸惑いが強い。

ただ、恥ずかしいのか、なんなのか、頬を染めているのはどうかと思う。
情事の最中のように、色っぽい。


(恥ずかしがるとしたら、俺の方じゃないか?)


だが、その横顔に、雪虎は興奮するより、驚いた。



今更だが、大河は男で、雪虎も男である。



こういうことは、普通、男なら、女性にしてもらった方が楽しめるのではないかと思うわけだ。
…とろけそうに柔らかい、女の身体の方が。





ゆえに、『このように行動する』と雪虎は心に決めて動いたわけだが、実際やってみたとき、嫌悪が返らなかったらそれだけでマシな方だろうな、と思っていたわけだ。

大半は、冗談のつもりで。
大河が嫌がったなら、すぐにやめよう、と。




第一、相手はこの男、御子柴大河だ。
情事に対しては、苦痛に近い表情をいつも浮かべる。それすら変に色気に満ちているのだから、始末に負えない相手だ。
…それが。

今。







「? ? 」


―――――これは間違いなく、『男』として、喜ばれている、…気がする。







これではまるで、遊び慣れた年増が、初々しい童貞の少年をからかっているようではないか。

当然、雪虎が年増の方だ。
大河のツボが、ますますわからなくなった。


(まあ、俺としては借りを返したいわけだから、むしろ御曹司が喜ぶなら万事オッケーなんだが)





こんなんで、いいのだろうか。





なんにしたって、直接的な交合も含め、情事というものは、雪虎にとってはお遊戯だ。
つまりは。


楽しまなければならない―――――お互いに。


お互いの身体で、存分に遊び。

重なり合うことを、喜び合う。

そうでなければ、間違っている。と、思うのだが。




大河には、それが欠けていた。




快楽には素直に溺れるが、相手の存在を嫌悪しているような。
むしろ、…そう、独り遊びでなら、―――――あれほど、うつくしい表情を見せるのに。


(ちぇ)

単純に、いつもは、雪虎という男が相手なのが、嫌だというだけの話なのかもしれない。


だがどういうわけか、今は楽しめているようだ。
拗ねた気分で唇を尖らせつつも、雪虎は改めて掌にボディソープを出す。

それを今度は、足の間に適当に塗り付け、立ち上がった。
泡だらけの手を、大河の右肩の上へ置き、


「身体、起こして。ちょっと、右腕上げろ。これもちょっとでいいぞ。斜め下に…そうだ」


ちょっと困った顔で、大河は、それでも素直に従う。





「はい、いい子」





褒めた上で、雪虎は腕をまたぎ、
「…男だし、―――――ついてるのは、かんべんな」
大河の腕を内腿で挟んだ。
股間を上下に擦り付けるようにして、泡立てる。

ただ、このようなこと、慣れていないどころか、初めての行動だ。
ぎこちなくなるのは、仕方ない。

「…ぁ」
それでも十分、大河には刺激だったらしい。


彼の意識が、いっきに、右腕に集中したのが分かった。


雪虎は、ゆっくり、腰を押し付けながら動く。
その時にはもう、完全に、勃起していた。


横目に見れば、何の刺激も受けていない大河の性器も勃ち上がっている。


「なんっか、こうしてると」
発情した陰茎をきれいな肌へ遠慮なく押し付けているこの状況は、なんとなく、背徳的だ。だけでなく。

雪虎は真剣に呟いた。




「マーキングしてるみたいだよな」




縄張り、とか。

自分のモノという主張、とか。

そういった、動物がする、におい付けの行動をしているようで、こう、野性的な動きの気がする。


ひたすら、前を真っ直ぐ見ている大河が、遠慮がちに頷いた。





「支配されているようで、…これを全身に頂けたなら、最高です」





(―――――うん?)
雪虎は眉をひそめる。


「おかしい。御曹司、それは何か、おかしいぞ」


最高。

いや、支配されるなど、最低だろう。
それも、これを全身になど、…どうかと。

それとも、雪虎がおかしくて、大河が正しいのだろうか。

雪虎はいっとき、混乱したが、―――――そう言えば、コレが大河である。



普段、冷酷も極まる言動をとるくせに、性的なことに関しては。







支配を待ち望み、命令に愉悦を感じている。










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