鬼の桃姫

井田いづ

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おわり

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 鬼の城は落ちた。
 見事鬼を討ち果たし、島に蓄えてあった数多の金銀財宝、攫われていた人々を人世ひとのよに持ち帰った桃太郎は英雄となった──。
 それから少し後の世のことである。
 桃太郎はその功績を認められ、今や本土で名を知らぬ者などいない存在になっていた。

 ある日のこと。
 桃太郎に家臣が与えられるとの話があった。それは弓の名手であり、知力武力どちらをとっても優秀な武士もののふだが、幼い頃に家族を亡くして各地を転々としてきた少年だと言う。
 他人事ながら可哀想に──桃太郎の最初の感想はそれだった。自分には優しい家族がいるが、その少年にはいない。それはさぞ、寂しかろうなと。それならせめて、自分が家族になってやろうと。そう思ったのである。

 だから、上から登城の命が下りてすぐ、桃太郎は素直に召集に応じたのだ。

 集まった一堂の前、弓を携えた少年が呼ばれて来ると、誰も彼もが息を呑んだ。
「──これへ」
「は」
跪きこうべを垂れるこの少年こそ、桃太郎に与えられた家臣らしい。さざめきが広がる。羨むような声もする。当然だ、この少年を一目見れば誰もが欲しくなる。

 しかし、不思議だった。

 ここに集まった誰一人としてこの少年を知る人はいないらしい。誰が連れて来たのか、家族がいないという話はそういえば誰が言い出したのかも定かではない。どうやってここまで入ったのか、しかも武器まで携えて──ふんわりとした疑問は湧くが、しかし誰一人として追求する気は起きないのである。御前が登城を許しておられるのだ、なんのことはない幼い少年だ、怪しい者ではあるまいて────。そんな声さえするようだ。
「……見かけぬ顔だ」
桃太郎だけがそう呟いた。

 面を──そう言われて顔を上げた少年の顔に何かの面影を覚えるが、やはり誰もそれが何かまではわからない。桃太郎は家臣になる少年をじっと見つめた。
「あれにあるがお前の主人、桃太郎じゃ」
主上の言葉が響く。言葉によって少年が桃太郎の方に向き直り、美しく礼をした。
「はい。桃の君にお初にお目にかかります──」
瞳も髪も烏の濡れ羽色、肌はすうっと白く、唇と頬にはほんのりと朱色が差している。まるで女のようだが、体躯には確かに男らしさもある──つくづく、美しい形をしていた。
 ほう、と周りから溜息が溢れる。視線が吸い込まれる。人間ではないような妖しさだった。
「名は、なんと」
桃太郎が問えば、鈴の音のような声が答える。
「はい。紗紗丸とお呼びくだされば……」
笑った少年の口元から尖った犬歯が二つ覗いた。

 彼がその牙を立てるのは、まだ先の話である。

(了)
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