6 / 6
おわり
しおりを挟む
鬼の城は落ちた。
見事鬼を討ち果たし、島に蓄えてあった数多の金銀財宝、攫われていた人々を人世に持ち帰った桃太郎は英雄となった──。
それから少し後の世のことである。
桃太郎はその功績を認められ、今や本土で名を知らぬ者などいない存在になっていた。
ある日のこと。
桃太郎に家臣が与えられるとの話があった。それは弓の名手であり、知力武力どちらをとっても優秀な武士だが、幼い頃に家族を亡くして各地を転々としてきた少年だと言う。
他人事ながら可哀想に──桃太郎の最初の感想はそれだった。自分には優しい家族がいるが、その少年にはいない。それはさぞ、寂しかろうなと。それならせめて、自分が家族になってやろうと。そう思ったのである。
だから、上から登城の命が下りてすぐ、桃太郎は素直に召集に応じたのだ。
集まった一堂の前、弓を携えた少年が呼ばれて来ると、誰も彼もが息を呑んだ。
「──これへ」
「は」
跪き頭を垂れるこの少年こそ、桃太郎に与えられた家臣らしい。さざめきが広がる。羨むような声もする。当然だ、この少年を一目見れば誰もが欲しくなる。
しかし、不思議だった。
ここに集まった誰一人としてこの少年を知る人はいないらしい。誰が連れて来たのか、家族がいないという話はそういえば誰が言い出したのかも定かではない。どうやってここまで入ったのか、しかも武器まで携えて──ふんわりとした疑問は湧くが、しかし誰一人として追求する気は起きないのである。御前が登城を許しておられるのだ、なんのことはない幼い少年だ、怪しい者ではあるまいて────。そんな声さえするようだ。
「……見かけぬ顔だ」
桃太郎だけがそう呟いた。
面を──そう言われて顔を上げた少年の顔に何かの面影を覚えるが、やはり誰もそれが何かまではわからない。桃太郎は家臣になる少年をじっと見つめた。
「あれにあるがお前の主人、桃太郎じゃ」
主上の言葉が響く。言葉によって少年が桃太郎の方に向き直り、美しく礼をした。
「はい。桃の君にお初にお目にかかります──」
瞳も髪も烏の濡れ羽色、肌はすうっと白く、唇と頬にはほんのりと朱色が差している。まるで女のようだが、体躯には確かに男らしさもある──つくづく、美しい形をしていた。
ほう、と周りから溜息が溢れる。視線が吸い込まれる。人間ではないような妖しさだった。
「名は、なんと」
桃太郎が問えば、鈴の音のような声が答える。
「はい。紗紗丸とお呼びくだされば……」
笑った少年の口元から尖った犬歯が二つ覗いた。
彼がその牙を立てるのは、まだ先の話である。
(了)
見事鬼を討ち果たし、島に蓄えてあった数多の金銀財宝、攫われていた人々を人世に持ち帰った桃太郎は英雄となった──。
それから少し後の世のことである。
桃太郎はその功績を認められ、今や本土で名を知らぬ者などいない存在になっていた。
ある日のこと。
桃太郎に家臣が与えられるとの話があった。それは弓の名手であり、知力武力どちらをとっても優秀な武士だが、幼い頃に家族を亡くして各地を転々としてきた少年だと言う。
他人事ながら可哀想に──桃太郎の最初の感想はそれだった。自分には優しい家族がいるが、その少年にはいない。それはさぞ、寂しかろうなと。それならせめて、自分が家族になってやろうと。そう思ったのである。
だから、上から登城の命が下りてすぐ、桃太郎は素直に召集に応じたのだ。
集まった一堂の前、弓を携えた少年が呼ばれて来ると、誰も彼もが息を呑んだ。
「──これへ」
「は」
跪き頭を垂れるこの少年こそ、桃太郎に与えられた家臣らしい。さざめきが広がる。羨むような声もする。当然だ、この少年を一目見れば誰もが欲しくなる。
しかし、不思議だった。
ここに集まった誰一人としてこの少年を知る人はいないらしい。誰が連れて来たのか、家族がいないという話はそういえば誰が言い出したのかも定かではない。どうやってここまで入ったのか、しかも武器まで携えて──ふんわりとした疑問は湧くが、しかし誰一人として追求する気は起きないのである。御前が登城を許しておられるのだ、なんのことはない幼い少年だ、怪しい者ではあるまいて────。そんな声さえするようだ。
「……見かけぬ顔だ」
桃太郎だけがそう呟いた。
面を──そう言われて顔を上げた少年の顔に何かの面影を覚えるが、やはり誰もそれが何かまではわからない。桃太郎は家臣になる少年をじっと見つめた。
「あれにあるがお前の主人、桃太郎じゃ」
主上の言葉が響く。言葉によって少年が桃太郎の方に向き直り、美しく礼をした。
「はい。桃の君にお初にお目にかかります──」
瞳も髪も烏の濡れ羽色、肌はすうっと白く、唇と頬にはほんのりと朱色が差している。まるで女のようだが、体躯には確かに男らしさもある──つくづく、美しい形をしていた。
ほう、と周りから溜息が溢れる。視線が吸い込まれる。人間ではないような妖しさだった。
「名は、なんと」
桃太郎が問えば、鈴の音のような声が答える。
「はい。紗紗丸とお呼びくだされば……」
笑った少年の口元から尖った犬歯が二つ覗いた。
彼がその牙を立てるのは、まだ先の話である。
(了)
0
お気に入りに追加
0
この作品の感想を投稿する
あなたにおすすめの小説

キャサリンのマーマレード
空原海
歴史・時代
ヘンリーはその日、初めてマーマレードなるデザートを食べた。
それは兄アーサーの妃キャサリンが、彼女の生国スペインから、イングランドへと持ち込んだレシピだった。
のちに6人の妻を娶り、そのうち2人の妻を処刑し、己によく仕えた忠臣も邪魔になれば処刑しまくったイングランド王ヘンリー8世が、まだ第2王子に過ぎず、兄嫁キャサリンに憧憬を抱いていた頃のお話です。
生克五霊獣
鞍馬 榊音(くらま しおん)
歴史・時代
時は戦国時代。
人里離れた山奥に、忘れ去られた里があった。
闇に忍ぶその里の住人は、後に闇忍と呼ばれることになる。
忍と呼ばれるが、忍者に有らず。
不思議な術を使い、独自の文明を守り抜く里に災いが訪れる。
※現代風表現使用、和風ファンタジー。
からくり治療院という配信漫画の敵斬鬼“”誕生の物語です。

南部の光武者
不来方久遠
歴史・時代
信長が長篠の戦に勝ち、天下布武に邁進し出した頃であった。
〝どっどど どどうど どどうど どどう〝十左衛門と名付けられたその子が陸奥の山間で生を受
けたのは、蛇苺が生る風の強い日であった。透き通るような色の白い子だった。直後に稲光がして
嵐になった。将来、災いをもたらす不吉な相が出ていると言われた。成長すると、赤いざんばら髪
が翻り、人には見えないものが見える事があるらしく、霊感が強いのもその理由であったかも知れ
ない。

あやかし娘とはぐれ龍
五月雨輝
歴史・時代
天明八年の江戸。神田松永町の両替商「秋野屋」が盗賊に襲われた上に火をつけられて全焼した。一人娘のゆみは運良く生き残ったのだが、その時にはゆみの小さな身体には不思議な能力が備わって、いた。
一方、婿入り先から追い出され実家からも勘当されている旗本の末子、本庄龍之介は、やくざ者から追われている途中にゆみと出会う。二人は一騒動の末に仮の親子として共に過ごしながら、ゆみの家を襲った凶悪犯を追って江戸を走ることになる。
浪人男と家無し娘、二人の刃は神田、本所界隈の悪を裂き、それはやがて二人の家族へと繋がる戦いになるのだった。
神楽
モモん
ファンタジー
前世を引きずるような転生って、実際にはちょっと考えづらいと思うんですよね。
知識だけを引き継いだ転生と……、身体は女性で、心は男性。
つまり、今でいうトランスジェンダーってヤツですね。
時代背景は西暦800年頃で、和洋折衷のイメージですか。
中国では楊貴妃の時代で、西洋ではローマ帝国の頃。
日本は奈良時代。平城京の頃ですね。
奈良の大仏が建立され、蝦夷討伐や万葉集が編纂された時代になります。
まあ、架空の世界ですので、史実は関係ないですけどね。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
下級武士の名の残し方 ~江戸時代の自分史 大友興廃記物語~
黒井丸
歴史・時代
~本作は『大友興廃記』という実在の軍記をもとに、書かれた内容をパズルのように史実に組みこんで作者の一生を創作した時代小説です~
武士の親族として伊勢 津藩に仕える杉谷宗重は武士の至上目的である『家名を残す』ために悩んでいた。
大名と違い、身分の不安定な下級武士ではいつ家が消えてもおかしくない。
そのため『平家物語』などの軍記を書く事で家の由緒を残そうとするがうまくいかない。
方と呼ばれる王道を書けば民衆は喜ぶが、虚飾で得た名声は却って名を汚す事になるだろう。
しかし、正しい事を書いても見向きもされない。
そこで、彼の旧主で豊後佐伯の領主だった佐伯權之助は一計を思いつく。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる