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まみえる(一)

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 蒸したての饅頭を載せた盆を手に、難しい顔をした佐七の前に立つのは、既にたまの日常のひとつになっていた。流石に一日中そこにいることはないが、彼は必ずここで悩みながら通りの人を眺めるのが日課になっていたらしい。店を気に入ってもらえたなら何よりだと、たまは思う。
「佐七さん、今日もなんかお困りです?」
聞けば、
「ああ、おっかさんのことだよ。今日も今日とてね」
そう苦笑を返される、これもまたいつものことだった。たまは佐七の横に盆を置きながら首を捻った。やはり拙い絵がその手にある。
「名前以外にわからないんでしょうか。ほら、お滝さんって人、この町にもそれなりにいるんですもの」
「それが分かればなあ、苦労しないんだが」
佐七はまた苦笑した。
「二人か三人かおたきさんって人を訪ねてもみたけど、だめだった。まいったな、まさかこの町じゃねえのかな」
おとっつぁんはこの町辺りと言っていたのになあ、しかしあれで結構大雑把なところあったからなあ、引っ越したって話もありそうだなあと頬を掻く。
「あんまり期待できないですけれど、迷子石に姿絵を貼ってみるのはどうでしょう」
「そうは言っても、俺はおっかさんを実際に見たことがねえからなあ、するならこの絵を複製することになるが……」
拙い姿絵を前に二人で顔を見合わせる。うん、確かにこの絵では無理だとたまも思う。
「でも、佐七さんの名前を書いておけば向こうから見つけてもらえるかもしれません。生き別れの息子なら、きっとおっかさんの方だって会いたいはずだもの」
「まあ……それもそうかな。そうだといいな。この際だ、やっておくかあ」
 場所だけ先に案内をお願いできる? とたまに聞くので、やっぱりたまは安請け合いした。店の方も忙しいわけではないので、
「失礼のないようにね、気をつけていってらっしゃい」
あっさりと見送られたのである。
 佐七が食べ終わるのを待ってから、二人は並んで歩き出した。飛び交うのは他愛のない話に、何度もした人探しの話である。
「すまんね、大体はこの町も歩き尽くしたんだけど、どうにも長屋とかよく行く界隈だけになってしまう」
「長屋はこの辺ですか?」
「うん、川の方にある長屋。なんか困ったことがあればおいで。朝と晩は仕事でいないよ。近くの飯屋でさ、朝の仕込みと晩の片付けだけ手伝わせてもらってんだ」
あんまり栄えた酒場でもないが、飯はそれなりにうまいよと言うのでたまのお腹はクウと鳴る。
「そこではおっかさんのことは?」
「もちろん聞いたとも。ま、名前とその絵だけじゃなんとも……ってね。あそこも客は色々くるから、気長に待つよ」
「はあ、たまもお力になれれば良いのですが……」
「いやいや十分助かってる。ありがとう。それにさ、おっかさんも事情があって会えないのかもしれないしさ、俺はおとっつぁんの伝言を伝えるついでにひと目会えたらそれでいいかな」
「伝言?」
「そう。どうしても伝えたがっていたからさ」
なるほど、とたまは頷いた。

 たまの住む町の迷子石は二ヶ所にある。隣町に伸びるおとき橋のふもと、それから例の辻を過ぎたところにある、小さな寺の境内だ。夜四郎の居座る寺からも近く、夏になれば小さな祭りなんかも行われ、本当に時々には芝居小屋だの見世物小屋なんぞも建ったりもする。そういう時だけは人が多くなるのだ。
「此処と、橋の麓のはよく使われてます」
見れば真新しい剥がした後もある。古い紙もある。たまはなぞろうと手を伸ばして。
 不意にたまは手を止めて振り返った。
──
 ヒヤリと、視線を感じたのだ。だが、辺りを見てもそんな人はどこにもいない。行き交う人はこちらに目を向けることなく、立ち止まる人がいても、誰かと話しているだけでこちらを見つめているわけではない。
「おたまさん?」
佐七は心配そうにたまを見ていた。たまはぶん、と大きく頭を振って
「なんでもありま──」
──せんでした、そう答えかけて、やはり止まった。何かを見つけた。

 先程視線を感じた方に、簪が落ちていた。近寄ってみれば、見事な蝶の飾りがあしらわれた鼈甲の簪だった。それが滝の簪だとたまはすぐに気がついた。
──さっきの視線は、お滝姉さん?
──なぜ見ていたの? 声をかけてくれたらよかったのに。
そう思いながらも拾おうと手を伸ばした。
「これ……」
しかし、指先は宙をかく。それよりも先に佐七が駆け寄ってそれを拾い上げていたのだ。その手は震えていた。
「鼈甲の、蝶の……話に聞いて、思い描いていたそのままだ」
「さ、佐七さん、その、それは」
この簪自体、極めて珍しいというほどのものでもない。けれども間違いなく佐七の探していた数少ない手がかりでもある。
「なあ、おたまさん、もしやこの簪の持ち主を知っているのかい。それは何処の誰だい。もしやじゃないのかい」
「これは、ええっと、その」
迷ってから、
「……はい。たまの仲良しの、隣町に住んでた、お滝姉さんのものかと」
──正確には、もうこちらに越してきたって話だけれど。たまは小さな声で呟いたのだが、佐七は喜びに瞳を輝かせた。
「ああ、おたきだって! 蝶飾りの簪のおたきかい!」
「でも佐七さんの探してる人かはわからないです。だ、だってずっと隣町に住んでるし、お滝姉さんとはたまがうんと小さな頃からお話ししますけど……」
「その人には生き別れた子供なんていない?」
「はい、聞いたことがありません」
「そうは言うけれど、しかし君はまだ子供だしな……そうか」
何やらぶつぶつと考え込んでしまったらしい佐七に、たまが口籠る。たまが子供だから真実を伝えられなかっただけ──そう言われたような気がした。そうなのだろうか、たまにはよく分からない。
「お滝姉さん……」
 同じ時期の別々の人探しが、おかしなところで交わり始めていた。
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