残365日のこおり。

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第7章

男同士の話 8月27日②

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「美味しいものを食べに行くって何処に行くの? 」

 水川とあいりは駅までの道のりを歩いていた。水川の持つ日傘にくっついて2人で入っている。

「ちょっと遠いけど俺の行きつけ」
「そうなんだ。楽しみだなぁ」

 電車で約1時間の距離を移動中に、水川は到着予定時刻を相手側に連絡を入れた。

 これで準備万端――

 ◇◇◇

「ただいま、父さん母さん。
 この子がたちばなあいりさん。
 俺の大事な彼女で、俺は行く行くは結婚したいと思ってる。
 今日は彼女には内緒でここまで連れて来た。服も何もかも俺のコーディネート。
 あいり、騙してごめんな。俺はあいりに味方を作りたかったんだ」

 隣にいるあいりは水川の顔と、水川の父、母を順番に見て戸惑っていて何も言えない。

「……優一。こっちこい」
 どすの聞いた父の声が水川を呼ぶ。

 この後自分の身に何が起こるかは想像したくない。でもそんなことよりも―――

「母さん、ごめんけどあいり任せた」

 母さんはあいりに冷たくなんかしない。そもそも今日のことは手回ししてある。ただ、あいりに知らせていないことを言っていなかっただけ。絶対反対されるから。

「もう、優ちゃんったら……。本当にごめんね。あいりちゃん、外暑かったでしょう? 美味しいルイボスティー冷やしてるの」

 母の優しい声を聞きながら、水川は20年後の未来の自分のような父の後ろを歩いた。

 普段は口数少ないが、怒るとズバズバと物を言う。こうなることはわかっていたが、水川はそれよりもあいりにストレスをかけたくなかった。

 連れて行かれたのは寝室。ドアが閉められる。これであいり達に声が聞こえることはない。

 エアコンをつけた父は水川に向き直って強い口調で聞いてきた。

「何でこんなことしたんだ? あいりさん、困ってたじゃないか。彼女が嫌な気持ちになること予想出来なかったのか? 」

「それは、予想してた。
 でも俺は父さんも母さんも信用してる。俺が本気で好きな子を邪険にしたりしないって。むしろ自分の娘みたいに可愛がってくれるって思ってる。
 俺は彼女に味方を作りたくて連れて来た。不器用で愛情とか家族を知らない子なんだ。俺1人だけじゃ足りない。父さん達の力が必要なんだ。
 お願いします。本当に大事で守りたい子が出来たんだ」

 水川は父親に頭を下げた。息子の姿に強張った父の口元は嬉しさにゆるんでいく。

「仕事は? 前に言ったよな? 『自由に生きたいならそれでもいいけど、大事な人が出来たら自分の自由よりもそっちを優先しろ』って」

 父親の声に水川は顔をあげる。

「仕事は今、探してる。
 父さんに教えてもらった投資とかで、ある程度貯金もある。今俺の家に2人で住んでるから、もっとセキュリティがしっかりした家に引っ越そうとも思ってる。次の家で保証人が必要だったら父さんにお願いしたい」

「はぁ? 優一、あの狭くて男臭いアパートにあいりさん住まわせてるのか? すぐ引っ越せ。相手側のご両親にはもう挨拶してあるのか? そっちが先だろう? 」

「あいりはお母さんはご存命だけど、もう縁は切られてる。親らしい親なんていないんだ」

 神妙な面持ちで話す水川に、父は深くは聞かなかった。

「で、結局今日のことを彼女に言わなかった理由は? 」

「言ったらあいりは絶対に数日前から緊張して目を白黒させて悩むの分かってたから、言わなかった。
 あと、父さん達は絶対に素のあいりのこと好きになるって確信があったから、言わなくてもいいと思った。
 今日が彼女にとって『良い日』にしてくれるだろ? 」

「大事な一人息子の大切な子を丁重にもてなさない訳がないだろう?
 優一のコーディネートは実は父さん好みだ。可愛いなぁ、あいりちゃん」

 最初はさん付けだったのに、父はいつの間にかあいりのことをちゃん付けで呼んでいた。

 目尻に笑いじわが寄る。若くして結婚した両親はまだ50歳にも満たないが、それでも確実に歳を取った。息子が成長した分歳を取った。

「あいりは可愛いんだ。本当に。
 母さんから聞いたと思うけど人見知りなところあるから、あんまりガンガン話しかけないでな?」

「そうだな。
 それにあんまり俺が話しかけたらあいりちゃん俺に惚れちゃうからな~はははっ」

 水川と違って人当たりが良いこの男は、水川以上にかなりモテる。母一筋なので浮気などはしないが誘惑が多いことを水川は知っていた。

「隅っこで黙っておいてくれる?父さん」
「仕方ないな」

 イケメンとイケオジは寝室のドアを開けて、それぞれの愛しい人の元へと向かった。

 今日を良い日にするために。
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