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5章 冒険者初級編
第75話 水を差す
しおりを挟む案の定ルリアとフレイシーはご機嫌に騒ぎ出していて、今ではテーブルを離れ立ち飲み――というより瓶酒をラッパ飲みをしている。
明日どうなっても知らないぞ……。
キリーカはいつの間にかテーブルに伏して眠っていた。
スーも以前よりはお酒が進んでおり、顔が溶ろけ始めているようだ。
俺はというと、お酒があまり進んでいなかった。
それというのも少し離れた席に座っている冒険者パーティーらしき団体のうちの一人の女性が、こちらを睨むようにして見てきている事に気づいてしまったからである。
何処かで見たことがあるような気がするのだが、思い出せずにいるのも拍車をかけており、純粋にこの場を楽しめずにいる。
しかもたまに、目があってしまうので余計に気まずい。
なるべく目を逸らしつつ食事会を楽しもうとしていたが、その女性がテーブルを勢いよく立つのが横目に映る。
……何か嫌な予感がするぞ、と思っていると案の定こちらにツカツカと近づいてくる。
同じパーティーの男性が止めようとしているが跳ね除けられていた。
そして俺達のテーブルに来るなり、腕を組んだまま「アンタ達、調子に乗れるのも今だけだからね!」などと言い出した。
この人は何を言っているのだろうかと、思わず思考が停止しかける。
というかいきなり失礼が過ぎないか?
「あの、突然そんなことを言うのは失礼では?」
つい思ったままを口に出してしまうが、どうやら元からメインターゲットは俺だったようで――
「あんたこそ、仲間に悪いと思わないのかしら?」
「……何がでしょう」
しかし矛先が全体から自分一人に移ったことで、かえって冷静になる。
接客で理不尽な事を言われていた時と比べれば気にならないし、仲間を悪く言われるよりは腹が立たない。
「仲間を試験優秀者だけで固めるだなんて、恥ずかしいと思わないの? まだ試験優秀者だけのパーティーならまだしも、貴方のような足手まといがいると優秀な者にとっては迷惑なのよね。自分の実力はちゃんと見極めておかないと、恥ずかしいわよ?」
なるほど、まさかそういった見方をされれているとは思ってもみなかった。
しかし、パーティーの組み方なんぞで人に指図される言われも無い。
「そうですか、ご忠告ありがとうございます。ですが私達はそれぞれ納得した上でパーティーを組んでいますのでご心配には及びません。それよりも貴方の常識の無さをどうにかしないと、仲間に迷惑がかかりますよ。自分の行動はちゃんと見直してください、恥ずかしいですよ?」
つい現世での仕事を思い出し、口調が俺から私に変わる。
「なっ――!」
似たようなセリフで言い返すと、まさか言い返されるとは思ってもみなかったのか分かりやすく顔を赤くしている。
ただこのくらいで簡単に効いてしまうのなら、こうやって突っかかってくるのには向いていないと思うので辞めたほうがいいぞと思う。
「私は貴方と違って優秀だから、迷惑なんかかけてないわ! ね、そうでしょ?」
「あー、うん。迷惑なんかかけてないから、ほらこっちきて食事の続きしよう?」
先程彼女を止めようとしていた男性が、返事をする。
彼女には見えない位置で、こっそりとペコペコこちらに頭を下げていた。
「ふん、仕方ないわね。でも貴方、実力差があればあるだけパーティーを危険に晒すというのは事実よ。肝に銘じておくことね」
「そうですか、ご心配ありがとうございます」
「誰があんたなんかの心配をしてるっていうのよ! まったく、バカばっかりだわ」
女性は、腕を組んで不機嫌そうに自分たちのテーブルへと戻っていったが、あれではパーティーの人たちも苦労していることだろう。
それに、結局のところ何がしたかったのだろうか……。
◆◇◆◇
謎の女性が去ってから、スーがグラスの中のマドラーを回しつつ「今のって、レイくんと同じ部門で試験受けてた子だよね」と呟く。
その言葉で思い出したが、試験中やたら派手に爆破系の魔法を唱えて空中の矢を消し去っていた魔法使いがいたが、彼女がそうだったのか。
すっかり忘れていた。
「よく覚えてたな」
「むしろ覚えてない方が驚きだけどね」
「はは……あんまり人のこと覚えるの苦手なんだよな」
「それにしても、なんだかターゲットにされちゃってたね。私達のこと庇ってくれちゃったりして、ちょっとかっこよかったから何も言わず見守っちゃった。ごめんね」
「からかうなよ。それに気にしてない。あんなのにわざわざ絡みにいく必要はないからな。まぁ向こうがだいぶ子供ぽかったから助かったよ」
「……それ言ったらもっと怒りそう」
「……言うなよ?」
「にゃはは」
「んん……何かありましたか……?」
テーブルにつっぷしていたキリーカが眼を覚まし、まぶたをこする。
「何でも無い、そのまま寝ててもいいぞ」
「……はい、わかりまし……た……」
そのまま再び顔を伏せて、眼をつむるキリーカの頭をスーが優しく撫でた。
「ねーねーれいちゃーん、なんかおはなししてたけどー、どったのー?」
完全に出来上がって呂律が回っていないルリアがフラフラと戻ってくる。
ルリア越しにいつのまにか上半身裸でポーズを決めているフレイシーが見えたので、視線をすぐにルリアに戻した。
「なんでもないよ。冒険者同士挨拶してただけだ」
「んー? そっかぁ、あいさつかー。にへへ……れいちゃーん、こんばんわぁ」
「はいはいこんばんわこんばんわ」
「へへへ……」
そのまま俺の膝に頭を置いて座り込んでしまう。
ぐりぐりと頭をふとももにこすりつけてくるのは、少しくすぐったいので辞めてもらいたい。
「おい、お前は犬かなにかか」
「へへー、れいちゃ……わんわんっ」
「はぁ……酔っぱらいめ」
スーがくすくすと笑っている。
嵐が去っても、なんとも騒がしい夜であった。
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