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4章 異世界葛藤編
第54話 地固まってなんとやら
しおりを挟む食堂から帰ってきて家にいると、何かと暇であった。
ルリアが帰ってくるまで、まだ時間があったので、ひまつぶしにとペリのお世話をすることにした。
もちろん、恩返しとかそういうのではなく、やりたいからやるのだ。
「ご主人を悲しませてごめんな。もうしないからな」
ペリに向かって一人呟きながら、ブラッシングをかけてやると、ブルブルと気持ちよさそうに鼻を鳴らしてくれた。
最初の頃に比べてればだいぶ懐いてくれている気がするが、どうなのだろうか。
案外、新しい子分くらいに思われている可能性もある。
懐いたように見せているのも、はいはいこうすれば喜ぶんでしょ的な感じなのかもしれないが、まぁ可愛いのでそれでもいいかと思うことにした。
ブラッシングが終わると、次は干し草の入れ替えだ。
大きいフォークのようなカタチをした鋤を使って、綺麗にした餌場に新しく載せてやる。
馬というのは、無限に食べているんじゃないかと思うくらい沢山の干し草を一日で平らげてしまう。
その為、夜中に食べれるようにと、何回かに分けてではあるが沢山の干し草を積んで上げる必要がある。
ちなみに干し草は毎日定時に自動配達されてくる月額契約だ。
毎日庭の片隅に干し草がいつのまにか置かれている。
干し草を積んでやると、早速ペリが干し草をむしゃむしゃと食べ始める。
いつ聞いても、草を食む音が心地良い。
ペリが干し草に夢中になっている間に、水桶の中身も交換してしまおう。
中の水を一旦流して、タワシのようなブラシでゴシゴシと桶の中を擦り、汚れを落とす。
その後は、水ですすいで新しい水を入れてやる。
水桶を戻してやると、ちょうど飲みたかったのか、きゅぽきゅぽと水を飲み始めた。
軽くたてがみのあたりを撫でてやる。
最初は抵抗されて首を振られていたが、今では大人しく撫でさせてくれている。
あまりしつこいと逃げられてしまうので、ほどほどにしておく。
そんな事をしている間に、どうやら家主が帰ってきたようだ。
「…おかえりルリア」
「うん…ただいま。」
改めて対面すると、なんだかくすぐったいような感じになる。
「暇だったから、ペリと遊んでたんだ。今日、やることもなかったし」
「そうなんだ。だいぶ懐いたよねぇ、この子」
「最初は全然撫でさせてくれなかったからなー」
「そうだよねぇ…」
一旦会話が途切れると、また少し気まずい空気が流れので、「疲れてるだろ、とりあえず中で話そうか」と誘導する。
「そだね。そうしよっか」と、ルリアも続いて家に入った。
それから、ダイニングのテーブルに二人対面で座って、色々な話をした。
まずは、これから一緒に暮らす上でのルール決めだ。
毎月家賃として、銀貨1枚をルリアに渡す事。
家事や清掃は折半して行い、手が空いている者が行う事。
そして、お互いの気持ちの持ちようについても話をした。
お互いに、気を使いすぎない事。
お互いに、心配をかけすぎない事。
お互いに、困ったら助け合う事。
当たり前のようなことで、意識できていなかった事もある。
これらを互いに…というか、特に自分なのだが、固く誓い合い、話し合いは割りかし早々に終わった。
「はいっ、じゃあ話し合いしゅーりょぉ」
ルリアがテーブルに両手と顔を放り出して、だらーっと垂れる。
「改めてだけど、またよろしくな」
「もー、硬いってー。もっと前みたいに、フランクでいいんだよぉ?」
「ん、なんか意識すると、難しいような…なんか変だな」
「だいぶ変だねぇ…にへへ。ま、何日かしたらもとに戻るんじゃない?」
「そういうもんか」
「そーいうもんだよぉ」
ルリアがにへにへと笑う。
その笑顔を見て、こちらも表情がほころんだ。
――夜。
互いに寝支度をし終えて、寝床に入る。
「おやすみぃレイちゃん」
「おやすみルリア」
互いに就寝の挨拶を済ませて、俺は布団にもぐりこむが、少し暑いので上半身にかかっていた掛け布団はすぐに剥いだ。
しばらく、うつらうつらとしていると、ペタペタという足音が近づいてくるのを感じる。
デジャブを感じて目を開けると、既にルリアが四つん這いになって、こちらの布団に入り込もうとしていた。
思わず軽く溜息が漏れるが、今日くらいは見逃そうかと、特に俺も抵抗はしないことにする。
「レイちゃん…もう、寝ちゃった?」
「…起きてるよ」
「そっか…怒らないの?」
「……今日くらいはいいかなって思っただけだ。あちぃけどな」
「にひひ…なにそれ。でも、いいなら、いっか」
ルリアは身をそっと寄せてくる。
耳元に息がかかって少しこそばゆく感じる。
「あの後さ…寂しくなったんだ、すっごく」
ルリアは小さく囁くような声で、あの後の事を話始めた。
「レイちゃんの気持ちも…行動の意味も、ボクなりに理解ってたし…、でも、なんだか一方的にボクだけの気持ちが大きくなってて、レイちゃんとの温度差を感じちゃって…」
俺は黙ってルリアの話を、目をつむったまま聞いている。
「悲しいような、寂しいような…、気持ちがぐちゃぐちゃってなっちゃって…あんな事言っちゃった。ボクの方こそ、酷いこといって、ごめんね」
「…元はといえば、俺に原因があるからな」
「でも…」
「決めたろ? 互いに気を使いすぎないって。それに、結果的にこうして元に戻ったんだから、いいじゃないか」
「そっか…そうだよね」
ルリアは、俺の右腕を両手で抱え込むようにする。
「ボクね…こんなんだから、友達とかも全然いなくって。デグは、あーやってからかってくれるけど、それ以外の人は、ボクのこと腫れ物扱いするから。ただでさえ、能力のおかげで立場があるからね。今はほとんど無いけど、妬まれる事もあって…」
ルリアの腕を抱く力が少しだけ強くなる。
「だから、レイちゃんとこうやって仲良くなれて、ボク、本当に嬉しいんだ…。ありのままのボクを受け入れてくれて…自然体でいてくれて。だからこそ、気を遣われ始めた時、悲しかったのかも…」
「そうか…なら、本当に悪いことしたな」
ルリアが首を横に振ったのか、布団のシーツが擦れる音がする。
「でも、もう大丈夫だから…でも、今日だけは、まだ寂しさが埋まってないから、一緒に寝てもいい…?」
俺からすれば、ルリアもまだまだ若く、子供のようなものだ。
息子がいたら、こんな感じだったのだろうか…。
それに、もしかすると、こうして甘えられるような人も、今までいなかったのかもしれない。
俺は、余っている左の手のひらで、ルリアの頭を優しく撫でる。
「っ……、ありがと、レイちゃん」
そしてこの日は、そのまま二人で眠りについたのだった。
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