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3章 異世界技能編

第31話 流れ行く日常

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 翌朝、食堂へ出勤すると、玄関先で箒を掃いているキリーカを見て、おはようと声をかけた。

 その声に振り返り、小さく返事を返してくれたが、顔を見るとまだ昨夜プレゼントした『ヘアピン』は付けてくれてはいないようだった。

 俺が前髪を見つめているのに気づいたのか、あっ、と小さく声を漏らしたキリーカは、見るからに焦りだすようにして、胸ポケットからヘアピンを取り出した。

「そ、その…まだ、外で付けるのは、は、恥ずかしくて…。家の中では付けてますから…!」

 ヘアピンを掴んだまま、肘を曲げ両腕を体の前にやってグッと構え、いつもより大きな声を出すキリーカ。
 その拍子に箒から手を離してしまい、カラカラン...と地面に倒れる。
 あ…と声を小さく漏らして、おずおずと箒を拾い直す。

 そんな様子を見ていてなんだかおかしくなり、少し笑みをこぼすと、キリーカは恥ずかしそうにもう片方の手で口元を隠してしまい、ただでさえ見えづらい表情が隠れてしまうが、横髪から少し出ている耳が赤くなっているのが分かった。

「ごめんごめん。それじゃあ、また休憩時間に」

「あ、はい。また…」

 そう言って手をひらひらさせながら店の中に入っていくと、先程まで口元を隠していた手でひらひらと返してくれる。キリーカの口元は緩んでいた。

 そして昼の仕事が終わり、休憩時間になると、部屋の奥から、ヘアピンで前髪を留めて、目元が見えるようにしたキリーカが、おぼんに乗せたお茶を持ってきてくれた。

 丸く少し垂れたつぶらな瞳が、初めてしっかりと見え、思った通り可愛いね、と思わず言ってしまう。
 すると、顔を真っ赤にして声にならない声を出したかと思えば、お茶を手早くテーブルに置いたかとおもえば、おぼんを抱えたまま、すぐに部屋の奥へと引っ込んでしまう。
 結果として、その日は帰るまで会う事はなかった。

 それからというもの、前髪をあげた状態では会話ができなくなってしまい、キリーカがその状態で会話するのに慣れるまで、二週間はかかったのであった。






 それから、いつものように昼と夜に働く日々が続いた。
 週に二度は休みを貰っていたが、休みの日はルリアの家の庭や、馬小屋の掃除をして過ごしていた。
 住まわせてもらっている家賃代わりにと、自分から提案したものだ。
 そのおかげもあって、少しばかりペリも心を許してくれたのか、撫でさせてくれるくらいにはなった。

 空いた時間で、図書館に通いこの世界や、街の歴史について学んだり、スキルの本を眺めて過ごす事が多かったが、時折ギルドに顔を出し、暇そうにしているルリアと談笑することもあった。

 しかし、他の受付嬢からの眼差しが厳しくなってきたため、三回目にして早くもこの談笑会は閉会となった。
 流石の特別待遇も許されなかったという訳だ。ちなみにルリアは一時間ほど説教されたらしい。

 また、エリスさんやルリアからお遣いを頼まれる事もあり、市場でいつものドワーフのおじさんから新鮮な野菜を売ってもらう事も多かった。
 最近はわりと打ち解けてきて、会話もほんの僅かながら増えてきて、この前なんかは名前をフルネームで教えてもらった。
 名前は、『ジグル=オキトー』というらしい。
 それ以外の情報は、まだ謎に包まれているが、いずれまた世間話のついでに教えてもらえるだろう。

 なんやかんやあって、一ヶ月と少し過ぎた頃、ようやく、ある一定分の銀貨を貯める事ができた。
 そう、スキルチェックを依頼する為の費用である。

 本来、もう少し早く貯まる予定だったのだが、ついつい市場での買い食いなどが祟り、思ったより時間がかかあってしまった。

 ちなみに、図書館で学んだことだが、この世界にも暦があり、一月から一二月まで存在し、転生前の世界同様に、一年三六五日制のようだった。

 また、雨季は無いものの、四季が存在し、今はちょうど七月のあたまで、俺が転生してきたときよりも、少しばかり暑さが増してきていた。

 そんな、ある日の出来事である。

「ねー、そろそろスキルチェックしないのー?」

 食卓の椅子に座り、足をぷらぷらとさせながら、グラスに注いだ冷たい水を飲んでいたルリアが、夕飯で使用した食器を洗っている俺に、唐突に質問を飛ばしてくる。

「なんだ、急に。」
 俺は食器を洗いながら、振り向くこと無く返事をかえす。
 ちなみにだが、この世界でも都心部に至っては、上水道が完備されている。
 その為、井戸から水を組み上げる必要はなく、日本同様蛇口を捻ればキレイな水が出るのだ。
 ただ、仕組みは根本から異なり、魔法的な何かだったので、いまいち理解はできなかったが…。

「だってさぁ、貯まったんでしょぉ? 必要な費用は。だから、なんでまだやんないのかなーって思っただけだよ」

「あー、まぁ貯まりはしたんだけどさ。それで使っちまったらまた無一文生活に逆戻りじゃねぇか。そろそろ世話になってる分、食費だとか家賃的なものをちゃんとだそうかと思っててな」

 実は今のところ、未だにタダで居候させてもらっており、食費もほとんどをルリアの世話になってしまっている状況なのだ。

 完全に状態である。

「だから、まとまったお金を使うのは、今月の末くらいまで待とうかなって思ってるんだよ。」

 見た目は若造でも、中身はれっきとしたおっさんである。
 流石にこの寄生状態はなんとかしたいと常日頃から考えていたのだ。
 その結論として、銀貨五枚を支払ってもあまりが出るくらいには稼いでから使うことにしたのだ。

「別にいいのにぃ。ボク、稼いでるから気にしないよ?」

「俺が気にするんだよ」

「マジメだなぁ」

「真面目なんだよ」

 食器を洗い終えた俺は、かけてあるタオルで手の水気を取り、ルリアの対面に座る。

「それに、いつまでもここに居候させてもらい続ける訳にもいかねぇだろ」

「ふーん…」

「…なんだよ」

「べっつにー」


 ルリアは視線を反らしたまま、椅子から立ち上がり、空になったグラスを流し台に置くと、そのままベッドの方へと行ってしまった。

 変なやつ、と思いながら後ろ手にあたまを掻いて、俺も自身の寝床に横になることにした。

 しかしこの後、あんな事になるとは、今の俺は知る由もなかった。

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