お布団から始まる異世界転生 ~寝ればたちまちスキルアップ、しかも回復機能付き!?~

雨杜屋敷

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1章 異世界起床編

第1話 おはよう異世界

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「プレゼント……かぁ。俺は連休がいいなぁ……」

 ショーケースのきらびやかな包装紙ほうそうしで包まれた箱をながめながら、ぽつりと呟く。
 そのぼやきは、喧騒けんそうとありきたりなクリスマスソングに溶けて消えていった。

 外し忘れていた社員証の『倉井礼二くらいれいじ』という名前が、窓ガラスに反射して映る。
 それを乱暴に外してカバンに押し込んだ。

 雪がしんしんと降りそそぐ中、肩を寄せ合うリアじゅうだらけの明るく照らされた夜道を肩身狭く歩きはじめる。

 どこか無気力で、代わり映えの無い毎日に飽き飽きしつつも普通の人生を望む、けれども普通以下の人生を送っていると感じているなんともありふれた人間だ。

「昔は違ったんだけどなぁ……」

 思い返せば小学生の頃が一番明るかったと思うし、友達も男女別け隔てなく多かった。
 よく仲の良い友達と放課後に草野球をしたり、下手くそながらに昼休憩にはドッジボールなんかをしてたっけ。
 今では世間一般でいうところの、所謂《いわゆる》オタクという分類に入っているが……。

 仕事のせいでだいぶ趣味に割く時間は減ってきてしまってはいるが、大人になった今でも『マンガ』は好きだし、『アニメ』も気になるものは配信サイトで常にチェックしていたりする。

 そんな趣味がこうじて何度かの転職を経て、今はサブカルチャー系の業界に所属しているが、中間管理職ちゅうかんかんりしょくとかいう名の奴隷職どれいしょくによって忙殺ぼうさつされている。

 ちなみに今は独り身なのだが、それには言い訳じみた理由があった。
 二十代半ばの頃に、長年付き合っていた彼女の浮気が発覚しそのまま破局はきょくし、それ以来彼女を作る事はもちろんのこと、人と深く関わる事自体も避けるようになってしまった。

 誰かと深く繋がった結果、それが失われるのが怖くなったのである。
 結果としてモテることも運命的な出会いとやらが訪れる事もなく、今は十二月の末。
 世間はやれサンタだのクリスマスだのと色めきたっているが、俺にとってはようやく連勤から開放された久々の全休日であった。

 思わずため息がこぼれるが、それすらも白い塊となって空へと消えていく。

 「今年は、特別忙しかったなぁ……」

 振り返ってみれば、激動の一年間であった。

 急な人事異動で直属ちょくぞくの上司が別地方に飛ばされたかと思えば、その仕事がそのまま自分に降り掛かってきて、毎日残業カーニバル。

 リオの踊り子もお飾りを投げ捨てて逃げ出すレベルだ。
 更に言えば、残業代など期待してはいけない。

 その上新人の面倒まで見る羽目になるとは…。
 迂闊うかつに『人員が足りなくて仕事が間に合いません』などというべきではなかったというわけだ、反省。

 せっかくの休みにもスタッフ欠員で呼び出されたり、自宅に持ち帰った仕事とにらめっこの日々。

 いつ数字のゲシュタルト崩壊を起こすかと、五百ミリリットルのカフェイン飲料をがぶ飲みしながら戦々恐々《せんせんきょうきょう》としていたが、なんとか俺は、この一年間をこなしてみせたというわけだ。

「えらいぞー自分、えらいえらい」

 ふとショーウィンドウに反射する自分を見て、ボソボソと呟く。
 誰もめてくれないので自分で自分を褒《ほ》めてやるのだ。
 はは、泣けてくる。

 途中、晩飯を買う為コンビニに立ち寄ると、腕を組んだカップル達がうじゃうじゃと群れていた。

 通行の邪魔だぞと、心の中で悪態をつきながらも、銀色の缶と弁当を手に取り足早に会計を済ませ、ビニール片手に帰路を急いだ。

「はいただいまー」

 誰もいない玄関で、暗いリビングに向かって声をかける。
 もちろん返事が返ってくるはずもないのだが、なんとなく言ってしまう。
 というか返ってきたら超怖いのでやめてほしい。

 こんな時、お手伝いロボだとかメイドロボみたいなのがいればいいんだけどな等とくだらない妄想をしながら、手に持っていた仕事カバンとコンビニのビニール袋をぐしゃりと床に放る。

 コツンという、アルミ缶が床とぶつかる音が響いた。
 下の階のことを一瞬考えるが、すぐに気にしない事にした。

 部屋着のジャージに着替えると、買ってきた弁当と、を流し込む。

 本当は普通のビールが飲みたいが、半年前の定期検診で、肝臓《かんぞう》判定Dなる名誉ある称号を、しかめ面をしたかかりつけの医者から丁重《ていちょう》に頂いたばかりである。
 なんとも世知辛いが、致し方ないのだ。

 食べて飲んだ後は、寝る前の歯磨きタイム。
 面倒だが虫歯になるのも嫌なので、ふらふらと立ち上がり洗面台へと向かう。
 若い頃に一度、親知らずが虫歯になったことがあるが思い出したくも無い。

 壁に体重をかけもたれながら、シュコシュコと歯を磨いた。
 口をゆすいだついでに顔を水で洗う。
 ふと鏡に映る自分を見れば、随分とやつれた生気の無いおっさんと目が合った。

「疲れた顔してんなぁ……」

 まるで目元メイクでもほどこしたかのような茶黒いクマを見て、自分のことながら思わす引いてしまう。
 指先でクイクイと、なにか溜まったモノを流すような動作をしてみるが、クマの濃さは変わらない。
 それもそうかと勝手に納得し、タオルで顔を拭き、寝室へと向かった。

 あとは寝るだけなのだが、明日はせっかくの休みである。

 もう少しだけ夜更かしをして、最近昼休憩の間に読み始めた『異世界モノ』の電子書籍を寝ころびながら読もうと部屋の灯りを消し布団にくるまると、なんともいえないフワリとした幸福感に包まれる。

「俺を幸せな気持ちにさせてくれるのはお前だけだよ…」

 思わず掛け布団を恋人にするかのごとく抱きしめる。
 世の中は生身なまみの人間同士抱き合っているというのに、虚しいものだ。

 少し悲しくなりながらも、俺は枕元に置いていたスマホを手に持つ。

 しかし、途端にズンッと身体が布団に沈みこむ感覚を覚え、急激にまぶたが重くなるのを感じる。

 どうやら自分が思っているより、体にガタがきているようだ。
 スマホの液晶を消し適当に放ると、俺は愛用の抱きまくらを捕まえて、そのまま目を閉じた。

 正月くらいは休みが取りたいがきっと無理だろうなとか、そういや今って性のなんとやらとかいう時間だっけかとか、そんなことをボンヤリと考えているうちに、どんどんと意識が遠のいていく。

 この時俺は知るよしもなかったが、なんとぽっくり享年きょうねん三十六才。
 布団にくるまったまま、俺は過労によりこの世を去ることになる。
 なんとも、あっけない幕切れであった。

 よりによって、新たな生命が多数宿る日にというのも、皮肉が効いている。
 しかし、俺の人生はまだ続くようだった。





「……ぃ……ぃてんのかい? おいあんた、そんなところで寝ないでくれるかい? 仕事の邪魔だよ!」

 聞き覚えの無い声が急に聞こえてきた事に驚き目をあけると、ドラマや映画で見るようなお手伝いさんのような、割烹着とメイド服を足して二で割ったような格好をしている見知らぬおばちゃんと目が合う。

 思わず身体が反射的にビクリと震え、掛け布団で顔を少し隠す。

 おばちゃんは、怒っているような困っているような複雑な顔をして、俺の寝顔を覗き込んでいた。

 掛け布団から顔を少し出して、開きたての薄ら眼で辺りを見回すと、何故か外の……しかもなかなかの大通りの道端で俺は布団にくるまり寝ていたようだ。

 愛用の抱きまくらをギュウと抱きしめながら、少しずつおばちゃんの表情や、辺りの様子を確認する。

「ふぁ……あ? へ? ここどこぉ……?」

 俺の気の抜けた間抜け声は、大通りを行き交う人々の雑踏《ざっとう》によって、かき消された。

 俺の異世界での物語は、お布団の中から始まる。
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