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23.共存
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アリシャ・フィーリアとセンティード公爵家嫡男、ノア・センティードは婚約を交わした。彼は少し気弱なところがあるが、逆に気の強い令嬢との相性はいいだろう。そして力の弱い者に寄り添うことができる心優しい男でもあった。
前にパーティー襲撃された際、彼は必死で令嬢を守ろうとしたが彼は公爵家の嫡男。万が一のことがあってはならぬといち早くセンティード家の騎士たちから避難させられたそうだ。後日令嬢への謝罪の手紙がうんざりするほど送られてきたのだと、令嬢が小さく愚痴を零していた。だがそれも、令嬢を想えばこその行動だ。そう無下にするなと苦笑したのを覚えている。
結婚は令嬢が学園を卒業した後。彼のほうが若干年上なため待たされるのは嫌がるかと思いきや、すんなり頷いてくれたそうだ。
二人の婚約で一番荒れ狂ったのは案の定、ロイドだった。例の襲撃されたパーティーで令嬢をエスコートした時点でなんとなく察していたようだが、実際言葉で聞いて文字で読んだ日には、それはもう荒れる荒れる。酒を飲める年齢ではなかったが年上の騎士たちに連れられ居酒屋で浴びるほど飲み、令嬢のどこが素晴らしいか散々聞かされ、そして最後に泣き崩れて意識を手放した。それの面倒を見る羽目になったのは歳が近いという理由だけで選ばれた俺だ。
でろんでろんの酔っ払いを宿舎まで運びベッドに転がし、一度目を覚ましたものだから水を飲ませればまた永遠と令嬢の話を聞かされた。俺は酒を飲むことを控えたというのに好き放題に飲んで酔っ払ったロイドが若干羨ましくなり、あと面倒になり。手刀を喰らわせて強制的に眠りにつかせた。
だが令嬢が新たに婚約したからといって、俺の学園生活に変わりはなかった。友人たちに囲まれしっかりと学び、休日にはフィーリア家の鍛錬所に顔を出す。変わったのは、卒業した後だ。
「クラウス・シルト。専属護衛騎士に任命する」
俺は令嬢から騎士の証として剣を賜った。結局街にある鍛冶屋で作ってもらうことはなかったな、と苦笑したが賜った剣は一流品で驚くほど手に馴染む。それを見て満足していたのは令嬢だった。
卒業後、跡を継がず騎士になると両親に告げた時二人はそれはもう喜んだ。そのほうがいいと、そっちのほうがしっくりくるとなぜか俺よりも納得していたのだ。二人が納得してしまうほど俺はわかりやすかったのかと苦笑したぐらいだが、俺が望んだ『普通』はどうやらその道だったようでこれはある意味諦めだ。結局俺は剣を手放せないでいた、それだけのことだ。
俺と同時にロイドも拝命され、俺たちは正真正銘同期となったのだが。ロイドは相変わらず俺にライバル心を抱いている。事ある度に色々と勝負を挑まれ、その度に勝ってしまうものだから当分の間ロイドからの挑戦状はなくならないだろう。
やがて令嬢は式を挙げた。周囲には盛大に祝われ、名実共に夫婦となった二人の姿は祝福と幸福で満ち溢れている。隣では色んな意味のある涙を流している同僚がいたが気にはしない。折角の祝いの場だ、素直に祝うのが俺たち騎士のやるべきことだろう。
花びらを一身に浴びているその表情は元王子の婚約者だった時とは違い、幸せで溢れている純粋な笑みだった。
***
「学生だったことが、遠い昔のようね」
「間違いなく遠い昔のことですが」
「もう。ここは流れに沿って『そうですね』でよかったのよ?」
とある屋敷の美しい中庭。子どもたちは元気に駆け回り、婦人は椅子に座ってそれを見守っていた。
「貴方と出会ってから随分と時が流れた気がするの」
「そうですね」
「フフッ、そこはちゃんとそう返すのね?」
「貴女がそう言えと言ったので」
「もう」
楽しそうに声を出して笑う彼女は随分と穏やかになった。それもそうだろう、一線から退き今はこうして緩やかに流れる時の中をゆっくりと過ごしているのだから。
「貴方が賊を一掃したのはつい最近のことのように思うわ」
「それはかなり前です」
数十年前、彼女はよくその身を狙われていた。主に彼女を気に食わない貴族の男たちから。ぐんぐんと頭角を現していたセンティード家だったが、それは彼女が妻となってから顕著にあらわれていたため目をつけられたのだ。貴族たちは人知れず邪魔者を葬ろうと企てていたが、それは未遂に終わった。そのための騎士だからだ。
「あらそう? でも、そうね。貴方の言葉使いがようやく年相応になったかしら?」
「それは周囲によく言われます」
「貴方、若年寄だったものね」
遠くで子どもたちのはしゃぐ声が聞こえる。誰かに襲われる心配のないこの場で、自由にあちこち走り回っている様子は随分と可愛らしい。
「ところで、わたくし貴方の元部下から面白い話を聞いたのよ」
「ほう? なんでございましょう」
『団長ってめっちゃ一途な人なんすよ! 俺すっげぇ尊敬します!』
「ってね。どこかの誰かさんもお嫁さんをもらって所帯を持つものばかりと思っていたのに。結局誰かさんは未婚のまま。想いをすっぱり断ち切らせてくれないなんて酷いことすると思わない?」
すぐに口の軽い元部下の顔が脳裏に浮かんだ。アイツは元気があって周りを明るくするいい男なんだが、短所としてその口の軽さが上がる。
「フフッ、お仕置きはしてあげないで。彼飲んだあとで少しはしゃいでいたみたい」
「酒の嗜み方を教えてやらねばならんようです」
「まぁ怖い怖い――でもわたくし、思うのよ」
日傘でできた陰の中で、子どもたちを見守る彼女の眼差しは穏やかで優しい。視線をそのままに彼女は言葉を続けた。
「あの時、貴方がわたくしの気持ちに応えてくれてたらどうなっていたのかしら、って」
心地の良い風が吹き、その美しい髪がふわりと舞う。それを視界の端に捉えつつも俺もまた、子どもたちに視線を向けたままだった。
「『もしも』の話をしたところでどうにもならないでしょう。そうであったら、今この場にあの子たちはいなかった」
「……そうね」
三人の子たちがこちらの視線に気付いて楽しげに大きく手を振ってきた。元気な子どもたちだ、そう微笑ましい感情しか湧いてこない。一方彼女も笑顔で子どもたちに手を振り返している。
「あの人も亡くなって、センティード家も息子が受け継いで随分と経った。とても充実した日々をあの人のおかげで過ごすことができたわ――けれど、心のどこかでどうしても望んでしまうの」
彼女の顔がこちらに向く。歳を取り目尻には皺もできた。張りのあった肌も年相応になり、けれど内側から滲み出る美しさは相変わらず失われてはいない。
「女神ルキナに会うことになったら願うつもりなの。今度は身分も関係ない、ただの娘として生まれたい。そして」
月日が経てば変わるものもある。けれど、変わらないものもある。彼女の笑みは、後者だった。
「ただの男として生まれた貴方に出会うのよ、クラウス」
「俺の話を信じていたのか?」
「まぁ。わたくしが大切な騎士の話を信じないとでも思っていたの? 失礼しちゃう」
「これは失敬」
「ジィジ!」
遠くのほうから子どもたちの声が聞こえた。三人が楽しげにこちらに駆け寄ってくるではないか。
「ジィジ遊ぼ!」
「こっちに来て!」
「ジジィ呼ばわりも普通になってしまったな」
そっと息を吐き出しそう言ってはみたが、俺はあの子たちの伯父ではない。だが生まれた頃からずっと傍にいたせいかあの子たちは何度言い聞かせてもその呼び名を変えず、またあの子たちの両親やまたその上の両親も訂正しようとはしなかった。
「ほら、あの子たちの相手をしてあげて。クラウス」
「やれやれ」
念のためにと腰に下げていた剣を取り、自然に手を差し出していた彼女の手に乗せる。
前に彼女から小言を言われたことがある。俺は彼女の護衛騎士として在籍していたが、俺の腕を見込んでセンティード家の騎士、はたまた王家の者や他の貴族から俺を貸してもらいたいという声が多かったそうだ。中には「宝の持ち腐れ」と言い放った者もいたそうだ。
「彼はわたくしの、護衛騎士です」
その度に彼女はそう言って周りの言葉を蹴散らしたらしい。ちなみにそんな話は当時の俺の耳には入ってきていなかった。どこかで口止めされていたらしく、顔を合わせる度に小言を言うのはそのせいか。と、その理由を知ったのは彼女が一線から退いたあとだった。
「ジィジ早く!」
「腕ムンッてして!」
「ああそう年寄りを急かすでない」
子どもたちに手を引かれ、ご所望通りに子どもたちを腕にぶら下げぐるぐると回ってやる。もっと小さい頃からこうした遊びをやってきたおかげか、これだけ回しても腕からぶら下がる腕力がしっかり付いている。
この子たちが将来どういう道を歩むのかはわからないが、体力はないよりあったほうがいいだろう。前当主からもそういった遊びをさせてあげてほしいと承っているため、こちらも遊びに手を抜かない。
一番上は女子、そして二番目三番目は男子だ。上の子はすでに令嬢としての作法を学んでいる最中。男子たちがどうなるかはわからないが、剣を学びたいと言うのであれば教えてあげるのもいいだろう。
ある程度子どもたちを遊ばせてやると、動き回って喉が渇いたらしい。水分補給のために椅子に座っている彼女の元へ一斉に駆け出す――預けていた剣を、愛おしそうに撫でている彼女の元へ。
「お祖母様、その剣が好きなの?」
「ジィジの剣すっごくキレイだよね! ボクも好きだよ!」
「あっ、こら危ないから触っちゃだめ!」
子どもたちにそう一斉に話しかけられ、自分の行動を見られていたことに気付いた彼女とパチンと目が合い、そして。
彼女は少しだけ頬を膨らませ視線を外した。その反応はもうずっと変わらないもので、俺もつい笑みをこぼしてしまった。
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「クラウス・シルト。専属護衛騎士に任命する」
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俺と同時にロイドも拝命され、俺たちは正真正銘同期となったのだが。ロイドは相変わらず俺にライバル心を抱いている。事ある度に色々と勝負を挑まれ、その度に勝ってしまうものだから当分の間ロイドからの挑戦状はなくならないだろう。
やがて令嬢は式を挙げた。周囲には盛大に祝われ、名実共に夫婦となった二人の姿は祝福と幸福で満ち溢れている。隣では色んな意味のある涙を流している同僚がいたが気にはしない。折角の祝いの場だ、素直に祝うのが俺たち騎士のやるべきことだろう。
花びらを一身に浴びているその表情は元王子の婚約者だった時とは違い、幸せで溢れている純粋な笑みだった。
***
「学生だったことが、遠い昔のようね」
「間違いなく遠い昔のことですが」
「もう。ここは流れに沿って『そうですね』でよかったのよ?」
とある屋敷の美しい中庭。子どもたちは元気に駆け回り、婦人は椅子に座ってそれを見守っていた。
「貴方と出会ってから随分と時が流れた気がするの」
「そうですね」
「フフッ、そこはちゃんとそう返すのね?」
「貴女がそう言えと言ったので」
「もう」
楽しそうに声を出して笑う彼女は随分と穏やかになった。それもそうだろう、一線から退き今はこうして緩やかに流れる時の中をゆっくりと過ごしているのだから。
「貴方が賊を一掃したのはつい最近のことのように思うわ」
「それはかなり前です」
数十年前、彼女はよくその身を狙われていた。主に彼女を気に食わない貴族の男たちから。ぐんぐんと頭角を現していたセンティード家だったが、それは彼女が妻となってから顕著にあらわれていたため目をつけられたのだ。貴族たちは人知れず邪魔者を葬ろうと企てていたが、それは未遂に終わった。そのための騎士だからだ。
「あらそう? でも、そうね。貴方の言葉使いがようやく年相応になったかしら?」
「それは周囲によく言われます」
「貴方、若年寄だったものね」
遠くで子どもたちのはしゃぐ声が聞こえる。誰かに襲われる心配のないこの場で、自由にあちこち走り回っている様子は随分と可愛らしい。
「ところで、わたくし貴方の元部下から面白い話を聞いたのよ」
「ほう? なんでございましょう」
『団長ってめっちゃ一途な人なんすよ! 俺すっげぇ尊敬します!』
「ってね。どこかの誰かさんもお嫁さんをもらって所帯を持つものばかりと思っていたのに。結局誰かさんは未婚のまま。想いをすっぱり断ち切らせてくれないなんて酷いことすると思わない?」
すぐに口の軽い元部下の顔が脳裏に浮かんだ。アイツは元気があって周りを明るくするいい男なんだが、短所としてその口の軽さが上がる。
「フフッ、お仕置きはしてあげないで。彼飲んだあとで少しはしゃいでいたみたい」
「酒の嗜み方を教えてやらねばならんようです」
「まぁ怖い怖い――でもわたくし、思うのよ」
日傘でできた陰の中で、子どもたちを見守る彼女の眼差しは穏やかで優しい。視線をそのままに彼女は言葉を続けた。
「あの時、貴方がわたくしの気持ちに応えてくれてたらどうなっていたのかしら、って」
心地の良い風が吹き、その美しい髪がふわりと舞う。それを視界の端に捉えつつも俺もまた、子どもたちに視線を向けたままだった。
「『もしも』の話をしたところでどうにもならないでしょう。そうであったら、今この場にあの子たちはいなかった」
「……そうね」
三人の子たちがこちらの視線に気付いて楽しげに大きく手を振ってきた。元気な子どもたちだ、そう微笑ましい感情しか湧いてこない。一方彼女も笑顔で子どもたちに手を振り返している。
「あの人も亡くなって、センティード家も息子が受け継いで随分と経った。とても充実した日々をあの人のおかげで過ごすことができたわ――けれど、心のどこかでどうしても望んでしまうの」
彼女の顔がこちらに向く。歳を取り目尻には皺もできた。張りのあった肌も年相応になり、けれど内側から滲み出る美しさは相変わらず失われてはいない。
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「ただの男として生まれた貴方に出会うのよ、クラウス」
「俺の話を信じていたのか?」
「まぁ。わたくしが大切な騎士の話を信じないとでも思っていたの? 失礼しちゃう」
「これは失敬」
「ジィジ!」
遠くのほうから子どもたちの声が聞こえた。三人が楽しげにこちらに駆け寄ってくるではないか。
「ジィジ遊ぼ!」
「こっちに来て!」
「ジジィ呼ばわりも普通になってしまったな」
そっと息を吐き出しそう言ってはみたが、俺はあの子たちの伯父ではない。だが生まれた頃からずっと傍にいたせいかあの子たちは何度言い聞かせてもその呼び名を変えず、またあの子たちの両親やまたその上の両親も訂正しようとはしなかった。
「ほら、あの子たちの相手をしてあげて。クラウス」
「やれやれ」
念のためにと腰に下げていた剣を取り、自然に手を差し出していた彼女の手に乗せる。
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「彼はわたくしの、護衛騎士です」
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「ジィジ早く!」
「腕ムンッてして!」
「ああそう年寄りを急かすでない」
子どもたちに手を引かれ、ご所望通りに子どもたちを腕にぶら下げぐるぐると回ってやる。もっと小さい頃からこうした遊びをやってきたおかげか、これだけ回しても腕からぶら下がる腕力がしっかり付いている。
この子たちが将来どういう道を歩むのかはわからないが、体力はないよりあったほうがいいだろう。前当主からもそういった遊びをさせてあげてほしいと承っているため、こちらも遊びに手を抜かない。
一番上は女子、そして二番目三番目は男子だ。上の子はすでに令嬢としての作法を学んでいる最中。男子たちがどうなるかはわからないが、剣を学びたいと言うのであれば教えてあげるのもいいだろう。
ある程度子どもたちを遊ばせてやると、動き回って喉が渇いたらしい。水分補給のために椅子に座っている彼女の元へ一斉に駆け出す――預けていた剣を、愛おしそうに撫でている彼女の元へ。
「お祖母様、その剣が好きなの?」
「ジィジの剣すっごくキレイだよね! ボクも好きだよ!」
「あっ、こら危ないから触っちゃだめ!」
子どもたちにそう一斉に話しかけられ、自分の行動を見られていたことに気付いた彼女とパチンと目が合い、そして。
彼女は少しだけ頬を膨らませ視線を外した。その反応はもうずっと変わらないもので、俺もつい笑みをこぼしてしまった。
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