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数多な証言
侯爵令息その②
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「ちょっといいかしら」
「うわぁっ⁈ いつからいたんですか⁈ 姉上!」
机に向かい筆を走らせているときにいきなり背後から声が聞こえたら誰だって驚く。いや、確かにノックの音が聞こえたような気がしたが……返事をしたかどうか自分でもわからない。
それでも構わず入ってくるのはこの家では姉上ぐらいだろう。
「エステラ、貴方私に言うことがあるのではなくて?」
「え……な、なんですか……」
「いつになったら貴方の『ご友人』に私を紹介してくれるのかしら?」
僕とそっくりな美しい顔が小首を傾げながら美しく微笑む。令息などこの笑みを見たらそれは惚けてしまうだろうが、僕はほぼ毎日見ている顔だし自分とそっくりのため見慣れていて何とも思わない。
「いや……紹介する必要あります?」
「あら、弟の『ご友人』と仲良くなることの何が駄目なのかしら?」
「その理由を姉上だってよく知っているでしょ……」
姉上の言うその『友人』には恐ろしく鋭い目を持っている人物が常に傍にいるのだから。僕だって友人になったというのに未だに「二人きりで会うな」と釘を差されている。
だから彼に会うときは常に使用人がその場にいるというのに。それでもその難攻不落に挑みたいと言うのだろうか、この姉は。
「あの王子が王族らしく嫉妬深いということは知っているわ。それならば貴方が『ご友人』を我が家に招待すればいいでしょう?」
「そんなのもれなく王子もついてくるに決まってますよ……もしくは監視役が常に見張っているか」
「別に監視されてもやましいことなど何一つないのだから構わないわ」
「父上と母上が構うでしょ……二人の胃に穴を開けさせるつもりですか」
「そんな軟な胃ではないでしょう?」
それはそうですけど。でも姉上はどうしてこうも彼に会いたがるのか。確かに今のところ我が家の跡継ぎは姉上で、そして絶賛婿を探し中ではあるけれど。
だからといって彼を婿にだなんて絶対無理は話だ。ということは思いつく可能性はただ一つ……姉上の「趣味」に関してか。
「……いやいや、いやいや王子にもしバレたらどうなるか……」
「あらあら、そんなに狭量な男なの? 王子は」
「姉上……命が惜しくないのですか」
「ふふふ、貴方はまだまだ甘いわねぇ」
そう言って手を頬に当ててコロコロと笑う姉上の顔は美しい。これでまだ婚約者が見つからないだなんて驚きしかないだろう。
まぁそれも、姉上が優秀なのとあとは……姉上の「趣味」の理解を相手ができないことが原因なのだけど。
「ごめんアシエ」
僕は真っ先に頭を下げた。今日はいつもの部屋ではない。楽しくお喋りできるようにと配慮してくれたのか、ガゼボでテーブルを挟んで向き合っていた。
「いやいや、いつも教えてもらってばっかだしたまにのんびりお茶もいいだろ」
そう言ってにこにこしてくれるのは大変ありがたい。ありがたいけれど、それでも僕は肩を縮こませた。
「初めまして、アシエ様。エステラの姉、ディアナ・ウィルゴーと申します。お会いできて光栄です」
そう、姉上がついてきてしまった。無理やり。何度も屋敷に留めさせようとしたのにいつの間にか僕が乗っている馬車の後ろから馬で追いかけてきていた。怖い。僕が案内されるときにしれっと真後ろに立っていた。怖い。「今日はお二人なのですね」とメイドが気を利かせてくれたけれど、あとで僕がどんな目に合うのか。怖い。
「初めまして。アシエと言います」
姉上に次に自己紹介したアシエは、ふと僕と姉上の顔を交互に見て、そして二カッと笑った。
「姉弟だってよくわかる。二人とも綺麗だな!」
そんなことしれっと言うんじゃないよ。このやり取りはメイドもしくは執事から王子に伝えられるのだから! あの嫉妬深い王子にだぞ⁈ 下手したら僕が出禁になってしまう!
「今日は押しかけてしまう形になってしまって申し訳ありません。中々弟が私を紹介してくれないものですから……ですが弟には非はないのです。何卒ご了承してくださいませ」
な~にをよくもまぁいけしゃあしゃあとそんな言葉をツラツラと。僕がこのあとどんな目に合うのか姉上はわかっていないんだ!
あまりにも理不尽だ! 姉上も道連れにしてやる!
「いえいえ、俺は別に構わないんです。ウェルスにもそう言っておきます」
「お優しいお方ですね。感謝します」
そのウェルス王子がおっかないんだろうが。まぁ、でもアシエがフォローしてくれたら酷い目に合うこともない、か?
「こんな綺麗なお姉さんがいたら自慢したくなるようなもんだけど、エステラはあんまりお姉さんのこと言わなかったな?」
「美しい顔なんて僕一人で十分だろ。それに、怖いんだよ女性を君に紹介するのは。怖いんだよ! わかるだろ⁈」
「そんなに心狭いかなぁ、ウェルス」
「君に関してはめちゃくちゃ狭いぞ⁈」
「ふふ、エステラ。恐怖のあまりに口がツルツル滑っていてよ」
「はっ……!」
急いで控えているメイドに視線を向ける。彼女は目を伏せて口角を上げているだけだったけれど、それが怖い。どうかウェルスのほうではなくアシエの味方であってほしい。怖い。
「んまぁ、さっきのは聞かなかったってことで」
僕の涙目に気付いたのか、アシエが笑顔でメイドにそう告げると「承知いたしました」との言葉が帰ってきた。よかった、僕の命は救われた。こうして僕は一体何度アシエに命を救われているのだろう。
「ま! 今日は楽しくお喋りしようぜ! エステラが来てくれたおかげで気分転換できそうだし!」
「君がそう言ってくれるなら、まぁ……よかったかな」
「ふふ、いいご友人ね、エステラ」
「姉上のせいでもあるんですからね」
「まぁ、そうね」
コロコロ笑う姉上についジト目で見てしまう。そんな僕たちを様子を見ていたアシエはあっけらかんと「仲良いな!」と言うものだから。もう。
でもここのところアシエは座学に励んだりマナーを学んだり、そうして王族の一員として役目を果たそうと頑張っている。流石に疲れもあるだろう。
けれどその傍らで工房にも足を運んでいるとか。頭パンクしてフラフラの状態で行って、そしてツヤツヤ顔で戻って来るとかなんとか。君の体力は一体どうなっている。
しかし苦手分野よりも自分の得意分野のほうが心が軽くなるのだろう。周りもそれをわかっているのか心配ではあるけれど、今のところ止める様子はない。
「どこか気骨のある殿方がいらっしゃらないでしょうか」
「う~ん、俺もそういうのには疎くて……ウェルスなら知っていると思うけど」
とかなんとか思っていたらいつの間にか二人とも会話で盛り上がっていた。姉上は自分が跡継ぎということ、そして婿を探しているとあけすけにアシエに話している。姉上の年齢的に適齢期を少し越してしまったことに恥じらいを持ちそうなのだけれど。姉上にそんな繊細な心はないか。
「まぁ私自身も今は事業のほうに力を入れておりまして、そちらが楽しくて仕方がないのですけれど」
「事業ですか?」
「ええ」
お互い目の前にあるお菓子をパクパク頬張りながら会話を続けている。なんだ、この二人。意外に馬が合っているのか? 僕のほうが先にアシエと会っているというのに?
なんだか面白くなくて僕もつい競うようにスコーンを口の中に放り込んだ。喉に引っかかって少しむせてしまった。
「最近書物の需要が高まっておりまして、印刷所のほうに投資しております」
「お? 印刷所?」
アシエが反応するなんてめずらしい、とつい僕もアシエのほうに視線を向ける。姉上もアシエの反応に少しだけ首を傾げた。
「俺の友人が今印刷所に勤めているんだ」
「そうなのか?」
「うん、ついこの間聞いたばっか。需要ってもしかして薄い――」
「なぜそれをアシエが知っているんだ⁈」
言葉を遮るようについ大きな声を出してしまった。メイドがわずかに瞠目したのが見えて、一度軽く咳払いをして自分を落ち着かせる。
「で。なんで君は知っているんだ」
「いや学生だった頃に同じクラスの子が喋ってたし」
「あ~っ!」
頭を抱えた。それもそうだ、そういう話は貴族よりも庶民のほうに広まっている。学園に通っていた頃はアシエはまだ庶民だったのだから耳にする機会も多い。失念してた。
「そういうことでしたら話が早い。私も嗜んでおります」
「なるほど~! やっぱり姉弟だな!」
「そんな純粋な目でこっちを見ないでくれ……」
そういう趣味を持っていると本人に認知されていると思うと、流石に恥ずかしいものがある。いや僕も別に隠していたわけではないけれど。寧ろ欲しいと強請っていたほうではあるけれど。
「あとこちらを」
まだ何か言い放つのかと頭を抱えながら恐る恐ると姉上のほうに視線を向ける。一体どこに仕舞っていたんだと思うほど分厚い本を姉上が取り出した。
「姉上、これは?」
「私の執筆本よ」
「えっ⁈ 分厚ッ!!」
そういう本です、と付け加えられた言葉に尚更仰天する。そういうのは多少薄いものだろ姉上の執筆本分厚いな! 何かの教本か!
「あれ……ちょ、ちょっと待ってください、姉上……」
「あれ? この名前見たことある。クラスの子が持ってた本に書いてたような」
「あら、ご存知で? 嬉しいです」
「姉上ぇ⁈」
その執筆者の名前、今界隈で人気を博している人物の名前なんですが⁈ これさっき、自分が書いたと姉上はおっしゃっていたような⁈
「こういうことで、この素晴らしさをもっと広めたいと思いまして」
「は~、なるほど」
納得も感心もするな。確かに僕もこういうものがあると姉上から教えてもらった身だし、この作者が書いた本を数冊読んだこともある。でもまさか作者が同じ屋敷に住んでたなんて誰も思わないだろう。
「でも色々と気を付けたほうがいいですよね。趣味の範囲なら別にいいですけど中には自分の理想と違う! って実際の人物に直接言う人もいればこういうの書いてましたよ不敬罪です! って第三者が騒動を起こすために言い出すかもしれないし。なんなら人の作品を自分が書きましたって言う人も出てくるかもしれない。ちゃんと職人の物だという理解とその利権は守られないと」
「急に長舌になったな悪いものでも食べたのか?」
「なるほど、流石は鍛冶屋の息子ですね」
姉上の言葉にハッとする。そうか、職人が長い年月をかけて作り出した物を他人から奪われしかも自分が作ったと言い、高値で売ろうものならその職人の利権が失われる。
姉上のこの本も今のところ趣味の範囲ではあるが、これが広まるとそういう問題も大きくなってくるかもしれない。趣味の範囲ならばそこまでしっかりとしなくてもいいだろうという考えもなくはないが、アシエは職人だからこそ一層そこが気になるのかもしれない。
「広がることを目標としていましたが、それと同時にマナーも広めるべきですね」
「取りあえず権利は書いた人の物ってことで」
「そうですね。他にも色々と――」
「細かいことは俺もウェルスかもしくはケニスさんに聞いてみます」
それから中々に混み合った話となり、それが終わったのはメイドが時間を知らせてくれたときだった。
「中々実りのある話ができてよかったわ」
「そうですか」
お茶会が終わってからの第一声がそれだ。とてつもなく満足気な表情をしている。これがそのへんの令息ならコロッと騙されるんだろうけれど。
趣味の話だったのにいつの間にか普通に事業の話になったなぁ、と思いつつそういえば姉上は事業として投資しているのだからそうなるかとも納得する。いやでもあれだぞ、あれ、その、薄い本だぞ? 確かに今広がりつつあるが、正直その存在を知らないほうが大半なんだぞ?
「さて、帰ってから執筆しなくては。いい情報も手に入ったことなり」
そっちの執筆なのか、と我が姉に対して若干引いてしまった。いや姉上、アシエが「別に本当のこと書いてるわけじゃなくて創作だからな~」で許されているのであって、実際不敬罪にならんわけでもない。
「な、名前は変えますよね……?」
「当然でしょう? モデルがいるというわけで当人を書いているわけじゃないわ。ただ読む側がどう想像するかはお任せ、というわけで」
「ハハ……ハァ」
「あら読みたくないの?」
「読みたいです原本ください」
「残念ね原本は誰にもあげる気はないの」
「くっ……!」
作者の強み……! というかあんな素晴らしいものをまさか姉上が書いていただなんて未だに現実だと思えない。
原本がもらえないのならば、執筆中をちょっと覗くぐらいは許してくれないか、と姉上の部屋に静かに侵入する方法を頭の中で掻き集めた。
「うわぁっ⁈ いつからいたんですか⁈ 姉上!」
机に向かい筆を走らせているときにいきなり背後から声が聞こえたら誰だって驚く。いや、確かにノックの音が聞こえたような気がしたが……返事をしたかどうか自分でもわからない。
それでも構わず入ってくるのはこの家では姉上ぐらいだろう。
「エステラ、貴方私に言うことがあるのではなくて?」
「え……な、なんですか……」
「いつになったら貴方の『ご友人』に私を紹介してくれるのかしら?」
僕とそっくりな美しい顔が小首を傾げながら美しく微笑む。令息などこの笑みを見たらそれは惚けてしまうだろうが、僕はほぼ毎日見ている顔だし自分とそっくりのため見慣れていて何とも思わない。
「いや……紹介する必要あります?」
「あら、弟の『ご友人』と仲良くなることの何が駄目なのかしら?」
「その理由を姉上だってよく知っているでしょ……」
姉上の言うその『友人』には恐ろしく鋭い目を持っている人物が常に傍にいるのだから。僕だって友人になったというのに未だに「二人きりで会うな」と釘を差されている。
だから彼に会うときは常に使用人がその場にいるというのに。それでもその難攻不落に挑みたいと言うのだろうか、この姉は。
「あの王子が王族らしく嫉妬深いということは知っているわ。それならば貴方が『ご友人』を我が家に招待すればいいでしょう?」
「そんなのもれなく王子もついてくるに決まってますよ……もしくは監視役が常に見張っているか」
「別に監視されてもやましいことなど何一つないのだから構わないわ」
「父上と母上が構うでしょ……二人の胃に穴を開けさせるつもりですか」
「そんな軟な胃ではないでしょう?」
それはそうですけど。でも姉上はどうしてこうも彼に会いたがるのか。確かに今のところ我が家の跡継ぎは姉上で、そして絶賛婿を探し中ではあるけれど。
だからといって彼を婿にだなんて絶対無理は話だ。ということは思いつく可能性はただ一つ……姉上の「趣味」に関してか。
「……いやいや、いやいや王子にもしバレたらどうなるか……」
「あらあら、そんなに狭量な男なの? 王子は」
「姉上……命が惜しくないのですか」
「ふふふ、貴方はまだまだ甘いわねぇ」
そう言って手を頬に当ててコロコロと笑う姉上の顔は美しい。これでまだ婚約者が見つからないだなんて驚きしかないだろう。
まぁそれも、姉上が優秀なのとあとは……姉上の「趣味」の理解を相手ができないことが原因なのだけど。
「ごめんアシエ」
僕は真っ先に頭を下げた。今日はいつもの部屋ではない。楽しくお喋りできるようにと配慮してくれたのか、ガゼボでテーブルを挟んで向き合っていた。
「いやいや、いつも教えてもらってばっかだしたまにのんびりお茶もいいだろ」
そう言ってにこにこしてくれるのは大変ありがたい。ありがたいけれど、それでも僕は肩を縮こませた。
「初めまして、アシエ様。エステラの姉、ディアナ・ウィルゴーと申します。お会いできて光栄です」
そう、姉上がついてきてしまった。無理やり。何度も屋敷に留めさせようとしたのにいつの間にか僕が乗っている馬車の後ろから馬で追いかけてきていた。怖い。僕が案内されるときにしれっと真後ろに立っていた。怖い。「今日はお二人なのですね」とメイドが気を利かせてくれたけれど、あとで僕がどんな目に合うのか。怖い。
「初めまして。アシエと言います」
姉上に次に自己紹介したアシエは、ふと僕と姉上の顔を交互に見て、そして二カッと笑った。
「姉弟だってよくわかる。二人とも綺麗だな!」
そんなことしれっと言うんじゃないよ。このやり取りはメイドもしくは執事から王子に伝えられるのだから! あの嫉妬深い王子にだぞ⁈ 下手したら僕が出禁になってしまう!
「今日は押しかけてしまう形になってしまって申し訳ありません。中々弟が私を紹介してくれないものですから……ですが弟には非はないのです。何卒ご了承してくださいませ」
な~にをよくもまぁいけしゃあしゃあとそんな言葉をツラツラと。僕がこのあとどんな目に合うのか姉上はわかっていないんだ!
あまりにも理不尽だ! 姉上も道連れにしてやる!
「いえいえ、俺は別に構わないんです。ウェルスにもそう言っておきます」
「お優しいお方ですね。感謝します」
そのウェルス王子がおっかないんだろうが。まぁ、でもアシエがフォローしてくれたら酷い目に合うこともない、か?
「こんな綺麗なお姉さんがいたら自慢したくなるようなもんだけど、エステラはあんまりお姉さんのこと言わなかったな?」
「美しい顔なんて僕一人で十分だろ。それに、怖いんだよ女性を君に紹介するのは。怖いんだよ! わかるだろ⁈」
「そんなに心狭いかなぁ、ウェルス」
「君に関してはめちゃくちゃ狭いぞ⁈」
「ふふ、エステラ。恐怖のあまりに口がツルツル滑っていてよ」
「はっ……!」
急いで控えているメイドに視線を向ける。彼女は目を伏せて口角を上げているだけだったけれど、それが怖い。どうかウェルスのほうではなくアシエの味方であってほしい。怖い。
「んまぁ、さっきのは聞かなかったってことで」
僕の涙目に気付いたのか、アシエが笑顔でメイドにそう告げると「承知いたしました」との言葉が帰ってきた。よかった、僕の命は救われた。こうして僕は一体何度アシエに命を救われているのだろう。
「ま! 今日は楽しくお喋りしようぜ! エステラが来てくれたおかげで気分転換できそうだし!」
「君がそう言ってくれるなら、まぁ……よかったかな」
「ふふ、いいご友人ね、エステラ」
「姉上のせいでもあるんですからね」
「まぁ、そうね」
コロコロ笑う姉上についジト目で見てしまう。そんな僕たちを様子を見ていたアシエはあっけらかんと「仲良いな!」と言うものだから。もう。
でもここのところアシエは座学に励んだりマナーを学んだり、そうして王族の一員として役目を果たそうと頑張っている。流石に疲れもあるだろう。
けれどその傍らで工房にも足を運んでいるとか。頭パンクしてフラフラの状態で行って、そしてツヤツヤ顔で戻って来るとかなんとか。君の体力は一体どうなっている。
しかし苦手分野よりも自分の得意分野のほうが心が軽くなるのだろう。周りもそれをわかっているのか心配ではあるけれど、今のところ止める様子はない。
「どこか気骨のある殿方がいらっしゃらないでしょうか」
「う~ん、俺もそういうのには疎くて……ウェルスなら知っていると思うけど」
とかなんとか思っていたらいつの間にか二人とも会話で盛り上がっていた。姉上は自分が跡継ぎということ、そして婿を探しているとあけすけにアシエに話している。姉上の年齢的に適齢期を少し越してしまったことに恥じらいを持ちそうなのだけれど。姉上にそんな繊細な心はないか。
「まぁ私自身も今は事業のほうに力を入れておりまして、そちらが楽しくて仕方がないのですけれど」
「事業ですか?」
「ええ」
お互い目の前にあるお菓子をパクパク頬張りながら会話を続けている。なんだ、この二人。意外に馬が合っているのか? 僕のほうが先にアシエと会っているというのに?
なんだか面白くなくて僕もつい競うようにスコーンを口の中に放り込んだ。喉に引っかかって少しむせてしまった。
「最近書物の需要が高まっておりまして、印刷所のほうに投資しております」
「お? 印刷所?」
アシエが反応するなんてめずらしい、とつい僕もアシエのほうに視線を向ける。姉上もアシエの反応に少しだけ首を傾げた。
「俺の友人が今印刷所に勤めているんだ」
「そうなのか?」
「うん、ついこの間聞いたばっか。需要ってもしかして薄い――」
「なぜそれをアシエが知っているんだ⁈」
言葉を遮るようについ大きな声を出してしまった。メイドがわずかに瞠目したのが見えて、一度軽く咳払いをして自分を落ち着かせる。
「で。なんで君は知っているんだ」
「いや学生だった頃に同じクラスの子が喋ってたし」
「あ~っ!」
頭を抱えた。それもそうだ、そういう話は貴族よりも庶民のほうに広まっている。学園に通っていた頃はアシエはまだ庶民だったのだから耳にする機会も多い。失念してた。
「そういうことでしたら話が早い。私も嗜んでおります」
「なるほど~! やっぱり姉弟だな!」
「そんな純粋な目でこっちを見ないでくれ……」
そういう趣味を持っていると本人に認知されていると思うと、流石に恥ずかしいものがある。いや僕も別に隠していたわけではないけれど。寧ろ欲しいと強請っていたほうではあるけれど。
「あとこちらを」
まだ何か言い放つのかと頭を抱えながら恐る恐ると姉上のほうに視線を向ける。一体どこに仕舞っていたんだと思うほど分厚い本を姉上が取り出した。
「姉上、これは?」
「私の執筆本よ」
「えっ⁈ 分厚ッ!!」
そういう本です、と付け加えられた言葉に尚更仰天する。そういうのは多少薄いものだろ姉上の執筆本分厚いな! 何かの教本か!
「あれ……ちょ、ちょっと待ってください、姉上……」
「あれ? この名前見たことある。クラスの子が持ってた本に書いてたような」
「あら、ご存知で? 嬉しいです」
「姉上ぇ⁈」
その執筆者の名前、今界隈で人気を博している人物の名前なんですが⁈ これさっき、自分が書いたと姉上はおっしゃっていたような⁈
「こういうことで、この素晴らしさをもっと広めたいと思いまして」
「は~、なるほど」
納得も感心もするな。確かに僕もこういうものがあると姉上から教えてもらった身だし、この作者が書いた本を数冊読んだこともある。でもまさか作者が同じ屋敷に住んでたなんて誰も思わないだろう。
「でも色々と気を付けたほうがいいですよね。趣味の範囲なら別にいいですけど中には自分の理想と違う! って実際の人物に直接言う人もいればこういうの書いてましたよ不敬罪です! って第三者が騒動を起こすために言い出すかもしれないし。なんなら人の作品を自分が書きましたって言う人も出てくるかもしれない。ちゃんと職人の物だという理解とその利権は守られないと」
「急に長舌になったな悪いものでも食べたのか?」
「なるほど、流石は鍛冶屋の息子ですね」
姉上の言葉にハッとする。そうか、職人が長い年月をかけて作り出した物を他人から奪われしかも自分が作ったと言い、高値で売ろうものならその職人の利権が失われる。
姉上のこの本も今のところ趣味の範囲ではあるが、これが広まるとそういう問題も大きくなってくるかもしれない。趣味の範囲ならばそこまでしっかりとしなくてもいいだろうという考えもなくはないが、アシエは職人だからこそ一層そこが気になるのかもしれない。
「広がることを目標としていましたが、それと同時にマナーも広めるべきですね」
「取りあえず権利は書いた人の物ってことで」
「そうですね。他にも色々と――」
「細かいことは俺もウェルスかもしくはケニスさんに聞いてみます」
それから中々に混み合った話となり、それが終わったのはメイドが時間を知らせてくれたときだった。
「中々実りのある話ができてよかったわ」
「そうですか」
お茶会が終わってからの第一声がそれだ。とてつもなく満足気な表情をしている。これがそのへんの令息ならコロッと騙されるんだろうけれど。
趣味の話だったのにいつの間にか普通に事業の話になったなぁ、と思いつつそういえば姉上は事業として投資しているのだからそうなるかとも納得する。いやでもあれだぞ、あれ、その、薄い本だぞ? 確かに今広がりつつあるが、正直その存在を知らないほうが大半なんだぞ?
「さて、帰ってから執筆しなくては。いい情報も手に入ったことなり」
そっちの執筆なのか、と我が姉に対して若干引いてしまった。いや姉上、アシエが「別に本当のこと書いてるわけじゃなくて創作だからな~」で許されているのであって、実際不敬罪にならんわけでもない。
「な、名前は変えますよね……?」
「当然でしょう? モデルがいるというわけで当人を書いているわけじゃないわ。ただ読む側がどう想像するかはお任せ、というわけで」
「ハハ……ハァ」
「あら読みたくないの?」
「読みたいです原本ください」
「残念ね原本は誰にもあげる気はないの」
「くっ……!」
作者の強み……! というかあんな素晴らしいものをまさか姉上が書いていただなんて未だに現実だと思えない。
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