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モブの証言「悲壮感卒業」
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実家が近いこともあって、休みの日は家に帰って父親の手伝いをしている。たまに友達も依頼の品と一緒に連れて行ってる。
今回はわりと忙しいようで、父ちゃんと弟子のシュタールさんと一緒に工房のほうでひたすらトンテンカンテンと金槌を打っていた。鍛冶屋ということもあって中はかなり暑い。汗をダラダラ流しつつ、水分補給も忘れない。ジュッ、と鉄が水に浸かる音も聞きつつ一息つこうと顔を上げた。
「ん? 母ちゃーん?」
「さっき買い出しに行ってくるって言っていたぞ」
「え、マジか」
丁度俺が顔を上げた同じタイミングで店の呼び鈴が鳴った。いつもなら母親が店番で立っているんだけど、どうやらタイミング悪く外出中らしい。
「俺が行きましょうか」
「あ、俺行ってきますよシューさん」
シュタールさんもまだ作業の途中だ。一段落ついた俺が行くのがいいだろうとタオルで汗と汚れを拭きつつ急いでカウンターのほうに行く。
「はいはーい! お待たせしましたぁー……ぉん?」
自分でも実にマヌケな声が出たなと思った。でもこれは出ちゃうだろう、と誰に対してかわからない言い訳を心の中で零す。
「こんにちは」
笑顔でそう言ったお客さんをついマジマジと見てしまう。見るからに場違いな風貌、もとい顔のいい人。サラッと流れた黒髪は絶対いい石鹸を使っている。心なしかいい匂いが流れてきたような気がした。
それにしても、俺がこんだけジッと見ていても特に嫌な顔をすることもなく笑顔をキープとか。この人、できる……! じゃなくて。
どう見たって王子だろ、この人。
「……まさか依頼ですか? 王子」
「……えっ?」
「えっ、じゃないですよ。髪染めただけでバレバレですって」
「そ、そうなのか? 俺としてはうまく変装できたと思っていたんだが……」
いやどこをどう見ても髪を染めた王子にしか見えない。そもそも着ている服が庶民の物に見えないどこからどう見ても上質な布だってわかる。佇まいも庶民とは違うし醸し出されるオーラがキラキラしていてまったく王族隠せていない。
というか王子がこの場に来る必要は、正直に言うとまったくない。父親がやっているこの鍛冶屋は庶民向け。日用品の手入れがほぼで、あとは新しく包丁やらナイフやらを買いにくる程度だ。王族や貴族には専用の職人がいると聞いた。だから王子がわざわざ庶民の職人のところに行くなんて、普通なら考えられない。
マジで何をしに来たんだろう、って真剣に考えてしまう。しかもあんまり変わっていない変装で。もしかして一人で来たんだろうかと別の意味でドキドキしつつ王子の後ろに視線を向けてみる。すると俺の視線に気付いたのか、王子が店の外に少しだけ視線をやって「外で待機してる」と一言告げた。
「えーっと……」
「視察、と言えばいいか。庶民の暮らしが気になってお忍びでやってきたんだ」
「ああ、そうなんですね。でも気を付けてくださいね、スリとかもたまにいるんで。護衛の人にちゃんと守られてください」
「わかっている。ところでここは君の実家、でいいのだろうか?」
「そうですね。折角なんでなんか見ていきます? まぁ王子の御用達の職人より劣ると思いますけど」
「そんなことはない。だがお言葉に甘えて見せてもらおうかな」
「どうぞどうぞ」
別に王子に売り込むつもりなんてこれっぽっちもない。庶民の暮らしの視察なら、こういうの使ってますよーみたいな感じで見てもらえばいいかっていう程度だった。
カウンターから出れば店の外にあった影がゆらっと揺れて思わずビクつく。別に王子に何かしようってわけじゃないんだから、過剰反応やめてほしい。いや王子に何かあったら大変だからあの人たちとっては普通の反応だろうけど。俺がとやかく言える立場じゃないってこともわかってるけど。
すると王子が窓の外に向かって軽く手を上げた。もしかして制したのかな、と思いつつ見本で置いている商品の案内をすることにした。
「ほう……庶民向けに作られた包丁か。柄も女性でも握りやすいようにしているんだな」
「そうですね。あとこっちは草刈り用の鎌とか、あとは薪割り用の斧ですね」
「ふむふむ」
マジで庶民の道具なんだけど、これって王子楽しいの? っていう感じではある。でも俺の説明にしっかりと相槌を打って聞いているところを見ると、冷やかしで来たわけじゃなさそうだ。
それにさっき顔をマジマジ見た時も思ったけど、数日前に比べて顔色も随分とよくなったような気がする。目の下のクマもなくなっていてあの悲壮感たっぷりの顔から卒業したみたいだ。
もしかしてこれも視察という名の気分転換なのかな。それなら少しだけそのお手伝いをしよう。なんだか可哀想だったし。
「……これは?」
色々と説明していると、王子の目がとある一点で止まった。他の刃物は一応安全面を考慮してガラスケースに入れていたけど、これは普通に展示されている。
「ペーパーナイフですよ。とは言っても庶民は大体手紙が来ても丁寧に開けずにこう、ガッて開けますけど。でもちょっとおしゃれなやつとか持っておきたいなーって言う人もわりといて。それ用に作ってます」
「柄のところ、見事な装飾だな」
「へっ? あ、え、そう、見えます?」
急にどもってテレテレしまった俺に王子の目が一瞬だけ丸くなる。すんませんいきなり気持ち悪い反応しちゃって。
「えっと、実はその装飾部分、父親にやってみろって言われて俺がやったんですよ」
ということで、さっきの王子の言葉は俺にとっては褒め言葉なもんで。だからついテレテレしてしまったというか。だってまだ修行中の身とはいえ褒められたら誰だって嬉しいだろ。
まぁでも目が肥えている王子が見事だと言ったんだから、もしかして社交辞令があるかもしれないけどそこまで悪い出来じゃないってことだ。という感じでものすっごく前向きな捉え方を俺はした。そうしたほうが嬉しいしやる気も出る。
「そうなのか。これを買ってもいいだろうか?」
「……え⁈」
「売り物ではないのか?」
「い、いや売り物ですけど⁈ でも、えッ⁈」
いやこれは驚くなっていうほうが無理。だってお抱えの職人に頼めばこれ以上の物を作ってもらえるんだから、わざわざ庶民が作ったものを買う必要はこの人にはこれっぽっちもない。
あれか、何か? 庶民の作ったやつを自分のお抱え職人に見せて「これ庶民が作ったやつだよプププ」みたいなことするつもりか? 婚約破棄を言った時この人でなしー! とは思ったけどこれは流石に人でなしどころではなく鬼畜じゃね?
なんて奴だ。あの時頑張れって言った俺の感情返せよとつい王子にバレない程度にキッと睨みつけると、なんか、キラキラとした目が返ってきた。なにその初めてのオモチャ貰った子どもみたいな純粋な目。
「いや、えっと、いいんですか? ちゃんと切れはしますけど、王子が普段使ってる物に比べて粗末な物でしょ」
「だがしっかりとした売り物だろう? それに俺はこれが欲しいと思ったんだ」
「え、あ、そう、っすか……えっと、お買い上げありがとうございます?」
うん、買ってくれるんなら喜んで売っちまおう。王子の気が変わる前にとそそくさとカウンターに戻って袋に入れる。
「これで足りるだろうか」
と言って王子が手元に取り出してきたのは。
「金貨っ!」
そうお目にかかれない硬貨がキラキラと輝きを放っておられるんですか。足りるだろうか? って、そうですね王子が自らお金出したお買い物なんてそうないことでしょうねそうでしょうね。
「……王子、銀貨、あります?」
「銀貨で足りるのか?」
「寧ろ銀貨でも十分おつり出るんです! 金貨だとうちのおつりが足りなくなるんです! 銀貨お願いします!」
「あ、ああ、わかった」
流石に銅貨七枚お願いしますと言えなかった。それでおつりもなくこのペーパーナイフは買えるんだから。でもさっき王子がゴソゴソと取り出そうとしていた立派な袋をチラッと見てみると、キラキラ輝く硬貨しか入っていなかった。色んな意味で泣くぞ、俺は。
「はい、おつりです。落とさないように気を付けて」
「つりはいい。取っておくといい」
「いいや駄目です。視察に来たんでしょ、庶民の感覚もしっかり学んでいってください」
「……わかった。ならいただくとしよう」
「はいどうぞ」
王子がおつり落とさないよう、王子の手の下に自分の手を添えてしっかりとおつりを返す。もしかして王子、銅貨見たのこれが初めてとか言わないよな……? とちょっとドキドキである。
「ありがとう。色々と勉強になった」
商品もしっかりと受け取って、爽やかな笑顔でそう言った王子に「本当にそうか……?」と半信半疑だ。この王子、本当にあんな綺麗で立派な婚約者に婚約破棄叩きつけた奴と同一人物か? と思ってしまうほど妙に爽やかだったもんだから。
ま、いいか。売上に貢献したし。細かいことは気にしないでおこう。そして王子を見送ってさっさと作業に戻ろう、とドアのところまで見送ることにした。王子が外に出ると左右にガタイのいい人が二人立っていて、流石にビビった。いや護衛だってのはわかってるけど。
そんなジロジロと見てこなくても、俺はただの一般人。凡人。普通の人。王子とは同じ学園なだけで特に何かがあるってわけじゃないんだから。
「店の手伝いの途中、邪魔をして悪かったな」
「いえいえ、売上に貢献してくれたのでよかったです」
「そうか」
そう言ってどこか楽しそうに笑ってる王子は傷心からすっかり立ち直っているようだった。ま、王子も元気が出たんならそれでいいだろ。
護衛二人と一緒に店の前から去っていく王子に、ホッと息をついた。嫌な思いはしなかったし買ってってもらったし、あとちょっと褒めてもらえたし。まぁまた来てもらいたいかと言われたら「結構です!」だけど。
「さーって、作業に戻ろ戻ろ」
王子のことは置いといて、父親たちのほうはまだ忙しいからそっちの手伝いにすぐに戻ろうと俺は急いで店の中に戻った。
「僕見ちゃった。この間の休みの日、王子がアシエの店から出てきたのを」
休日無事に仕事を捌いて、そんで翌日学園で駄弁っていると唐突にジャックからそんなことを言われた。別に隠していたわけでもないから、ああって相槌を打つ。
「なんか視察だって来たんだよ。商品も売れてラッキーって感じだった」
「……アシエの店以外にも行っていたのか?」
「さぁ?」
「僕が見たのはアシエのお店の時だけだからなぁ。他はわかんない」
「……アシエ、王子に何か言われたか?」
「え? 別に? 店の中を案内したぐらい。寧ろ俺のほうが色々言ったかも? 銀貨での支払いがいいとか、おつりはちゃんと受け取ってほしいとか」
「アシエってほんと、臆さないよね~」
「やめろよ突然褒めんなよ照れるだろ~」
美味しそうに食べてるジャックからクッキーのおすそ分けをもらい、一緒にモグモグとクッキーを味わう。この味、さてはジャックの手作りだな……⁈ ちょっと甘めで、柔らかな食感はジャックの好みだ。
「お、ナッツ入ってる。うめ~」
「美味しいよね~。今度レーズン入れてみようと思って」
「お~、それもうまそうだなぁ」
のほほんとクッキーを食べている隣で何やらオリバーが難しそうな顔をしてる。眼鏡もかけているせいで、オリバーが眉間に皺を寄せて考え事しているとなんだかおっかなく見える。
「この間、ぼっちの王子と喋ったって言っていたな」
「ああ、中庭で魂抜けてた王子の話な」
「店で会った王子の様子はどうだった?」
「なんかちゃんと気分転換できたみたいだぜ。クマもなくなってたし元気そうだった」
「あ~……なるほど。僕わかっちゃったかも」
「めずらしく勘が働いたな、ジャック」
「これはほとんどの人は気付くんじゃない? 王子って酷い人かと思ったけど、なんだかどこか純粋そうでもあったし」
「え? なんの話?」
ジャックから渡されたクッキーを今度はオリバーに渡す。一つお礼を言ったオリバーは俺たちと同じようにモグモグとクッキーを食べ始めた。
「いいや。王子が元気になったのは、次の恋でも見つけたんじゃないかって話」
「え? そうなんだ。いやよかったじゃんだって多方面からフラれたようなもんだったからな~。王族の恋愛事情は知らねぇけど次の恋で元気になったんならそれくらい許してやってくれよって感じだよな!」
うまいクッキーをモグモグ食いながらそう言ったら、一瞬だけ二人の目がまん丸になった。え、俺の歯に何か挟まってた?
「……いや、いいんじゃないか」
「これは大変そう~」
「え? 歯に挟まってるの取れた? 取れてない? 取るの大変そう?」
今回はわりと忙しいようで、父ちゃんと弟子のシュタールさんと一緒に工房のほうでひたすらトンテンカンテンと金槌を打っていた。鍛冶屋ということもあって中はかなり暑い。汗をダラダラ流しつつ、水分補給も忘れない。ジュッ、と鉄が水に浸かる音も聞きつつ一息つこうと顔を上げた。
「ん? 母ちゃーん?」
「さっき買い出しに行ってくるって言っていたぞ」
「え、マジか」
丁度俺が顔を上げた同じタイミングで店の呼び鈴が鳴った。いつもなら母親が店番で立っているんだけど、どうやらタイミング悪く外出中らしい。
「俺が行きましょうか」
「あ、俺行ってきますよシューさん」
シュタールさんもまだ作業の途中だ。一段落ついた俺が行くのがいいだろうとタオルで汗と汚れを拭きつつ急いでカウンターのほうに行く。
「はいはーい! お待たせしましたぁー……ぉん?」
自分でも実にマヌケな声が出たなと思った。でもこれは出ちゃうだろう、と誰に対してかわからない言い訳を心の中で零す。
「こんにちは」
笑顔でそう言ったお客さんをついマジマジと見てしまう。見るからに場違いな風貌、もとい顔のいい人。サラッと流れた黒髪は絶対いい石鹸を使っている。心なしかいい匂いが流れてきたような気がした。
それにしても、俺がこんだけジッと見ていても特に嫌な顔をすることもなく笑顔をキープとか。この人、できる……! じゃなくて。
どう見たって王子だろ、この人。
「……まさか依頼ですか? 王子」
「……えっ?」
「えっ、じゃないですよ。髪染めただけでバレバレですって」
「そ、そうなのか? 俺としてはうまく変装できたと思っていたんだが……」
いやどこをどう見ても髪を染めた王子にしか見えない。そもそも着ている服が庶民の物に見えないどこからどう見ても上質な布だってわかる。佇まいも庶民とは違うし醸し出されるオーラがキラキラしていてまったく王族隠せていない。
というか王子がこの場に来る必要は、正直に言うとまったくない。父親がやっているこの鍛冶屋は庶民向け。日用品の手入れがほぼで、あとは新しく包丁やらナイフやらを買いにくる程度だ。王族や貴族には専用の職人がいると聞いた。だから王子がわざわざ庶民の職人のところに行くなんて、普通なら考えられない。
マジで何をしに来たんだろう、って真剣に考えてしまう。しかもあんまり変わっていない変装で。もしかして一人で来たんだろうかと別の意味でドキドキしつつ王子の後ろに視線を向けてみる。すると俺の視線に気付いたのか、王子が店の外に少しだけ視線をやって「外で待機してる」と一言告げた。
「えーっと……」
「視察、と言えばいいか。庶民の暮らしが気になってお忍びでやってきたんだ」
「ああ、そうなんですね。でも気を付けてくださいね、スリとかもたまにいるんで。護衛の人にちゃんと守られてください」
「わかっている。ところでここは君の実家、でいいのだろうか?」
「そうですね。折角なんでなんか見ていきます? まぁ王子の御用達の職人より劣ると思いますけど」
「そんなことはない。だがお言葉に甘えて見せてもらおうかな」
「どうぞどうぞ」
別に王子に売り込むつもりなんてこれっぽっちもない。庶民の暮らしの視察なら、こういうの使ってますよーみたいな感じで見てもらえばいいかっていう程度だった。
カウンターから出れば店の外にあった影がゆらっと揺れて思わずビクつく。別に王子に何かしようってわけじゃないんだから、過剰反応やめてほしい。いや王子に何かあったら大変だからあの人たちとっては普通の反応だろうけど。俺がとやかく言える立場じゃないってこともわかってるけど。
すると王子が窓の外に向かって軽く手を上げた。もしかして制したのかな、と思いつつ見本で置いている商品の案内をすることにした。
「ほう……庶民向けに作られた包丁か。柄も女性でも握りやすいようにしているんだな」
「そうですね。あとこっちは草刈り用の鎌とか、あとは薪割り用の斧ですね」
「ふむふむ」
マジで庶民の道具なんだけど、これって王子楽しいの? っていう感じではある。でも俺の説明にしっかりと相槌を打って聞いているところを見ると、冷やかしで来たわけじゃなさそうだ。
それにさっき顔をマジマジ見た時も思ったけど、数日前に比べて顔色も随分とよくなったような気がする。目の下のクマもなくなっていてあの悲壮感たっぷりの顔から卒業したみたいだ。
もしかしてこれも視察という名の気分転換なのかな。それなら少しだけそのお手伝いをしよう。なんだか可哀想だったし。
「……これは?」
色々と説明していると、王子の目がとある一点で止まった。他の刃物は一応安全面を考慮してガラスケースに入れていたけど、これは普通に展示されている。
「ペーパーナイフですよ。とは言っても庶民は大体手紙が来ても丁寧に開けずにこう、ガッて開けますけど。でもちょっとおしゃれなやつとか持っておきたいなーって言う人もわりといて。それ用に作ってます」
「柄のところ、見事な装飾だな」
「へっ? あ、え、そう、見えます?」
急にどもってテレテレしまった俺に王子の目が一瞬だけ丸くなる。すんませんいきなり気持ち悪い反応しちゃって。
「えっと、実はその装飾部分、父親にやってみろって言われて俺がやったんですよ」
ということで、さっきの王子の言葉は俺にとっては褒め言葉なもんで。だからついテレテレしてしまったというか。だってまだ修行中の身とはいえ褒められたら誰だって嬉しいだろ。
まぁでも目が肥えている王子が見事だと言ったんだから、もしかして社交辞令があるかもしれないけどそこまで悪い出来じゃないってことだ。という感じでものすっごく前向きな捉え方を俺はした。そうしたほうが嬉しいしやる気も出る。
「そうなのか。これを買ってもいいだろうか?」
「……え⁈」
「売り物ではないのか?」
「い、いや売り物ですけど⁈ でも、えッ⁈」
いやこれは驚くなっていうほうが無理。だってお抱えの職人に頼めばこれ以上の物を作ってもらえるんだから、わざわざ庶民が作ったものを買う必要はこの人にはこれっぽっちもない。
あれか、何か? 庶民の作ったやつを自分のお抱え職人に見せて「これ庶民が作ったやつだよプププ」みたいなことするつもりか? 婚約破棄を言った時この人でなしー! とは思ったけどこれは流石に人でなしどころではなく鬼畜じゃね?
なんて奴だ。あの時頑張れって言った俺の感情返せよとつい王子にバレない程度にキッと睨みつけると、なんか、キラキラとした目が返ってきた。なにその初めてのオモチャ貰った子どもみたいな純粋な目。
「いや、えっと、いいんですか? ちゃんと切れはしますけど、王子が普段使ってる物に比べて粗末な物でしょ」
「だがしっかりとした売り物だろう? それに俺はこれが欲しいと思ったんだ」
「え、あ、そう、っすか……えっと、お買い上げありがとうございます?」
うん、買ってくれるんなら喜んで売っちまおう。王子の気が変わる前にとそそくさとカウンターに戻って袋に入れる。
「これで足りるだろうか」
と言って王子が手元に取り出してきたのは。
「金貨っ!」
そうお目にかかれない硬貨がキラキラと輝きを放っておられるんですか。足りるだろうか? って、そうですね王子が自らお金出したお買い物なんてそうないことでしょうねそうでしょうね。
「……王子、銀貨、あります?」
「銀貨で足りるのか?」
「寧ろ銀貨でも十分おつり出るんです! 金貨だとうちのおつりが足りなくなるんです! 銀貨お願いします!」
「あ、ああ、わかった」
流石に銅貨七枚お願いしますと言えなかった。それでおつりもなくこのペーパーナイフは買えるんだから。でもさっき王子がゴソゴソと取り出そうとしていた立派な袋をチラッと見てみると、キラキラ輝く硬貨しか入っていなかった。色んな意味で泣くぞ、俺は。
「はい、おつりです。落とさないように気を付けて」
「つりはいい。取っておくといい」
「いいや駄目です。視察に来たんでしょ、庶民の感覚もしっかり学んでいってください」
「……わかった。ならいただくとしよう」
「はいどうぞ」
王子がおつり落とさないよう、王子の手の下に自分の手を添えてしっかりとおつりを返す。もしかして王子、銅貨見たのこれが初めてとか言わないよな……? とちょっとドキドキである。
「ありがとう。色々と勉強になった」
商品もしっかりと受け取って、爽やかな笑顔でそう言った王子に「本当にそうか……?」と半信半疑だ。この王子、本当にあんな綺麗で立派な婚約者に婚約破棄叩きつけた奴と同一人物か? と思ってしまうほど妙に爽やかだったもんだから。
ま、いいか。売上に貢献したし。細かいことは気にしないでおこう。そして王子を見送ってさっさと作業に戻ろう、とドアのところまで見送ることにした。王子が外に出ると左右にガタイのいい人が二人立っていて、流石にビビった。いや護衛だってのはわかってるけど。
そんなジロジロと見てこなくても、俺はただの一般人。凡人。普通の人。王子とは同じ学園なだけで特に何かがあるってわけじゃないんだから。
「店の手伝いの途中、邪魔をして悪かったな」
「いえいえ、売上に貢献してくれたのでよかったです」
「そうか」
そう言ってどこか楽しそうに笑ってる王子は傷心からすっかり立ち直っているようだった。ま、王子も元気が出たんならそれでいいだろ。
護衛二人と一緒に店の前から去っていく王子に、ホッと息をついた。嫌な思いはしなかったし買ってってもらったし、あとちょっと褒めてもらえたし。まぁまた来てもらいたいかと言われたら「結構です!」だけど。
「さーって、作業に戻ろ戻ろ」
王子のことは置いといて、父親たちのほうはまだ忙しいからそっちの手伝いにすぐに戻ろうと俺は急いで店の中に戻った。
「僕見ちゃった。この間の休みの日、王子がアシエの店から出てきたのを」
休日無事に仕事を捌いて、そんで翌日学園で駄弁っていると唐突にジャックからそんなことを言われた。別に隠していたわけでもないから、ああって相槌を打つ。
「なんか視察だって来たんだよ。商品も売れてラッキーって感じだった」
「……アシエの店以外にも行っていたのか?」
「さぁ?」
「僕が見たのはアシエのお店の時だけだからなぁ。他はわかんない」
「……アシエ、王子に何か言われたか?」
「え? 別に? 店の中を案内したぐらい。寧ろ俺のほうが色々言ったかも? 銀貨での支払いがいいとか、おつりはちゃんと受け取ってほしいとか」
「アシエってほんと、臆さないよね~」
「やめろよ突然褒めんなよ照れるだろ~」
美味しそうに食べてるジャックからクッキーのおすそ分けをもらい、一緒にモグモグとクッキーを味わう。この味、さてはジャックの手作りだな……⁈ ちょっと甘めで、柔らかな食感はジャックの好みだ。
「お、ナッツ入ってる。うめ~」
「美味しいよね~。今度レーズン入れてみようと思って」
「お~、それもうまそうだなぁ」
のほほんとクッキーを食べている隣で何やらオリバーが難しそうな顔をしてる。眼鏡もかけているせいで、オリバーが眉間に皺を寄せて考え事しているとなんだかおっかなく見える。
「この間、ぼっちの王子と喋ったって言っていたな」
「ああ、中庭で魂抜けてた王子の話な」
「店で会った王子の様子はどうだった?」
「なんかちゃんと気分転換できたみたいだぜ。クマもなくなってたし元気そうだった」
「あ~……なるほど。僕わかっちゃったかも」
「めずらしく勘が働いたな、ジャック」
「これはほとんどの人は気付くんじゃない? 王子って酷い人かと思ったけど、なんだかどこか純粋そうでもあったし」
「え? なんの話?」
ジャックから渡されたクッキーを今度はオリバーに渡す。一つお礼を言ったオリバーは俺たちと同じようにモグモグとクッキーを食べ始めた。
「いいや。王子が元気になったのは、次の恋でも見つけたんじゃないかって話」
「え? そうなんだ。いやよかったじゃんだって多方面からフラれたようなもんだったからな~。王族の恋愛事情は知らねぇけど次の恋で元気になったんならそれくらい許してやってくれよって感じだよな!」
うまいクッキーをモグモグ食いながらそう言ったら、一瞬だけ二人の目がまん丸になった。え、俺の歯に何か挟まってた?
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