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ほんの一コマ
湖の記憶②
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今攻め込まれようとしている村々に男たちの知人がいると聞き、その者たちには悪いが村にはできる限りのバリケードを築き後方にある村に逃げてこいと伝えてもらうことにした。愛着のある村を離れるのは心苦しいことだろう、だが人は命があってこそだ。
そして俺たちも後方から前方のほうへと移動する。道中立ち寄った村や街には似たような男たちがおり、力と体力が有り余っているのであれば手伝えを金を渡して伝えるとこぞってついてきた。
その者たちも別に好き好んで盗みを働いていたわけじゃない。今日、明日を生き抜くために家族の暮らしのためにそうせざるを得なかった。もちろん止めた家族もいただろうが男たちの様子を見る限り黙認していた者が多そうだ。
「金貰っている俺たちが言えた義理じゃねぇが、いいのかそんなに気前がよくてよ」
何かと頭の回転がいい最初に出会った盗賊のリーダー格、バンデと名乗った男がそんなことを言いだした。最初家主が留守の時に盗みを働いた男の口から出た言葉だとは思えず小さく吹き出す。俺のそんな反応が面白くなかったのか、更に眉間に皺を寄せたバンデに軽く肩を竦めた。
「俺は第四王子と言ったものの、実際厄介者扱いでな。俺の動きを逐一気にしている人間はまずいない」
それに一応割り当てられている『お小遣い』とやらから出しているため、特に王族自体にダメージがあるわけでもない。
「とは言ってもそれも限度があるだろう。アンタのおかげでこうして男たちは集まったが、それをまるっと面倒を見ることができるのか」
それは集まった男たちだけでなくその家族も、ということが言い含められているだろう。もちろん俺だってわかっている。男たちが馬鹿なことで体力を使うことをやめさせるために金を配っているが、続けるにしても今のままでは俺の立場が弱すぎる。いつかは底もつく。
だからといって父や兄に訴えたところで一蹴されるだけだ。そもそも民たちに金を出し渋っている時点で結果は見えている。
「王族がこうしてオレたちのところに来てくれるのはありがてぇけどさぁ……」
「アンタだけだよな、動いてくれてるのは」
周りにいた者たちもそう口々にするのは、将来が見通せないからだ。未だに攻め込まれている現状は変わらず王都から騎士が送られてくるわけでもない。
「……だいぶ人間が集まったな」
村長の厚意で今一つの家に集まっている。殆どが農夫で、攻め込まれる前は戦いなど知らずゆっくりとした暮らしを過ごしていた者たちばかりだ。
「この中に忍び込むのを得意としている奴はいるか?」
俺の唐突な言葉に男たちは一様に目を丸くする。何を言いたいのかわからず辺りを見渡して軽く頭を左右に振ったり首を傾げているのが見える。そんな中、一人の男がおずおずと自信なさげにゆっくりと手を上げた。
「えっと……ガキの頃よくあちこち探検するのが好きで、王族に言うのはなんだけど……バレないように空き家に忍び込んだりはして、ました」
「ほう、いい人材だな」
「へっ?」
本来は下手したら裁かれるような内容だが、男の行いを肯定した俺に辺りは一気にざわつく。だがおかげで「俺も」という人間が他にも二人ほど出てきた。
「お前たち、最近税が厳しくなったと思わないか」
「そりゃぁ……」
「なんやかんや持ってかれちまって生活がカツカツになったけどよ」
「おかしいとは思わないか。その税がお前たちに還元されたことはあったか」
「そういや……」
「ってかなんに使われてんのかもわかんねぇ」
俺は国政に口を挟める立場ではないためどうこうできるわけではないが、それでも流れがどうなっているのか大体は把握している。貴族や王族は周りに敵はいないと思い堂々とでかい声でお喋りするのだから、情報収集には十分に役に立った。
「税はほとんど貴族が懐にしまい込んでいる。適当な理由をつければ民たちは納得して大人しく差し出してくるのだと思っているんだろう」
「……はぁっ⁈」
「そんな、村が豊かになるからって収めていたのに!」
「おかしい話だろう――だから」
ニヤリと口角を上げ男たちに視線を向ける。
「元はお前たちの物だったものを、取り返したってバチは当たるまい」
「……おいおいおい、アンタまさか」
バンデが察したらしい。他の者たちはまだ困惑している中、瞠目し視線を向けてくる男にニッと笑顔を向けた。
俺は厄介者だが、無知というわけでもない。一応王子という立場のため城内を歩き回ったところで誰も不審に思いはしないし、貴族街を歩いても怪訝な目を向けられるだけで堂々と咎められることもない。よって、調べたい放題だった。
「俺はどの貴族の懐が一番潤っているのか知っている。そいつの居場所も屋敷内の構造もな」
「……ま、まさか」
「えぇ~⁈ まさか、忍び込んで金を奪おうっていうのかよ⁈」
「奪うんじゃない、取り返すんだ。多少取られたところで横取りして懐に入れていたことをそいつも公にできやしない」
クツクツと喉を鳴らし唖然としている男たちに視線を向ける。横から突き刺さるバンデの視線は今は気付かないふりをして、腕を組み胸を張る。
「お前たちの生活も、家族の安全も俺が保証しよう。だがタダでとは言わない。等価交換だ。お前たちが守るもののため、その気概を見せたらそれ相応の報酬を与える。そういうことだ」
どうする、と一人ひとりに視線を向ける。目が合えばゴクリと生唾を飲み込むものもいた。目を逸らす者もいれば迷いを見せている者も。だが、しっかりと強い眼差しで視線を返してきた者もいた。
「俺はアンタに乗るぜ」
いの一番に声を上げたのはバンデだった。それを皮切りに次から次へと賛同の声が響き渡る。
それもそうだろう、ここで乗らなければそのまま他国に傷付けられ奪われるだけ。国に助けを乞うても応えてくれず救いの手すら伸ばされない。男たちの残された道はほんの僅かだった。ならば、少しでも生き残れるほうを選ぶに決まっている。
今後のことはまた個別で決めることにして、取りあえずこの場はお開きとなった。ここに来るまで村や街の守りを固めるために男たちには苦労を強いたため、身体を休めてほしかった。
残ったのは最初に盗みを働いていた男たち。出会ってからずっと俺についてきたため多少なりとも俺のやり方がわかってきたらしい。
「まさか王族が盗みを推奨するとはな」
「言い方が悪いな。言っただろ、取り返すだけだとな。それに、綺麗事で政はできん」
「……アンタが」
「何だ?」
「いいや、何も」
何かを言い淀んだが、バンデはそこで言葉を止めてしまった。他の者たちはバンデが何を言おうとしていたのか察していたらしい、なんとも言えない表情をしていたが残念ながら俺は何を言おうとしていたのか察することはできないでいた。
「それぞれに役割を与えよう。さっき忍び込むのを得意としていた者たちには地図と屋敷の構造を記した紙を渡す。絶対に見つからない道だが万が一のことを考えて腕に覚えのある者を一人護衛として就かせる」
「俺たちはバリケード造りですかい?」
「ああ、力自慢だろう? 他の者たちも資源を運んだり力仕事を頼むことにする。あとは」
「腕に覚えのある奴か」
「そうだな」
バンデを始めとして、他にも戦うことができる男が数人いた。元は騎士を目指していたものの、今の騎士団は審査が厳しくまず民たちが試験を受けることが難しい。受けることができる者がいたとしてもほんの一握り。幼い頃から騎士として鍛えている貴族や騎士を輩出する家柄でないと騎士になれないのが現状だ。
そうしてずっと燻っている者たちが、今なら自分の実力を発揮できる時なのではないか。そう思っている者は少なくない。
「だが多勢に無勢だ。余計な被害は出したくない。村や街に攻め込んでくる部隊を各個撃破していくのが理想的だな」
「国からの騎士の援護は」
「考えるだけ無駄だ。今の騎士は王族と貴族を守ることしか頭にない」
「なんつーか……随分とひでぇ王様になったもんだよな」
「ほんとだよなぁ。お前らの食ってる野菜はオレたちが育てたんだっつーの」
民からこういう声が上がっているのだから、今の国政もそろそろ終わりだろうなと腹の中で呟きつつ話を続ける。
「回復魔術を使える人間はいるか?」
「確か男たちの中で、奥さんが使えるとかどうとか言ってたような」
「そうか。ならそのご婦人に協力を仰ごう。あとは普通に傷の手当てをしてくれる人間を集いたいところだ」
「オレから声かけとくぜ。女衆も黙ったままじゃいらねぇねっつってたからよ」
「それは助かる」
話はトントン拍子で進んでいき、一段落ついた頃にそれぞれ休むように伝えた。流石に色々と考え込んでたせいで普通に身体を動かすよりも疲れた、と疲労の色を浮かべ男たちはそれぞれの寝床に戻っていく。
「……もしかしてと思ったけどよ、まさかアンタも前線に立つんじゃねぇんだろうな」
テーブルに広げている紙を凝視しているところ、部屋に戻ったとばかりに思っていたバンデが声をかけてきた。一度軽く目を丸め、それをすぐに細める。
「俺の腕も立つっていうのを、初対面で見たはずだろ?」
「アンタ正気か? 王族が自ら危険に晒されるたぁ、どうかしてるぜ」
「俺は街娘の子だ。だから厄介者扱いされている」
言葉を詰まらせたバンデに構うことなく、口角を上げて言葉を続けた。
「だから今の王族のやり方も気に入らねぇし、お前たちの気持ちもわかっているつもりだ。それに、言葉だけの人間に誰がついてくる」
城内じゃ俺の言葉に耳を傾ける人間なんぞ誰一人としていなかった。だが今この場ではしっかりと俺の言葉に耳を傾けてくれる。俺の言葉を信じて動こうとしている者たちがいる。その者たちに応えるためには俺も行動しなければ意味がない。
動かずジッとしていたバンデだが、不意に俺の前に立ち視線を合わせてきた。この男も、盗みを働こうとしていたわりには随分と真っ直ぐな目を持っている男だった。
「さっきは言い淀んじまったが、今ならはっきりと言葉にできるぜ――アンタが王様になってくれりゃあいいのにってな」
「……! そりゃ悪くない話だな」
民を蔑ろにする王など、私腹を肥やしている者たち以外に望んでいる者などいやしない。バンデの話も悪くない、が。それはイグニート国の猛攻に耐え抜いたあとの話だ。
そして俺たちも後方から前方のほうへと移動する。道中立ち寄った村や街には似たような男たちがおり、力と体力が有り余っているのであれば手伝えを金を渡して伝えるとこぞってついてきた。
その者たちも別に好き好んで盗みを働いていたわけじゃない。今日、明日を生き抜くために家族の暮らしのためにそうせざるを得なかった。もちろん止めた家族もいただろうが男たちの様子を見る限り黙認していた者が多そうだ。
「金貰っている俺たちが言えた義理じゃねぇが、いいのかそんなに気前がよくてよ」
何かと頭の回転がいい最初に出会った盗賊のリーダー格、バンデと名乗った男がそんなことを言いだした。最初家主が留守の時に盗みを働いた男の口から出た言葉だとは思えず小さく吹き出す。俺のそんな反応が面白くなかったのか、更に眉間に皺を寄せたバンデに軽く肩を竦めた。
「俺は第四王子と言ったものの、実際厄介者扱いでな。俺の動きを逐一気にしている人間はまずいない」
それに一応割り当てられている『お小遣い』とやらから出しているため、特に王族自体にダメージがあるわけでもない。
「とは言ってもそれも限度があるだろう。アンタのおかげでこうして男たちは集まったが、それをまるっと面倒を見ることができるのか」
それは集まった男たちだけでなくその家族も、ということが言い含められているだろう。もちろん俺だってわかっている。男たちが馬鹿なことで体力を使うことをやめさせるために金を配っているが、続けるにしても今のままでは俺の立場が弱すぎる。いつかは底もつく。
だからといって父や兄に訴えたところで一蹴されるだけだ。そもそも民たちに金を出し渋っている時点で結果は見えている。
「王族がこうしてオレたちのところに来てくれるのはありがてぇけどさぁ……」
「アンタだけだよな、動いてくれてるのは」
周りにいた者たちもそう口々にするのは、将来が見通せないからだ。未だに攻め込まれている現状は変わらず王都から騎士が送られてくるわけでもない。
「……だいぶ人間が集まったな」
村長の厚意で今一つの家に集まっている。殆どが農夫で、攻め込まれる前は戦いなど知らずゆっくりとした暮らしを過ごしていた者たちばかりだ。
「この中に忍び込むのを得意としている奴はいるか?」
俺の唐突な言葉に男たちは一様に目を丸くする。何を言いたいのかわからず辺りを見渡して軽く頭を左右に振ったり首を傾げているのが見える。そんな中、一人の男がおずおずと自信なさげにゆっくりと手を上げた。
「えっと……ガキの頃よくあちこち探検するのが好きで、王族に言うのはなんだけど……バレないように空き家に忍び込んだりはして、ました」
「ほう、いい人材だな」
「へっ?」
本来は下手したら裁かれるような内容だが、男の行いを肯定した俺に辺りは一気にざわつく。だがおかげで「俺も」という人間が他にも二人ほど出てきた。
「お前たち、最近税が厳しくなったと思わないか」
「そりゃぁ……」
「なんやかんや持ってかれちまって生活がカツカツになったけどよ」
「おかしいとは思わないか。その税がお前たちに還元されたことはあったか」
「そういや……」
「ってかなんに使われてんのかもわかんねぇ」
俺は国政に口を挟める立場ではないためどうこうできるわけではないが、それでも流れがどうなっているのか大体は把握している。貴族や王族は周りに敵はいないと思い堂々とでかい声でお喋りするのだから、情報収集には十分に役に立った。
「税はほとんど貴族が懐にしまい込んでいる。適当な理由をつければ民たちは納得して大人しく差し出してくるのだと思っているんだろう」
「……はぁっ⁈」
「そんな、村が豊かになるからって収めていたのに!」
「おかしい話だろう――だから」
ニヤリと口角を上げ男たちに視線を向ける。
「元はお前たちの物だったものを、取り返したってバチは当たるまい」
「……おいおいおい、アンタまさか」
バンデが察したらしい。他の者たちはまだ困惑している中、瞠目し視線を向けてくる男にニッと笑顔を向けた。
俺は厄介者だが、無知というわけでもない。一応王子という立場のため城内を歩き回ったところで誰も不審に思いはしないし、貴族街を歩いても怪訝な目を向けられるだけで堂々と咎められることもない。よって、調べたい放題だった。
「俺はどの貴族の懐が一番潤っているのか知っている。そいつの居場所も屋敷内の構造もな」
「……ま、まさか」
「えぇ~⁈ まさか、忍び込んで金を奪おうっていうのかよ⁈」
「奪うんじゃない、取り返すんだ。多少取られたところで横取りして懐に入れていたことをそいつも公にできやしない」
クツクツと喉を鳴らし唖然としている男たちに視線を向ける。横から突き刺さるバンデの視線は今は気付かないふりをして、腕を組み胸を張る。
「お前たちの生活も、家族の安全も俺が保証しよう。だがタダでとは言わない。等価交換だ。お前たちが守るもののため、その気概を見せたらそれ相応の報酬を与える。そういうことだ」
どうする、と一人ひとりに視線を向ける。目が合えばゴクリと生唾を飲み込むものもいた。目を逸らす者もいれば迷いを見せている者も。だが、しっかりと強い眼差しで視線を返してきた者もいた。
「俺はアンタに乗るぜ」
いの一番に声を上げたのはバンデだった。それを皮切りに次から次へと賛同の声が響き渡る。
それもそうだろう、ここで乗らなければそのまま他国に傷付けられ奪われるだけ。国に助けを乞うても応えてくれず救いの手すら伸ばされない。男たちの残された道はほんの僅かだった。ならば、少しでも生き残れるほうを選ぶに決まっている。
今後のことはまた個別で決めることにして、取りあえずこの場はお開きとなった。ここに来るまで村や街の守りを固めるために男たちには苦労を強いたため、身体を休めてほしかった。
残ったのは最初に盗みを働いていた男たち。出会ってからずっと俺についてきたため多少なりとも俺のやり方がわかってきたらしい。
「まさか王族が盗みを推奨するとはな」
「言い方が悪いな。言っただろ、取り返すだけだとな。それに、綺麗事で政はできん」
「……アンタが」
「何だ?」
「いいや、何も」
何かを言い淀んだが、バンデはそこで言葉を止めてしまった。他の者たちはバンデが何を言おうとしていたのか察していたらしい、なんとも言えない表情をしていたが残念ながら俺は何を言おうとしていたのか察することはできないでいた。
「それぞれに役割を与えよう。さっき忍び込むのを得意としていた者たちには地図と屋敷の構造を記した紙を渡す。絶対に見つからない道だが万が一のことを考えて腕に覚えのある者を一人護衛として就かせる」
「俺たちはバリケード造りですかい?」
「ああ、力自慢だろう? 他の者たちも資源を運んだり力仕事を頼むことにする。あとは」
「腕に覚えのある奴か」
「そうだな」
バンデを始めとして、他にも戦うことができる男が数人いた。元は騎士を目指していたものの、今の騎士団は審査が厳しくまず民たちが試験を受けることが難しい。受けることができる者がいたとしてもほんの一握り。幼い頃から騎士として鍛えている貴族や騎士を輩出する家柄でないと騎士になれないのが現状だ。
そうしてずっと燻っている者たちが、今なら自分の実力を発揮できる時なのではないか。そう思っている者は少なくない。
「だが多勢に無勢だ。余計な被害は出したくない。村や街に攻め込んでくる部隊を各個撃破していくのが理想的だな」
「国からの騎士の援護は」
「考えるだけ無駄だ。今の騎士は王族と貴族を守ることしか頭にない」
「なんつーか……随分とひでぇ王様になったもんだよな」
「ほんとだよなぁ。お前らの食ってる野菜はオレたちが育てたんだっつーの」
民からこういう声が上がっているのだから、今の国政もそろそろ終わりだろうなと腹の中で呟きつつ話を続ける。
「回復魔術を使える人間はいるか?」
「確か男たちの中で、奥さんが使えるとかどうとか言ってたような」
「そうか。ならそのご婦人に協力を仰ごう。あとは普通に傷の手当てをしてくれる人間を集いたいところだ」
「オレから声かけとくぜ。女衆も黙ったままじゃいらねぇねっつってたからよ」
「それは助かる」
話はトントン拍子で進んでいき、一段落ついた頃にそれぞれ休むように伝えた。流石に色々と考え込んでたせいで普通に身体を動かすよりも疲れた、と疲労の色を浮かべ男たちはそれぞれの寝床に戻っていく。
「……もしかしてと思ったけどよ、まさかアンタも前線に立つんじゃねぇんだろうな」
テーブルに広げている紙を凝視しているところ、部屋に戻ったとばかりに思っていたバンデが声をかけてきた。一度軽く目を丸め、それをすぐに細める。
「俺の腕も立つっていうのを、初対面で見たはずだろ?」
「アンタ正気か? 王族が自ら危険に晒されるたぁ、どうかしてるぜ」
「俺は街娘の子だ。だから厄介者扱いされている」
言葉を詰まらせたバンデに構うことなく、口角を上げて言葉を続けた。
「だから今の王族のやり方も気に入らねぇし、お前たちの気持ちもわかっているつもりだ。それに、言葉だけの人間に誰がついてくる」
城内じゃ俺の言葉に耳を傾ける人間なんぞ誰一人としていなかった。だが今この場ではしっかりと俺の言葉に耳を傾けてくれる。俺の言葉を信じて動こうとしている者たちがいる。その者たちに応えるためには俺も行動しなければ意味がない。
動かずジッとしていたバンデだが、不意に俺の前に立ち視線を合わせてきた。この男も、盗みを働こうとしていたわりには随分と真っ直ぐな目を持っている男だった。
「さっきは言い淀んじまったが、今ならはっきりと言葉にできるぜ――アンタが王様になってくれりゃあいいのにってな」
「……! そりゃ悪くない話だな」
民を蔑ろにする王など、私腹を肥やしている者たち以外に望んでいる者などいやしない。バンデの話も悪くない、が。それはイグニート国の猛攻に耐え抜いたあとの話だ。
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