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133.大地を踏みしめて
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どうせ寄るんでしょ? と大量のお土産を持たされてしまった。私、運び屋じゃないんだけど。って頬を膨らませたところで「まぁまぁ」と笑顔で更に荷物が増えた。私が成長したからといって、流石に限度がある。一人で運ぶのは大変そうだったからガジェットの通信でフレイに来てもらうようお願いして、二人で船まで大量のお土産を運んだ。
再会したフレイとティエラはちょっとお喋りしてたけど、今回の主役は私だからって早々に話を切り上げているところを見た時はかなり申し訳なかったけど。でも二人はよくガジェットを通じて会話をしているようで、なんならまた会いに来るとフレイはあっけらかんに笑ってみせた。
ラピス教会の人たちから見送られたあと再びフレイの船に乗り込む。なぜか甲板にはロープでぐるぐる巻きにされていたクルエルダの姿。
「目を離したら何をしでかすかわかったもんじゃないからね」
私よりもずっと大きい荷物を持ったフレイが声を唸らせながらそう言って、なんだかクルエルダの扱いも長けてきたなぁだなんて思ったけど口には出さなかった。流石に出したらそのあとのことが怖い。対クルエルダのように怒ってくることはないと思うけど、でも笑ってない笑顔を向けられそうだった。
ルーファスに頼まれたお土産を全部積み終えると、船は出港した。歩けない距離じゃなかったけれど今後のことを思うと船はまだ必要で、そして大量の荷物を運ぶ羽目になったから結局フレイのお世話になってしまう。
ささやかな風と、穏やかな波の中で船は進む。乗っている間海だけじゃなく大陸のほうを見ていたけれど、少しずつ前に進みつつはあるけれどすべてが元通りになるわけでもない。未だに荒れた大地はあるし、一度滅んでしまった村の再興も難しい。
十年経っても人々が『人間兵器』の恐怖を忘れなかったように、八年前の出来事も簡単に忘れられるようなものでもなかった。
遠くにいくつもそびえ立っているスピリアル島の高い塔を眺めつつ、あそこに行くことももうないんだろうと視線を外して海に移した。最初見て感動した時と同じように、水面は太陽の光を反射してキラキラと輝いている。
やがて海の上を走っていた船は徐々に減速していった。次の港が視界に入る。荷物も荷物だから今回は最初からフレイもついてきてくれることになった。クルエルダは再びロープでぐるぐる巻き、というか、巻かれっぱなしで二度目の放置だ。
ただクルエルダなら多少精霊の力が弱まっていたとしても、簡単にロープぐらい魔術で外せそうなんだけど。それはしないのかなってそれとなく視線を向けてみると、目が合ったクルエルダはにっこりと胡散臭い笑顔を浮かべて見送るだけだった。
「ったく、あの神父この大荷物をアミィ一人に持たせようとしてたのかい? 少しは考えろって話だよ」
「何を渡そうかと考えてたらあれもこれもってなったんだって。相手が相手だからじゃない?」
「まぁ……確かにそんじょそこらの量じゃ足んないんだろうけどさ」
私もそれなりに荷物を持っているはずなのに、フレイはその倍以上の量を持ってくれている。しかも軽々しく。フレイの服は昔と同じぐらいちょっと露出の高いものなんだけど、あらわになっている腕は一見細そうなのに今は少し筋肉が盛り上がっていた。
どうやったらフレイみたいに筋肉つくかな、って服で隠されている自分の腕を見てみたけれど何をどうやっても中々筋肉はついてくれない。これは体質もあるのだろうか。
「アミィ、見えてきたよ」
「あっ、うん!」
少し砂の多い道を歩いていると見えてきた王都。周囲は相変わらず厳重な守りで固められている。他の国に比べて守備力の高さを誇っているバプティスタ国は厳ついながらも、以前に比べて人の数が増えていた。
ミストラル国もべーチェル国も、そしてバプティスタ国も。周辺にあった小さな村や街から避難してきた人たちを受け入れている。だから自然と人も多くなるのだけれど、同じように受け入れているというのに国の雰囲気はまったく違う。
べーチェル国はガジェットによって賑やかで、ミストラル国は貿易が盛んでかなりの確率で義賊とすれ違う。そしてバプティスタ国は、人が多いにも関わらず喧騒は一切しない。みんな規則に忠実で、自分のやるべきことをしっかりと行っていた。
警備で立っている騎士二人の視線を受けつつ国に入るための門をくぐり、目的地に視線を向ける。
「それじゃあ行こうか。連絡はしているんだろ?」
「うん、ちゃんと今日行くよって連絡しておいた」
「なら大丈夫だね」
相手も忙しいから入れ違いにならないよう、前もって今日会うことを約束していた。彼ならもしかしたら突然訪問して会いたいと言っても都合をつけて会ってくれるかもしれないけれど、流石に仕事の邪魔はできない。
大量の荷物を抱えているせいでちょっと周囲の目が気になったけれど、なるべく通行人の邪魔にならないように歩く。規則正しくというのが国の方針のため露店があったとしてもガチャガチャしていない。パッと見た目があんまり変わっていないのはバプティスタ国かもしれない、そう思いながら足を進めれば大きな城が見えてきた。
城の近くにある鍛錬所から声が聞こえてきて、そっちに視線を向けつつも城門の前で一度立ち止まる。警備の騎士に用件を聞かれ名前を出せばすぐに納得したのか、一人に目配せをすると即座にガジェットで連絡を取っていた。
「少々お待ちを」
そう言われて少し待っていると、その人は本当にすぐに現れた。
「すまない、待たせてしまったか」
「ううん、全然待ってない」
「久しぶりだな、アミィ。それにフレイも」
私とフレイの顔を交互に見て爽やかな笑顔でそう言ったのは、立派な騎士の服を着ているウィルだった。お仕事中だったかなと思ったけれど汗を流している様子はない。もしかしたら私が来るとわかっていたから執務のほうを頑張っていたのかもしれない。
「久しぶり。と言ってもあたしは今回アミィの付き添いだけどね」
「そうなのか。ところで、その大荷物は?」
「ルーファスからのお土産。バプティスタ国の騎士の人たちにって」
「これはまた……大量だな」
ルーファスから託されたお土産はラピス教会で採れた大量の野菜だった。バプティスタ国の騎士とラピス教会の人たちは前と変わらず良好な関係を築いている。
八年経った今イグニート国王のような人間は未だ出てきてはいないけれど、それでもどこも安全というわけでもない。優しい人もいれば、その逆の人だっている。人から物を奪って自分の物にしようという考えを持っている人がいなくなることはなく、それらの人たちから人々を守るのもまた騎士の役目だった。
ラピス教会は孤児も多いため、警護のためにとバプティスタ国の騎士から数名派遣されている。
ちょっとルーファス一人でも大丈夫じゃないのかなって思わないわけでもないけど。
そして騎士の人たちが傷を負えばラピス教会の人たちがその傷を癒やす。そうして互いに共存して、これからも続くようにという願いがこのお土産には託されているのだと思う。私たちからお土産をもらったウィルはお礼を言いつつ、近くに控えていた部下の人に備蓄庫に運ぶように指示を出した。
「ウィル、忙しいのにわざわざ会う約束してくれてありがとう」
「いいや礼には及ばないさ。寧ろ僕の部下は感謝していたよ。なにせここのところ休みなしで働いていたものだからね。これを期に休め! と背中を押されてしまったよ」
「アンタも大変なんだねぇ」
「それはお互い様だろう?」
みんなで視線を合わせて軽く肩を竦めて、そして小さく吹き出した。実はあれからみんな揃って集まるということが中々できないでいる。会ったとしてもこうしてそれぞれの仕事の合間、という感じで長い時間を共にできない。
「ウィル、騎士団長の服似合ってる」
ウィルは今までの功績を認められて一気に騎士団長まで上り詰めたという知らせをガジェット越しに受けた。直接会うことはなくてもガジェットで通信できる。便利になったねとたまに連絡しあっているけれど、この間ウィルとの通信でそのことを教えてもらった。
なら直接会ってお祝いしたいな、と思ったけれど私もウィルも忙しくてそれはまだ叶わないでいる。
私の言葉に少しはにかんで見せたウィルは小さく頬をぽりぽりと掻いた。
「まだまだ精進しなければならないと思っているよ」
「第二じゃないんだっけ?」
「ああ、第五騎士団だ。機動力を主にしていてあらゆる場面での活躍を期待されている」
確か第一が王周辺の警備、第二が前線部隊、と部隊別で特徴があると言っていたなと前に教えてもらったことを思い返す。さっきの話を聞く限り、ざっくり言うと「何でも屋さん」みたいだなと顎に手を当てて思案した。状況把握に秀でていて咄嗟に動ける瞬発力、なんでもできる器用さがないと所属するのが難しそうだ。
八年前にやっていたことみたいだな、と思わないわけでもない。確かミストラル国襲撃の時は「遊撃部隊」みたいなことを言っていたけれど、ウィルの部隊はそんな感じなのだろう。それこそあの時の経験を活かす部隊なのかもしれない。
とかなんとか考えていたら隣から「ぬあっ!」っていう声が上がった。びっくりして目を丸くしつつ視線を向けてみると、小さいガジェットが光っていてフレイの眉間にどんどん皺が寄っていく。
「アイツまたっ……! ごめんあたし船に戻るから!」
「あ、うん!」
って、私の返事を聞く前にフレイはピューッと港のほうに向かって走り去ってしまった。多分、じゃなくて絶対、クルエルダが何かをしでかしたに違いない。
「……二人とも、相変わらずみたいだな」
「うん。相変わらず仲がいいよ」
「二人の『仲がいい』は僕たちから見たら少し特殊だけど」
「だね」
お互い顔を見合わせて、プッと小さく笑う。だって本当にフレイとクルエルダの喧嘩は変わらないんだもん。
「アミィ、まだ時間はあるだろうか? あるようなら王都内を少し案内したいんだが」
「うん、お願い!」
「それならばレディー、お手をどうぞ」
片手は胸に、そしてもう片手は私のほうに差し出して恭しく頭を下げたウィルはとても様になっている。本当に絵本から飛び出してきた騎士様のようだ。でもわざわざそんなことされるような仲でもないのに、とクスクスと笑みをこぼして差し出された手に自分の手を重ねる。
「ふふっ、ウィルから『レディー』っていう言葉が出てくるとは思わなかった」
「自分で言っておきながら少し恥ずかしくなってしまったよ」
「あははっ!」
騎士団長になって少し遠くの人になったような感じがしたけれど、でも会って会話をするとよく知っているウィルのままだった。すごく真面目で天然なところがあるのは変わらない。
王都内を案内してもらいつつ、今まで何があったのかをお互いに相手に伝える。以前のようにイグニート国が攻めてくることはなくなったため、随分と余裕を持てるようになったと私が見たことのないお店を指さしながらウィルは話を続ける。
私も私のほうで、ほんの少しだけれど精霊たちの力が戻りつつあるんじゃないかということを告げた。前のように精霊たちは私たちの前に姿を現すことはない。キラキラとした姿をあれ以来見ていない。それでもこの世界のどこかに彼らはいるのだと、その存在は確かに感じ取ることができるようになっていた。
会話を続けているとふと一人の女性がウィルに声をかけた。少しだけ頬を赤らめて一輪の花を差し出してくる。ウィルは穏やかな表情で礼を言ったけれど、その一輪の花を受け取ることはなかった。女性は少し落ち込んでいたけれど「頑張ってください」と一言残して目の前から去っていった。
昔から一緒に行動していたから気にしたことはなかったけれど、改めてウィルの顔を見上げてみる。金髪の髪に整った顔。服の下に隠れている屈強な身体。うん、ウィルは女性にモテる要素をいっぱい持っている。
「ウィルはまだ結婚しないの?」
何気なく言った言葉だったけど、ウィルは少し咽た。そして二、三度軽く咳払いをして私に視線を向ける。
「そうだな。なにせ団長となってからまた忙しくなってしまったものだから……今は自分のことで手一杯、というのが正直なところだ」
「ふーん?」
そういえばウィルの前の上司の人も結婚してる感じではなかった。そもそもあんな強面の奥さんになりたいっていう人いるのかどうか。と、思ってしまうのはやっぱり第一印象が最悪だったせいだ。そこまで悪い人じゃないっていうのはわかるけど、今でもどこか苦手意識がある。正直ウィルに会いに行った時鉢合わせしたらどうしようと考えたぐらいだ。
でも確かにウィルの言う通り、みんな自分のやりたいことを今精一杯やっている。別にそれが嫌というわけでもなく充実した日々を送っているけれど、余裕を持てるようになるのはもうしばらくしてからかなとみんな思っている節があるかもしれない。
「でも、約束はしてたほうがいいんじゃない?」
「……えっ」
「待ってるかもしれないし」
「……アミィ」
「誰とは言わないけど」
「アミィ」
含みを持たせた言い方をすると、まん丸な目がこっちに向く。ついニヤニヤとした表情を向けてしまって、それを見た途端ウィルの表情が一瞬固まった。そしてすぐに軽く息を吐き出す。
「まったく……嫌なところばかり似てしまって」
「えっ、似てる?」
「似てるよ、とてもね」
その言い方とその表情はそのままだと、ウィルは若干呆れつつ私の頭を軽く小突いた。
誰に、とは言わなかったけれど。私たちの間にある共通の相手なんてほんの一握り。その中から探し当てることなんてとても簡単なことだった。思わず嬉しくなってにこにこと笑みを浮かべれば、ウィルは昔と変わらない優しい笑顔を浮かべた。
再会したフレイとティエラはちょっとお喋りしてたけど、今回の主役は私だからって早々に話を切り上げているところを見た時はかなり申し訳なかったけど。でも二人はよくガジェットを通じて会話をしているようで、なんならまた会いに来るとフレイはあっけらかんに笑ってみせた。
ラピス教会の人たちから見送られたあと再びフレイの船に乗り込む。なぜか甲板にはロープでぐるぐる巻きにされていたクルエルダの姿。
「目を離したら何をしでかすかわかったもんじゃないからね」
私よりもずっと大きい荷物を持ったフレイが声を唸らせながらそう言って、なんだかクルエルダの扱いも長けてきたなぁだなんて思ったけど口には出さなかった。流石に出したらそのあとのことが怖い。対クルエルダのように怒ってくることはないと思うけど、でも笑ってない笑顔を向けられそうだった。
ルーファスに頼まれたお土産を全部積み終えると、船は出港した。歩けない距離じゃなかったけれど今後のことを思うと船はまだ必要で、そして大量の荷物を運ぶ羽目になったから結局フレイのお世話になってしまう。
ささやかな風と、穏やかな波の中で船は進む。乗っている間海だけじゃなく大陸のほうを見ていたけれど、少しずつ前に進みつつはあるけれどすべてが元通りになるわけでもない。未だに荒れた大地はあるし、一度滅んでしまった村の再興も難しい。
十年経っても人々が『人間兵器』の恐怖を忘れなかったように、八年前の出来事も簡単に忘れられるようなものでもなかった。
遠くにいくつもそびえ立っているスピリアル島の高い塔を眺めつつ、あそこに行くことももうないんだろうと視線を外して海に移した。最初見て感動した時と同じように、水面は太陽の光を反射してキラキラと輝いている。
やがて海の上を走っていた船は徐々に減速していった。次の港が視界に入る。荷物も荷物だから今回は最初からフレイもついてきてくれることになった。クルエルダは再びロープでぐるぐる巻き、というか、巻かれっぱなしで二度目の放置だ。
ただクルエルダなら多少精霊の力が弱まっていたとしても、簡単にロープぐらい魔術で外せそうなんだけど。それはしないのかなってそれとなく視線を向けてみると、目が合ったクルエルダはにっこりと胡散臭い笑顔を浮かべて見送るだけだった。
「ったく、あの神父この大荷物をアミィ一人に持たせようとしてたのかい? 少しは考えろって話だよ」
「何を渡そうかと考えてたらあれもこれもってなったんだって。相手が相手だからじゃない?」
「まぁ……確かにそんじょそこらの量じゃ足んないんだろうけどさ」
私もそれなりに荷物を持っているはずなのに、フレイはその倍以上の量を持ってくれている。しかも軽々しく。フレイの服は昔と同じぐらいちょっと露出の高いものなんだけど、あらわになっている腕は一見細そうなのに今は少し筋肉が盛り上がっていた。
どうやったらフレイみたいに筋肉つくかな、って服で隠されている自分の腕を見てみたけれど何をどうやっても中々筋肉はついてくれない。これは体質もあるのだろうか。
「アミィ、見えてきたよ」
「あっ、うん!」
少し砂の多い道を歩いていると見えてきた王都。周囲は相変わらず厳重な守りで固められている。他の国に比べて守備力の高さを誇っているバプティスタ国は厳ついながらも、以前に比べて人の数が増えていた。
ミストラル国もべーチェル国も、そしてバプティスタ国も。周辺にあった小さな村や街から避難してきた人たちを受け入れている。だから自然と人も多くなるのだけれど、同じように受け入れているというのに国の雰囲気はまったく違う。
べーチェル国はガジェットによって賑やかで、ミストラル国は貿易が盛んでかなりの確率で義賊とすれ違う。そしてバプティスタ国は、人が多いにも関わらず喧騒は一切しない。みんな規則に忠実で、自分のやるべきことをしっかりと行っていた。
警備で立っている騎士二人の視線を受けつつ国に入るための門をくぐり、目的地に視線を向ける。
「それじゃあ行こうか。連絡はしているんだろ?」
「うん、ちゃんと今日行くよって連絡しておいた」
「なら大丈夫だね」
相手も忙しいから入れ違いにならないよう、前もって今日会うことを約束していた。彼ならもしかしたら突然訪問して会いたいと言っても都合をつけて会ってくれるかもしれないけれど、流石に仕事の邪魔はできない。
大量の荷物を抱えているせいでちょっと周囲の目が気になったけれど、なるべく通行人の邪魔にならないように歩く。規則正しくというのが国の方針のため露店があったとしてもガチャガチャしていない。パッと見た目があんまり変わっていないのはバプティスタ国かもしれない、そう思いながら足を進めれば大きな城が見えてきた。
城の近くにある鍛錬所から声が聞こえてきて、そっちに視線を向けつつも城門の前で一度立ち止まる。警備の騎士に用件を聞かれ名前を出せばすぐに納得したのか、一人に目配せをすると即座にガジェットで連絡を取っていた。
「少々お待ちを」
そう言われて少し待っていると、その人は本当にすぐに現れた。
「すまない、待たせてしまったか」
「ううん、全然待ってない」
「久しぶりだな、アミィ。それにフレイも」
私とフレイの顔を交互に見て爽やかな笑顔でそう言ったのは、立派な騎士の服を着ているウィルだった。お仕事中だったかなと思ったけれど汗を流している様子はない。もしかしたら私が来るとわかっていたから執務のほうを頑張っていたのかもしれない。
「久しぶり。と言ってもあたしは今回アミィの付き添いだけどね」
「そうなのか。ところで、その大荷物は?」
「ルーファスからのお土産。バプティスタ国の騎士の人たちにって」
「これはまた……大量だな」
ルーファスから託されたお土産はラピス教会で採れた大量の野菜だった。バプティスタ国の騎士とラピス教会の人たちは前と変わらず良好な関係を築いている。
八年経った今イグニート国王のような人間は未だ出てきてはいないけれど、それでもどこも安全というわけでもない。優しい人もいれば、その逆の人だっている。人から物を奪って自分の物にしようという考えを持っている人がいなくなることはなく、それらの人たちから人々を守るのもまた騎士の役目だった。
ラピス教会は孤児も多いため、警護のためにとバプティスタ国の騎士から数名派遣されている。
ちょっとルーファス一人でも大丈夫じゃないのかなって思わないわけでもないけど。
そして騎士の人たちが傷を負えばラピス教会の人たちがその傷を癒やす。そうして互いに共存して、これからも続くようにという願いがこのお土産には託されているのだと思う。私たちからお土産をもらったウィルはお礼を言いつつ、近くに控えていた部下の人に備蓄庫に運ぶように指示を出した。
「ウィル、忙しいのにわざわざ会う約束してくれてありがとう」
「いいや礼には及ばないさ。寧ろ僕の部下は感謝していたよ。なにせここのところ休みなしで働いていたものだからね。これを期に休め! と背中を押されてしまったよ」
「アンタも大変なんだねぇ」
「それはお互い様だろう?」
みんなで視線を合わせて軽く肩を竦めて、そして小さく吹き出した。実はあれからみんな揃って集まるということが中々できないでいる。会ったとしてもこうしてそれぞれの仕事の合間、という感じで長い時間を共にできない。
「ウィル、騎士団長の服似合ってる」
ウィルは今までの功績を認められて一気に騎士団長まで上り詰めたという知らせをガジェット越しに受けた。直接会うことはなくてもガジェットで通信できる。便利になったねとたまに連絡しあっているけれど、この間ウィルとの通信でそのことを教えてもらった。
なら直接会ってお祝いしたいな、と思ったけれど私もウィルも忙しくてそれはまだ叶わないでいる。
私の言葉に少しはにかんで見せたウィルは小さく頬をぽりぽりと掻いた。
「まだまだ精進しなければならないと思っているよ」
「第二じゃないんだっけ?」
「ああ、第五騎士団だ。機動力を主にしていてあらゆる場面での活躍を期待されている」
確か第一が王周辺の警備、第二が前線部隊、と部隊別で特徴があると言っていたなと前に教えてもらったことを思い返す。さっきの話を聞く限り、ざっくり言うと「何でも屋さん」みたいだなと顎に手を当てて思案した。状況把握に秀でていて咄嗟に動ける瞬発力、なんでもできる器用さがないと所属するのが難しそうだ。
八年前にやっていたことみたいだな、と思わないわけでもない。確かミストラル国襲撃の時は「遊撃部隊」みたいなことを言っていたけれど、ウィルの部隊はそんな感じなのだろう。それこそあの時の経験を活かす部隊なのかもしれない。
とかなんとか考えていたら隣から「ぬあっ!」っていう声が上がった。びっくりして目を丸くしつつ視線を向けてみると、小さいガジェットが光っていてフレイの眉間にどんどん皺が寄っていく。
「アイツまたっ……! ごめんあたし船に戻るから!」
「あ、うん!」
って、私の返事を聞く前にフレイはピューッと港のほうに向かって走り去ってしまった。多分、じゃなくて絶対、クルエルダが何かをしでかしたに違いない。
「……二人とも、相変わらずみたいだな」
「うん。相変わらず仲がいいよ」
「二人の『仲がいい』は僕たちから見たら少し特殊だけど」
「だね」
お互い顔を見合わせて、プッと小さく笑う。だって本当にフレイとクルエルダの喧嘩は変わらないんだもん。
「アミィ、まだ時間はあるだろうか? あるようなら王都内を少し案内したいんだが」
「うん、お願い!」
「それならばレディー、お手をどうぞ」
片手は胸に、そしてもう片手は私のほうに差し出して恭しく頭を下げたウィルはとても様になっている。本当に絵本から飛び出してきた騎士様のようだ。でもわざわざそんなことされるような仲でもないのに、とクスクスと笑みをこぼして差し出された手に自分の手を重ねる。
「ふふっ、ウィルから『レディー』っていう言葉が出てくるとは思わなかった」
「自分で言っておきながら少し恥ずかしくなってしまったよ」
「あははっ!」
騎士団長になって少し遠くの人になったような感じがしたけれど、でも会って会話をするとよく知っているウィルのままだった。すごく真面目で天然なところがあるのは変わらない。
王都内を案内してもらいつつ、今まで何があったのかをお互いに相手に伝える。以前のようにイグニート国が攻めてくることはなくなったため、随分と余裕を持てるようになったと私が見たことのないお店を指さしながらウィルは話を続ける。
私も私のほうで、ほんの少しだけれど精霊たちの力が戻りつつあるんじゃないかということを告げた。前のように精霊たちは私たちの前に姿を現すことはない。キラキラとした姿をあれ以来見ていない。それでもこの世界のどこかに彼らはいるのだと、その存在は確かに感じ取ることができるようになっていた。
会話を続けているとふと一人の女性がウィルに声をかけた。少しだけ頬を赤らめて一輪の花を差し出してくる。ウィルは穏やかな表情で礼を言ったけれど、その一輪の花を受け取ることはなかった。女性は少し落ち込んでいたけれど「頑張ってください」と一言残して目の前から去っていった。
昔から一緒に行動していたから気にしたことはなかったけれど、改めてウィルの顔を見上げてみる。金髪の髪に整った顔。服の下に隠れている屈強な身体。うん、ウィルは女性にモテる要素をいっぱい持っている。
「ウィルはまだ結婚しないの?」
何気なく言った言葉だったけど、ウィルは少し咽た。そして二、三度軽く咳払いをして私に視線を向ける。
「そうだな。なにせ団長となってからまた忙しくなってしまったものだから……今は自分のことで手一杯、というのが正直なところだ」
「ふーん?」
そういえばウィルの前の上司の人も結婚してる感じではなかった。そもそもあんな強面の奥さんになりたいっていう人いるのかどうか。と、思ってしまうのはやっぱり第一印象が最悪だったせいだ。そこまで悪い人じゃないっていうのはわかるけど、今でもどこか苦手意識がある。正直ウィルに会いに行った時鉢合わせしたらどうしようと考えたぐらいだ。
でも確かにウィルの言う通り、みんな自分のやりたいことを今精一杯やっている。別にそれが嫌というわけでもなく充実した日々を送っているけれど、余裕を持てるようになるのはもうしばらくしてからかなとみんな思っている節があるかもしれない。
「でも、約束はしてたほうがいいんじゃない?」
「……えっ」
「待ってるかもしれないし」
「……アミィ」
「誰とは言わないけど」
「アミィ」
含みを持たせた言い方をすると、まん丸な目がこっちに向く。ついニヤニヤとした表情を向けてしまって、それを見た途端ウィルの表情が一瞬固まった。そしてすぐに軽く息を吐き出す。
「まったく……嫌なところばかり似てしまって」
「えっ、似てる?」
「似てるよ、とてもね」
その言い方とその表情はそのままだと、ウィルは若干呆れつつ私の頭を軽く小突いた。
誰に、とは言わなかったけれど。私たちの間にある共通の相手なんてほんの一握り。その中から探し当てることなんてとても簡単なことだった。思わず嬉しくなってにこにこと笑みを浮かべれば、ウィルは昔と変わらない優しい笑顔を浮かべた。
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