krystallos

みけねこ

文字の大きさ
上 下
131 / 159

131.風を浴びて

しおりを挟む
「ここで待ってるから。ゆっくりしてきな」
「うん、ありがとうフレイ」
「アンタもここで大人しく待ってるだよ!」
「なんですか、人を珍獣みたいに扱って」
「似たようなもんだろ‼」
 二人のそんなやり取りに笑顔を浮かべつつ、ウィンドシア大陸にある港に停めてもらって船から降りる。前までは少し離れた場所にあった港も、ガジェットが普及した今では若干不便だからとべーチェル国にも停めれるようにと整備された。おかげで移動時間が短縮されて利便性が増した。ただ直接首都に出入りできるようになったため、ちょっとした検問は設置されている。
 その検問を無事に通過すれば、あっという間にべーチェル国国内だ。国は八年前大きな被害が出たにも関わらず、今ではガジェットを追い求め大勢の人で賑わっている。あちこちきょろきょろしながら歩いてしまうと人に簡単にぶつかってしまう。だから前方に注意しながら目的の場所まで足を進めた。
 初めて来た時何もかもが新鮮に見えていたな、なんて当時のことを思い返す。あの時はまだべーチェル国のほとんどの人が『茶』か『黒』で、それ以外の人の姿は見渡らず周囲から少し疑惑の目で見られていた、と思う。そういうあやふやな感想になってしまうのは、当時私は周りの目などまったく気にしていなかったし理解もしていなかったからだ。目の色が違っていても、同じ人間で物事の考え方にも違いがないと思っていた。
 あの時外に出るなという忠告はきっと適切だった。そう思いながら人に当たらないように避けつつも辺りを見渡してみる。今この国の瞳の色は様々だ。もちろんガジェットの職人には『茶』や『黒』が目立つけれど、若い人の中にはそれ以外の色も見られる。
 でも今回私がべーチェル国にやってきたのはガジェット職人に用があるわけじゃない。色んなお店が出てきたな、そう思いながらもお店の前を通り過ぎていく。
 少し奥まで歩くと、そびえ立っている城が見えてくる。中はガジェット仕掛けになっていて何があった時に城を守る要となる。今後そのガジェットが動くようなことが起きませんように、そう思いながら城前にある広場までやってきた。この場所も随分と懐かしく感じる。
 八年前はただ大きな城に驚くばかりで、その直後にあんな恐ろしい目に合うとは思ってもみなかった。あんなはっきりとした敵意を真正面から、しかも一斉に浴びることなんてよほどの罪人じゃない限りきっとない。それが自分の身に起きたことなのだから、今となっては本当にあったことなのかと思ってしまうほどだ。実際あって、ちゃんと記憶にも残っているのだけれど。
 でもそういう状況でも、身を挺して守ってくれる人がいた。その存在がどれほど心強かったか。
 過去のことを思いだしつつ、城の中には入らずに近くにあった喫茶店へと足を運ぶ。ここはべーチェル国の騎士の人たちの御用達だ。でも一般人でも気軽に入れるお店になっている。柔らかい雰囲気のお店だから、騎士とそしてその恋人のデート場所にもなっていた。
 お店に入れば休日の騎士とその恋人の姿がちらほら見える。やっぱり城近くということもあって騎士の人たちは恋人とキャッキャすることは自重して、そっと寄り添って微笑み合っていることを楽しんでいた。そんな姿が素敵だなと思いつつ、じろじろと見るのは失礼にあたるからそっと視線を外して奥の席に腰を下ろした。やってきた店員さんにミルクティーを注文して窓の外に視線を向ける。
 店内はゆっくり過ごせるようにと音が出るガジェットから穏やかな音楽が流れている。店から一歩出ればさっきみたいに賑やかな町並みで、あちこちからガジェットの起動音も聞こえてくる。でもそれもべーチェル国らしくて、こうして穏やかに過ごせる場所も外の賑やかな場所も好きだった。
 運ばれてきたミルクティーを飲みながら、こういうのを好んで飲んでいるからまだ子ども扱いされる部分もあるのかな。と思いつつ、でもこの甘さで身体が癒やされるのだからしょうがない、とも思いつつ。来客の知らせを告げるベルが鳴って反射的に顔を上げた。
「すまない、待たせたな」
「ううん、こっちこそ忙しいのにごめんね。ライラさん」
「本当ならば今日は休日のはずだったんだ。まさか部下が……いいや、愚痴を零したところで仕方がないんだが」
「大変だね……」
 慌てて私の席にやってきたのはべーチェル国の騎士であるライラさんだった。数日前にべーチェル国に向かうという知らせを出してから、ならば会おうとライラさんから言ってくれて会う約束をしていたんだけど。どうやら先にお仕事が入ってしまったようだ。
 慌てさせてしまって申し訳ないと頭を下げようとしたけれど、その様子に気付いたライラさんが手で素早くそれを制する。気にするな、と笑顔を浮かべて私の前に座るとアイスティーを注文した。別の席で少しこっちの様子を伺ってきたのは、もしかしたらライラさんの部下なのか。私と目が合った瞬間軽く会釈をして顔を恋人のほうへ向き直していた。
「変わりはないか? アミィ」
「うん、変わらず精霊のことであちこち調べまくってる」
「そうか。私のほうも変わりはない……と言えばいいのか。ただ少し部下が増えてしまってな、その指導で多少苦戦を強いられている」
「ライラさんが? その部下の人は問題児なの?」
「血気盛んなんだ。八年前、当時子どもだった者たちが憧れを抱いて騎士に入団するようになってきている。別に悪いことではないのだがな」
 あのテンションについていけるかわからない、と苦笑を浮かべたライラさんは運ばれてきたアイスティーに口をつけた。そうか、八年も経てば子どもだった子たちも成人している。当時何がどうなっているのかわからなくても、自分たちを守るために戦ってくれた騎士の姿ははっきりと覚えているんだろう。
 滑らかに動いている義手の右手に視線を向けつつ、八年っていう月日は意外にも長いもんなんだなぁとしみじみ思ってしまった。
「ああ、そういえば。変わったことといえば父のことだな」
「ライラさんのお父さん?」
「そうだ。なんと父は、イグニート国に戻ってしまったよ」
「え⁈」
 思わずびっくりして声を上げてしまった。周りの目がサッとこっちを向いたものだから急いで手で口を覆い隠す。ライラさんのお父さんは確かライラさんと一緒にべーチェル国に逃げてきて、そしてそれからガジェット職人になったはず。
 今のベーチェル国はどこの国とも敵対関係じゃない。というよりも、どこかに攻め入ることができる国力ではなくなった。そもそも国をまとめる王が不在だ。一応国としての存続はしているけれど、それも三カ国の支援があるからだ。
 八年前に主を失ったイグニート国は、国自体がなくなることはなかった。王がいなくなったとしても、大勢の人が犠牲になったけれど国で暮らしている人はまだいる。特に何の罪もなく牢屋に囚われていた人たちは予想より遥かにいたそうだ。その罪のない人たちを罰することもできず、争いの責任を国王の代わりに負わせるわけにもいかない。
 だからといってそれほどの人数を各国が受け入れるには、争いの爪痕が大きく残りすぎていた。しかも当時イグニート国の人間だと知られた瞬間、負の感情が真っ直ぐ向けられてしまう。そういうこともあって各国は国を残し、立ち直るまで少しずつ支援していくという形を取った。
 けれどこれがまた簡単にいく話でもなかった。イグニート国民の思考はイグニート国王の意向に強く影響を受けていた。そういう教育を施していたことが原因だと思う。精霊は消耗品、力こそがすべてだという考えが国民にも根付いていてそこの意識改革が先決だとされていたんだけど。人の価値観を真逆に変えるのはとても難しい。
 でもそれが近年では徐々にだけれど改善されていっている、ということをミストラル国王が小さく零した。やっとだ、と肩の力を抜いたミストラル国王には少しだけ疲労の色が見えていた。私たちの予想よりもとても苦労したんだろう。
 とあるイグニート国にいる一人の青年が、声を上げたそうだ。彼は子どもの頃から長い間ずっと罪もなく牢屋に囚われていた身だったらしい。父親が兵士に連れて行かれ、その後普通に暮らしていたところ家族もろとも牢屋に入れられてしまったとのこと。
 青年はずっと力こそがすべてというやり方に疑問を抱いていて、それがはっきりと間違っていることに気付いたのはある日牢屋で起こった出来事だった。強い力を持っていても、決して人を傷付けることはない。それができる人間がいるということを知ったそうだ。
 詳しい話はわからない。でも青年から直接話しを聞いたミストラル国王はその牢屋で起きた出来事に感謝していた。力を持っていてもそれは決して人を捻じ伏せるものではないと青年に教えてくれたその人間に感謝していると、笑ってみせた。
「どうやら父もその青年の話を人づてで聞いたようでな。若い子がそうして立ち上がったというのに、国から逃げてきた自分が情けなくなったよと笑っていたんだ。当時は逃げなければならない状況だったんだ、父が恥じることなど何一つないというのに」
「それで、ライラさんのお父さんはイグニート国に?」
「ああ。父は今でこそガジェット職人だが、元は精霊に関する研究者だった。その知識が絶対に役に立つと、明るい表情でべーチェル国を発ったよ」
「ライラさんは……お父さんについていかなかったの?」
「私はまぁ……正直父ほどイグニート国に思い入れがあるわけでもない。それに私には敬愛する人がこの国にいる。その方に仕えることこそが私の幸せなんだ。だからこの国を離れることはない」
 お父さんとのお別れも寂しかっただろうに。けれど今は昔と比べてガジェットが進化したおかげで気軽に連絡を取り合うことができる。そういうこともあって父を見送ったのだとライラさんは朗らかな表情で告げた。
「アミィも、父と会うことがあればよろしく頼む。お互い精霊の話で盛り上がると思うしな」
「うん、ライラさんのことも伝えておくね」
「ふふ、ありがとう」
 優しく笑ったライラさんとお茶を飲み終えて、ほんの少しの間国の中を案内してもらった。人が増えて賑やかになったこともあるけれど、ガジェットに更に力を入れるようになってから作業場も随分と増築されたそうだ。確かに少し国の範囲が広がっている、と思いつつ上を見上げてみる。
 そこには八年前と同じように、風を動力に変えるガジェットがその風を受けてくるくると回っていた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

凡人がおまけ召喚されてしまった件

根鳥 泰造
ファンタジー
 勇者召喚に巻き込まれて、異世界にきてしまった祐介。最初は勇者の様に大切に扱われていたが、ごく普通の才能しかないので、冷遇されるようになり、ついには王宮から追い出される。  仕方なく冒険者登録することにしたが、この世界では希少なヒーラー適正を持っていた。一年掛けて治癒魔法を習得し、治癒剣士となると、引く手あまたに。しかも、彼は『強欲』という大罪スキルを持っていて、倒した敵のスキルを自分のものにできるのだ。  それらのお蔭で、才能は凡人でも、数多のスキルで能力を補い、熟練度は飛びぬけ、高難度クエストも熟せる有名冒険者となる。そして、裏では気配消去や不可視化スキルを活かして、暗殺という裏の仕事も始めた。  異世界に来て八年後、その暗殺依頼で、召喚勇者の暗殺を受けたのだが、それは祐介を捕まえるための罠だった。祐介が暗殺者になっていると知った勇者が、改心させよう企てたもので、その後は勇者一行に加わり、魔王討伐の旅に同行することに。  最初は脅され渋々同行していた祐介も、勇者や仲間の思いをしり、どんどん勇者が好きになり、勇者から告白までされる。  だが、魔王を討伐を成し遂げるも、魔王戦で勇者は祐介を庇い、障害者になる。  祐介は、勇者の嘘で、病院を作り、医師の道を歩みだすのだった。

愚かな父にサヨナラと《完結》

アーエル
ファンタジー
「フラン。お前の方が年上なのだから、妹のために我慢しなさい」 父の言葉は最後の一線を越えてしまった。 その言葉が、続く悲劇を招く結果となったけど・・・ 悲劇の本当の始まりはもっと昔から。 言えることはただひとつ 私の幸せに貴方はいりません ✈他社にも同時公開

(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」

音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。 本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。 しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。 *6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。

【完結】【勇者】の称号が無かった美少年は王宮を追放されたのでのんびり異世界を謳歌する

雪雪ノ雪
ファンタジー
ある日、突然学校にいた人全員が【勇者】として召喚された。 その召喚に巻き込まれた少年柊茜は、1人だけ【勇者】の称号がなかった。 代わりにあったのは【ラグナロク】という【固有exスキル】。 それを見た柊茜は 「あー....このスキルのせいで【勇者】の称号がなかったのかー。まぁ、ス・ラ・イ・厶・に【勇者】って称号とか合わないからなぁ…」 【勇者】の称号が無かった柊茜は、王宮を追放されてしまう。 追放されてしまった柊茜は、特に慌てる事もなくのんびり異世界を謳歌する..........たぶん….... 主人公は男の娘です 基本主人公が自分を表す時は「私」と表現します

王子を身籠りました

青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。 王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。 再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。

無能なので辞めさせていただきます!

サカキ カリイ
ファンタジー
ブラック商業ギルドにて、休みなく働き詰めだった自分。 マウントとる新人が入って来て、馬鹿にされだした。 えっ上司まで新人に同調してこちらに辞めろだって? 残業は無能の証拠、職務に時間が長くかかる分、 無駄に残業代払わせてるからお前を辞めさせたいって? はいはいわかりました。 辞めますよ。 退職後、困ったんですかね?さあ、知りませんねえ。 自分無能なんで、なんにもわかりませんから。 カクヨム、なろうにも同内容のものを時差投稿しております。

【完結】辺境伯令嬢は新聞で婚約破棄を知った

五色ひわ
恋愛
 辺境伯令嬢としてのんびり領地で暮らしてきたアメリアは、カフェで見せられた新聞で自身の婚約破棄を知った。真実を確かめるため、アメリアは3年ぶりに王都へと旅立った。 ※本編34話、番外編『皇太子殿下の苦悩』31+1話、おまけ4話

「クズスキルの偽者は必要無い!」と公爵家を追放されたので、かけがえのない仲間と共に最高の国を作ります

古河夜空
ファンタジー
「お前をルートベルク公爵家から追放する――」それはあまりにも突然の出来事だった。 一五歳の誕生日を明日に控えたレオンは、公爵家を追放されてしまう。魔を制する者“神託の御子”と期待されていた、ルートベルク公爵の息子レオンだったが、『継承』という役立たずのスキルしか得ることができず、神託の御子としての片鱗を示すことが出来なかったため追放されてしまう。 一人、逃げる様に王都を出て行くレオンだが、公爵家の汚点たる彼を亡き者にしようとする、ルートベルク公爵の魔の手が迫っていた。「絶対に生き延びてやる……ッ!」レオンは己の力を全て使い、知恵を絞り、公爵の魔の手から逃れんがために走る。生き延びるため、公爵達を見返すため、自分を信じてくれる者のため。 どれだけ窮地に立たされようとも、秘めた想いを曲げない少年の周りには、人、エルフ、ドワーフ、そして魔族、種族の垣根を越えたかけがえの無い仲間達が集い―― これは、追放された少年が最高の国を作りあげる物語。 ※他サイト様でも掲載しております。

処理中です...