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131.風を浴びて
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「ここで待ってるから。ゆっくりしてきな」
「うん、ありがとうフレイ」
「アンタもここで大人しく待ってるだよ!」
「なんですか、人を珍獣みたいに扱って」
「似たようなもんだろ‼」
二人のそんなやり取りに笑顔を浮かべつつ、ウィンドシア大陸にある港に停めてもらって船から降りる。前までは少し離れた場所にあった港も、ガジェットが普及した今では若干不便だからとべーチェル国にも停めれるようにと整備された。おかげで移動時間が短縮されて利便性が増した。ただ直接首都に出入りできるようになったため、ちょっとした検問は設置されている。
その検問を無事に通過すれば、あっという間にべーチェル国国内だ。国は八年前大きな被害が出たにも関わらず、今ではガジェットを追い求め大勢の人で賑わっている。あちこちきょろきょろしながら歩いてしまうと人に簡単にぶつかってしまう。だから前方に注意しながら目的の場所まで足を進めた。
初めて来た時何もかもが新鮮に見えていたな、なんて当時のことを思い返す。あの時はまだべーチェル国のほとんどの人が『茶』か『黒』で、それ以外の人の姿は見渡らず周囲から少し疑惑の目で見られていた、と思う。そういうあやふやな感想になってしまうのは、当時私は周りの目などまったく気にしていなかったし理解もしていなかったからだ。目の色が違っていても、同じ人間で物事の考え方にも違いがないと思っていた。
あの時外に出るなという忠告はきっと適切だった。そう思いながら人に当たらないように避けつつも辺りを見渡してみる。今この国の瞳の色は様々だ。もちろんガジェットの職人には『茶』や『黒』が目立つけれど、若い人の中にはそれ以外の色も見られる。
でも今回私がべーチェル国にやってきたのはガジェット職人に用があるわけじゃない。色んなお店が出てきたな、そう思いながらもお店の前を通り過ぎていく。
少し奥まで歩くと、そびえ立っている城が見えてくる。中はガジェット仕掛けになっていて何があった時に城を守る要となる。今後そのガジェットが動くようなことが起きませんように、そう思いながら城前にある広場までやってきた。この場所も随分と懐かしく感じる。
八年前はただ大きな城に驚くばかりで、その直後にあんな恐ろしい目に合うとは思ってもみなかった。あんなはっきりとした敵意を真正面から、しかも一斉に浴びることなんてよほどの罪人じゃない限りきっとない。それが自分の身に起きたことなのだから、今となっては本当にあったことなのかと思ってしまうほどだ。実際あって、ちゃんと記憶にも残っているのだけれど。
でもそういう状況でも、身を挺して守ってくれる人がいた。その存在がどれほど心強かったか。
過去のことを思いだしつつ、城の中には入らずに近くにあった喫茶店へと足を運ぶ。ここはべーチェル国の騎士の人たちの御用達だ。でも一般人でも気軽に入れるお店になっている。柔らかい雰囲気のお店だから、騎士とそしてその恋人のデート場所にもなっていた。
お店に入れば休日の騎士とその恋人の姿がちらほら見える。やっぱり城近くということもあって騎士の人たちは恋人とキャッキャすることは自重して、そっと寄り添って微笑み合っていることを楽しんでいた。そんな姿が素敵だなと思いつつ、じろじろと見るのは失礼にあたるからそっと視線を外して奥の席に腰を下ろした。やってきた店員さんにミルクティーを注文して窓の外に視線を向ける。
店内はゆっくり過ごせるようにと音が出るガジェットから穏やかな音楽が流れている。店から一歩出ればさっきみたいに賑やかな町並みで、あちこちからガジェットの起動音も聞こえてくる。でもそれもべーチェル国らしくて、こうして穏やかに過ごせる場所も外の賑やかな場所も好きだった。
運ばれてきたミルクティーを飲みながら、こういうのを好んで飲んでいるからまだ子ども扱いされる部分もあるのかな。と思いつつ、でもこの甘さで身体が癒やされるのだからしょうがない、とも思いつつ。来客の知らせを告げるベルが鳴って反射的に顔を上げた。
「すまない、待たせたな」
「ううん、こっちこそ忙しいのにごめんね。ライラさん」
「本当ならば今日は休日のはずだったんだ。まさか部下が……いいや、愚痴を零したところで仕方がないんだが」
「大変だね……」
慌てて私の席にやってきたのはべーチェル国の騎士であるライラさんだった。数日前にべーチェル国に向かうという知らせを出してから、ならば会おうとライラさんから言ってくれて会う約束をしていたんだけど。どうやら先にお仕事が入ってしまったようだ。
慌てさせてしまって申し訳ないと頭を下げようとしたけれど、その様子に気付いたライラさんが手で素早くそれを制する。気にするな、と笑顔を浮かべて私の前に座るとアイスティーを注文した。別の席で少しこっちの様子を伺ってきたのは、もしかしたらライラさんの部下なのか。私と目が合った瞬間軽く会釈をして顔を恋人のほうへ向き直していた。
「変わりはないか? アミィ」
「うん、変わらず精霊のことであちこち調べまくってる」
「そうか。私のほうも変わりはない……と言えばいいのか。ただ少し部下が増えてしまってな、その指導で多少苦戦を強いられている」
「ライラさんが? その部下の人は問題児なの?」
「血気盛んなんだ。八年前、当時子どもだった者たちが憧れを抱いて騎士に入団するようになってきている。別に悪いことではないのだがな」
あのテンションについていけるかわからない、と苦笑を浮かべたライラさんは運ばれてきたアイスティーに口をつけた。そうか、八年も経てば子どもだった子たちも成人している。当時何がどうなっているのかわからなくても、自分たちを守るために戦ってくれた騎士の姿ははっきりと覚えているんだろう。
滑らかに動いている義手の右手に視線を向けつつ、八年っていう月日は意外にも長いもんなんだなぁとしみじみ思ってしまった。
「ああ、そういえば。変わったことといえば父のことだな」
「ライラさんのお父さん?」
「そうだ。なんと父は、イグニート国に戻ってしまったよ」
「え⁈」
思わずびっくりして声を上げてしまった。周りの目がサッとこっちを向いたものだから急いで手で口を覆い隠す。ライラさんのお父さんは確かライラさんと一緒にべーチェル国に逃げてきて、そしてそれからガジェット職人になったはず。
今のベーチェル国はどこの国とも敵対関係じゃない。というよりも、どこかに攻め入ることができる国力ではなくなった。そもそも国をまとめる王が不在だ。一応国としての存続はしているけれど、それも三カ国の支援があるからだ。
八年前に主を失ったイグニート国は、国自体がなくなることはなかった。王がいなくなったとしても、大勢の人が犠牲になったけれど国で暮らしている人はまだいる。特に何の罪もなく牢屋に囚われていた人たちは予想より遥かにいたそうだ。その罪のない人たちを罰することもできず、争いの責任を国王の代わりに負わせるわけにもいかない。
だからといってそれほどの人数を各国が受け入れるには、争いの爪痕が大きく残りすぎていた。しかも当時イグニート国の人間だと知られた瞬間、負の感情が真っ直ぐ向けられてしまう。そういうこともあって各国は国を残し、立ち直るまで少しずつ支援していくという形を取った。
けれどこれがまた簡単にいく話でもなかった。イグニート国民の思考はイグニート国王の意向に強く影響を受けていた。そういう教育を施していたことが原因だと思う。精霊は消耗品、力こそがすべてだという考えが国民にも根付いていてそこの意識改革が先決だとされていたんだけど。人の価値観を真逆に変えるのはとても難しい。
でもそれが近年では徐々にだけれど改善されていっている、ということをミストラル国王が小さく零した。やっとだ、と肩の力を抜いたミストラル国王には少しだけ疲労の色が見えていた。私たちの予想よりもとても苦労したんだろう。
とあるイグニート国にいる一人の青年が、声を上げたそうだ。彼は子どもの頃から長い間ずっと罪もなく牢屋に囚われていた身だったらしい。父親が兵士に連れて行かれ、その後普通に暮らしていたところ家族もろとも牢屋に入れられてしまったとのこと。
青年はずっと力こそがすべてというやり方に疑問を抱いていて、それがはっきりと間違っていることに気付いたのはある日牢屋で起こった出来事だった。強い力を持っていても、決して人を傷付けることはない。それができる人間がいるということを知ったそうだ。
詳しい話はわからない。でも青年から直接話しを聞いたミストラル国王はその牢屋で起きた出来事に感謝していた。力を持っていてもそれは決して人を捻じ伏せるものではないと青年に教えてくれたその人間に感謝していると、笑ってみせた。
「どうやら父もその青年の話を人づてで聞いたようでな。若い子がそうして立ち上がったというのに、国から逃げてきた自分が情けなくなったよと笑っていたんだ。当時は逃げなければならない状況だったんだ、父が恥じることなど何一つないというのに」
「それで、ライラさんのお父さんはイグニート国に?」
「ああ。父は今でこそガジェット職人だが、元は精霊に関する研究者だった。その知識が絶対に役に立つと、明るい表情でべーチェル国を発ったよ」
「ライラさんは……お父さんについていかなかったの?」
「私はまぁ……正直父ほどイグニート国に思い入れがあるわけでもない。それに私には敬愛する人がこの国にいる。その方に仕えることこそが私の幸せなんだ。だからこの国を離れることはない」
お父さんとのお別れも寂しかっただろうに。けれど今は昔と比べてガジェットが進化したおかげで気軽に連絡を取り合うことができる。そういうこともあって父を見送ったのだとライラさんは朗らかな表情で告げた。
「アミィも、父と会うことがあればよろしく頼む。お互い精霊の話で盛り上がると思うしな」
「うん、ライラさんのことも伝えておくね」
「ふふ、ありがとう」
優しく笑ったライラさんとお茶を飲み終えて、ほんの少しの間国の中を案内してもらった。人が増えて賑やかになったこともあるけれど、ガジェットに更に力を入れるようになってから作業場も随分と増築されたそうだ。確かに少し国の範囲が広がっている、と思いつつ上を見上げてみる。
そこには八年前と同じように、風を動力に変えるガジェットがその風を受けてくるくると回っていた。
「うん、ありがとうフレイ」
「アンタもここで大人しく待ってるだよ!」
「なんですか、人を珍獣みたいに扱って」
「似たようなもんだろ‼」
二人のそんなやり取りに笑顔を浮かべつつ、ウィンドシア大陸にある港に停めてもらって船から降りる。前までは少し離れた場所にあった港も、ガジェットが普及した今では若干不便だからとべーチェル国にも停めれるようにと整備された。おかげで移動時間が短縮されて利便性が増した。ただ直接首都に出入りできるようになったため、ちょっとした検問は設置されている。
その検問を無事に通過すれば、あっという間にべーチェル国国内だ。国は八年前大きな被害が出たにも関わらず、今ではガジェットを追い求め大勢の人で賑わっている。あちこちきょろきょろしながら歩いてしまうと人に簡単にぶつかってしまう。だから前方に注意しながら目的の場所まで足を進めた。
初めて来た時何もかもが新鮮に見えていたな、なんて当時のことを思い返す。あの時はまだべーチェル国のほとんどの人が『茶』か『黒』で、それ以外の人の姿は見渡らず周囲から少し疑惑の目で見られていた、と思う。そういうあやふやな感想になってしまうのは、当時私は周りの目などまったく気にしていなかったし理解もしていなかったからだ。目の色が違っていても、同じ人間で物事の考え方にも違いがないと思っていた。
あの時外に出るなという忠告はきっと適切だった。そう思いながら人に当たらないように避けつつも辺りを見渡してみる。今この国の瞳の色は様々だ。もちろんガジェットの職人には『茶』や『黒』が目立つけれど、若い人の中にはそれ以外の色も見られる。
でも今回私がべーチェル国にやってきたのはガジェット職人に用があるわけじゃない。色んなお店が出てきたな、そう思いながらもお店の前を通り過ぎていく。
少し奥まで歩くと、そびえ立っている城が見えてくる。中はガジェット仕掛けになっていて何があった時に城を守る要となる。今後そのガジェットが動くようなことが起きませんように、そう思いながら城前にある広場までやってきた。この場所も随分と懐かしく感じる。
八年前はただ大きな城に驚くばかりで、その直後にあんな恐ろしい目に合うとは思ってもみなかった。あんなはっきりとした敵意を真正面から、しかも一斉に浴びることなんてよほどの罪人じゃない限りきっとない。それが自分の身に起きたことなのだから、今となっては本当にあったことなのかと思ってしまうほどだ。実際あって、ちゃんと記憶にも残っているのだけれど。
でもそういう状況でも、身を挺して守ってくれる人がいた。その存在がどれほど心強かったか。
過去のことを思いだしつつ、城の中には入らずに近くにあった喫茶店へと足を運ぶ。ここはべーチェル国の騎士の人たちの御用達だ。でも一般人でも気軽に入れるお店になっている。柔らかい雰囲気のお店だから、騎士とそしてその恋人のデート場所にもなっていた。
お店に入れば休日の騎士とその恋人の姿がちらほら見える。やっぱり城近くということもあって騎士の人たちは恋人とキャッキャすることは自重して、そっと寄り添って微笑み合っていることを楽しんでいた。そんな姿が素敵だなと思いつつ、じろじろと見るのは失礼にあたるからそっと視線を外して奥の席に腰を下ろした。やってきた店員さんにミルクティーを注文して窓の外に視線を向ける。
店内はゆっくり過ごせるようにと音が出るガジェットから穏やかな音楽が流れている。店から一歩出ればさっきみたいに賑やかな町並みで、あちこちからガジェットの起動音も聞こえてくる。でもそれもべーチェル国らしくて、こうして穏やかに過ごせる場所も外の賑やかな場所も好きだった。
運ばれてきたミルクティーを飲みながら、こういうのを好んで飲んでいるからまだ子ども扱いされる部分もあるのかな。と思いつつ、でもこの甘さで身体が癒やされるのだからしょうがない、とも思いつつ。来客の知らせを告げるベルが鳴って反射的に顔を上げた。
「すまない、待たせたな」
「ううん、こっちこそ忙しいのにごめんね。ライラさん」
「本当ならば今日は休日のはずだったんだ。まさか部下が……いいや、愚痴を零したところで仕方がないんだが」
「大変だね……」
慌てて私の席にやってきたのはべーチェル国の騎士であるライラさんだった。数日前にべーチェル国に向かうという知らせを出してから、ならば会おうとライラさんから言ってくれて会う約束をしていたんだけど。どうやら先にお仕事が入ってしまったようだ。
慌てさせてしまって申し訳ないと頭を下げようとしたけれど、その様子に気付いたライラさんが手で素早くそれを制する。気にするな、と笑顔を浮かべて私の前に座るとアイスティーを注文した。別の席で少しこっちの様子を伺ってきたのは、もしかしたらライラさんの部下なのか。私と目が合った瞬間軽く会釈をして顔を恋人のほうへ向き直していた。
「変わりはないか? アミィ」
「うん、変わらず精霊のことであちこち調べまくってる」
「そうか。私のほうも変わりはない……と言えばいいのか。ただ少し部下が増えてしまってな、その指導で多少苦戦を強いられている」
「ライラさんが? その部下の人は問題児なの?」
「血気盛んなんだ。八年前、当時子どもだった者たちが憧れを抱いて騎士に入団するようになってきている。別に悪いことではないのだがな」
あのテンションについていけるかわからない、と苦笑を浮かべたライラさんは運ばれてきたアイスティーに口をつけた。そうか、八年も経てば子どもだった子たちも成人している。当時何がどうなっているのかわからなくても、自分たちを守るために戦ってくれた騎士の姿ははっきりと覚えているんだろう。
滑らかに動いている義手の右手に視線を向けつつ、八年っていう月日は意外にも長いもんなんだなぁとしみじみ思ってしまった。
「ああ、そういえば。変わったことといえば父のことだな」
「ライラさんのお父さん?」
「そうだ。なんと父は、イグニート国に戻ってしまったよ」
「え⁈」
思わずびっくりして声を上げてしまった。周りの目がサッとこっちを向いたものだから急いで手で口を覆い隠す。ライラさんのお父さんは確かライラさんと一緒にべーチェル国に逃げてきて、そしてそれからガジェット職人になったはず。
今のベーチェル国はどこの国とも敵対関係じゃない。というよりも、どこかに攻め入ることができる国力ではなくなった。そもそも国をまとめる王が不在だ。一応国としての存続はしているけれど、それも三カ国の支援があるからだ。
八年前に主を失ったイグニート国は、国自体がなくなることはなかった。王がいなくなったとしても、大勢の人が犠牲になったけれど国で暮らしている人はまだいる。特に何の罪もなく牢屋に囚われていた人たちは予想より遥かにいたそうだ。その罪のない人たちを罰することもできず、争いの責任を国王の代わりに負わせるわけにもいかない。
だからといってそれほどの人数を各国が受け入れるには、争いの爪痕が大きく残りすぎていた。しかも当時イグニート国の人間だと知られた瞬間、負の感情が真っ直ぐ向けられてしまう。そういうこともあって各国は国を残し、立ち直るまで少しずつ支援していくという形を取った。
けれどこれがまた簡単にいく話でもなかった。イグニート国民の思考はイグニート国王の意向に強く影響を受けていた。そういう教育を施していたことが原因だと思う。精霊は消耗品、力こそがすべてだという考えが国民にも根付いていてそこの意識改革が先決だとされていたんだけど。人の価値観を真逆に変えるのはとても難しい。
でもそれが近年では徐々にだけれど改善されていっている、ということをミストラル国王が小さく零した。やっとだ、と肩の力を抜いたミストラル国王には少しだけ疲労の色が見えていた。私たちの予想よりもとても苦労したんだろう。
とあるイグニート国にいる一人の青年が、声を上げたそうだ。彼は子どもの頃から長い間ずっと罪もなく牢屋に囚われていた身だったらしい。父親が兵士に連れて行かれ、その後普通に暮らしていたところ家族もろとも牢屋に入れられてしまったとのこと。
青年はずっと力こそがすべてというやり方に疑問を抱いていて、それがはっきりと間違っていることに気付いたのはある日牢屋で起こった出来事だった。強い力を持っていても、決して人を傷付けることはない。それができる人間がいるということを知ったそうだ。
詳しい話はわからない。でも青年から直接話しを聞いたミストラル国王はその牢屋で起きた出来事に感謝していた。力を持っていてもそれは決して人を捻じ伏せるものではないと青年に教えてくれたその人間に感謝していると、笑ってみせた。
「どうやら父もその青年の話を人づてで聞いたようでな。若い子がそうして立ち上がったというのに、国から逃げてきた自分が情けなくなったよと笑っていたんだ。当時は逃げなければならない状況だったんだ、父が恥じることなど何一つないというのに」
「それで、ライラさんのお父さんはイグニート国に?」
「ああ。父は今でこそガジェット職人だが、元は精霊に関する研究者だった。その知識が絶対に役に立つと、明るい表情でべーチェル国を発ったよ」
「ライラさんは……お父さんについていかなかったの?」
「私はまぁ……正直父ほどイグニート国に思い入れがあるわけでもない。それに私には敬愛する人がこの国にいる。その方に仕えることこそが私の幸せなんだ。だからこの国を離れることはない」
お父さんとのお別れも寂しかっただろうに。けれど今は昔と比べてガジェットが進化したおかげで気軽に連絡を取り合うことができる。そういうこともあって父を見送ったのだとライラさんは朗らかな表情で告げた。
「アミィも、父と会うことがあればよろしく頼む。お互い精霊の話で盛り上がると思うしな」
「うん、ライラさんのことも伝えておくね」
「ふふ、ありがとう」
優しく笑ったライラさんとお茶を飲み終えて、ほんの少しの間国の中を案内してもらった。人が増えて賑やかになったこともあるけれど、ガジェットに更に力を入れるようになってから作業場も随分と増築されたそうだ。確かに少し国の範囲が広がっている、と思いつつ上を見上げてみる。
そこには八年前と同じように、風を動力に変えるガジェットがその風を受けてくるくると回っていた。
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