krystallos

みけねこ

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94.追想④

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 俺が思わず目を疑ったのは、男がするりと城の入り口をすり抜けていったからだ。イグニート国の城の門は厳重に警戒されていて常に兵士たちが立っている。城の中に入るには許可書を持っていることと、あと手荷物検査を受けること。もしそこで武器か何かを持っていると即行で牢屋にぶち込まれる。
 っていうのにここは検査をされるどころか、剣を持ち甲冑を着ている男が二人立っているものの口も手も出してこなかった。そこに立ってる意味があんのかと思うほどだ。
 それだけでも目を疑ったっていうのに、男は迷うことなく城の中を歩いていく。いやこんな胡散臭いヤツを簡単に城の中で歩かせるなよと思いつつも、やっぱりあちこちにいる兵士たちは特に反応を示さない。この国は一体どうなっているんだ。しかもだ、我が物顔で歩いたかと思えば、勝手に部屋のドアを開けて中に入っていく。
「少ししたら来るだろうよ」
 誰がだよ、ともう聞く気にすらならない。そもそもここに来るまでになんら説明もなかったのだから、そういうことだろうと一人で納得した。
 部屋の中にはテーブルが一つ、それを挟むようにソファが二つ。俺と男は同じソファに腰を下ろしていた。男が来ると言っていた誰かが目の前に座るんだろう。ドアのほうに視線を向ければ特に見張りで誰かが立っているわけでもない。無用心なのか、それとも勝手に部屋に入ったため誰にも気付かれていないだけだ。それならそれで警備のほうはどうなってんだという話にもなってくるが。
 特に男と何かを喋るわけでもなく時間だけが過ぎていく、と思いきや。意外にもドアは早くも音を立てて開いた。
「悪い待たせたな。お? 見ない間に老けたんじゃねぇのか?」
「まだまだ若いわ! そういうお前さんもだいぶ板についてきたみてぇじゃねぇか」
「まぁな。あのいけ好かねぇジジィから王座をもぎ取ってやったんだ。それなりのことはやらなきゃ民たちは納得しない」
「その心配はしなくていいんじゃねぇのか? 他国に自国を売ろうとしていた王を誰が敬うかってんだ」
 入ってきたのは如何にも身なりのいい男。後ろにいるのは護衛が何かだろう。男二人が親しげに話しているのを見てその護衛が俺の隣に座っている男を睨みつけた。ただ男も男で別に気にした様子もなく、また入ってきた男も軽く手を上げてそれをやめさせた。もちろん護衛たちは複雑なんだろう、それがありありと表情に出ていた。
「お前から連絡が来るなんて珍しいと思ってよ」
「それについてなんだがな」
 隣から視線を感じ、それを追うように俺たちの目の前に座った男も俺に視線を向ける。
「控えていろ」
「しかし王、我々なしにそのような者たちと密室にいるというのは……」
「知らない仲じゃない。俺も話を聞きたかったしな。取りあえずこの部屋から離れろ。何かあれば呼ぶ」
「……承知、致しました……」
 ドアの前に立っていた人間二人がすごすごと部屋から出てドアを閉める。というかさっきのヤツら、目の前にいるこの男に対して「王」と言っていなかったか。
 なるほど、どういう伝手なのかはまったくわからないがそういう手に出たのかと二人の男を見ながら納得する。それにしても王、と呼ばれていたわりには随分と若い。ラファーガの頭のほうが歳が上なんじゃないのか、そう思っていると不意に男と目が合った。
「……さて。お前の報告を聞いてまさかとは思ったが」
「そのまさかだ。というか俺もまだ確証がねぇ。ただコイツが自分でそうだと言ったんだ」
「なるほどなぁ?」
 膝に肘をつけ前屈みになった男が品定めするかのようにジロジロとこっちを見てくる。
「お前が『人間兵器』というのは本当か?」
「ああ」
 短く返せば男の目がわずかに丸くなる。前屈みだった体勢は元に戻り、今度は腕を組んで背もたれに凭れかけた。
「だが目は『赤』じゃないぜ?」
「魔力を封じたら色が変わったんだと」
「そんなことができるのか? 俺は『赤』じゃねぇからそこらへんはまったくわからん。しっかし、こんな子どもが『人間兵器』?」
 ハッ、と男は鼻で笑い飛ばす。
「あちこちの国や街を蹂躙しまくった『人間兵器』様は、さぞかしいい待遇だっただろうに。うまい肉でも食ったか? 金は使いたい放題だったか。女は……まぁ、まだ子どもだからそのへんはないか」
「肉?」
 出てきた言葉に首を傾げれば片方の口角を上げていた表情がピタリと止まる。
「……いいもん食ってたんだろ?」
「食ったもんはパンだけだ」
「は?」
「一日に一回、パンを渡された。それだけだ」
 固くてパッサパサだったけど、と続けると男が勢いよく俺の隣にいる男に顔を向けた。
「……コイツを拾った時、肉も削げ落ちてほぼ骨と皮だけだったと言っていいぐらいの状態だった」
「おいおい、嘘だろ……」
「うちの治療担当のヤツが、コイツの消化器官が年齢に見合わず発達していないとも言っていた。倒れてるところを助けて、動けるようになるまでかなり時間がかかったんだ」
 一体何の話をしているんだと表情を歪める。途端に喋るのをやめてしまったこの男二人は何がしたいんだ。こんな無駄な時間を過ごすよりもさっさと金を渡すなり俺を引き渡すなりすればいいものの。
 するとしばらく考え込んでいた男が顔を上げた。表情は今までとはまったく違う真剣なもの。真っ直ぐにこっちを見てくる目はイグニート国の王とはまた違う、こういう男だから国の主なんだろうなと思うほどだった。
「小僧。イグニート国にいた時のことを詳しく教えろ」
 そもそも俺が『人間兵器』だということを信じているのかどうかも怪しいところだ。だが別に聞かれたところで困ることは何もない。男に、拾われてイグニート国でどんなことをしていたのか覚えている限り話した。
 イグニート国での常識、王の命令、戦場での状況。一応今ではイグニート国の常識が他所では通用しないことも知っているということも付け加えて、兵士がどんな風に戦っていたのか他の国のヤツらにどんなことをしていたのかも話す。俺のことも、自分が何をしたのか包み隠さず言葉にした。
 一通り話し終えたあと、深く長い溜め息を吐き出したのは王と呼ばれている男だった。
「……マジか」
「おいカイム、俺も初めて聞いたぞ」
「聞いてこなかっただろ」
「そうホイホイ聞けると思うか? あそこにいる連中はほとんど訳ありだ。誰もが土足で踏み入れられたくないこともあんだよ。俺はそれを考慮してな……」
「遠慮とかできたんだな」
「お前なぁ、俺をなんだと思ってんだ」
「いやいやちょっと待て二人で盛り上がるな」
 俺はただ聞かれたことを返しただけに過ぎないわけで、別に盛り上がっていたつもりもない。ただ王は俺たちの前に手を突き出し話しを中断させた。
「……つまりだ、『人間兵器』っていうのは、イグニート国に洗脳された子ども。だったっていうわけか」
「カイム、お前はヴァント山脈の麓で倒れていただろう? あれはどうしたんだ。まさかイグニート国の連中に捨て……いや、置いていかれて……」
「いいや、命令に背いたから牢屋に入れられて」
「……マジかぁ」
「コイツのことは気にすんな。続けろ」
 両手で顔を隠して深々と息を吐きだしてボヤいた王に、男は目もくれず続きを催促した。
「このまま道具として利用されるぐらいなら逃げてやる、と思って魔力を封じて逃げ出した。あの牢屋は少しでも魔術を使おうとすると力が抜けたから、魔力をなくせばいいと思って。ただ脱出したあと身体に力が全然入らなくてすっげぇ腹も減ってたから自分がどこを歩いていたのかわからなかった」
「……ああクソ、結局は大人が悪いんじゃねぇか。クソ……『人間兵器』が高慢な奴だったらどれほどよかったか……」
「それに何か意味があんのか?」
 首を傾げると男二人の視線が俺に向かう。
「『人間兵器』は『人間兵器』だろ。俺がやったことには変わりない。イグニート国じゃない連中が殺したいほど憎んでいるのは知ってる。それにこういう人間は別の意味で金になるとも」
 なら金にするか殺すかは変わらないだろ、と続けると、なぜか二人とも固まった。さっきからこの男たちの反応がよくわからない。何をそうグダグダと考えているのか。金にするか、殺すかの二択で悩んでいるのかとこっちが首を傾げてしまう。
 すると背中に何か当たった。なんだと視線を向けてみるとそこにはラファーガの頭の男の腕。俺の背中にあるのは男の手だということはわかったが、行動の意味はわからない。
「なぁ、カイム。お前さっき自分が生きるため、って言ったよな? 飯が食えて、雨風しのげる場所があって、着るものに困らないためにって」
「ああ」
「でもよ、今のお前はまるで死を望んでいるみてぇだ。いいや、生への執着をまったく感じねぇ。お前は生きるために魔術を使っていたのに、どうしてなんだ?」
「……さぁ」
 男に言われて、確かにどうしてだろうなと今更ながら自分に疑問を抱く。ただ生きるために、命令されていたとはいえ他の人間を殺していたくせに。飯を食いたくて、しっかりと休める場所がほしくて、着るものに困りたくなくて、確かにそう考えていたはずなのに。
「……なんのために生きているのか、わからないから」
 そうまでしてなんで生きたかったのか、今の自分じゃわからない。わからないからもうどうでもよかった。魔力を封じてもう魔術も使えない。自分が殺してきた人間と変わらない力のない人間だ。そういう人間は価値がないとイグニート国では言っていたなということを、ふと思い出す。
「生きたいと思うのは当然のことだ。それは生存本能とも言う」
 ただ男の声が俺の思考を遮る。
「名前、カイム、と言ったな。カイム、お前はまだまだ知らないことが多すぎる」
「……そうなのか」
「ああ。子どものくせに達観するのが早すぎる。確かにお前はしちゃならないことをやっちまったよ。死んだ人間は還ってこない。だからといって今ここでお前を殺したところで残っている人間たちが清々するかと言えば、それもまた違う。それだけで簡単に癒える傷でもないし終わる問題でもない」
「なら、どうしろと」
 『人間兵器』を殺したい連中はたくさんいる。っていうのに殺しただけじゃ終わらないのか。ならせめて金にしろとでも言いたくなる。それならラファーガの連中はしばらくは食い物に困ることはなくなるからだ。
 男は腕を組みしばらくの間熟考した。その間誰も口を開くことはなかったから沈黙だけが続いている。ただその沈黙を破ったのもまた、真っ先に口を閉ざした王だった。
「……カイム、今はまったく魔術を使えないんだな?」
「今は、というか一生使えないと思う。魔術が使えないと自分に使った魔術を解術できない」
「……なるほど。自分自身に対して随分リスキーなことをしたんだな――よし」
 男は組んでいた手を外し、背筋を伸ばして両手を膝についた。
「この件は俺が預かる。一先ずはカイム、お前はしばらくラファーガの世話になっていろ」
「……は?」
「そんで色んな世界を見てこい。その中で自分が何をしたいのかどうしたいのか、ゆっくり考えていけばいい」
「よし、そうと決まったら連れ回さねぇとな!」
「はぁ⁈ なんでそうなるんだ! 殺して解決しねぇんなら金にしろ! それならラファーガの連中だって飢えることはねぇだろ!」
 話が俺が想像したのとはまったく別のほうに進んでいる。なんでわざわざ『人間兵器』を野放しにして連れ回す必要があるのか。思わず、と言っていいのかもしれないが立ち上がって声を荒げれば、一瞬だけ目を丸くした男の口角がニヤリと上がる。
「本当に残虐な奴はな、そうやって自分がやった行いに悔いることもなければ自分を金にして他人の飢えを解消しようとも思わない。お前は洗脳されていただけ、根は優しい奴なんだよ」
「は……? そんな、わけ」
「ただカイム、一つだけ言わなきゃならないことがある。万が一にだ、万が一に他所の国にお前の正体が知られてしまったとする。俺はこの国を守る義務がある。だから……最悪、お前を相手に手渡すかもしれない」
「別にそれは構わねぇよ。なんなら今からやっても」
「それはなーし! 俺は子どもを痛めつける趣味はない!」
「俺もねぇわ。利害が一致したな。よしカイムの面倒は俺がしっかり見る。心配するな! な!」
「いや意味わかんねぇ」
 二人ともだ。どっちの言い分もまったく理解できない。何がどうしてこうなるんだ。すると隣から手が伸びてきて頭をわしゃわしゃと力強く撫でてきた。それが終わったかと思えば今度は前から同じようなことをされる。
「なんのために生きているのかわからないなら、取りあえず生きてみろ。カイム」
 そう言った真正面にいる男の顔は、今まで見たことのない随分と穏やかな表情だった。
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