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81.飛空艇セリカ②
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べーチェル国の上空に着くまで自由に見ていいって言われたから、邪魔にならないように空飛ぶ船の中を見て回っていた。フレイの船と似ているようで、でも似てないような造りをしている気がする。ちょっと歩いて見渡せば大きな身体をしているおじさんから「そこからは危険だ」って言われたりして、急いでごめんなさいって言葉にしてその場を離れた。
アミィは今一人でいるけど、そういえばみんなどこに行ったんだろう。多分アミィみちあにあっちこっちには行ってないはずだけど、どこに何があるのかわからないからどの部屋にいるのかもわからない
フレイのことがちょっと心配。まさかフレイのお父さんがあんなことになっていたなんて。フレイは今まで全然そんなこと喋ってくれなかった。言いにくいこと、だってことはアミィもわかってる。アミィだってお父さんとお母さんのことみんなにいっぱい喋ろうとは思わない。だって、寂しくなって悲しくなってうまく喋れる気がしないから。
フレイ、ずっと寂しい思いをしてたのにアミィのこと気にかけてくれてた。優しくしてくれてた。アミィがフレイだったら、同じようなことできたかなぁ。
「わっ」
考え事しながら歩いていたから最初壁にぶつかったんだと思った。ただ壁にしてはそこまで痛くなかったというか、ちょっとバインって跳ね返ったような気がする。でもお鼻をぶつけちゃってさすっていたら、低い声が上から聞こえてきた。
「おお悪いな。怪我はしなかったか?」
「う、うん。よそ見しちゃっててごめんなさい」
「はっはっは! 気にするな。ところで飛空艇の中は楽しいか?」
「うん!」
アミィがぶつかったのは壁じゃなくて、この船の一番えらい人だった。確か「かしら」って言っていたような気がする。フレイも同じ言葉を船の人たちから言われてたから、きっとフレイと同じ立場の人だ。
「カイムは一緒じゃないの?」
どこにも見当たらなかったからすっかりこの人と一緒にいると思ったけど、周りをキョロキョロ見てみてもカイムの姿はない。すると目の前から「ああ」って相槌が返ってきた。
「アイツもこの船の船員だからな、きっちり働いてもらってるぞ」
「そうなんだ」
「悪いなぁ、一緒にいたかったんだろうが」
「ううん」
本当のことを言えば一緒にいたかったけど、でも忙しいカイムの邪魔はしたくない。だから首を横に振ったらその人は「えらいな」って笑った。
ずっと見上げてたアミィが気になったのか、首が痛かったなって言いながらちょっとだけ屈んできた。さっきからなんだかすごく、ムズムズする。言いたい気がするけど笑われないかなってちょっと心配にもなる。アミィがそうやってもだもだ考えてるのが気になったのか、その人はちょっとだけ首を傾げてでもすぐに笑顔になる。
「嬢ちゃん、カイムが助けたってのは嬢ちゃんで間違いないか?」
「うん! カイムがワイヤー使ってアミィのこと助けてくれたの!」
「そしたらこの空飛ぶ船も楽しいだろ? どうだ、感想のほうは!」
「楽しいよ! でもカイムがワイヤーで飛んでる時もすっごく楽しい!」
「はっはっは! そうか! アイツのワイヤーのほうが楽しいか!」
空飛ぶ船もすごいけど、でも風がビュービュー顔に当たるのはカイムのワイヤーのほう。本当に空飛んでるんだって、ちょっとワクワクした。
「アミィ、ここにいたのか」
後ろから声が聞こえてきたから振り返ってみたら、ウィルがパタパタこっちに走っている。もしかしてアミィのこと探してたのかな? 首を傾げてるとウィルはちょっと困ったように笑って「ティエラたちが探していたよ」と教えてくれた。アミィが探してたみたいにティエラたちも探してたんだ。悪いことしちゃった。
アミィの隣に立ったウィルは目の前の人に気付いて軽くお辞儀をした。
「すみません、慌ただしくしてしまって」
「いいや気にしてねぇよ」
「アミィがおじさんにぶつかっちゃった」
「そうなのか? これは申し訳ない」
「おじっ……ま、まぁ、嬢ちゃんから見たら俺はおじさんか。しょうがねぇか!」
おじさんはまた笑ってアミィの頭をくしゃくしゃと撫でてきた。乱暴そうに見えたけど全然痛くない。この撫で方、どことなく似てるなぁなんて思いながらおじさんを見上げたら、目が合った瞬間おじさんはニッて笑ってみせた。
周りにいる人たちはアミィがあっちこっち歩いている間もずっと忙しそうに動いてる。一人の男の人たちが通ろうとしてたんだけどアミィたちが邪魔になっちゃってたから、急いで端のほうに避けて「ごめんなさい」って頭を下げた。その人は軽く手を上げてバタバタと奥のほうに走っていく。おじさんも「バタバタして悪ぃな」と謝ってきた。
アミィの隣にいたウィルがなんだか周りを気にしてるように、チラチラ見てる。どうしたんだろうって思ってると、さっきアミィを探していた顔じゃなくて真剣な顔でおじさんと向き合う。
「……失礼を承知でお聞きしますが、貴方はカイムのことを知っているのですか」
ウィルが真剣すぎてこっちまで緊張してくる。さっきまでにこにこしていたおじさんも真剣な顔になる。
どうなるんだろう、ってドキドキしながら二人を見ていたんだけど、おじさんが小さく息を吐き出して真っ直ぐにウィルを見た。
「アイツを拾った時、何も知らねぇ子どもだった」
ウィルがハッとして、小さく息を呑み込んでいた。おじさんはちょっと笑って昔のことを思い出しているようにどこか見つめてる。
「ガリガリに痩せた身体しててよ、目ぇなんか死んでやがった。何も知らなかったんだよ。常識や周りのこと、自分のことすらも」
今のカイムから全然想像できなくて、思わず目を丸くしちゃった。だってアミィの知ってるカイムはなんでも知ってて、なんでもアミィに教えてくれた。
「だがそういう境遇なのはアイツだけじゃねぇ。ラファーガで同じようなヤツらは他にもいる」
「……!」
「親に捨てられた子どもや逆に子を亡くした親。誰に頼ればいいのか、いや、頼ることができる人間が周りにいなかったヤツ。真っ当に生きるのが難しくてここにいるヤツもいる」
さっきバタバタして走っていった人もそうだったのかな。あそこで見たことのないガジェットを動かしている人も。カイムと楽しげにお喋りしていた女の人も。みんな、色んなことがあってここにいるのかな。
でもおじさんが言うようにアミィが見た感じだと、ここにいる人たちは痩せてないし死んだ目もしてない。みんな元気で、活き活きしてる。本当におじさんの言う通りなのかなって思っちゃうほど、街とか国で見た人たちとあんまり変わらない。
おじさんは気まずそうな顔をしてるウィルに視線を向ける。クロウカシスにいた時もフレイの隠れ家にいた時も、ウィルはよくこんな顔をしてた。
「生まれ育った環境は人それぞれだ。けど悩みなんてもんは誰でも抱えてる。他のヤツが鼻で笑うようなもんでも当人からしたら真剣な悩みだ。悩みに大も小も重いも軽いもない――若ぇの、お前さんはバプティスタ国の騎士だな?」
「……はい」
「いい親御さんに育てられたんだな。真っ直ぐなのはいいことだ。でもあんまり思い詰めるなよ」
おじさんはウィルの肩をポンッて叩いて、次にアミィのことを見てきて優しく笑った。
「嬢ちゃん、今楽しいか?」
どうだろう。苦しいこと悲しいことたくさんあった。もしお父さんとお母さんがあんなことになってなかったら、きっとアミィはクロウカシスにある家で普通に暮らしてたんだと思う。実験なんてされなかったし、痛い思いもしなかった。
でもそのまま暮らしてたらカイムと出会うこともなかった。ウィルたちのこともきっと知らないままだった。つらいことたくさんあったけど、おじさんのほうを見上げて頭を振った。
「うん、楽しいよ。つらいこともあったけど、カイムたちと一緒にいるの楽しい」
「そうか。人間ってのは、つらい思いをすることがたくさんある。一見幸せに見せるヤツだって周りが知らないだけで傷付いてるのかもしれねぇ」
「ねぇ、おじさん……周りから嫌われる人って、生きてちゃダメなの?」
ずっと思っていたことを、おじさんに聞いてみた。前にティエラに聞いた時すごくつらそうな顔をして、逆に謝られた。ティエラはそんなことないって言ってくれたけど、でもカイムと二人で逃げている間はとてもそんな風には思えなかった。それに、バプティスタ国の王様がカイムに向かって喋った言葉もアミィは覚えてる。
『人間兵器』って、生きてちゃダメなの? 誰もそれを答えてくれない。だからもしかしたらおじさんなら教えてくれるんじゃないかって。おじさんは「そうだな」って言ったあとに今度こそしっかり屈んでアミィと同じ目の高さになった。
「そうなったら人間はなんで生きてるかっていう話になってくるな」
「難しい話?」
「そうかもしれねぇな。なんでか悩みとか苦しみにもがきながらも人間ってのは生きている。もしかしたらその答えを探して生きてるのかもしれねぇな。でも俺はンな難しく考えちゃいねぇのよ。さっきも嬢ちゃんは言っただろう? カイムたちと一緒にいるのが楽しいって。そうやって、身近な幸せを見つけるために人間ってのは生きてるのかもしれねぇな」
嬢ちゃんの答えになんなかったなって困ったように笑うおじさんに「ううん」って首を横に振った。確かにおじさんの言ってることはちょっと難しかったけど、でも「どうして生きてちゃダメなの」って思うよりも、楽しいことを見つけながら生きてるほうがいいような気がする。
「嬢ちゃん、俺は嬢ちゃんに会えて嬉しいぜ」
「……うん。アミィも、おじさんに会えて嬉しい」
「そうかそうか!」
ニカッて笑っておじさんが頭をワシワシ撫でてくる。さっきよりもちょっとだけ痛い。
「……カイムが、貴方を見て学んだのだとよくわかりました」
立ち上がったおじさんにウィルは笑顔でそう言った。ちょっとだけ目を丸めたおじさんとウィルを交互に見ながら、アミィもうんうんと頷く。
「ウィルの言ってることアミィちゃんとわかってるわけじゃないけど、アミィもそう思う。だって撫で方も喋り方も、カイムとおじさんすっごく似てるよ」
おじさんとお喋りしてからずっと言いたかった。アミィと喋るために屈んでちゃんと目を合わせてくれるところも、くしゃくしゃと頭を撫でてくれることも。カイムとおじさんはやることが一緒だった。
アミィとウィルからそう言われたおじさんはちょっと胸を張りつつ嬉しそうにはにかんでる。
「そうか、アイツは俺に似てるか! そうかそうか!」
「おい頭」
いきなり上から声が聞こえてびっくりしながら見上げてみた。そしたら上のほうにぽっかりと穴が開いていてカイムがそこからひょっこりと顔を出してる。そこの天井って開くようになってたんだって初めて知った。
その穴からぴょんって飛んできたカイムの手には知らない道具が握られてる。アミィたちがいることに気付いたのか、パッと目がアミィとウィルと目が合ったカイムは次におじさんのほうを向いた。
「……趣味変わったのかよ」
すっごく嫌そうな顔して。
「おいおい誤解するんじゃねぇよ。ただ楽しくお喋りしてただけだっての」
「あっそう。言われたとこ修理しといたぜ」
「あっそう、じゃねぇのよお前ちゃんとわかってんのか? ほら見ろこっち二人も楽しくお喋りしてましたって言って」
「そういやアミィ、フレイたちが探してたぞ」
「おい俺を無視すんのか泣くぞここで泣くぞ」
「ああそうだった。僕もそれを言いにアミィを探していたんだった」
おじさんが色々喋ってるのにカイムたちがぽんぽん話しを続けるから、なんだか面白くてつい笑っちゃった。そしたら後ろのほうから呼ぶ声が聞こえてきて、振り向いたらフレイとティエラ、あとカイムとお喋りしてたお姉さんがこっちに手を振って歩いてきた。
「よかった見つかりましたね、アミィちゃん」
「アミィ、迷子になっちゃったかと思ったじゃないか」
「ごめんなさい」
「よかったね無事見つかって。まぁこのセリカで見つからないってことはないけど」
「おうお前ら丁度いい、昼飯食ってこい。まだ食ってなかっただろ?」
「そうだな」
おじさんにそう言われてみんなで食堂に向かうことになった。フレイとお姉さんは元から知り合いで仲が良さそうだったけど、いつの間にかティエラも仲良くなってたみたい。お姉さんがアミィのこと向いてニコって笑いかけてきてくれた。
「無事カイムが助けたみたいでよかった」
お姉さんが言うにはアミィが落ちているところをカイムと一緒に見ていたんだって。それから心配してたって言ってくれて、知らない人から心配されるのってムズムズするっていうか恥ずかしいような嬉しいような。不思議な感じ。
そういえばって気になって後ろを振り返ってみたら、おじさんがアミィたちを優しい顔で見送っていた。
「友人ができたみたいで安心した」
そう小声で言って、フレイとかウィルに話しかけられていたカイムは気付かなかったみたいだけどアミィには聞こえちゃった。おじさんもそれに気付いて、アミィにぱっちん片目をつむって人差し指を口の前に立てて「しーっ」って言ったから。
カイムには内緒のことなんだなって思って、アミィも両手で口を隠してコクコクと頭を前に振った。きっと二人だけの秘密なんだ。
アミィは今一人でいるけど、そういえばみんなどこに行ったんだろう。多分アミィみちあにあっちこっちには行ってないはずだけど、どこに何があるのかわからないからどの部屋にいるのかもわからない
フレイのことがちょっと心配。まさかフレイのお父さんがあんなことになっていたなんて。フレイは今まで全然そんなこと喋ってくれなかった。言いにくいこと、だってことはアミィもわかってる。アミィだってお父さんとお母さんのことみんなにいっぱい喋ろうとは思わない。だって、寂しくなって悲しくなってうまく喋れる気がしないから。
フレイ、ずっと寂しい思いをしてたのにアミィのこと気にかけてくれてた。優しくしてくれてた。アミィがフレイだったら、同じようなことできたかなぁ。
「わっ」
考え事しながら歩いていたから最初壁にぶつかったんだと思った。ただ壁にしてはそこまで痛くなかったというか、ちょっとバインって跳ね返ったような気がする。でもお鼻をぶつけちゃってさすっていたら、低い声が上から聞こえてきた。
「おお悪いな。怪我はしなかったか?」
「う、うん。よそ見しちゃっててごめんなさい」
「はっはっは! 気にするな。ところで飛空艇の中は楽しいか?」
「うん!」
アミィがぶつかったのは壁じゃなくて、この船の一番えらい人だった。確か「かしら」って言っていたような気がする。フレイも同じ言葉を船の人たちから言われてたから、きっとフレイと同じ立場の人だ。
「カイムは一緒じゃないの?」
どこにも見当たらなかったからすっかりこの人と一緒にいると思ったけど、周りをキョロキョロ見てみてもカイムの姿はない。すると目の前から「ああ」って相槌が返ってきた。
「アイツもこの船の船員だからな、きっちり働いてもらってるぞ」
「そうなんだ」
「悪いなぁ、一緒にいたかったんだろうが」
「ううん」
本当のことを言えば一緒にいたかったけど、でも忙しいカイムの邪魔はしたくない。だから首を横に振ったらその人は「えらいな」って笑った。
ずっと見上げてたアミィが気になったのか、首が痛かったなって言いながらちょっとだけ屈んできた。さっきからなんだかすごく、ムズムズする。言いたい気がするけど笑われないかなってちょっと心配にもなる。アミィがそうやってもだもだ考えてるのが気になったのか、その人はちょっとだけ首を傾げてでもすぐに笑顔になる。
「嬢ちゃん、カイムが助けたってのは嬢ちゃんで間違いないか?」
「うん! カイムがワイヤー使ってアミィのこと助けてくれたの!」
「そしたらこの空飛ぶ船も楽しいだろ? どうだ、感想のほうは!」
「楽しいよ! でもカイムがワイヤーで飛んでる時もすっごく楽しい!」
「はっはっは! そうか! アイツのワイヤーのほうが楽しいか!」
空飛ぶ船もすごいけど、でも風がビュービュー顔に当たるのはカイムのワイヤーのほう。本当に空飛んでるんだって、ちょっとワクワクした。
「アミィ、ここにいたのか」
後ろから声が聞こえてきたから振り返ってみたら、ウィルがパタパタこっちに走っている。もしかしてアミィのこと探してたのかな? 首を傾げてるとウィルはちょっと困ったように笑って「ティエラたちが探していたよ」と教えてくれた。アミィが探してたみたいにティエラたちも探してたんだ。悪いことしちゃった。
アミィの隣に立ったウィルは目の前の人に気付いて軽くお辞儀をした。
「すみません、慌ただしくしてしまって」
「いいや気にしてねぇよ」
「アミィがおじさんにぶつかっちゃった」
「そうなのか? これは申し訳ない」
「おじっ……ま、まぁ、嬢ちゃんから見たら俺はおじさんか。しょうがねぇか!」
おじさんはまた笑ってアミィの頭をくしゃくしゃと撫でてきた。乱暴そうに見えたけど全然痛くない。この撫で方、どことなく似てるなぁなんて思いながらおじさんを見上げたら、目が合った瞬間おじさんはニッて笑ってみせた。
周りにいる人たちはアミィがあっちこっち歩いている間もずっと忙しそうに動いてる。一人の男の人たちが通ろうとしてたんだけどアミィたちが邪魔になっちゃってたから、急いで端のほうに避けて「ごめんなさい」って頭を下げた。その人は軽く手を上げてバタバタと奥のほうに走っていく。おじさんも「バタバタして悪ぃな」と謝ってきた。
アミィの隣にいたウィルがなんだか周りを気にしてるように、チラチラ見てる。どうしたんだろうって思ってると、さっきアミィを探していた顔じゃなくて真剣な顔でおじさんと向き合う。
「……失礼を承知でお聞きしますが、貴方はカイムのことを知っているのですか」
ウィルが真剣すぎてこっちまで緊張してくる。さっきまでにこにこしていたおじさんも真剣な顔になる。
どうなるんだろう、ってドキドキしながら二人を見ていたんだけど、おじさんが小さく息を吐き出して真っ直ぐにウィルを見た。
「アイツを拾った時、何も知らねぇ子どもだった」
ウィルがハッとして、小さく息を呑み込んでいた。おじさんはちょっと笑って昔のことを思い出しているようにどこか見つめてる。
「ガリガリに痩せた身体しててよ、目ぇなんか死んでやがった。何も知らなかったんだよ。常識や周りのこと、自分のことすらも」
今のカイムから全然想像できなくて、思わず目を丸くしちゃった。だってアミィの知ってるカイムはなんでも知ってて、なんでもアミィに教えてくれた。
「だがそういう境遇なのはアイツだけじゃねぇ。ラファーガで同じようなヤツらは他にもいる」
「……!」
「親に捨てられた子どもや逆に子を亡くした親。誰に頼ればいいのか、いや、頼ることができる人間が周りにいなかったヤツ。真っ当に生きるのが難しくてここにいるヤツもいる」
さっきバタバタして走っていった人もそうだったのかな。あそこで見たことのないガジェットを動かしている人も。カイムと楽しげにお喋りしていた女の人も。みんな、色んなことがあってここにいるのかな。
でもおじさんが言うようにアミィが見た感じだと、ここにいる人たちは痩せてないし死んだ目もしてない。みんな元気で、活き活きしてる。本当におじさんの言う通りなのかなって思っちゃうほど、街とか国で見た人たちとあんまり変わらない。
おじさんは気まずそうな顔をしてるウィルに視線を向ける。クロウカシスにいた時もフレイの隠れ家にいた時も、ウィルはよくこんな顔をしてた。
「生まれ育った環境は人それぞれだ。けど悩みなんてもんは誰でも抱えてる。他のヤツが鼻で笑うようなもんでも当人からしたら真剣な悩みだ。悩みに大も小も重いも軽いもない――若ぇの、お前さんはバプティスタ国の騎士だな?」
「……はい」
「いい親御さんに育てられたんだな。真っ直ぐなのはいいことだ。でもあんまり思い詰めるなよ」
おじさんはウィルの肩をポンッて叩いて、次にアミィのことを見てきて優しく笑った。
「嬢ちゃん、今楽しいか?」
どうだろう。苦しいこと悲しいことたくさんあった。もしお父さんとお母さんがあんなことになってなかったら、きっとアミィはクロウカシスにある家で普通に暮らしてたんだと思う。実験なんてされなかったし、痛い思いもしなかった。
でもそのまま暮らしてたらカイムと出会うこともなかった。ウィルたちのこともきっと知らないままだった。つらいことたくさんあったけど、おじさんのほうを見上げて頭を振った。
「うん、楽しいよ。つらいこともあったけど、カイムたちと一緒にいるの楽しい」
「そうか。人間ってのは、つらい思いをすることがたくさんある。一見幸せに見せるヤツだって周りが知らないだけで傷付いてるのかもしれねぇ」
「ねぇ、おじさん……周りから嫌われる人って、生きてちゃダメなの?」
ずっと思っていたことを、おじさんに聞いてみた。前にティエラに聞いた時すごくつらそうな顔をして、逆に謝られた。ティエラはそんなことないって言ってくれたけど、でもカイムと二人で逃げている間はとてもそんな風には思えなかった。それに、バプティスタ国の王様がカイムに向かって喋った言葉もアミィは覚えてる。
『人間兵器』って、生きてちゃダメなの? 誰もそれを答えてくれない。だからもしかしたらおじさんなら教えてくれるんじゃないかって。おじさんは「そうだな」って言ったあとに今度こそしっかり屈んでアミィと同じ目の高さになった。
「そうなったら人間はなんで生きてるかっていう話になってくるな」
「難しい話?」
「そうかもしれねぇな。なんでか悩みとか苦しみにもがきながらも人間ってのは生きている。もしかしたらその答えを探して生きてるのかもしれねぇな。でも俺はンな難しく考えちゃいねぇのよ。さっきも嬢ちゃんは言っただろう? カイムたちと一緒にいるのが楽しいって。そうやって、身近な幸せを見つけるために人間ってのは生きてるのかもしれねぇな」
嬢ちゃんの答えになんなかったなって困ったように笑うおじさんに「ううん」って首を横に振った。確かにおじさんの言ってることはちょっと難しかったけど、でも「どうして生きてちゃダメなの」って思うよりも、楽しいことを見つけながら生きてるほうがいいような気がする。
「嬢ちゃん、俺は嬢ちゃんに会えて嬉しいぜ」
「……うん。アミィも、おじさんに会えて嬉しい」
「そうかそうか!」
ニカッて笑っておじさんが頭をワシワシ撫でてくる。さっきよりもちょっとだけ痛い。
「……カイムが、貴方を見て学んだのだとよくわかりました」
立ち上がったおじさんにウィルは笑顔でそう言った。ちょっとだけ目を丸めたおじさんとウィルを交互に見ながら、アミィもうんうんと頷く。
「ウィルの言ってることアミィちゃんとわかってるわけじゃないけど、アミィもそう思う。だって撫で方も喋り方も、カイムとおじさんすっごく似てるよ」
おじさんとお喋りしてからずっと言いたかった。アミィと喋るために屈んでちゃんと目を合わせてくれるところも、くしゃくしゃと頭を撫でてくれることも。カイムとおじさんはやることが一緒だった。
アミィとウィルからそう言われたおじさんはちょっと胸を張りつつ嬉しそうにはにかんでる。
「そうか、アイツは俺に似てるか! そうかそうか!」
「おい頭」
いきなり上から声が聞こえてびっくりしながら見上げてみた。そしたら上のほうにぽっかりと穴が開いていてカイムがそこからひょっこりと顔を出してる。そこの天井って開くようになってたんだって初めて知った。
その穴からぴょんって飛んできたカイムの手には知らない道具が握られてる。アミィたちがいることに気付いたのか、パッと目がアミィとウィルと目が合ったカイムは次におじさんのほうを向いた。
「……趣味変わったのかよ」
すっごく嫌そうな顔して。
「おいおい誤解するんじゃねぇよ。ただ楽しくお喋りしてただけだっての」
「あっそう。言われたとこ修理しといたぜ」
「あっそう、じゃねぇのよお前ちゃんとわかってんのか? ほら見ろこっち二人も楽しくお喋りしてましたって言って」
「そういやアミィ、フレイたちが探してたぞ」
「おい俺を無視すんのか泣くぞここで泣くぞ」
「ああそうだった。僕もそれを言いにアミィを探していたんだった」
おじさんが色々喋ってるのにカイムたちがぽんぽん話しを続けるから、なんだか面白くてつい笑っちゃった。そしたら後ろのほうから呼ぶ声が聞こえてきて、振り向いたらフレイとティエラ、あとカイムとお喋りしてたお姉さんがこっちに手を振って歩いてきた。
「よかった見つかりましたね、アミィちゃん」
「アミィ、迷子になっちゃったかと思ったじゃないか」
「ごめんなさい」
「よかったね無事見つかって。まぁこのセリカで見つからないってことはないけど」
「おうお前ら丁度いい、昼飯食ってこい。まだ食ってなかっただろ?」
「そうだな」
おじさんにそう言われてみんなで食堂に向かうことになった。フレイとお姉さんは元から知り合いで仲が良さそうだったけど、いつの間にかティエラも仲良くなってたみたい。お姉さんがアミィのこと向いてニコって笑いかけてきてくれた。
「無事カイムが助けたみたいでよかった」
お姉さんが言うにはアミィが落ちているところをカイムと一緒に見ていたんだって。それから心配してたって言ってくれて、知らない人から心配されるのってムズムズするっていうか恥ずかしいような嬉しいような。不思議な感じ。
そういえばって気になって後ろを振り返ってみたら、おじさんがアミィたちを優しい顔で見送っていた。
「友人ができたみたいで安心した」
そう小声で言って、フレイとかウィルに話しかけられていたカイムは気付かなかったみたいだけどアミィには聞こえちゃった。おじさんもそれに気付いて、アミィにぱっちん片目をつむって人差し指を口の前に立てて「しーっ」って言ったから。
カイムには内緒のことなんだなって思って、アミィも両手で口を隠してコクコクと頭を前に振った。きっと二人だけの秘密なんだ。
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