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63.閑話「同床異夢」
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「どうしました、ライラ」
「あっ、いいえ。なんでもありません」
他所からの相手だと威厳のある王だが、普段私たちに接してくれる時はとても物腰柔らかだ。先程の一行の背中を見送ったあと黙ったままの私に気付いてくださったのか、そう声をかけてきた王に慌てて頭を下げる。
あの女児と話しをしてそしてタクティクス山脈でまさかイグニート国の、私たちが『兵器』と呼んでいる男がまさか現れるとは予想していなかった。あの男が戦場に現れると敵味方関係なしに広範囲の強力な魔術を繰り出す。他の部隊が何度も被害に合っていたのを報告で聞いていた。
だがあの時は、今のイグニート国の主戦力と考えられているあの男の動きがないとの報告を受けていたためあの場に現れる可能性は低いだろうと思っていたのだ。
そこで現れた男に一瞬だけでも部隊に動揺が走ってしまったのは、私も含め反省すべき点だ。私たちがすぐに隊列を整える前にあの女児たち一行がいち早く対応していたことも、騎士としてなんと情けない。
だがやはりあの男の力は侮れない。その気になれば一瞬にして私たちを倒すことなど容易いことなのだろう。そうしないのは単純にあの男が人間を痛めつけることを楽しんでいるから。人が傷付く姿を見て笑うのだ、あの男は。
なんと忌々しい相手。あの男がいる限り私たちは、他の国の民たちは安心して日々を過ごすこともできない。そう唇を噛み締めている時に現れたのは、例の男だった。最後に見た時と同じように、青い髪に『赤』の瞳。
この世の誰もが恐れている、『人間兵器』。
「貴女から見てどうしてしたか」
唐突に聞こえた王の声に、また自分の意識が飛んでいたことに気付きハッと顔を上げる。何が、どう見えたのか。王が私から何を聞き出そうとしているのか、その詳細まで聞き返そうだなんて野暮なことはしない。
私の目から、どう見えたのか。ここに至る前でのことを思い出しそして思い返す。
「……普通、でした」
良くも悪くも、そういう印象を抱いてしまった。
『人間兵器』と呼ばれた男は、一体どれほど恐ろしい男なのかと思っていた。当時の私はイグニート国民だったために、他の国の被害の大きさなどあまり知ってはいなかった。そのため『人間兵器』というものは名だけ聞いたことがあるだけで、実際見たことはない。
その存在と恐ろしさを初めて知ったのはべーチェル国に来てからだ。『人間兵器』によって被害の大きさ、恐ろしさ、改めてイグニート国というものがなんと残虐なことをしていたのか思い知った。
そうしてべーチェル国の一員となって初めて見た『人間兵器』。初めて見る青い髪に、今では畏怖の感情を抱いているものが多いであろう『赤』。だが私の目で見た『人間兵器』と呼ばれていた男は、良くも悪くも普通だった。
男だけではない、実験によって次の『人間兵器』にされそうになっていた女児でさえも普通だった。私たちとそう変わりのない、一人の人間。
感情を持ち合わせ残虐的に人を殺すわけでもなく、寧ろ互いに手を結びあの『兵器』である男に対し対処する姿は騎士と同じだ。あの恐ろしい『赤』はやろうと思えば広範囲の威力の高い魔術も扱えただろうに周りにべーチェル国の騎士がいたからか、明らかに配慮した動きで広範囲でない魔術を繰り出していた。
十年前に確かに『人間兵器』は存在した。だが果たしてあの男なのだろうか、そう疑問に思うほどだった。そこまで考え、イグニート国という国のことを思い返す。
「……ここに来て、改めてイグニート国が特殊なのか思い知りました」
「貴女が我が国に来てから言ってくれましたね。上の者はとても高圧的で、情報が限られていると」
「はい。イグニート国の王の都合のいい歪曲した教育を受けました。特に精霊に対する考えはまったく違ったもの。あの男も十年前はイグニート国にいたということは、同じような教育を受けていたと思ってもいいのでは、と……」
「なるほど、国によって作られた『人間兵器』ということですか」
タクティクス山脈で見たあの男はイグニート国の思想を持っているようには見えなかった。この十年間何をしていたのかまったくわからないが、男も私と同様、イグニート国から離れていたのではないかと考えられる。
王は何やら熟考した様子で一点をジッと見つめ、再び顔を上げた時はすでにその考えがまとまったのだろう。その時間わずか一分もあったかどうか。
「イグニート国も気になるが精霊のほうも放置していていい問題ではない。寧ろこちらも早急に対応せねばならぬ事態だ。ライラ、貴女の父親の知恵を借りようと思います。いいですね」
「父なら必ずは王の期待に応えるはずです」
「前にソーサリー深緑での穢れの報告、あれも進展がない」
それはこの世界の異変にいち早く気付いたミストラル国から来た報告だ。他にもあの一行の中にいたバプティスタ国の騎士も各地の異変を逐一報告してくれている。よって我々もあまり足を踏み入れることのないソーサリー深緑の異変に気付けることができた。
報告があってから何度か調査隊が足を踏み入れているが、穢れは今のところ広がっている様子はない。ただ消える気配もまったくないということ。精霊シルフの遊び場と言われているソーサリー深緑からの風が弱まってきていることは以前から薄々と感じていた。べーチェル国にある、ガジェットを動かすための巨大な風車の原動力は精霊シルフの風だった。
穢れは血溜まりによってできる。それが世界の常識なわけだが、ソーサリー深緑が戦場になったことなど一度もない。そもそもあんな最深部に足を踏み入れる者もいないだろう。ならばなぜそこに穢れが発生したのか、未だに原因が究明できていないため調査も難航していた。
だが世界各地の異変、それが精霊によって持たされているのだとしたら。それは父の専門だ。今ではすっかりガジェット制作のほうに目覚めてしまったが、そもそも魔力のないものでも同じような能力を精霊の力を借りて作ることができないかという考えの元父も作っている。職人になったからといって、精霊に対する知識が衰えてしまったわけではない。
「ミストラル国の王からももっと詳しく話を聞いてみましょう。どうやら穢れを浄化する術を知っている様子なので」
「はい」
「騎士たちには防衛と調査という二つのことで負担を強いることになります。私のほうでも上手く采配はするつもりですが、苦労をかけます」
「いいえ、国を守るために我々はいるのです。王から頼りにされて嫌がる者など誰一人いません」
「……感謝します」
入り口で控えていた騎士たちも顔を合わせ、しっかりと力強く頷く。王が頭を下げる必要などどこにもあるものか。頼りにされているのであればそれに応えるのが騎士というもの。
「ではラピス教会にも協力を要請しておきましょう。神父ルーファスならば力添えしてくれるはずです」
ラピス教会はソーサリー深緑の近くにある。神父ルーファスも知ってはいるが、見たことがあるだけで直接会話はしたことがない。ラピス教会はどうやらバプティスタ国の騎士たちがよく近場に遠征に行っており、傷を負えば教会で世話になっているようだったため私たちも容易に近付かないようにしていた。関係ないところで国同士の諍いに繋がることはないようにだ。
とはいえ、ベーチェル国の騎士だから受け入れないというわけでもない。丁度べーチェル国とバプティスタ国の中間辺りに位置しているラピス教会は中立を貫いている。
ただそういえば数ヶ月前、ラピス教会とバプティスタ国の騎士とで一悶着があったという報告があったことを思い出す。めずらしいこともあるのだなと思ったが、どうせ騎士側が無理難題でも突き付けたのだろう。
けれど確か神父ルーファスは『赤』。味方だと心強いが敵対するとなるとかなり不利な状況に立たされているのをわかっていながらの一悶着だったのだろうか。その辺りのことは知らないが、ラピス教会に協力要請をするということは後々知ることもできるかもしれない。
神父ルーファスで思い出したが、『赤』は貴重だ。この世界で両の手いるかどうかと言われている。『人間兵器』ではあるものの、今のあの男ならばこちらの協力に要請してくれるのではないか。今後どうするかは聞いていないがない話でもない、そう思い王に私の考えを口にした。
しかし、王はあまりいい顔をなさらない。余計なことを口にしてしまったかと小さく眉を下げたが、そんな私に気付いて「悪くはない」と一言告げ言葉を続けた。
「女児のほうはまだいい。自分が何者であるか知っている。前に報告を受けた時に比べて随分と自我も育った様子だ――だがあの男はそうではない」
「……と、言いますと?」
「己が何者であるか知らない者に、己の中にある芯を見出すことなどできるはずもない」
「あっ、いいえ。なんでもありません」
他所からの相手だと威厳のある王だが、普段私たちに接してくれる時はとても物腰柔らかだ。先程の一行の背中を見送ったあと黙ったままの私に気付いてくださったのか、そう声をかけてきた王に慌てて頭を下げる。
あの女児と話しをしてそしてタクティクス山脈でまさかイグニート国の、私たちが『兵器』と呼んでいる男がまさか現れるとは予想していなかった。あの男が戦場に現れると敵味方関係なしに広範囲の強力な魔術を繰り出す。他の部隊が何度も被害に合っていたのを報告で聞いていた。
だがあの時は、今のイグニート国の主戦力と考えられているあの男の動きがないとの報告を受けていたためあの場に現れる可能性は低いだろうと思っていたのだ。
そこで現れた男に一瞬だけでも部隊に動揺が走ってしまったのは、私も含め反省すべき点だ。私たちがすぐに隊列を整える前にあの女児たち一行がいち早く対応していたことも、騎士としてなんと情けない。
だがやはりあの男の力は侮れない。その気になれば一瞬にして私たちを倒すことなど容易いことなのだろう。そうしないのは単純にあの男が人間を痛めつけることを楽しんでいるから。人が傷付く姿を見て笑うのだ、あの男は。
なんと忌々しい相手。あの男がいる限り私たちは、他の国の民たちは安心して日々を過ごすこともできない。そう唇を噛み締めている時に現れたのは、例の男だった。最後に見た時と同じように、青い髪に『赤』の瞳。
この世の誰もが恐れている、『人間兵器』。
「貴女から見てどうしてしたか」
唐突に聞こえた王の声に、また自分の意識が飛んでいたことに気付きハッと顔を上げる。何が、どう見えたのか。王が私から何を聞き出そうとしているのか、その詳細まで聞き返そうだなんて野暮なことはしない。
私の目から、どう見えたのか。ここに至る前でのことを思い出しそして思い返す。
「……普通、でした」
良くも悪くも、そういう印象を抱いてしまった。
『人間兵器』と呼ばれた男は、一体どれほど恐ろしい男なのかと思っていた。当時の私はイグニート国民だったために、他の国の被害の大きさなどあまり知ってはいなかった。そのため『人間兵器』というものは名だけ聞いたことがあるだけで、実際見たことはない。
その存在と恐ろしさを初めて知ったのはべーチェル国に来てからだ。『人間兵器』によって被害の大きさ、恐ろしさ、改めてイグニート国というものがなんと残虐なことをしていたのか思い知った。
そうしてべーチェル国の一員となって初めて見た『人間兵器』。初めて見る青い髪に、今では畏怖の感情を抱いているものが多いであろう『赤』。だが私の目で見た『人間兵器』と呼ばれていた男は、良くも悪くも普通だった。
男だけではない、実験によって次の『人間兵器』にされそうになっていた女児でさえも普通だった。私たちとそう変わりのない、一人の人間。
感情を持ち合わせ残虐的に人を殺すわけでもなく、寧ろ互いに手を結びあの『兵器』である男に対し対処する姿は騎士と同じだ。あの恐ろしい『赤』はやろうと思えば広範囲の威力の高い魔術も扱えただろうに周りにべーチェル国の騎士がいたからか、明らかに配慮した動きで広範囲でない魔術を繰り出していた。
十年前に確かに『人間兵器』は存在した。だが果たしてあの男なのだろうか、そう疑問に思うほどだった。そこまで考え、イグニート国という国のことを思い返す。
「……ここに来て、改めてイグニート国が特殊なのか思い知りました」
「貴女が我が国に来てから言ってくれましたね。上の者はとても高圧的で、情報が限られていると」
「はい。イグニート国の王の都合のいい歪曲した教育を受けました。特に精霊に対する考えはまったく違ったもの。あの男も十年前はイグニート国にいたということは、同じような教育を受けていたと思ってもいいのでは、と……」
「なるほど、国によって作られた『人間兵器』ということですか」
タクティクス山脈で見たあの男はイグニート国の思想を持っているようには見えなかった。この十年間何をしていたのかまったくわからないが、男も私と同様、イグニート国から離れていたのではないかと考えられる。
王は何やら熟考した様子で一点をジッと見つめ、再び顔を上げた時はすでにその考えがまとまったのだろう。その時間わずか一分もあったかどうか。
「イグニート国も気になるが精霊のほうも放置していていい問題ではない。寧ろこちらも早急に対応せねばならぬ事態だ。ライラ、貴女の父親の知恵を借りようと思います。いいですね」
「父なら必ずは王の期待に応えるはずです」
「前にソーサリー深緑での穢れの報告、あれも進展がない」
それはこの世界の異変にいち早く気付いたミストラル国から来た報告だ。他にもあの一行の中にいたバプティスタ国の騎士も各地の異変を逐一報告してくれている。よって我々もあまり足を踏み入れることのないソーサリー深緑の異変に気付けることができた。
報告があってから何度か調査隊が足を踏み入れているが、穢れは今のところ広がっている様子はない。ただ消える気配もまったくないということ。精霊シルフの遊び場と言われているソーサリー深緑からの風が弱まってきていることは以前から薄々と感じていた。べーチェル国にある、ガジェットを動かすための巨大な風車の原動力は精霊シルフの風だった。
穢れは血溜まりによってできる。それが世界の常識なわけだが、ソーサリー深緑が戦場になったことなど一度もない。そもそもあんな最深部に足を踏み入れる者もいないだろう。ならばなぜそこに穢れが発生したのか、未だに原因が究明できていないため調査も難航していた。
だが世界各地の異変、それが精霊によって持たされているのだとしたら。それは父の専門だ。今ではすっかりガジェット制作のほうに目覚めてしまったが、そもそも魔力のないものでも同じような能力を精霊の力を借りて作ることができないかという考えの元父も作っている。職人になったからといって、精霊に対する知識が衰えてしまったわけではない。
「ミストラル国の王からももっと詳しく話を聞いてみましょう。どうやら穢れを浄化する術を知っている様子なので」
「はい」
「騎士たちには防衛と調査という二つのことで負担を強いることになります。私のほうでも上手く采配はするつもりですが、苦労をかけます」
「いいえ、国を守るために我々はいるのです。王から頼りにされて嫌がる者など誰一人いません」
「……感謝します」
入り口で控えていた騎士たちも顔を合わせ、しっかりと力強く頷く。王が頭を下げる必要などどこにもあるものか。頼りにされているのであればそれに応えるのが騎士というもの。
「ではラピス教会にも協力を要請しておきましょう。神父ルーファスならば力添えしてくれるはずです」
ラピス教会はソーサリー深緑の近くにある。神父ルーファスも知ってはいるが、見たことがあるだけで直接会話はしたことがない。ラピス教会はどうやらバプティスタ国の騎士たちがよく近場に遠征に行っており、傷を負えば教会で世話になっているようだったため私たちも容易に近付かないようにしていた。関係ないところで国同士の諍いに繋がることはないようにだ。
とはいえ、ベーチェル国の騎士だから受け入れないというわけでもない。丁度べーチェル国とバプティスタ国の中間辺りに位置しているラピス教会は中立を貫いている。
ただそういえば数ヶ月前、ラピス教会とバプティスタ国の騎士とで一悶着があったという報告があったことを思い出す。めずらしいこともあるのだなと思ったが、どうせ騎士側が無理難題でも突き付けたのだろう。
けれど確か神父ルーファスは『赤』。味方だと心強いが敵対するとなるとかなり不利な状況に立たされているのをわかっていながらの一悶着だったのだろうか。その辺りのことは知らないが、ラピス教会に協力要請をするということは後々知ることもできるかもしれない。
神父ルーファスで思い出したが、『赤』は貴重だ。この世界で両の手いるかどうかと言われている。『人間兵器』ではあるものの、今のあの男ならばこちらの協力に要請してくれるのではないか。今後どうするかは聞いていないがない話でもない、そう思い王に私の考えを口にした。
しかし、王はあまりいい顔をなさらない。余計なことを口にしてしまったかと小さく眉を下げたが、そんな私に気付いて「悪くはない」と一言告げ言葉を続けた。
「女児のほうはまだいい。自分が何者であるか知っている。前に報告を受けた時に比べて随分と自我も育った様子だ――だがあの男はそうではない」
「……と、言いますと?」
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