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その頃あなたはどうしてた?
ルクハルト・オロバスの場合
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力のない弱き者を守ること、騎士にとっては大切なことだ。
幼い頃から父に散々言われ続けていた言葉だ。騎士としてあらゆる成果を出し今や団長となった父は、幼い俺から見たら尊敬する人物だった。大きく、強く、男はこうあるべきだと父の背中を見て学んだ。騎士の道に進むのはもう必然で、いつか父のようにと思うのも当たり前だった。
ただ成長するに連れてその「弱き者」がわからなくなる。貴族付きとは違い父親が国直属の部隊に所属している場合、新人の騎士は最初貴族のパーティーなどの護衛に就かされる。そこから社交界のことなどについて学ぶのだが。
俺にとって弱き者は女性や子どもだった。子どもはもちろんのこと、女性が男より力を付けれるわけがない。だから守るべき対象だった。
「まぁ、ディラン様のご子息様ですの? 格好いいですわね」
「やはり将来はお父様の跡をお継ぎになりますの?」
「婚約相手などは? どのような女性がお好みで?」
社交界などで声を掛けてくる女はそんなことばかり口にする。いや、これが社交界だということはわかっている。女たちもこの世界で勝ち抜くために強かでなければならないということは学んだ。だが身長が伸びていくほど、身体が鍛えられるほど俺に興味がある振りをしながら俺の地位ばかりを気にする。それと比例するように、尊敬している父親と比べられるようになっていた。
女たちは俺自身には興味がなく、『ディラン・オロバスの息子』にしか用がない。
俺自身を地位としか見ない相手を果たして守りたいと思うだろうか、か弱い者だと思うだろうか、守る価値があると思うだろうか。将来国直属の騎士になるためには仕方のないことだったが、貴族のパーティーの警護に就くときはいつも反吐が出そうだった。
そして段々と、尊敬していた父が疎ましくなる。王子と同じ歳である俺が、今の父と同じような功績を上げることなどまだ無理だ。経験の差がある、それを成せる時間が必要になる。年齢というものは俺自身ではどうしようもないことだ。それなのにどいつもこいつもいつも父と比べる。あのときあなたのお父様は、この間ディラン様の戦いは、そう話を切り出されるために顔を歪めた。俺だって騎士として何度も魔物討伐に赴いている、それなのにそれを口にする人間はいなかった。
ある意味人間不信、と言ってもいいだろう。誰かを信じることが面倒になった。どうせ誰も彼も口から好き勝手に喋るだけ、『ディラン・オロバスの息子』と喋りたいだけであって『ルクハルト・オロバス』と喋りたい人間はいないのだ。
そんなときだ、俺を見てくれる人物と出会えた。
魔物討伐での功績を認められ王子付きの騎士となった。同じ歳であったことが大きかったかもしれない、だがそのおかげで王子との会話も盛り上がり今ではかなりお互い気を許した関係性となっている。名で呼ぶことも許され、そして王子もディラン・オロバスの息子ではなく「ルクハルト」と呼んでくれている。そんな王子にとある人物が頻繁に会いに来るようになった。
「初めまして、アリス・ハルファスと言います」
浄化の力を使える聖女なのだと、エリオットが紹介してくれた。
腹の底で何を考えているかわからない黒さなどまったく持ち合わせておらず、聖女という言葉を体現しているように穏やかでお淑やかな女性。身体も細く、肌もきめ細やかで白い。
彼女はその佇まいと同じように、心もまた穏やかで優しい人だった。人に優しさで触れ、そして力を使わずともその綺麗な心で人々を癒やす。それでもどこか危うさがあり、誰かの支えが必要なのだと思わされる。
力のない弱き者とは、まさに彼女のことを示している。だからこそ俺が守らなければと強く思った。
アリスはまさしく守るべき対象の理想像だった。聖女としての重圧もあるだろうにそれでも必死に応えようとするその心、それを守りたいと思うことは俺にとっては自然のことだった。そのアリスがエリオットと会うようになったのはその聖女の力を今後どう使うか、その話し合いもあったようだ。だがふたりが一緒にいる時間が多くなるに連れ、俺もエリオットの護衛の延長上のようにアリスの護衛をする時間が増えていく。それと同時に彼女の優しさに触れる機会も増えていく。
自分の歪んでいたものが正されていくように感じた。気付かずに張り詰めていた糸が緩められ、彼女の前だと心穏やかでいられる。共にいれば自然と目はその姿を追い、その視線に気付いた彼女が振り返り微笑みを浮かべるたびに俺の顔も綻ぶ。けれど見守っていたからこそ見えてくるものもある。
例えアリスの目にはエリオットしか映らなかったとしても、守るべき者を守るということには変わりはなかった。
そんなふたりを守るためにオスクリタへ侵入するために同行したが、俺にはかなり不満があった。魔術師は納得しよう、解術を扱うために呼んだのならば致し方がない。ただ六人いるうち二人は庶民だ――しかも自分の立場を捨てた人間。
上の地位にいる者として当然それに伴った責任も負わなければならない。元魔法省務めの男と貴族の娘だった女はその責任から逃げたのだ。
この作戦をエリオットから聞かされたとき何度も問うた。本当にそのふたりは必要なのかと。解術なら魔法省で優秀だとされている男でも使えると聞いた。今回騒動をなるべく小さく被害も出さないために少数精鋭だと聞いたが、どう考えてもただのお荷物にしか思えてならない。それを包み隠さす伝えれば、エリオットはただ笑って「お前は相変わらずだな」と言うだけだった。
「先生、大丈夫かしら?」
「はい。私は大丈夫ですが……」
「はぁ、はぁ、僕がっ、大丈夫じゃないね……!」
地下通路に侵入して王子であるエリオットが先導しているというのに、後ろからそんな会話が聞こえてくる。無駄話を始めそのせいで付いてくるのが遅い。
「……ただのお遊びのつもりか」
「ルクハルト、魔術師は体力が少ないから仕方がない。魔法が使えないことは彼らにとってかなり不便だろうしな」
ならば無駄話もせずに黙ってついて来いと思うのだがそれをエリオットに宥められてしまう。なぜエリオットはあんな奴らに甘いのか。王子らしく寧ろ厳しくしたほうが示しがつくというのに。後ろから聞こえてくる声に苛々としながら、しかし少しつらそうにしているアリスを気遣いながら足を進める。
騎士として守るべきはアリスのような女性だ。小さくか弱く、男が守らなければならない。貴族の女たちは対象外だ、あれは我が儘で守ってもらって当然だと思っている。そんな人を敬おうとしない人間を守りたいと思うだろうか。近くにいるだけでこちらの神経を削ってくる人間とあまり関わりを持ちたくない。
そう、守るべき者は力のないもの。小さな子ども、か弱き女性……か弱き女性だ。貴族だろうとなんだろうと女には力がない、ずっとそう思っていた。
「先生!」
「右目です!」
「わかったわ!」
お荷物だったと思っていた三人が目の前で率先して戦っている。禁術を解くために魔術師二人と、そして弓を構えている女も守りはした。そうしなければここから先には進めないし何よりその三人の傍にアリスがいたからだ。弓を構えている女がやられてしまえばそのままアリスが襲われてしまう。
だが逆に女は俺の背後を守っていた。飛んでいるガーゴイルを真っ先に射落とし残っているゴーレムの相手をさせるために。まず女に助けられたことが信じられなかった。思わず振り返ったものの女は特に反応することなく次のガーゴイルを射落とす。
禁術を解くことができ奥に走れば、まず体力のなかった魔術師ひとりが活き活きとし始めた。魔法を連発するという常識的にはあり得ないことを成し次々にガーゴイルを破壊しながら進んでいく。次に、魔物が出現したときはもうひとりの魔術師と弓使いの女が前に出た。手慣れた様子で魔物を倒せば前に進む。女の弓も、急所を外すときもあったがだが確実に魔物には当てていた。その命中率にまた目を見張る。
「あのふたりを連れてきた理由がわかっただろう?」
まるで胸を張るように誇らしげに告げたエリオットに、俺は渋い顔をするしかなかった。
俺の知っていた貴族や女性、庶民の常識がすべて覆されていく。
庶民は貴族の恩恵がなければ生活できないのだと思っていた。権力などなく逆に責任を負うこともないが、結局国の経済を回しているのは貴族だ。その貴族の苦労を知らないからゴロツキなど人の物を奪う輩が出てくる。そう、思っていたが、魔物が襲撃してきた際外に一番近いのは庶民階層、真っ先に狙われるのも庶民だった。この間の襲撃の際、アリスを護衛するときに幾度も目にした。怪我を負って逃げ延びた庶民たち、そして、その庶民を守ろうとしている狩人という庶民を。貴族が守らなければならないと思っていた庶民たちは、自分たちの身を自分たちで守っていた。
着飾ってただ噂話をすることしかできないと思っていた貴族の女、パーティーという場で見てきたそれがすべてだと思っていた。男に媚びり人を嘲笑う。父親の財産だけで生きている女。
そしてそんな責任からも逃れていたと思っていた女が、か弱い女性の盾になる。呪を掛けられその腕は禍々しいものになっているにも関わらず平然としているではないか。呪はかなりの痛みを伴う、それこそ騎士であろうともベッドから起き上がれない者もいたという話を聞いたことがあるぐらいだ。そんな呪われた腕で父親だった男を見下している。オスクリタに加担した者など決して許されるわけがない。しかも一度罰せられた身でありながらその罰からも逃げ、またもや罪を犯そうとしたのだから尚更。
弱い姿を見せることなく、毅然とした態度でオスクリタと弓を構えて対峙する。責任逃れをした、など、今の姿を見て言える言葉ではなかった。ただただ自分可愛さに逃げたのならばそもそもこの場には来なかっただろう、何度も呪に掛けられようとはしなかっただろう。
「これで貸し借りはなしだ」
「十分よ」
その身に襲いかかろうとしていた腕を前に躍り出て斬り落とす。自分で言っておきながら、これでなしになったとは思えない。まだほんの僅かに借りがある。けれど女は……エリーは、気の強そうな笑みを浮かべそのまま真っ直ぐに呪の掛かった矢を放った。
「ルクハルト! 王子と同行するんだってな」
城を出る前に父にそう呼び止められた。比べられることが億劫になり距離を取るようになってから、あまり会話をしなくなった。それにも関わらず父は以前と同じように気軽に俺に声を掛けてくる。
「セイファーと、あとお嬢ちゃんも同行するんだろ? あ~俺がもう少し若けりゃな~」
無駄話をするだけだったか、と踵を返し進もうとしたところもう一度呼び止められる。
「一度エリーとぶち当たってみな。お前の常識ガラッと変えられちまうかもしれねぇ」
何が楽しいのか、ニッと思いきり笑った父に何かを言うこともなくそのときは別れた。
アリスを支えているエリオット、そして世間話を始めた魔術師ふたりに狩人ひとり。すべてが終わり誰もが肩の力を抜いた頃俺は頭を抱えた。
「あー……クソ」
例え俺が避けていても会話をあまりしてなかったとしても、父は俺の父に変わりはなかった。結局親は我が子のことを誰よりもわかっている。こうなることを知っていてあのとき見送ったんだなと父親の手のひらに転がされた気分になり、喉を唸らせながら髪をぐしゃりと掴んだ。
幼い頃から父に散々言われ続けていた言葉だ。騎士としてあらゆる成果を出し今や団長となった父は、幼い俺から見たら尊敬する人物だった。大きく、強く、男はこうあるべきだと父の背中を見て学んだ。騎士の道に進むのはもう必然で、いつか父のようにと思うのも当たり前だった。
ただ成長するに連れてその「弱き者」がわからなくなる。貴族付きとは違い父親が国直属の部隊に所属している場合、新人の騎士は最初貴族のパーティーなどの護衛に就かされる。そこから社交界のことなどについて学ぶのだが。
俺にとって弱き者は女性や子どもだった。子どもはもちろんのこと、女性が男より力を付けれるわけがない。だから守るべき対象だった。
「まぁ、ディラン様のご子息様ですの? 格好いいですわね」
「やはり将来はお父様の跡をお継ぎになりますの?」
「婚約相手などは? どのような女性がお好みで?」
社交界などで声を掛けてくる女はそんなことばかり口にする。いや、これが社交界だということはわかっている。女たちもこの世界で勝ち抜くために強かでなければならないということは学んだ。だが身長が伸びていくほど、身体が鍛えられるほど俺に興味がある振りをしながら俺の地位ばかりを気にする。それと比例するように、尊敬している父親と比べられるようになっていた。
女たちは俺自身には興味がなく、『ディラン・オロバスの息子』にしか用がない。
俺自身を地位としか見ない相手を果たして守りたいと思うだろうか、か弱い者だと思うだろうか、守る価値があると思うだろうか。将来国直属の騎士になるためには仕方のないことだったが、貴族のパーティーの警護に就くときはいつも反吐が出そうだった。
そして段々と、尊敬していた父が疎ましくなる。王子と同じ歳である俺が、今の父と同じような功績を上げることなどまだ無理だ。経験の差がある、それを成せる時間が必要になる。年齢というものは俺自身ではどうしようもないことだ。それなのにどいつもこいつもいつも父と比べる。あのときあなたのお父様は、この間ディラン様の戦いは、そう話を切り出されるために顔を歪めた。俺だって騎士として何度も魔物討伐に赴いている、それなのにそれを口にする人間はいなかった。
ある意味人間不信、と言ってもいいだろう。誰かを信じることが面倒になった。どうせ誰も彼も口から好き勝手に喋るだけ、『ディラン・オロバスの息子』と喋りたいだけであって『ルクハルト・オロバス』と喋りたい人間はいないのだ。
そんなときだ、俺を見てくれる人物と出会えた。
魔物討伐での功績を認められ王子付きの騎士となった。同じ歳であったことが大きかったかもしれない、だがそのおかげで王子との会話も盛り上がり今ではかなりお互い気を許した関係性となっている。名で呼ぶことも許され、そして王子もディラン・オロバスの息子ではなく「ルクハルト」と呼んでくれている。そんな王子にとある人物が頻繁に会いに来るようになった。
「初めまして、アリス・ハルファスと言います」
浄化の力を使える聖女なのだと、エリオットが紹介してくれた。
腹の底で何を考えているかわからない黒さなどまったく持ち合わせておらず、聖女という言葉を体現しているように穏やかでお淑やかな女性。身体も細く、肌もきめ細やかで白い。
彼女はその佇まいと同じように、心もまた穏やかで優しい人だった。人に優しさで触れ、そして力を使わずともその綺麗な心で人々を癒やす。それでもどこか危うさがあり、誰かの支えが必要なのだと思わされる。
力のない弱き者とは、まさに彼女のことを示している。だからこそ俺が守らなければと強く思った。
アリスはまさしく守るべき対象の理想像だった。聖女としての重圧もあるだろうにそれでも必死に応えようとするその心、それを守りたいと思うことは俺にとっては自然のことだった。そのアリスがエリオットと会うようになったのはその聖女の力を今後どう使うか、その話し合いもあったようだ。だがふたりが一緒にいる時間が多くなるに連れ、俺もエリオットの護衛の延長上のようにアリスの護衛をする時間が増えていく。それと同時に彼女の優しさに触れる機会も増えていく。
自分の歪んでいたものが正されていくように感じた。気付かずに張り詰めていた糸が緩められ、彼女の前だと心穏やかでいられる。共にいれば自然と目はその姿を追い、その視線に気付いた彼女が振り返り微笑みを浮かべるたびに俺の顔も綻ぶ。けれど見守っていたからこそ見えてくるものもある。
例えアリスの目にはエリオットしか映らなかったとしても、守るべき者を守るということには変わりはなかった。
そんなふたりを守るためにオスクリタへ侵入するために同行したが、俺にはかなり不満があった。魔術師は納得しよう、解術を扱うために呼んだのならば致し方がない。ただ六人いるうち二人は庶民だ――しかも自分の立場を捨てた人間。
上の地位にいる者として当然それに伴った責任も負わなければならない。元魔法省務めの男と貴族の娘だった女はその責任から逃げたのだ。
この作戦をエリオットから聞かされたとき何度も問うた。本当にそのふたりは必要なのかと。解術なら魔法省で優秀だとされている男でも使えると聞いた。今回騒動をなるべく小さく被害も出さないために少数精鋭だと聞いたが、どう考えてもただのお荷物にしか思えてならない。それを包み隠さす伝えれば、エリオットはただ笑って「お前は相変わらずだな」と言うだけだった。
「先生、大丈夫かしら?」
「はい。私は大丈夫ですが……」
「はぁ、はぁ、僕がっ、大丈夫じゃないね……!」
地下通路に侵入して王子であるエリオットが先導しているというのに、後ろからそんな会話が聞こえてくる。無駄話を始めそのせいで付いてくるのが遅い。
「……ただのお遊びのつもりか」
「ルクハルト、魔術師は体力が少ないから仕方がない。魔法が使えないことは彼らにとってかなり不便だろうしな」
ならば無駄話もせずに黙ってついて来いと思うのだがそれをエリオットに宥められてしまう。なぜエリオットはあんな奴らに甘いのか。王子らしく寧ろ厳しくしたほうが示しがつくというのに。後ろから聞こえてくる声に苛々としながら、しかし少しつらそうにしているアリスを気遣いながら足を進める。
騎士として守るべきはアリスのような女性だ。小さくか弱く、男が守らなければならない。貴族の女たちは対象外だ、あれは我が儘で守ってもらって当然だと思っている。そんな人を敬おうとしない人間を守りたいと思うだろうか。近くにいるだけでこちらの神経を削ってくる人間とあまり関わりを持ちたくない。
そう、守るべき者は力のないもの。小さな子ども、か弱き女性……か弱き女性だ。貴族だろうとなんだろうと女には力がない、ずっとそう思っていた。
「先生!」
「右目です!」
「わかったわ!」
お荷物だったと思っていた三人が目の前で率先して戦っている。禁術を解くために魔術師二人と、そして弓を構えている女も守りはした。そうしなければここから先には進めないし何よりその三人の傍にアリスがいたからだ。弓を構えている女がやられてしまえばそのままアリスが襲われてしまう。
だが逆に女は俺の背後を守っていた。飛んでいるガーゴイルを真っ先に射落とし残っているゴーレムの相手をさせるために。まず女に助けられたことが信じられなかった。思わず振り返ったものの女は特に反応することなく次のガーゴイルを射落とす。
禁術を解くことができ奥に走れば、まず体力のなかった魔術師ひとりが活き活きとし始めた。魔法を連発するという常識的にはあり得ないことを成し次々にガーゴイルを破壊しながら進んでいく。次に、魔物が出現したときはもうひとりの魔術師と弓使いの女が前に出た。手慣れた様子で魔物を倒せば前に進む。女の弓も、急所を外すときもあったがだが確実に魔物には当てていた。その命中率にまた目を見張る。
「あのふたりを連れてきた理由がわかっただろう?」
まるで胸を張るように誇らしげに告げたエリオットに、俺は渋い顔をするしかなかった。
俺の知っていた貴族や女性、庶民の常識がすべて覆されていく。
庶民は貴族の恩恵がなければ生活できないのだと思っていた。権力などなく逆に責任を負うこともないが、結局国の経済を回しているのは貴族だ。その貴族の苦労を知らないからゴロツキなど人の物を奪う輩が出てくる。そう、思っていたが、魔物が襲撃してきた際外に一番近いのは庶民階層、真っ先に狙われるのも庶民だった。この間の襲撃の際、アリスを護衛するときに幾度も目にした。怪我を負って逃げ延びた庶民たち、そして、その庶民を守ろうとしている狩人という庶民を。貴族が守らなければならないと思っていた庶民たちは、自分たちの身を自分たちで守っていた。
着飾ってただ噂話をすることしかできないと思っていた貴族の女、パーティーという場で見てきたそれがすべてだと思っていた。男に媚びり人を嘲笑う。父親の財産だけで生きている女。
そしてそんな責任からも逃れていたと思っていた女が、か弱い女性の盾になる。呪を掛けられその腕は禍々しいものになっているにも関わらず平然としているではないか。呪はかなりの痛みを伴う、それこそ騎士であろうともベッドから起き上がれない者もいたという話を聞いたことがあるぐらいだ。そんな呪われた腕で父親だった男を見下している。オスクリタに加担した者など決して許されるわけがない。しかも一度罰せられた身でありながらその罰からも逃げ、またもや罪を犯そうとしたのだから尚更。
弱い姿を見せることなく、毅然とした態度でオスクリタと弓を構えて対峙する。責任逃れをした、など、今の姿を見て言える言葉ではなかった。ただただ自分可愛さに逃げたのならばそもそもこの場には来なかっただろう、何度も呪に掛けられようとはしなかっただろう。
「これで貸し借りはなしだ」
「十分よ」
その身に襲いかかろうとしていた腕を前に躍り出て斬り落とす。自分で言っておきながら、これでなしになったとは思えない。まだほんの僅かに借りがある。けれど女は……エリーは、気の強そうな笑みを浮かべそのまま真っ直ぐに呪の掛かった矢を放った。
「ルクハルト! 王子と同行するんだってな」
城を出る前に父にそう呼び止められた。比べられることが億劫になり距離を取るようになってから、あまり会話をしなくなった。それにも関わらず父は以前と同じように気軽に俺に声を掛けてくる。
「セイファーと、あとお嬢ちゃんも同行するんだろ? あ~俺がもう少し若けりゃな~」
無駄話をするだけだったか、と踵を返し進もうとしたところもう一度呼び止められる。
「一度エリーとぶち当たってみな。お前の常識ガラッと変えられちまうかもしれねぇ」
何が楽しいのか、ニッと思いきり笑った父に何かを言うこともなくそのときは別れた。
アリスを支えているエリオット、そして世間話を始めた魔術師ふたりに狩人ひとり。すべてが終わり誰もが肩の力を抜いた頃俺は頭を抱えた。
「あー……クソ」
例え俺が避けていても会話をあまりしてなかったとしても、父は俺の父に変わりはなかった。結局親は我が子のことを誰よりもわかっている。こうなることを知っていてあのとき見送ったんだなと父親の手のひらに転がされた気分になり、喉を唸らせながら髪をぐしゃりと掴んだ。
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