令嬢は狩人を目指す

みけねこ

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もうひとつの結末へと

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 禁術が施されていた部屋も広かったけれどここはそれ以上だ。今まで見たことのない空間にオスクリタがわざわざ増築したのだと察せられた。禍々しさが今までの通路の比ではなく、壁のあちこちに見知らぬ文字がびっしりと書かれている。
 そんな異様な空間の中心部、椅子を中心として幾つもの文様が床に蔓延り、そこにいたローブ姿の老人は決して無害とは言えない雰囲気を醸し出していた。
「まさかここまで来るとはねぇ。参った参った」
 腰が曲がり杖をつき、白い髭を撫でながら呑気に告げる老人にルクハルトは剣を構えウィルは手を掲げた。王子はアリスを背に庇い老人と対峙する。そんな様子が面白かったのかニタニタと笑った老人はひとりずつ視線を向ける。
「一網打尽にするには持ってこいの機会だ。国の王子、浄化の力を持つ聖女、それを守る騎士に、魔術師ふたり」
 最後に、光を宿していないその視線が私に留まる。
「そして、我らの罪を被るはずだった悪役令嬢」
 米神に青筋が浮かぶのがわかる。やはりそうだったのか、という気持ちを表すことなく笑みを貼り付けた。
「私を悪役令嬢に仕立てあげようとしていたのは、あなただったの」
 ゲームの世界でもそして私が今こうしている世界でも、悪役令嬢となった原因はまたなろうとしていた原因はフォルネウス家ではなく、それを裏で操っていたオスクリタ。
「おかしいねぇ、まさかこうして目の前に現れるとは」
「あら。残念なことに私はあなたの操り人形ではないのよ」
「そいつは残念だ。代わりに妹を使おうとしたがそっちも邪魔をされた」
「オスクリタ、抵抗をせずそのまま大人しく降参しろ」
 静かに怒りを露わにしつつ王子がオスクリタの言葉を遮る。けれど悪の親玉がそう言われたところで大人しく捕まるわけがない。肩を揺らし笑う老人が杖を掲げる。するとどこからともなく現れた数人のローブ姿の人間。顔はフードで隠されていてあまり見えないけれど正気を保っている様子でもない。
 フード姿の人間たちは懐からナイフを取り出し、攻撃してくるのかとルクハルトが剣を構える中まるで騎士がやる誓いのようにナイフは高々と上げられた。
「この身、あなた様と共に」
「どうかこの血をお使いください」
 そしてローブ姿の人間たちは一斉にそのナイフを振り下ろし自分の胸に突き刺した。アリスは悲鳴を上げ私たちも絶句する。禁術は人を贄とする、先生にそう聞いてはいたけれどまさか目の前でそれが行われるだなんて。
 床は倒れた人々の血で汚れその血は文様を辿り老人に辿り着く。恍惚とした笑みで人の血を文様と共に掬い上げ曲がっていた老人の腰は真っ直ぐに伸び天を仰ぐ。真上に魔法陣が浮かび上がり、そこから大量の『核』が降ってきた。ここに来るまでに倒してきた魔物の『核』ではない、まさかずっとコピーしていたのかと思ったけれど。
 大量の『核』が現れたのは一度だけあった。あのときの夥しいほどの魔物の数と、今降り注いでいる『核』の量は同じぐらい。
「まさか、あのときの……?!」
「魔物襲撃の際の『核』は王の命によってすべて処分されたはずだ!」
「はははっ、操り人形なぞあちこちにいるものでなぁ」
 老人は血と『核』を身体の中に入れ込み、そして足元から伸びた影のようなものは倒れていた人たちを引きずっていく。そのまま老人へと吸収され、目の前で異様な物が蠢きながら形を変えていく。
「うまい、うまいのぉ……血も肉も魔力も『核』さえも、まるで若返った気分だわい」
「若返るどころではないわよ……」
 寧ろグロテスクだ。原型を留めていない老人の姿は肉塊へと形を変え、あちこちから吸収した人たちの手足が伸びその塊のところどころに『核』が鈍く光っている。若返った気分だとは言っていたけれど一度鏡を見ることをおすすめしたい。
 一体何を目的で、どういう感情でそんな姿になろうと思ったのか。ただ単に国を壊したいだけなのかそれとも力が欲しかっただけなのか。人ならざるものに姿を変えた老人はただただ笑っているだけだった。
「……まずいね。魔力が桁違いに跳ね上がった。これで魔法を使われたら大変だ――ぅわっ?!」
「ウィルさん!」
 突然突風が横切ったと思ったらウィルが後方に吹き飛ばされていた。まさかとは思ったけれど魔法省特製のローブだったためそんな真っ二つ、みたいになることはなかったようだけれど。
「エリオット、あれを倒せということか」
「……そうなるな。行けるか、ルクハルト」
「行かざる得ないだろう。アリス、エリオットの後ろにいてくれ。決して前に出るな」
「は、はいっ、わかりました……!」
「そんな呑気なこと言っている場合では、ないみたいよ!」
 魔法だけかと思いきや生えている腕が伸びてきてムチのようにしなってきた。それを避けながらものんびりと会話をしている王子たちに忠告する。ウィルのほうには魔法が飛んでいき、先生はシールドを張ってサポートしてくれている。私も弓を構えてはみるけれど腕の攻撃が早く避けるので精一杯。
「気持ち悪いわねっ……!」
 突然戦闘開始だなんて本当にやめてもらいたい。オスクリタは何を興奮しているのか色々と喋って下品な笑い声を出しながら攻撃してくるし、ここが広い空間だとしても真上は貴族の屋敷なのだ。大きい攻撃魔法だと天井が崩れてしまうからウィルも何やら先生と相談しながら魔法を塞いでいる。
 しかし、なんて言うか。これって確か元は恋愛シミュレーションゲームだったわけなのよね。ヒロインがいて主に三人の攻略対象と共にストーリーを進めていく。そして好感度が一番上がった人とハッピーエンドに向かうという、わりと王道中の王道のゲームだったはずだけれど。これではまるで。
「まるでRPGじゃない!!」
「あーる……?」
「こっちの話しよ先生は気にしないで!」
 ラスボスがあの気持ち悪いのでこの場合主人公は王子になるのかしら。回復係の聖女に前衛の騎士に後衛の魔術師と弓使い、物凄くRPG。私はいつRPGの世界に迷い込んだのか。もしくはあのゲームは裏ルートがそうなっていたのだろうかもう意味がわからない。
「もうっ……一体どこを狙えばいいのよ?! 顔?! 顔にぶち込めばいいのかしら?!」
「顔に攻撃しようにも塞がれちゃったよーエリーちゃん。さてはてどうしようか」
 『核』は魔物を形成するものであって弱点ではない。そもそもあれだけ大量にあるのだから一個ずつ破壊するにしても一体どれだけの時間が掛かるのか。その間にもこっちは攻撃されるしそれを避けなければならない。魔法もそうだけれどあのムチのような腕も勢いよく当たってしまえば肋をやられるかもしれない。
 ルクハルトがその腕を剣で斬り落としながら進んでいるけれど、あれだけの人間を吸収したのだからまた次の腕が襲い掛かってくる。後ろに王子とそしてまったく戦えないヒロインのアリス。あまり下がると後ろふたりに攻撃が向かってしまう。人を守りながら戦うということは難しいこと、ひとりでもそうなのにふたりとなるとルクハルトも攻撃だけに集中することができない。
 そうなると、自分の守りが疎かになってしまうのは仕方がないのかもしれない。腕はしなりルクハルトの背後から攻撃しようとしていたけれど、矢でその軌道を変える。
「ッ……!」
「あら、お礼は結構よ」
 丸い目がこっちに向きにこりと笑顔を向ける。ディランのようなお礼は期待はしていない。歪んだ顔が寧ろお礼にはなっているけれど、と小さくほくそ笑みながら次を射る。
 ただ私は腕を斬り落とす、ということができないから矢で動きを止めるか攻撃を逸らすことしかできない。少し離れた場所でウィルが魔法で数本の腕を斬り落としているけれどそれでもきりがない。この状況をなんとかするにはやっぱり本体をどうにかするしかないのだけれど。
「……私、浄化の力を使ってみます。倒すことはできないかもしれません、でも、少しでもみなさんの助けにはなるはずです!」
「アリス……わかった。君が力を発動させるまで俺が必ず守る」
「エリオット……」
「いいから急いでー!」
 突然RPGが始まったけれどその途中で唐突に恋愛シミュレーションゲームに戻るのも困る。ふたりで見つめ合って愛を育む前に早く浄化の魔法を発動する準備に取り掛かってほしい。前もそうだったけれど浄化の力を使います、ですぐに発動できるものではないようで。彼女が集中して、そして力が溜まってやっと発動できるものだから何度も言うけれど見つめ合う前に集中して! と叫びたくなる。その前に若干叫んでしまったけれど。
 状況を一変できる力がアリスにあるとわかると、オスクリタの攻撃ももちろんアリスに集中する。ルクハルトがふたりの前に踊り出て盾の役を担い、私たちがそのサポートに移る。後方から飛んで来る攻撃はウィルが、それぞれ状況に応じてシールドを張りサポートをしてくれるのが先生、私はルクハルトが処理できなかった攻撃を弓で逸らす。
 けれど最初こそはよかったけれどオスクリタの魔力が尽きることはない。次第に手数を増やされて固まっていたはずなのにアリスへの攻撃が時々自分にも狙って来るようになってしまい、それを対処していると徐々にみんなから離されて散り散りになってしまう。
「無謀、あまりにも無謀よのぉ。上にいる連中を使えばなんとかできるだろうに」
「そうだな。だが国の民に被害が及ぶようなことがあってはならないんだよ……!」
 確かに天井を壊して上に待機している騎士たちに応援を頼む、という手もある。けれど王子は被害が出ないことを第一としているためきっとその手は使わない。それをオスクリタはわかっていて挑発している。
 禁術といい『呪』といい、卑怯な手はお手の物と言わんばかりに。貴族も確かにそうではあるけれどそれ以上に醜悪だ。まさにRPGのラスボスと言ったところだけれど、そうまでして一体何を成し遂げたいのか。
 『核』に狙いをつけて射ってみるもやっぱり腕に弾かれてしまう。何度も『核』を狙っていたけれど結果はどれも同じだった。ルクハルトのような威力のある攻撃ではないしウィルのような破壊力のある魔法でもない、ただの矢。コバエを叩き落とす認識なのだろうか、それにしても、と少しだけ違和感を覚える。
「浄化の力を使わせてやるものかァッ!!」
 どこからともなく聞こえてきた声に全員の意識が一斉にそっちに向かう。この場が薄暗くてそこに柱があるだなんて気付かなかった。物陰から現れた人物に唖然とし、そしてすぐに頭に血が上る。
「どうしてここにいるのよッ……!」
 あれは反乱を企てた罪で辺境の地へ追いやられていたはずなのに。
「フォルネウス?!」
「言ったであろう? ――操り人形なぞいくらでもいる」
 あの禍々しいオーラは『呪』に間違いない。服も髪も乱れ目も血走っている男は呪で作られたボウガン構え、その構えている先にいるのは浄化の力を持っているアリス。
 まさかわざとみんなから離されたのはこのために。
「貴様さえ消えればこの国で浄化の力を使えるものはいなくなる!!」
「アリスッ!!」
 王子の叫びとボウガンの矢が放たれたのは同時だった。
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