令嬢は狩人を目指す

みけねこ

文字の大きさ
上 下
3 / 43
探しましょうフラグ回避方法

3

しおりを挟む
「お嬢様、ティーをお持ちしました」
「ありがとう。そこに置いておいてくれる?」
「かしこまりました」
 机に向かってひたすらペンを走らせている私にセバスチャンはまったく邪魔をすることなく、絶妙な位置にティーカップを置いてくれる。
 先生が私の所謂『家庭教師』となってくれたからと言って、現状彼は魔法省務め。そう毎日ここに来れるわけでもない。そんな先生が来れない間、初対面の次の日にもらった教材で私はひたすら勉強をしていた。前世会社員だったからといって農作業やそれに関わることについてはまったくの無知だ。強くてニューゲームなんてものはない。本当に初心者からのスタート。
 いい環境に野菜によって変わる肥料。まったくわからない。まずはそこを覚えるところから。先生が来たとき少しでもスムーズに授業が進むための予習だ。
 いつの間にかセバスチャンは退室していて、ドアの音まったくしなかったと驚きながらも淹れてくれたティーに口をつける。相変わらず美味しい。きっと私好みに淹れてくれたのだと、執事長たらしめる仕事ぶりに関心するしかない。ああいう人が上司にいれば社畜も少しは減るのだろうけれど。
「さて、と」
 ある程度進めると両腕を上げて背筋を伸ばす。机である程度勉強をすれば、次にやることがあった。
 今後のことを考えて筋トレをする必要がある。それこそ初めはもうびっくりするしかなかった。ここにある椅子を持ち運ぼうとしただけで腕がプルプル震えるのだから。
「なんて貧弱な身体からだなの?!」
 思わず叫びたくなるくらい何も持てない筋力。本当に箸以上に重い物は持てないのかと思うほど。どこのお嬢様だろうか。いや現にお嬢様だった。
 それに癇癪持ちの令嬢は社交界に顔を出すことも徐々に減っていって、屋敷の外に出ることも少なくなっていた。つまりは、体力すらもないのだ。そこの廊下を少し走っただけで息切れ。本当にこのままだと部屋から一歩も出れなくなる、そんな身体の作りをしていた。
 ということで。筋トレとランニングを今後のスケジュールに練り込ませる。腕立て伏せした次の日なんて筋肉痛が激しすぎてナイフとフォークすら持てなかった。あまりにもガチャンガチャンと床に落とすものだから、セバスチャンがめずらしく血相を変えて部屋に飛び込んできたっけ。
 今もまだ筋肉痛は続いているけれど初日よりはだいぶマシになってきた。引き続き誰も近寄らない無駄に広い庭を走って、軽く素振りのようなこともして筋肉、体力作りに励む。
「お嬢様、少々よろしいでしょうか」
「何かしら、セバスチャン」
 前もって張っていた湯船に浸かり、汗を流したあとに身なりを整えているとドアの向こうからセバスチャンの声が聞こえた。ちなみに湯船を張ることも浸かりながら髪や肌のお手入れをするのもメイドのやることなのだけれど、この離れには私ひとりしかいないので。それもこれも全部自分でするしかない。
 タオルで髪の水分を吸い取りながら人前に出ても恥ずかしくない格好になった頃、タイミングよくセバスチャンはドアを開けた。
「お嬢様、招待状が届いておりますが」
「そう。不参加で」
「ですが、お嬢様……」
 度々義務付けのように送られてくるパーティーへの招待状。前の私でも乗り気ではなかったのに前世の記憶を戻してから尚更その必要性を感じなくなった。
「今更出席したところでただの面白い噂の種になるだけでしょ。それに……キャロルはもうデビューしているの?」
「はい、つい先日」
「そしたらあの子に任せるわ」
 キャロルとはソフィアの一歳下の妹、キャロル・アレット・フォルネウス。ふわゆるの淡いピンクの髪に澄んだ綺麗なシアンの瞳を持っている。私と違って愛嬌のある顔で誰からも愛されるような子だった。
 とは言っても私の記憶にあるキャロルのイメージだけれど。実際あの子と最後に会ったのは六歳ぐらいの頃。それ以降はもう私はこの別棟にいたからあの子がどんな生活をいているのかだなんてまったくわからない。唯一知っていることいえば、両親は大層あの子のことを可愛がっているということ。
 それと、キャロルはゲームの世界で処刑まっしぐらのソフィアと違って恵まれた立場だった。その愛らしい容姿に穏やかな性格で最終的にはヒロインの親友ポジションに収まるほどだ。
「今後一切、パーティーには出席しないわ。それに……」
「ああ……然様で、ございますね」
 お互いちらりとクローゼットに視線を向ける。毎日筋肉痛に苦しみながらも少しずつトレーニングをやっているおかげで、あれなのだ、成長期も相まってあれなのだ……クローゼットに収納されているドレスのサイズが、若干小さいのだ。主に、肩とか腕とか。
「かしこまりました。では今後招待状が来たとしてもこちらで処分致しましょう」
「ええ、お願い」
 セバスチャンのいいところは仕事に私情を挟まないこと。私が否と言えばその通りに動いてくれる、本当に無駄のない優秀な執事なのだ。彼はそのまま一礼してスッと部屋から出て行く。
 今更社交界だなんて。私の今後の計画に一切必要のない無駄なものだ。それよりも、今は先生に渡された教材で勉強をするほうが優先的。例え私ひとりがパーティーに出席しなかったところで周りの貴族たちはただ面白いものがなくなった、と思うだけ。どうせ数日すればその存在がなかったかのようにまた別の噂に飛びつくに違いない。
 そうして鬱陶しかった招待状は一切私の元へ届かなくなり、尚更集中して勉強をすることができた。毎日黙々と机に向かい庭でトレーニングをする日々を過ごす。今も机に向かっているところトントンとドアを軽くノックされ顔を上げた。待ちに待った来客だ。
「すみませんお嬢様、なかなか来れなくて」
「いいえいいのよ先生。魔法省のお仕事もしているんだから」
「正直お嬢様に色々と教えているほうが楽しいんですが」
 だから以前と比べて若干仕事に身が入らないんです、と苦笑する先生にこちらも自然と笑みが浮かぶ。そんな先生には早速勉強机のほうへと移動してもらって、取りあえずここまで予習はしておいたとの報告をした。
 ちなみに彼には私の先生なのだから敬語でなくてもいいと言ったのに、地位は私のほうが上だからと断られてしまった。逆に私は畏まった言葉遣いは改めてほしいと言われ、こちらが砕けた言葉遣いになってしまったのだけれど。
「もうここまで……根を詰め過ぎてはいませんか?」
「大丈夫よ。確かに覚えることは大変だけれど……今は色々と知ることが楽しいの」
「そうですか……でも無理は禁物ですよ。では、復習がてらこの辺りからやっていきましょう」
 私の対面に座ってくれて、教材の内容を補足するように先生はより詳しくわかりやすく私に説明をしてくれる。こうやって誰かに物を教えたことはないと言っていたけれど、それにしても彼の説明はわかりやすい。セバスチャンもそうだけれど先生も上司に欲しいくらいだ。もしかしてこの世界の人たちは基本的に優秀なのだろうか。
 勉強の合間にセバスチャンが温かい飲み物を持ってきてくれて、先生と一緒にお礼を言って再び勉強を再開する。必要なところをメモするようにサラサラと書き足していると「そうだ」という言葉が聞こえた。
「ある程度覚えたら実践してみましょう。初めは簡単なものから。準備はこちらでするので」
「私のほうでも必要なものがあれば準備するけれど」
「では動きやすい服装を。手なども汚れてしまいますが……大丈夫ですか?」
「もちろんよ! 土いじりは汚れて当然じゃない?」
「ふふっ、そうですね」
 ではそのときが来たら持ってきますねと笑顔で告げる先生に、こちらも笑顔で勢いよく頭を縦に振った。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

婚約破棄された検品令嬢ですが、冷酷辺境伯の子を身籠りました。 でも本当はお優しい方で毎日幸せです

青空あかな
恋愛
旧題:「荷物検査など誰でもできる」と婚約破棄された検品令嬢ですが、極悪非道な辺境伯の子を身籠りました。でも本当はお優しい方で毎日心が癒されています チェック男爵家長女のキュリティは、貴重な闇魔法の解呪師として王宮で荷物検査の仕事をしていた。 しかし、ある日突然婚約破棄されてしまう。 婚約者である伯爵家嫡男から、キュリティの義妹が好きになったと言われたのだ。 さらには、婚約者の権力によって検査係の仕事まで義妹に奪われる。 失意の中、キュリティは辺境へ向かうと、極悪非道と噂される辺境伯が魔法実験を行っていた。 目立たず通り過ぎようとしたが、魔法事故が起きて辺境伯の子を身ごもってしまう。 二人は形式上の夫婦となるが、辺境伯は存外優しい人でキュリティは温かい日々に心を癒されていく。 一方、義妹は仕事でミスばかり。 闇魔法を解呪することはおろか見破ることさえできない。 挙句の果てには、闇魔法に呪われた荷物を王宮内に入れてしまう――。 ※おかげさまでHOTランキング1位になりました! ありがとうございます! ※ノベマ!様で短編版を掲載中でございます。

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~

おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。 どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。 そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。 その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。 その結果、様々な女性に迫られることになる。 元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。 「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」 今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。

オバサンが転生しましたが何も持ってないので何もできません!

みさちぃ
恋愛
50歳近くのおばさんが異世界転生した! 転生したら普通チートじゃない?何もありませんがっ!! 前世で苦しい思いをしたのでもう一人で生きて行こうかと思います。 とにかく目指すは自由気ままなスローライフ。 森で調合師して暮らすこと! ひとまず読み漁った小説に沿って悪役令嬢から国外追放を目指しますが… 無理そうです…… 更に隣で笑う幼なじみが気になります… 完結済みです。 なろう様にも掲載しています。 副題に*がついているものはアルファポリス様のみになります。 エピローグで完結です。 番外編になります。 ※完結設定してしまい新しい話が追加できませんので、以後番外編載せる場合は別に設けるかなろう様のみになります。

タイムリープ〜悪女の烙印を押された私はもう二度と失敗しない

結城芙由奈@12/27電子書籍配信
恋愛
<もうあなた方の事は信じません>―私が二度目の人生を生きている事は誰にも内緒― 私の名前はアイリス・イリヤ。王太子の婚約者だった。2年越しにようやく迎えた婚約式の発表の日、何故か<私>は大観衆の中にいた。そして婚約者である王太子の側に立っていたのは彼に付きまとっていたクラスメイト。この国の国王陛下は告げた。 「アイリス・イリヤとの婚約を解消し、ここにいるタバサ・オルフェンを王太子の婚約者とする!」 その場で身に覚えの無い罪で悪女として捕らえられた私は島流しに遭い、寂しい晩年を迎えた・・・はずが、守護神の力で何故か婚約式発表の2年前に逆戻り。タイムリープの力ともう一つの力を手に入れた二度目の人生。目の前には私を騙した人達がいる。もう騙されない。同じ失敗は繰り返さないと私は心に誓った。 ※カクヨム・小説家になろうにも掲載しています

「お前を愛するつもりはない」な仮面の騎士様と結婚しました~でも白い結婚のはずなのに溺愛してきます!~

卯月ミント
恋愛
「お前を愛するつもりはない」 絵を描くのが趣味の侯爵令嬢ソールーナは、仮面の英雄騎士リュクレスと結婚した。 だが初夜で「お前を愛するつもりはない」なんて言われてしまい……。 ソールーナだって好きでもないのにした結婚である。二人はお互いカタチだけの夫婦となろう、とその夜は取り決めたのだが。 なのに「キスしないと出られない部屋」に閉じ込められて!? 「目を閉じてくれるか?」「えっ?」「仮面とるから……」 書き溜めがある内は、1日1~話更新します それ以降の更新は、ある程度書き溜めてからの投稿となります *仮面の俺様ナルシスト騎士×絵描き熱中令嬢の溺愛ラブコメです。 *ゆるふわ異世界ファンタジー設定です。 *コメディ強めです。 *hotランキング14位行きました!お読みいただき&お気に入り登録していただきまして、本当にありがとうございます!

婚約破棄してたった今処刑した悪役令嬢が前世の幼馴染兼恋人だと気づいてしまった。

風和ふわ
恋愛
タイトル通り。連載の気分転換に執筆しました。 ※なろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ、pixivに投稿しています。

聖女を騙った少女は、二度目の生を自由に生きる

夕立悠理
恋愛
 ある日、聖女として異世界に召喚された美香。その国は、魔物と戦っているらしく、兵士たちを励まして欲しいと頼まれた。しかし、徐々に戦況もよくなってきたところで、魔法の力をもった本物の『聖女』様が現れてしまい、美香は、聖女を騙った罪で、処刑される。  しかし、ギロチンの刃が落とされた瞬間、時間が巻き戻り、美香が召喚された時に戻り、美香は二度目の生を得る。美香は今度は魔物の元へ行き、自由に生きることにすると、かつては敵だったはずの魔王に溺愛される。  しかし、なぜか、美香を見捨てたはずの護衛も執着してきて――。 ※小説家になろう様にも投稿しています ※感想をいただけると、とても嬉しいです ※著作権は放棄してません

処理中です...