婚約者に断罪イベント?!

みけねこ

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20.なぜこうも当たるのか

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 すっごくぐっすり眠って快眠!
 ってわけがない。どこもかしこもキラキラしてて飾ってある物に当たって落として割っちゃったらどうしようって気が気でなかった。ステラちゃんに連れられて来たわけだけど、黙って立ってるだけでメイドさんがあれもこれも色々やってくれて自分でやることがなかった。夕食は豪華でテーブルマナーも恐る恐る。お風呂に入るにも何人もの人がついていてまったく心休まらなかった。っていうか素っ裸見ないで。
 だって私ただの庶民よ? 前の世界でもスーパーの見切りお惣菜につまみにビールよ。ベッドはもうずっと長いこと使っていたせいで少しクッション性も失われていたし。
 なんでシーツがこんなに肌触り柔らかくてツヤツヤなのよ、信じられない、汚せない。そんな夜を過ごしていれば流石に眠れない。おかげで目覚めた私の目の下にはくっきりとクマが浮かんでいた。
「ルーチェさん、よく眠れましたか?」
「そ、そうね……」
 反してステラちゃんはぐっすり眠れたのか、朝から眩い笑顔を浮かべていた。これがご令嬢か、この生活を五年続けていると彼女のようになるのか。いいや私には無理だ、そんな適応能力はないと遠い目をする。

 あんなことがあってから、私たちは普通に学園生活を過ごしていた。私たちを追いかけてきた奴らがどうなったのか聞こうにも誰に聞いていいのかわからない。捕まえてくれたオーウェンさんに聞くのが一番早い気もするけれど、彼は王子の護衛であって学生ではないためまず学園に姿を現さない。
 そしたら彼の上司であるレオンハルトに聞けばいい? ということなるけれど、そもそも向こうは王子で学園の生徒会長。庶民である私がそう簡単に話しかけられる相手ではない。結果、それとなくステラちゃんに聞いてみたけれど彼女は首を横に振るだけだった。
 私たちは当事者なのに、その当事者がどうなったのか結果がわからないとは釈然としない。まるで喉に小骨が刺さったような感覚だ。アイビーがあれだけ楽しみにしていた女子会も未だに開かれていないことも気になる。
 もしかしたら私が気付いていないだけでメインストーリーは進んでいて、実はサラッと事件解決している可能性もありそうだけれど。それならそれでよかったねホッとした、で済むしモブとしてはそれが一番好ましい。
 取りあえず何事もなく終わって欲しいと願うばかりだ。最近メインキャラの姿を全然見てないなとか、そもそもレオンハルトって学園に来てる? って思うぐらい存在感がないとか気になることはたくさん、それはもうたくさんあるけれど。きっと今事件解決に向かっているに違いない。ひたすらそう自分に言い聞かせる。
「ん? 手紙?」
 いつも通りに授業を済ませて寮に戻れば、自室の机の上に手紙が一枚置いてあった。この世界の手紙っていうのはそれはもう便利で、宛名さえ書けば魔法の力が働いて届けたい人物のすぐ近くに送られるらしい。ある意味人件費削減というかなんというか。
 手紙を手に取って宛名先を確認してみると、そこには両親の名前があって一先ず安心する。字も間違いなく両親のものだ。事件に巻き込まれたりして警戒心が強くなっているなぁと自分で思いつつ封を切って中身を確認してみる。
「ああ、なるほど?」
 そこには材料がなくなったから、悪いけれど私が取引先の人のところに取りに行ってはくれないかというお使いだった。私は今寮住まいだけど人使いが荒い両親だ。ただその取引先相手のおじいちゃんが少し偏屈というか難しい人で、前々からそのおじいちゃんのところに行くのは私の仕事だった。
 寮からも近いし、仕方ないかと手紙を封筒に戻して引き出しの中に入れる。明日は丁度休みだし誰かと出かける約束もしていない。
「気分転換になるかもしれないし、ね」
 この妙にモヤモヤした気分を晴らすには丁度いいかもしれないと、制服を脱いで部屋着に戻った私はベッドの上に腰を下ろした。ここの寮だけれど庶民と貴族で部屋の広さに差があまりないらしい。通りでちょっと広いなとは思ったけれど、貴族の人たちにとっては狭くて嫌だろうなぁと部屋の中を見渡してしまう。ただ文句があんまり出ていないのは、王族である王子も同じ広さだからだ。
 ボフンと後ろに倒れればクッション性のいいベッドが私の身体を受け止めてくれる。前の世界で寝ていたベッドよりも上等だ。
「はぁ……もう忙しいのなんて懲りごり。私はただゆっくり平穏に過ごしたい……」
 ステラちゃんに言われた「過労」は中々のショックだった。私そんなに草臥れていたの? って。目覚めたらまさかのゲームの世界でしただなんてびっくりだったけれど、何度も寝て起きてを繰り返したけれど何度でも元の世界じゃなくてこの世界だった。
「……ぐぅ」
 他にも色々と考えることはあるっていうのに、私の身体はクッション性のいいベッドに負けてしまってそのままスヤスヤと眠ってしまった。

「相変わらず偏屈なおじいさんね」
 翌日ちゃんと両親のお使いのために街へと出かけていた。しっかりと例の取引先の相手から材料を買い取って自分の実家、もとい雑貨屋へ向かっている途中だ。
「にしても本当にいいお世話!」
 久しぶりに顔を合わせたら家出したと思っただの年頃の娘が好き勝手にしてだの言いたい放題。どの時代もどの世界にも! ああいう固定概念に囚われた頭ガッチガチのジジィがいるものねッ‼ そのへんにある物に八つ当たりしたい気分だわ。
 プリプリしながら歩いていたせいかすれ違う人が関わりたくないとそっと小さく離れていく。そうよ今の私は切れるナイフなんだから! とわけのわからないことを思いながら歩いていたらだ。
「ん……?」
 この間ステラちゃんと出かけた時に見かけた姿をまたもや発見した。前回と同じでフードを被っているんだけれど、そこからサラリと髪が流れている。体型と髪の長さからして女性だろうか。
 でもああいう格好をしている女性はわりと多いしいたとしても不思議じゃないのに、私は前回と同じようになぜか引っかかっていた。顔がちゃんと見れていないせいかもしれない。もしかして知人かなという考えもあった。私の、というよりもルーチェの、だけれど。
「あっ!」
 モヤモヤしっぱなしよりも早々にスッキリしてしまおうとその女性の姿を追おうとしたんだけれど、なぜか向こうはひらりひらりと人混みを躱して建物の影に消えていってしまう。慌てて追いかけようにも角を曲がった瞬間、その姿を見失ってしまった。
「なんなのよ……」
 どうしてこんなにも気になるんだろう。首を傾げながらもお使い中だったことを思い出して急いで表通りに戻ろうと振り返った。
「はうっ?!」
 ところがどうやら誰かと激突してしまったようで、私は尻もちをついてしまった。この世界に来てから私は何かと衝突しがちだし何かと尻もちをつきがちだ。こんなにそそっかしい性格だっただろうか。
「すみません!」
「いいえこちらこそ不注意で……って、あら? ルーチェさんではありませんの」
「え?」
 謝りつつも急いで立ち上がった私の目の前にいたのは、いつもの制服姿ではなく私服姿のアイビーだった。清楚なワンピース姿とはこれまたなんとまぁ美しいし尚且可愛らしい。じゃなくて。
「ア、アイビー様?!」
「ふふっ、申し訳ございません。わたくし何かと貴女と衝突しておりますわね」
「い、いいえ! こちらこそ何度もぶつかってしまって申し訳ないです……」
「お怪我はありませんの?」
「はい。身体は丈夫なほうなので大丈夫です」
 アイビーの手を借りてよいしょと立ち上がった私はつい周りを見渡してしまう。だってアイビーはご令嬢で、しかも王子の婚約者よ。街に出かけるという想像ができないし、出かけるとしても絶対護衛を連れているはずなのに。
 それなのに、アイビーの周りにはその様子が見られない。
「アイビー様、ご、護衛の方は……?」
「え? ……ふふ、わたくし一人ですわ」
「一人?! 危険ですよ! どうして街に一人でなんて……!」
 これって急いで誰かに知らせたほうがいいんじゃないかと、周りをキョロキョロと見渡す。確かここは首都だから見回りのための警備隊がいるはず。その人たちに急いで知らせないとと動き出そうとした私を、アイビーは腕を掴んで行動を制した。
「わたくしも、たまには一人で気分転換したい時もありますわ」
「で、でも……」
「ところでルーチェさん、急いでいるご様子でしたけれど大丈夫なんですの?」
 それ、と持っていたものを指差されたけれどそれどころじゃないでしょう。それよりもアイビーの安全のほうを確保したほうがいいに決まっている。けれどそんな私にアイビーは「付き合いますわ」となぜか同行することを示した。
 いやいやこれはただのお使いだしそんなに急いでいるものでもないし、取りあえず今日中に届ければそれでいいと急いで頭を左右に振る。それで、私がどんなに渋ってもアイビーはにっこり笑顔を浮かべるだけ。クッ、顔がよすぎてその笑顔で押し負けてしまう……!
 結局、私は折れた。取りあえず両親の店まで付き合ってもらうことにして、後は警備隊の人たちに一応知らせますねと念を押す。けれどやっぱりアイビーはにっこり笑顔だった。
 これが貴族というものか。相手に考えを読ませないためのポーカーフェイス。私、貴族に生まれなくてよかったとつい思ってしまった。
「すみませんアイビー様、付き合っていただいて……」
「いいえ。あちらこちら見て回れてわたくしも楽しかったですわ」
 無事お使いが終わった私は店の外で頭を下げた。外で一人で待たせるのもどうかと思ったけれど、中に入れてしまえば両親が騒ぐに決まっている。ミーハーなのだ。アイビーは王子の婚約者として何度か公の場に出たことがあるから、知っている人は知っている。寧ろ外のほうが街の人たちは気を遣ってアイビーに話しかけることはない。
「それじゃぁ……警備隊の人に……ってアイビー様?!」
「わたくし所用を思い出しましたわ。それではルーチェさん、また学園でお会いしましょう」
「え、ちょ」
「それでは御機嫌よう」
「アイビー様?!」
 まさか一人で行く気? っていうかそれってレオンハルトは知っているんだろうか。そもそも婚約者の行動を逐一知る必要はないんだろうけれど、それでもなんとなく私の勘はこのままじゃマズいと告げていた。
 急いでアイビーを追いかけてみるものの、一体どういう身のこなし?! ってツッコミを入れたくなるほどひらりひらりと人混みの中をすり抜けていく。
「ま、待っ」
 私も人混みの中を掻き分けて、なんとか視野に入っているきらめく黒髪を目印に進んでいく。どんどん、どんどん人気のない場所へ進んでいっているような気がする。走って追いかけているはずなのにアイビーとの距離が縮まらない。
 このまま進んでいけば街の外へ出てしまう。一体そこになんの所用があるというのだろうか。まさか逢引? でも学園で見ていたレオンハルトとアイビーは誰がどう見ようともラブラブな様子だった。そんなわけがないかとその考えを打ち消して進んでいると、一つの小さい小屋のようなものが見えてきた。
「ま、まさかマジで……?」
 マジで逢引か、と無意識に顔を引き攣らせる。同時に背筋に走る悪寒。ここにいるはずのないレオンハルトのあのなんとも言えない瞳が脳裏に浮かんだ。
 ここは思いきりアイビーを引き止めてみよう、と口を大きく開けた時だった。
 突如どこからか現れた、爆走している馬車。それは小屋の前に停まり、一斉にガタイのいい男たちが降りてきた。っていやいや、待て。待って。
 そこにはアイビーがいたはず。
「アイビー様?!」
 視界にその男たちに捕らわれたアイビーの姿が見えて、一気に血の気が引いた――誘拐だ。瞬時にそう思って急いでアイビーを助けようと駆けつける。
「アイビー様に何やってんのよ!」
「ルーチェさん……?!」
「あ? なんだこの娘は」
「聞いてねぇな。面倒クセェ、一緒くたに連れてくか」
 直後に酷い痛みと共にぐわんと視界が揺れる。捕らわれているアイビーに手を伸ばしてみるもそれは空回り。彼女が私に向かって何かを叫んでいるようだったけれど、その音をうまく拾うことができなくて目の前が真っ暗になった。
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